第三十四話:致死量のストレス
皇帝がボイドを抹殺せんとして、ドランに<交信>を飛ばすと――何故か地獄に繋がった。
(何が、起きている……!?)
ルインが混乱する中、
(ふふっ、やっぱりドランへ連絡してきたね! 『受信用の魔水晶』を回収しておいて大正解だ!)
全ての元凶たる極悪貴族は、腹の中で邪悪に微笑み、嘘くさい台詞を口に載せる。
(まさかこのような形で、陛下とお話する機会に恵まれるとは、夢にも思っておりませんでした)
(……あぁ、私も驚いているよ)
皇帝は冷静を装いつつ、現状確認を始める。
(ホロウ殿、これはいったいどういうことかな? 私はドランへ連絡したつもりなのだが……)
(えぇ、そうでしょうね。彼の持つ魔水晶が、反応していましたから)
(何故、キミがそれを?)
(実は今ドラン・バザールを殺したところでして、この魔水晶は遺留品の一つです)
(……はっ……?)
皇帝の口から、間抜けな声が零れた。
(ちょ、ちょっと待て! 今、なんと言った……?)
(『この魔水晶は遺留品の一つ』――)
(違う、その前だ!)
(『実は今ドラン・バザールを殺したところ』、でしょうか?)
ホロウは愉悦に声を濡らし、ルインは静かに固まった。
(は、ははっ……面白い冗談だな。ドランは帝国の裏社会を牛耳る、邪悪な犯罪結社の頭領。そんな簡単に殺られるわけが――)
(――ウロボロスも潰しました)
(……はぃ……?)
もう、何がなんだかわからなかった。
(彼らとは、『些細な因縁』がありましてね。ハイゼンベルクの家訓に則り、ドラン・バザールを殺し、ウロボロスを潰しました)
(ど、どういうことだ!? 詳しく説明しろ!)
激しく取り乱す皇帝に対し、
(かしこまりました)
ホロウは落ち着いて対応する。
(今から一か月ほど前、私のもとにティアラという暗殺者が放たれました。彼女を拘束して尋問すると、下手人は犯罪結社ウロボロスと判明。当家のモットーは『100倍返し』故、いつかお礼参りに行かねばと思っていたところ、人界交流プログラムが始まり、帝国観光のついでにドランとウロボロスを消したんです)
(観光の、ついでに……?)
皇帝の思考が完全にフリーズする。
ルインにとって、ドランは『最高の武器』だ。
伝説級の固有<幻想籠手>は、暗殺特化の魔法。
遠距離から標的の心臓を握り潰し、目障りな政敵を歴史の闇へ葬ってきた。
ドランにとってもまた、皇帝は『最高の上客』だ。
非常に金払いがいいうえ、自分の犯した罪を揉み消してくれる。
雇用の<契約>を結ぶ際、皇帝・皇護騎士・銀影騎士団に対して、<幻想籠手>が使えないよう制限を設けられたが……その見返りに自由な生活を保障された。
そんな二人の『蜜月関係』は――突如、終わりを迎える。
【ここから先は、楽しい楽しい侵略の時間だ!】
極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルクが、帝国の裏社会を一夜のうちに支配したのだ。
(……侮っていた。危険な男だと思っていたが、まさかここまでの化物だとは……っ)
皇帝が奥歯を噛み締める中、ホロウは柔らかく微笑む。
(陛下、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?)
(あ、あぁ、何かな……?)
(先ほど『ドランへ連絡した』と仰っていましたが、犯罪結社の頭領になんの御用ですか?)
鋭利な質問が飛び、
(……っ)
ルインは言葉を詰まらせた。
(まさか皇帝陛下ともあろう御方が、裏社会の殺し屋とズブズブの関係だなんて、<幻想籠手>で多くの政敵を葬ってきたなんて、匿名性の高い秘密の連絡手段を持っているなんて――そんなこと、ありませんよねぇ?)
ホロウは嗜虐的な笑みを浮かべ、邪悪な『確認風煽り』を飛ばした。
(も、もちろんだとも!)
(であれば、なんのためにドランへ連絡を?)
(実は今、ドランの潜伏場所を掴んだところでな! これから銀影騎士団を派遣し、一斉検挙に動くつもりだったんだ! つまり、先の<交信>は『最後通告』、やましいところなどまったくない!)
(なるほど、そういうことでしたか)
ホロウは不気味なほどあっさりと引き下がる。
その余裕に満ちた態度は、不出来な子どもの言い訳に、仕方なく納得してあげる大人のそれだ。
当然、皇帝の自尊心はズタズタになる。
(ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、こいつだけは何があっても絶対に殺す。この世のあらゆる責め苦を与え、ボロ雑巾になるまで痛め付け、最も屈辱的な方法で始末してやる……っ。この俺を怒らせたこと、あの世で悔いるがいい……ッ)
右脳で憎悪を滾らせつつ、左脳で思考を深める。
(しかし、解せん。今日に至るまでのこいつの行動は、あまりにも完璧過ぎる……)
皇帝は自慢の『ルイン脳』を使い、違和感の正体を紐解いていく。
(先般、俺が大魔教団に依頼を出し、ホロウを殺そうとした一件――『魔女の舞踏会』における奴の態度は、やはりおかしい)
ルインに雇われた天魔十傑の第五天は、昨夜遅くに帝都のパーティ会場を襲撃。
凄まじい大パニックが起こる中、ホロウは神速の貫手で暗殺者の心臓を穿ち、温かく家族へ迎え入れた。
(人間、虚を突かれたときは、必ずどこかに『自然な驚き』が出る。しかし奴は、恐ろしいほど冷めていた。あの日あの時あの場所で、自分が襲われると知っていたんだ)
皇帝の推理は、見事に的中していた。
(そして今、俺がボイドの抹殺を決定し、<交信>を飛ばしたそのとき――ホロウはたまたまドランを殺したところで、受信用の魔水晶に応答することができたらしいが……これは嘘だな)
思考の海に沈んだルインは、
(おそらくホロウは、数日前にドランを殺害し、遺体から魔水晶を回収。その後、俺から念波が届くのを待っていた――こう考えるのが自然だ)
圧倒的な知性の暴力で、次々と真相を明らかにしていく。
(実に腹立たしいことだが、ホロウを相手取ったとき、何故かいつも『一手』――いや、『二手』遅れる。おそらく奴には、何か『大きな秘密』があると見た!)
皇帝はさらに洞察を深め、極悪貴族の『謎』を追う。
(ホロウは何故、魔女の舞踏会で襲われることを知っていた? 俺の側近に裏切り者がいる? いや、違うな。第五天ザラドゥームを使った暗殺計画は、ダンケルにも皇護騎士にも伝えていない。であれば、大魔教団がリークした? いや、向こうにメリットがない。奴等はこの件で天魔十傑の一人を失い、大きな損失を被っている)
舞踏会の件をいくら掘り下げても、なんら新しい情報は出て来ない。
(ホロウはどうやって、ウロボロスを潰した? 奴が人界交流プログラムで、帝国へ入って僅か三日。この間にウロボロスの主要な拠点を調べ上げ、各犯罪部門の長を殺し、ドランを始末する。……不可能だ、人手も時間もまるで足りない。たとえハイゼンベルク家の力を総動員しても、こんな芸当は絶対にできん)
ウロボロスの件をどれほど捏ね繰り回しても、ただただ疑念が増すばかり。
熟考の末に判明したのは、ホロウが『異次元の情報網』を持つことだけだ。
(くそ、奴に『裏』があるのは間違いないのに……っ。それがいったいなんなのか、肝心なところがまるでわからん……ッ。こいつはいったい何者なんだ!?)
皇帝が強烈な苛立ちを募らせる一方、
(ルインが黙ってから、三秒も経った……。これはかなり深く考え込んでいるっぽいな。ふふっ、いいぞいいぞ! 順調にストレスを与えられているね!)
極悪貴族はとても満足そうに頷いた。
『ルイ虐イベント』を堪能し、『黒い愉悦』を味わいながら、皇帝に大きな圧を加える。
全ての目的を達成したホロウは、名残惜しそうに玩具を解放する。
(陛下、予期せぬ形で繋がった<交信>ですが、愉しいひとときを過ごさせていただきました。どうか安らかな夜をお過ごしください)
(こ、こちらこそ、実に有意義な時間だったよ(『愉しいひととき』? 『安らかな夜』? ふ・ざ・け・る・な! 貴様のせいで、俺がどれほど胃を傷めていると思っているんだ!?))
皇帝は脳の血管が切れそうになりながら、溢れ出す罵詈雑言を必死に胸の内に抑え、なんとか平静を保つ。
(では、失礼いたします)
(……あぁ)
お互いに別れの挨拶を交わし、<交信>切断。
『世界一の煽り力』を誇るホロウから、『致死量のストレス』を浴びせられた皇帝は、
「――ぉんぎぃいいいいいいいいいいいいいいいい……ッ」
凄まじい奇声をあげながら、銀色の頭髪を掻き毟った。
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