第三十五話:最後のフラグ
皇帝の美しい銀髪が『桜吹雪』のように舞い散る中、
「「「「「へ、陛下……!?」」」」」
ダンケルと皇護騎士は、主君の頭部装甲を案じた。
一方のルインは、
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
荒々しい息を吐きながら、机に置かれたグラスを乱雑に取り、中の水を一気に呑み干す。
「んぐ、んぐ……ふぅー……ッ」
なんとか気持ちを鎮めると、無言のままに立ち上がり、
「――おのれ! 許さん! 死ね! この俺を誰だと思っている!? 天下に轟く皇帝ルイン・ログ=フォード・アルヴァラだぞ! それを貴様、散々好き放題に煽りおって……怠惰傲慢なゴミ貴族めがッ!」
罵詈雑言を吐きながら、大理石のテーブルを蹴り付けた。
「陛下、いったい何があったのですか……?」
ダンケルの至極真っ当な問いに対し、皇帝は引き攣った顔で答える。
「……ドランが殺された、ウロボロスも既に壊滅したらしい」
その瞬間、特別来賓室に衝撃が走った。
「あ、あのドランが……!?」
「ウロボロスが壊滅って、どういうことですか!?」
「おいおい陛下、何があったんだよ!?」
「……うそ、信じられない」
「まさか、ボイドが……!?」
ダンケルと皇護騎士が驚愕に瞳を揺らす中、皇帝は<交信>で得た情報を共有する。
「此度の主犯は、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクだ。奴の話によれば、前に暗殺者を放たれた『お礼参り』として、ドランとウロボロスを消したらしい……帝国観光のついでにな」
「ボイドの次は、あの男ですか……」
「昨夜の舞踏会で、ド派手に暴れていた奴だな」
「……アレは危険、根っこが腐っている」
「観光のついでとは……傲慢極まりないですね」
皇護騎士が強い嫌悪感を示す中、
「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク……?」
貴族社会に疎いうえ、魔女の舞踏会に出ていないダンケルは、頭の上に疑問符を浮かべた。
「……はぁ……」
重いため息をついた皇帝は、テラスの方へ足を向け、窓の外を眺める。
中央の商業エリアには魔水晶の灯が点り、外縁部の居住エリアには立派な住宅が立ち並ぶ、『商』と『住』の調和が取れた美しい街だ。
「平和に見える我が国は今、ホロウとボイドの侵略を受け、国家存亡の危機に瀕している……。俺は皇帝として、邪悪な化物どもを駆逐せねばならんッ!」
ルインの決意表明に対し、皇護騎士のリーダーが、『断剣のロディ』が疑問を投げる。
「陛下のお考えは、承知しました。しかし、ホロウとボイドはいずれも、恐るべき力を誇る邪悪の権化。ドランという武器を失った今、どうなさるおつもりでしょう?」
「我が国の筆頭戦力は、基本的に三つだ。お前たち『皇護騎士』、ダンケルの『銀影騎士団』、ドランの『ウロボロス』。しかしもう一つ、ここぞという場面でのみ使える、『最強の切り札』がある」
「最強の切り札……まさか!?」
「あぁ、『色欲の魔女』リゼ様だ!」
皇帝が不敵な笑みを浮かべ、
「「「「「っ!?」」」」」
側近たちは言葉を詰まらせた。
「し、しかしあの御方は、『恐ろしく気分屋だ』と歴史書に学びました。我々の願いを聞いていただけるでしょうか……」
ロディの懸念を受け、皇帝は小さく首を横へ振る。
「その点については、おそらく問題ないだろう。伝承によれば、リゼ様は遥か原初の時代より、『絶対強者』を求めているらしい。ボイドのような手合いには、きっと興味を持たれるはずだ」
「な、なるほど……っ」
「魔女様なら、あの野郎もイチコロよ!」
「……これなら勝てそう」
「ボイドはあくまで『転生体』。オリジナルの厄災ゼノじゃありません。魔女様には遠く及ばないでしょう!」
皇護騎士は大いに沸き上がるが、
「むぅ……(ボイド殿の力は、桁違いだ。魔女様に助力を乞えたとて、とても勝てるとは思えん……)」
ダンケルは一人、難しい顔で黙り込んだ。
「でも陛下よぉ、どうやって魔女様にお願いすんだ?」
『剛槍のギオルグ』が、ぶっきらぼうに問い、
「……黄金の時計塔に住んでいる、と聞いた」
『人形遣いのマーズ』が、クマのぬいぐるみを抱きながら呟き、
「彼女の目撃報告は、例年何度か上がりますが、狙って会うのは難しいかと」
『叡智のジェノン』はそう言って、魔法書から視線をあげた。
「あの御方は、帝国のあらゆる場所にいらっしゃる。こちらから探す必要はない」
「「「「「……?」」」」」
「今より遡ること千年、リゼ様は『開闢の雷』を降らし、荒れた大地に帝国をお作りになられたという。つまりこの地は、彼女の『聖域』。こうしている今も、魔女様は見ておられる、聞いておられる、久遠の彼方に聳える黄金郷の頂からな」
皇帝はそう言うと、色欲の魔女に呼び掛ける。
「――リゼ様、私の声が聞こえますでしょうか?」
次の瞬間、
「――えぇ、もちろん」
どこからともなく、艶のある声が響いた。
「「「「「なっ!?」」」」」
ダンケルたちは反射的に得物を取り、皇帝を囲うような配置で警戒する。
しかし、周囲に人影はない。
「あら、面白い反応ね」
色香に溢れる甘い声。それは<交信>による念波ではなく、確かな肉声として鼓膜を打った。
「リゼ様、迅速なお返事をいただき、心より感謝申し上げます。もしや、この場を見ておられたのですか?」
皇帝が冗談交じりにそう言うと、
「ふふっ、ルインの醜態、とても愉快だったわ。さっきのアレ、もう一度やってもらえない? ほら、頭を掻き毟りながら『おんぎぃー』って」
リゼは穏やかに微笑みながら、強烈な煽りを口にした。
「あ、あはは、御冗談を……っ(そうだ、忘れていた。このクソ魔女は、ホロウの同類。人を嘲って悦に浸る、ドブのような性格をしているのだったな……ッ)」
皇帝はさらなるストレスに胃を痛めつつ、なんとか必死に平静を維持する。
「それで、私になんの用かしら?」
「実は現在、我が帝国で――」
ルインが失言を零したそのとき、
「――我が?」
眩い雷光が、目と鼻の先を奔った。
大理石の机が沸騰し、グズグズに溶け落ちる中、
「た、大変失礼しました……!」
皇帝は冷や汗を流しながら、すぐに自分の言葉を改める。
「現在、魔女様より統治を任されている帝国で、大きな問題が発生しております」
「何が起きているの?」
「極悪貴族ホロウと虚の統治者ボイドが、表に裏にと大暴れし、国内の秩序を乱しているのです。既にドランとウロボロスが消され、今度はどこが狙われるのやら……」
「あぁ、そのこと。確かに、興味深い状況ね」
リゼの声色は、どこか喜色を帯びていた。
「ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、こちらの方で処理いたします。ですからリゼ様には、ボイドを討っていただきたく」
「うーん、どうしようかしら……」
魔女が悩ましげに吐息を零すと、
「ボイドは『厄災』ゼノの転生体、極めて邪悪な存在です! あの男ならば、貴女の患う『1000年の退屈』を紛らわせる! 私はそう確信しております!」
皇帝は声を張り上げて、ボイドの危険性をアピールをした。
「ふむ……」
帝城より遥か遠く――黄金の時計塔に座すリゼの本体は、ゆっくりと目を閉じる。
(頭だけのルインは、まだ知らないようだけど……ホロウとボイドは同一人物。あの坊やは帝国に入ってから、ずっとこちらを意識していた。犯罪結社ウロボロスを派手に潰し、正体を明かすように仮面を取り、映える形で巨獣たちを葬り去る――これらは全て『挑発』、私のことを誘っている)
思考の海にとっぷりと浸りながら、白く艶かしい足を組み替えた。
(私の存在を気取るだけでなく、まさか誘ってくるだなんて……。こんな面白い男、何百年ぶりかしら?)
色欲の魔女は、強くそそられる。
ホロウ・フォン・ハイゼンベルクという異端の存在に。
(あの子ならもしかすると、この『疼き』を止められるかもしれない……っ)
『色欲』に濡れたリゼは、舌なめずりをしながら、ほんの僅かに魔力を零す。
それと同時、
「「「「「「……ッ」」」」」」
皇帝たちは指一本として動かせなくなった。
(こ、これが色欲の魔女リゼ……っ)
ルインは息を詰まらせ、
(なんという大魔力だ……っ。ボイド殿と同等、いやそれを遥かに上回る……ッ)
ダンケルは驚愕に震え、
((((……っ))))
皇護騎士たちは、恐怖に体を強張らせた。
凄まじい圧が部屋を満たす中、
「――いいでしょう、ボイドのことは任せなさい」
「あ、ありがとうございます!」
皇帝が謝意を告げると同時、リゼの大魔力がフッと消えた。
「「「「「「……」」」」」」
僅かに流れた沈黙は、
「く、くくく……はーはっはっはっはっ!」
皇帝の狂ったような嗤いに引き裂かれる。
「お前たち、見たか……!? あれが帝国の切り札、色欲の魔女リゼ様だ! 確かにボイドは強いが、それはあくまで『現代』を基準にした話! 『原初の時代』を生きた本物の化物には、どう足掻いても勝てんのだァ!」
魔女の助力を得たルインは、高らかに勝利宣言を行う。
それこそが、ホロウの狙いだとも知らずに……。
一方その頃、特別来賓室に仕込んだ『盗聴用スライム』で、皇帝と魔女の会話を聞いていた極悪貴族は、
「――ふふっ、ありがとうルイン。キミのおかげで、『最後のフラグ』が成立したよ!」
飛び切り邪悪な笑みを浮かべながら、『友』の頑張りに感謝するのだった。
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