第十六話:四大貴族ニア・レ・エインズワース
序列戦はレドリックにおける『学校公認の摸擬戦』だ。
これに勝利した者は、相手の序列を奪うことができる。
第四位のニアが第一位のボクに勝てば、彼女が新たな第一位となり、ボクは第四位に降格する。
序列が五つ以上離れた相手には挑めないだとか、同じ相手と再戦するには半年のインターバルが必要だとか、いろいろ細々とした規則はあるけれど……。
早い話が、『序列を賭けた戦い』だ。
突如降って湧いたボクとニアの序列戦に周囲が騒然となる中、
(ホロウ様、いかがいたしましょうか?)
フィオナさんが<交信>を使い、思念による通話を行ってきた。
序列戦を行ってもよいのか、それとも制止すべきか、こちらの判断を仰いでいるのだ。
(全て俺の想定通りだ、このまま流せ)
(はい、承知しました)
ボクの指示を受け、フィオナさんは静かに引き下がる。
「ニアよ、今序列戦と聞こえたが……正気か?」
「えぇ、私は至って冷静よ。あなたこそ、怖気づいたわけじゃないわよね?」
「はぁ……面倒な話だが、仕方あるまい。いつぞやの武闘会ぶりに灸を据えてやるとしよう」
ボクとニアの序列戦が成立したその瞬間、教室内のボルテージが一気に跳ね上がる。
「おいおい、いきなり四大貴族がやり合うのか!?」
「ハイゼンベルク対エインズワースって、超激アツのカードじゃん!」
どうやら他の生徒たちも、見学に来るつもりらしい。
(うーん、それはちょっと困るな)
確かに序列戦は、他の生徒の観戦が認められているけど……。
ボクはニアとの戦いで、念のために『確認しておきたいこと』がある。
その結果如何によっては、彼女に釘を刺さなくてはならない。
(そこに他の生徒がいられると、めちゃくちゃやりにくい……)
フィオナさんに視線を送ると、彼女は静かにコクリと頷いた。
「ホロウくんとニアさんの戦いを見たいという気持ちは、とてもよくわかりますが……。みなさんにはここで、ホームルームを受けていただきます」
「ちょっ、それはないだろ!?」
「俺たち生徒には、『序列戦の観戦権』が認められているはずだ!」
噴き上がる異議申し立てに対し、フィオナさんは淡々と説明する。
「レドリックの学則に依ると――『序列戦が解禁されるのは、初回のホームルームを終え、学生手帳が配布された後』となっています。そしてうちのクラスは、ホームルームがまだ済んでいません。つまり現状、二人に序列戦を行う資格はなく、『ただの摸擬戦』という扱いになります」
生徒には観戦権があるため、たとえ授業中であっても、序列戦を見に行くことができる。
しかし、ただの摸擬戦は学生同士の私的な争いに過ぎず、学則が規定する観戦権の適用範囲外。
(なるほど、いい手だ)
ボクとニアの戦いを『序列戦』から『摸擬戦』へすり替えることで、観戦権という手札を封殺した。
フィオナさんは優しい笑顔を浮かべたまま、一気に話を締めに掛かる。
「当校は学生同士の競争を奨励しており、摸擬戦を妨げるような真似は致しません。ただ、みなさんがホームルームを蹴って、単なる私闘を観戦することは、レドリックの教師として許可できない、ということです」
非の打ち所がない完璧な説明を受けた生徒たちは、
「おいおいマジかよ……っ」
「畜生、こんな最高のカードが見れないなんて……ッ」
渋々といった様子で、それぞれの席に着いた。
さすがはフィオナさん、人格面には問題しかないけど、頭のキレは作中でもトップクラスだね。
(正直、魔法省の金を『馬』と『酒』に溶かした彼女が、いったいどの口で学則を語っているんだろうと思わなくもないが……)
とにかく、今回の働きは見事だった。
後で『お馬さん代』として、金一封を包むとしよう。
きっと涎を垂らして喜ぶぞ。
そうして舞台が整ったところで、
「――こっちだ、付いて来い」
ボクが徐に歩き出すと、
「私に命令しないで」
その後ろにニアが続いた。
(確かこういう私闘では、地下の演習場が使えたはず……)
ぼんやりそんなことを考えつつ、教室から出ようとしたそのとき、主人公とばっちり目が合った。
(大丈夫、安心してくれ。アレンの安全な学園ライフは、このボクが保証する!)
だからキミは、健やかに育ってくれ。
間違っても、『ピンチで覚醒』なんかしちゃ駄目だからね?
■
ニアとの摸擬戦が始まって、どれくらい経っただろうか。
「こ、の……死ねぇええええええええ!」
彼女の凄まじい雄叫びが響き、灼熱の業火が吹き荒れる。
しかし――当たらない。
ボクの展開した防御魔法<障壁>によって、荒れ狂う焔は全て彼方に逸らされる。
「はぁ……いつまで続けるつもりだ?」
気怠げに面倒臭そうに怠惰傲慢を演じながら、ため息まじりに問い掛けると、ニアの顔が絶望に染まった。
「そんな、どうして……っ。これだけ撃ったのに、なんで一発も当たらないの……!?」
いやしかし、彼女にはこういう曇り顔がよく似合うな……。
ニアは公式の実施した『不憫可愛いキャラランキング』で、ぶっちぎりの第一位。
当時はあまり理解できなかったけど、こうして現実に見ると……なるほど確かにそそるモノがある。
一部の熱狂的ファンが生まれるのも郁子なるかな。
そんな益体もないことを考えていると、ニアの攻撃がピタリと止まった。
「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……っ」
彼女は右手で胸元を握り締め、苦しそうに荒々しい呼吸を繰り返す。
まぁ、これだけ魔法を連発すれば、魔力も尽きてくるだろう。
「どうした、もう終わりか?」
「くっ……まだまだぁああああ……!」
ニアの有する<原初の炎>は、起源級の固有魔法で、圧倒的な火力と異常な再生力を強みとする。
並大抵の魔法士では、燃え盛る業火に手も足も出ず、ただ灰となるのみ。
(ただ、なまじ固有が強過ぎるがゆえ、彼女は『工夫』を怠った)
ニアの魔法は、ひたすらに真っ直ぐで、まるで小細工がない。
そして何より、魔力を隠していないから、魔法の起点と発動タイミングがこちらに筒抜けだ。
「食らいなさい、<原初の炎槍>ッ!」
魔法の起点はニアの頭上、攻撃の軌道は真っ直ぐ、発動タイミングは手を振り下ろした瞬間。
後は迫り来る炎の槍に対して、『点』で受けるのではなく、『面』で流す意識を持ち、
「――<障壁>」
タイミングよく防御魔法を展開すれば、こんな感じで簡単にいなせてしまう。
(相手に悟られた魔法は、その効果を半減させる)
だからボクは、徹底的に隠している。魔法を、魔力を、戦い方を。
自分の魔力をゼロにすることで、相手にこちらの力量を悟らせない。
高度な魔力操作によって、魔法の前兆を完璧に消し去り、攻撃を行う際は『必殺』を心掛ける。
(正々堂々とは程遠い、暗殺者っぽい戦い方だけど……。そもそもハイゼンベルク家って、そっちを生業とする家系だからね)
うちの家は、法で裁けない悪を食い物にする。
悪を貪り尽くす巨悪ゆえ、『極悪貴族』と恐れられるのだ。
(いやでも冷静に考えて、摸擬戦で『死ね』は駄目じゃないかな……?)
ボクは四大貴族ハイゼンベルク家の嫡男。
うっかり殺してしまおうものなら、大規模な政争が勃発すること間違いなしだ。
しかし、そんなの知ったことかと言わんばかりに、ニアは強力な魔法を展開し続ける。
「こんのぉおおおお……!」
まぁ、どれも当たらないんだけどね。
そうしてボクがゲーム感覚で、防御魔法の練習をしていると……ニアがキッと睨み付けてきた。
「はぁはぁ……ホロウ、人を虚仮にするのも大概にしなさい! 本気でやらないと……怒るわよ!」
……こ、こわぁ……っ。
凄まじい殺気、ボクじゃなきゃチビってるね。
でもまぁ、この辺りで切り上げていいだろう。
<虚空憑依>に頼らない防御魔法の実験は大成功。
おまけに起源級の固有魔法<原初の炎>を堪能できた。
戦果は十分。
これ以上、悪戯に時間を浪費する意味はない。
(さて、最後にアレを試すとしよう)
ニアがどんな反応を見せるか、念のために確認しておきたい。
その結果如何によっては、釘を刺しておく必要があるからね。
「ふむ、本気でやってもいいのか?」
「当たり前よ! 最初からそうしなさい!」
「そうか、では――」
自分の座標とニアの背後を<虚空渡り>で繋ぎ、ひょいっと瞬間移動。
「――動くな」
彼女の真後ろを取り、その背中に――ちょうど心臓がある位置に人差し指を添える。
「なっ!?」
チェックメイト。
これでニアの命は、文字通りボクの手のひらの上だ。
(あ、あり得ない……私の『熱探知』にまったく引っ掛からなかった。今のはそう、まるで瞬間移動したみたい……っ)
僅かな沈黙を経て、絞り出すように口を開く。
「……あなた、何者なの……っ」
「怠惰で傲慢な極悪貴族――さっきお前がそう言ったのではなかったか?」
「く……っ」
ちょっとした意趣返しを受け、ニアは悔しそうに拳を握った。
「まぁ聞け。俺はエインズワース家の邪悪な企みも、お前の背負っている十字架も悲願と掲げる望みも、全て知っている」
「ふ……ふざけないで! あなたなんかに何がわかるって言う――」
「――その体、もうあまり時間は残されていないのだろう?」
「……ッ」
彼女は今度こそ言葉を失った。
「あなた、本当に何者……? それにさっきの魔法、<屈折>じゃないわよね?」
「何を言う、アレは<屈折>の応用技法だ。空間を幾重にも屈折させることで、疑似的な瞬間移動を可能に――」
「――嘘ね。今のは絶対に<屈折>じゃない。あの反応は、『空間支配系の固有魔法』よ」
「……くくっ、そうか。やはり視えているか」
ボクが邪悪に微笑むと、
「……ッ」
ニアは恐怖に身を固めた。
(あー……よかったぁ。念のために『確認』しておいて大正解だよ)
ニアの血族――エインズワース家は、魔法の因子研究における大家。
原作でもトップクラスの魔法知識を持つ彼女ならば、ボクの固有魔法が<屈折>じゃないことを見破るんじゃないかと予想したところ……見事に的中。
(盗賊団のボスであるグラードも<虚空>に気付いたけど、アレはボクがあからさまに力を使ったからであって、決して見抜かれたわけじゃない)
でもニアは、あのほんの僅かな一瞬で、刹那にも満たない<虚空渡り>で、ボクの魔法が<屈折>じゃないと看破した。
彼女の目は、魔法の表層ではなく、その深奥を見つめている。
はっきり言って厄介だ。
「あなたの本当の魔法はなに? そもそもどうやって、魔法目録の情報を書き換えたの? まさか審判官を抱き込んだんじゃ……っ」
ニアは勘が鋭く、頭が切れる。
ここはしっかりと釘を刺しておくべきだろう。
(ただ……彼女はちょっと気が強い)
この手のタイプには、力と恐怖で押さえつけるのではなく、協調路線に舵を切った方が上手くいく。
「俺のことは詮索するな。お前に悲願があるように、こちらにも目的がある。ここは平和的に『相互不干渉』と行こうじゃないか」
「……嫌だと言ったら?」
「ふむ、そうだな……」
今でこそニアはトゲトゲしくツンツンで、主人公に八つ当たり染みた幼い行動をしているが……彼女は本当にいい子だ。
『大翁』ゾーヴァの支配に下らず、みんなのために自らの人生を投げ打ち、毎日毎日来る日も来る日も努力し続けている。
それも一年や二年の話じゃない。
物心ついた頃から、今に至るまでずっとだ。
その高潔な精神はまさしくヒロインと呼べるものであり、彼女には幸せになってほしいと切に思う。
(だがしかし、ニア・レ・エインズワースは、『主人公サイドのヒロイン』だ……)
彼女は今後、アレンと切磋琢磨し、お互いを高め合う。
悪役貴族にとって、ニアの存在はマイナスでしかない。
「嫌だというのなら、いっそこの場で――」
そこまで口にしたところで……ハッと正気に戻った。
(……おい待て。ボクは今、何をしようとした……?)
この手に展開し掛けた大魔法、これはこんなところで使っていい代物じゃない。
第一、ニアを殺せば大規模な政争が起こってしまう。
それはつい先ほど、他でもないボク自身が、彼女にツッコミを入れていたことだ。
無意識のうちに浮かび上がる『邪心』。
(……思い返せば、これまでも何度かあった……)
オルヴィンと摸擬戦をしているとき。
虚空の魔法を極めているとき。
エンティアと戦っているとき。
そして今、ニアを始末しようとしたとき。
ボクの思考とブレるときが――原作ホロウの意識が表出するときが、これまで幾度となくあった。
自分の意思で、ホロウの思考を利用するのはいい。
悪役貴族に成り切るとき、とても便利だからね。
(ただ、それが無意識の内に起こるのは問題だ)
もしかして、原作ホロウの魂に、ボクの思考が引っ張られているのか?
(確かなことはわからないけど……とにかく、『怠惰傲慢』を意識の底に沈め、『謙虚堅実』を根付かせないとな)
そうしてボクが自省に耽っていると、
(今の悍ましい魔力はなに……!? 質・量、全てが異常だった。……駄目、勝てない。逆立ちしてもホロウには、この化物には届かない……。怖い、怖い怖い怖い……っ)
ニアは突然、カタカタカタと小刻みに震え出し、
「……わ、わかった、あなたのことは二度と詮索しない。だから、見逃して……くださ、ぃ……ッ」
ギュッとスカートの裾を握り締めながら、恥辱と屈辱に満ちた声でそう懇願してきた。
どうして彼女がこんなに怯えているのか、正直ちょっとよくわからないけど……まぁボクの狙い通りに進んでいるし、細かいことは気にしなくてもいいよね。
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