第二十四話:不安
(――ダイヤ、ルビー、アクア、今ちょっといい?)
ボクが<交信>を使って呼び掛けると、
(あら、どうしたの?)
(はっ、もちろんでございます)
(はい、なんなりとお申し付けください!)
即座に返答があった。
(直接会って話したいことがあるんだ。急で悪いんだけど、虚の宮に来てもらえないかな?)
(もちろん構わないわ)
(いつ何時でもお呼びください)
(許可を取る必要なんてありません!!)
(ありがとう、それじゃ繋ぐね)
<交信>を切断し、<虚空渡り>を使うと――正面に生まれた漆黒の渦から、ダイヤ・ルビー・アクアが現れた。
「おはよう、ボイド」
ダイヤは柔らかく微笑み、すぐにボクの右隣へ移動する。
(キミ、ほんとそこが好きだね……)
『ボイドの右腕』を公言して憚らない彼女は、威風堂々と『自分の聖域』に収まった。
一方、
「ボイド様、おはようございます」
仕事モードのルビーは礼儀正しく頭を下げ、
「ボイド様、おはようございます!」
元気いっぱいのアクアが明るく挨拶をする。
「おはようみんな、突然ごめんね」
ボクがそう言うと、三人はフルフルと首を横へ振った。
(それにしても……五獄が三人も揃うなんて、かなり久しぶりだなぁ)
なんだか昔を――みんなで一緒に暮らしていたときのことを思い出して、ちょっとホッコリしてしまう。
(ダイヤ・ルビー・アクアまで呼んだんだし、エメとウルフにも声を掛けてみるか……?)
……いや、やめておこう。
あの二人には『霊国』と『皇国』という、危険な場所を担当してもらっている。あまり負荷を掛けたくない。
エメとウルフは忠誠心がめちゃくちゃ高いから、下手に声を掛けたら無理して参加しそうだしね。
「さて、今回集まってもらったのは他でもない、二つ、『大切な用事』があるんだ」
ボクはそう言いながら、黒い渦の中に右手を突っ込む。
「まず一つ目。ちょうど今朝、ドワーフ族の長ドドンから連絡があってね。『例のブツ』が完成した」
白い小箱を取り出し、パカッと開けると――美しい白銀の指輪が顔を出す。
「そ、それは、まさか!?」
「つ、ついにこのときが!」
期待に胸を膨らませるルビーとアクアへ、
「ふふっ、待たせて悪かったね」
指輪の入った小箱をプレゼントする。
「ありがとうございます! ボイド様からいただいた指輪、一生の宝にします!」
「ありがとうございますっ! この御恩に報いるべく、さらにいっそう頑張ります!」
二人が満面の笑みを浮かべる中、
「……チッ」
右隣から舌打ちの音がはっきりと聞こえた。
(だ、ダイヤさん……?)
ゆっくり視線をスライドさせるとそこには、
「何かしら?」
柔らかく微笑む五獄の統括がいた。
(あの優しい彼女が、舌打ちをするとか……ない、よね?)
ボクが幻聴に惑わされる中、
「うわぁ、綺麗……っ」
「えへへ、嬉しいなぁ……」
ルビーとアクアはジッと指輪を見つめていた。
『年相応の女の子』って感じがして、とても可愛らしいね。
「さて、それじゃ『仕上げ』と行こうか」
「「仕上げ?」」
二人はコテンと小首を傾げる。
「実はその指輪、まだ未完成でね。ほら、台座の部分に魔水晶があるでしょ? そこにボクとルビーの魔力を、ボクとアクアの魔力を、それぞれ混ぜることで完成するんだ」
「なるほど……」
「なんだか凄そうです!」
「それじゃ二人とも、指輪を適当に嵌めてもらえる?」
「はい」
「わかりました」
ルビーとアクアはコクリと頷き、なんの躊躇いもなく、まるで示し合わせたかのように――『左の薬指』へ指輪を通した。
刹那、
「……ッ」
ダイヤの瞳がギロリと尖る。
(果たしてルビーとアクアは、それを理解してやっているのか、何も知らずにやっているのか……)
いずれにせよ、この件は巻いた方がよさそうだ。
迅速にそう判断したボクは、
「よ、よぉし、それじゃ始めようか!」
努めて明るい声を出しながら、ルビーとアクアの指輪に手をかざし、虚空の魔力を注ぎ込む。
二人がそこへそれぞれの魔力を重ねた結果、
「こ、これが……私とボイド様の愛の指輪!」
黒と赤の混ざった鮮やかな魔水晶と、
「私とボイド様の世界に一つだけの指輪……!」
黒と青の混ざった美しい魔水晶が生まれた。
よしよし、中々イイ感じだ。
「それは『虚空石の指輪』という、とても貴重な装備品でね。魔力を注ぐと、疑似的な<虚空渡り>が起動する。まぁ詳しい使い方は、後でダイヤに聞いてよ」
「はっ、かしこまりました」
「はぃ、承知しました!」
これで一つ目の大切な用事、指輪のプレゼントが終わった。
「次に二つ目。実はこれから魔女の秘跡という、ちょっと厄介なイベントがあってね。万が一の事態に備えて、保険を掛けておきたいんだ」
「「「保険……?」」」
「そっ、『死亡フラグ』――っと、『危険』を回避するためのね」
ボクはそう言い直しながら、帝国担当の五獄へ目を向ける。
「アクア、<完全再現>を使って、ボクのコピーを作ってもらえる?」
「ボイド様の、ですか?」
「うん、魔女の秘跡は危険な場所だからね。もしもの場合を考えて、本体じゃなく複製体に行かせたい」
「……申し訳ございません。私の<完全再現>は、自分よりも強い複製体を作ることができず、無理に行った場合は目も当てられないモノが……」
うん、知ってる。
(<完全再現>は『便利』だけど、決して『万能』じゃない。ポツポツと欠点がある)
例えば、アクアよりも強い複製体を作ろうとした場合、再現度が著しく落ちる。
端的に言えば、『めちゃくちゃ弱いコピー』が生まれるのだ。
例えば、複製元の魔法因子は再現できない。
ボクのコピーを作った場合、その複製体は通常の虚空を使えず、『超劣化Verの虚空モドキ』を振るう。
(でも、要は使いよう!)
今回はその欠点が、イイ味を出すんだよね。
「大丈夫、完璧な複製体じゃなくても構わない。『ガワ』さえ整っていれば、それで十分だよ」
「であれば、問題ないかと」
「それじゃ早速、お願いできる?」
「はいっ!」
アクアが元気よく返事すると、彼女の柔らかいスライムボディから、漆黒の液体がドロドロと滲み出し――それはやがてホロウ・フォン・ハイゼンベルクを象った。
「おぉ、凄い精度だね!」
「ありがとうございます! ご要望に沿って、見た目は完璧に仕上げました!」
鏡を見るのとは、まったく違う。
自分の目で『自分の3D』を見るのは、なんとも奇妙な感じだった。
「これ、五感の共有はできる?」
「はい。私と身体的に接触している間に限りますが、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚を同期し、自由自在に操ることが可能です」
イイね、原作と同じだ。
「ちなみにこのコピーは、どれくらい強いの?」
「凡そ『オリジナルの1%程度』とお考え下さい」
「なるほど(『五獄よりちょっと弱く、ラグナよりだいぶ強い』ってところかな?)」
悪くない。
(いや、最高だ!)
大ボスよりも強いのなら、メインルートの攻略に使える。
今パッと思い付くだけでも、陽動・影武者・敵情視察など、たくさんの使い道があった。
(そして何より――この複製体には、虚空因子が存在しない!)
本来デメリットであるこれが、今回は一周回って大きなメリットになる。
「素晴らしいよアクア! キミのおかげで、ボクの計画は盤石なものになった!」
「あ、ありがとうございます! この身に余る光栄です!」
彼女が青いアホ毛をブンブンと振り回す中、
「でもこの程度の作りじゃ、すぐに偽物ってバレるんじゃないかしら……」
ダイヤは眉を顰め、苦言を呈した。
その瞬間、アクアの顔がピシりと固まる。
「御言葉ですがダイヤ様、この複製体はボイド様の容姿を完璧に再現しています。変なイチャモンを付けないでください」
「そう言われても……。ボイドの美しさをまるで表現できていないわ」
「何を仰いますか! どこからどう見てもボイド様でしょう!?」
「あら、あなたの瞳に映るボイドは、この程度の存在なのね」
ダイヤがやれやれと肩を竦め、
「なんですとぉ!?」
アクアが犬歯を剥き出しにして威嚇した。
「ま、まぁまぁ二人とも落ち着いて」
ボクは荒ぶるスライム娘をどーどーと宥める。
(五獄はみんな仲良しなんだけど、昔からよく喧嘩するんだよね……っ)
苦笑いを浮かべつつ、コホンと咳払いをする。
「ダイヤは、この複製体が偽物だってわかるの?」
「もちろん」
彼女は自信満々に言い切った。
(……おかしいな)
完全再現でコピーできないのは、『強さ』と『固有因子』のみ。
そして現在、ボクと複製体は魔力を消している。
この状態で両者を見分けるのは、ロンゾルキアの設定的に不可能なはず。
(でも、ダイヤは嘘をつくような子じゃない……)
きっと彼女の目には、はっきりとした『違い』が映っているのだろう。
(まぁ、『前例』がないわけじゃない)
例えばレベルアップや回復魔法の仕様は、原作ロンゾルキアのそれとはまったく違う、この世界独自のモノだ。
<完全再現>の設定が、ゲームと異なっていたとしても、なんら不思議じゃない。
(やっぱりダイヤを呼んで正解だね!)
今回彼女に声を掛けたのは、コピーの精度を確かめるため。
(ダイヤは魔法探知に優れていて、細かいところによく気付く。そして何より、ボクとの付き合いが、五獄の中で最も長い)
彼女ならば、自分でも気付けない『微細な違い』を見抜くのでは?
そう思って、この場に呼んだのだ。
ボクはパンと手を打ち、みんなの注目を集めた。
「それじゃ今から『どっちが本物だテスト』を実施する。ダイヤとルビーは、後ろを向いて目を瞑ってほしい」
「えぇ、わかったわ」
「かしこまりました」
コクリと頷いた二人は、しっかりと両目を閉じ、その場で180°回転する。
ボクはその間、偽物とこっそり立ち位置を入れ替えた。
「――よし、もういいよ」
ダイヤとルビーは目を開け、こちらへ向き直る。
「さぁ、本物のボイド様は、どちらでしょうか?」
アクアは不敵な笑みを浮かべ、問いを投げた。
「え、えっと……っ」
ルビーが目を右往左往させる中、
「こっち」
ダイヤは逡巡する間もなく、正解を指さした。
「おっ、当たり」
凄いね、本当に見抜いているよ。
「ま、まぁ確率は2分の1ですからね! 当てずっぽうでも、当たるときは当たりますよ! もう一回、もう一回やってみましょう!」
アクアがリトライを望み、
「2分の1というか、普通に一択なんだけれど……」
ダイヤは困ったようにため息を零した。
その後、
「ボイド様は、どっちだ?」
「こっち」
「ど、どっちだ!?」
「こっちね」
「どっちだぁ!?」
「こっちよ」
何回やっても結果は同じ、ダイヤの偽物検知率は驚異の100%だった。
「そん、な……っ」
アクアが絶句する中、
「だから言ったじゃない」
ダイヤは呆れたように呟く。
(ここまで来ると本当に見抜いているとしか……。いや、念のため、最後にアレを試しておこう)
本当に複製体を判別できているのかどうか。
それを明らかにすべく、最後は少し『意地悪』をしてみる。
「ダイヤ、もう一度だけお願いできる?」
「えぇ、いいわよ」
彼女は目を閉じ、再び後ろを向く。
それと同時、アクアに<完全再現>を使ってもらい、そっくりな複製を一気に三体追加。
さらに本物は、玉座の裏へ隠れた。
こうして偽物四人が並んだ状態で、アクアが自信満々に問い掛ける。
「さぁダイヤ様、本物のボイド様は、どちらでしょうか? おわかりになるんですよねぇ? ねぇ!?」
次の瞬間、
「全部偽物ね。私のボイドはどこ?」
ダイヤは一切迷うことなく、全て偽物だと言い切った。
「ば、馬鹿な。私の<完全再現>が見破られるなんて……こんなのあり得ない。ボイド様にお褒めいただいたのに、せっかく手に入れた信頼がぁああああ……ッ!?」
アクアが美少女にあるまじき顔で崩れ落ちる中、ボクは玉座の裏からひょっこりと顔を出す。
「凄いね、大当たりだよ」
「ふふっ、ありがとう。あなたに褒められると、些細なことでも嬉しくなってしまうわ」
喜ぶダイヤはさておき、鋭い直感を持つ『龍人』に聞いてみる。
「ルビーはどう? 本物と複製体の違い、何かわかった?」
「申し訳ございません、私にはまったく……」
「いや、謝る必要はない。それが普通だよ」
原作の設定的にもね。
つまり現状、ダイヤだけが<完全再現>を見破れるというわけだ。
「ボクの目から見ても、複製体は完璧だと思う。実際、どこが違うの?」
「全部」
「いや、それはないでしょ……」
「所詮はコピー、本物の美しさには届かない。例えばほら、深みのある真紅の髪・紅玉のような凛々しい瞳・スッと通った綺麗な鼻筋・威厳に満ちた佇まい・絶対王者たる強烈な覇気、他にも――」
「――あっ、もういいです」
結論、ダイヤが異常だった。
彼女の『重過ぎる愛』が、<完全再現>を上回ったのだ。
(原作の設定を超える愛、か……)
五獄の統括ダイヤ、わかってはいたけれど、なんて重いヒロインなんだ。
(もしも将来、ボクが他のヒロインを婚約者に選んだら……刺されたりしない、よね……?)
ほんのちょっとだけ不安になった。
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