表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

141/162

第十九話:主役(メインディッシュ)

 馬車にしばらく揺られた先は、帝国の歴史文化遺産――ダリオス宮殿。

 魔女の舞踏会は例年、ここで開かれるのが(なら)わしだ。

 入口の憲兵に招待状を見せ、重厚な扉を(くぐ)るとそこには、豪奢(ごうしゃ)なパーティー会場が広がっていた。


(さすがは帝国の舞踏会、めちゃくちゃ立派だね)


 大理石の床には真紅の絨毯(じゅうたん)()かれ、天井からは黄金のシャンデリアが下がり、会場を(いろど)る高級な調度品の数々が、特別(ラグジュアリー)な雰囲気を演出していた。


 広大なメインホールは三つに分けられており、手前が食事スペース・中腹が歓談エリア・最奥が舞踊(ぶよう)ホール、比較的オーソドックスな配置だね。


 宮廷楽団(きゅうていがくだん)優美(ゆうび)な音色を奏でる中、


「行くぞ」


「うん」


 ボクはニアを連れて、会場の中心へ移動する。


(あっちの穏やかな老紳士はエドゥアル公爵。向こうの威厳に満ちた貴婦人はミランダ辺境伯。大商会連合の頭目(とうもく)ゲール。錚々(そうそう)たる顔ぶれだね)


 皇帝が仕切る(もよお)しということもあり、帝国中の有力者が一堂に会していた。


(これは表社会を(むしば)む、『千載一遇の大チャンス』……絶対モノにするぞ!)


 ボクがやる気に燃えながら、歓談エリアへ向かっていると――不意に背後から声が掛けられた。


「もしや……ハイゼンベルク公爵では?」


 振り返るとそこには、どこか陰のある老紳士が立っていた。


「これはこれはエドゥアル公爵、お初にお目に掛かります」


「おぉ、やはりそうでしたか! いやはや、若きダフネス殿によく似ておられる……。特に目元なぞ瓜二つだ」


 ボクとエドゥアルさんが笑顔で挨拶を交わすと、


「なんと、なんとなんと!? ハイゼンベルク公爵ではありませんか!」


「貴殿も招待されていたのですね。家督(かとく)の継承、心よりお(よろこ)び申し上げます」


父君(ちちぎみ)には幾度となくお世話になりました。今後とも変わらぬご交誼(こうぎ)(たまわ)れれば幸いです」


 大勢の貴族たちがワラワラと押し寄せてきた。


(『極悪貴族ハイゼンベルク』の名は、帝国でも知られているんだけど……。この人気っぷりは、ちょっと異常だね)


 おそらく、あの一件(・・・・)が理由だろう。

 先日ボクは軍師として、『四災獣(しさいじゅう)天喰(そらぐい)を討ち倒し、人類史(じんるいし)に残る武功(ぶこう)を立てた。

 このニュースは王国のみならず、世界中のヘッドラインを飾り、もちろん帝国にも伝わっている。


(大貴族たちは、目と鼻が利く……)


 ハイゼンベルク家は、ボクの代で大きな繁栄を()げる――そう判断した彼らは、なんとかこの機に繋がりを持とうとしているのだ。


「しかし、『学業』と『領地運営』を共にこなすとは、さすがハイゼンベルク公爵ですな!」


「父と母の助けもあり、なんとかやっております。自分一人ではとてもとても」


 ときには謙遜(けんそん)を挟み、


「何かお困りごとがあれば、いつでもご相談くださいね」


「お心遣い、ありがとうございます」


 ときには感謝の言葉を述べ、


「他国の舞踏会だというのに、落ち着いていらっしゃる。私が貴殿ほどの時分(じぶん)は、右往左往としたものですよ」


「ははっ、ただ図々しいだけかもしれません」


 ときにはユーモアを交えて返す。


 大勢の貴族たちと(なご)やかに話し、親睦(しんぼく)を深めていると、


「……」


 ニアがまじまじとこちらを見つめてきた。


(ん、どうしたんだろう?)


 疑問に思い、<交信(コール)>を飛ばす。


(なんだ、俺の顔に何か付いているのか?)


(ホロウってこんな穏やかに話せたんだって、ちょっとビックリしちゃった)


(演技に決まっているだろう? 貴族の当主たるもの、仮面を被れなくてどうする)


(なるほど……。もしかしてあなた、けっこうな大人(おとな)さん……?)


(少なくとも、お前よりはな)


(ぅぐっ、言い返せない……っ)


 そうしてニアを軽くあしらっていると、エドゥアルさんが一歩踏み込んできた。


「ときにハイゼンベルク公爵、帝都にはどれくらい滞在なさるのでしょう?」


「『人界(じんかい)交流プログラム』が終わる、7月15日までを予定しています」


「なるほど、お忙しそうだ」


「それが存外に手空きでしてね。せっかくの機会なので、帝国を見て回ろうかと思っています。独自の食文化・原初の旧跡(きゅうせき)・美しい大自然、この地は実に興味深い」


「ほほぅ……もしよろしければ、うちの屋敷へいらっしゃいませんか? 旧跡や自然こそございませんが、当家の料理人(シェフ)が腕によりをかけて、『極上の帝国料理』をお作り致します」


 刹那(せつな)


「「「……」」」


 この場の空気が固まった。


 誰も彼もが神経を研ぎ澄ませ、静かに耳をそばだてている。


 ボクがどんな顔をするか、ボクがどんな返答をするか、ボクがどんな態度を見せるのか。

 ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの一挙一動に全神経を注いでいるのだ。


(こういうの……『The貴族』って感じだね)


 みんな、『間合い』を測っている。

 ボクに対して――ハイゼンベルク公爵に対して、どこまで踏み込んでよいものか。

 エドゥアル公爵という一番手(ファーストペンギン)を通じて、少しでも情報を得ようとしているのだ。


 そんな彼らには、『最高の回答』をプレゼントしよう。


「エドゥアル公爵」


「……はい」


「願ってもないお話です。是非、お願いします」


「おぉ、左様でございますか! では、明後日(あさって)の昼などいかがでしょう?」


「こちらは問題ありません。12時で調整しても?」


「はい、お願いします。ふふっ、楽しい時間になりそうだ」


 ボクとエドゥアルさんの食事会が(まと)まると同時、


「は、ハイゼンベルク公爵! 当家の領地には、原初の旧跡がありまして――」


「うちの屋敷からは、雄大なモントニア山脈が一望(いちぼう)できまして――」


「私の専属料理人は、陛下に認められるほどの腕でして――」


 他の大貴族たちが、我も我もと誘ってきた。


(ふっふっふっ、大漁大漁……!)


 帝国の大貴族が、釣れるわ釣れるわ!

 これぞまさに『入れ食い状態』だね!


 内心(ないしん)、笑いが止まらなかった。


(これで彼らと歓談の場を持つことができた。後は帝国担当の(うつろ)、アクアたちの集めた『機密情報(スキャンダル)』で、大貴族たちを(おど)――ゴホン、彼らを傀儡(かいらい)に――いや、『友好的な関係』を築く!)


 そうやって一人ずつ大貴族を攻略し、ジワリジワリと支配を拡大するのだ!


(くくく……っ。この調子なら予定よりも早く、帝国を()とせそうだね!)


(うわぁ……ホロウ、また悪い顔してる。今度の犠牲者は、帝国の大貴族たちなのね……)


 そんな風に有意義な時間を過ごしていると、ミランダ辺境伯がパンと手を打った。


「そうだわ! ここでお会いできたのも何かの縁ですし、もしよろしければ、うちの子と踊っていただけませんか?」


 その流れに乗じて、他の大貴族たちも、自慢の娘をグイグイと押し出してくる。


「――ハイゼンベルク公爵、どうか私に夢のような時間をお恵みください」


「――公爵様、一曲だけお手をいただけないでしょうか?」


「――公爵閣下(かっか)御寵愛(ごちょうあい)(たまわ)れるのであれば、これ以上の幸せはありません」


 綺麗なドレスを纏った美女たちが、柔らかい微笑みを浮かべながら、こちらへスッと体を寄せてきた。


(こ、これは……っ)


 ドレスから零れそうな白く大きな胸・スカートの切れ目から覗く(なまめ)かしい太腿(ふともも)・細く(たお)やかな腰つき……彼女たちはみんな、本当に美しかった。


(この展開は、マズい……ッ)


 情欲(じょうよく)(ほむら)が立ち昇り、ホロウ(ブレイン)()び付いていく。


(……嗚呼(あぁ)、絶世の美女がこんなにたくさん……)


 鋼の理性がグラつき、彼女たちのもとへ、一歩踏み出したそのとき、


「……ホロウ……っ」


 背後から、ニアの小さく切ない声が聞こえた。


 次の瞬間、


(……おぃ、それ(・・)はないだろう?)


 情欲の炎がフッと消える。


 自分から舞踏会へ誘っておいて、他の女性を優先するのは――さすがにちょっと失礼だ。


(ニアは『不憫(ふびん)の女王』だけど……。だからと言って、雑に扱っていいわけじゃない)


 遠く離れた異国の夜会で、一人ポツンと残されたら、誰だって寂しい思いをする。


(彼女は偶発的に不幸を(かぶ)るから『面白(おもしろ)可愛い』のであって、こちらが意図して可哀想な目に遭わせるのは――完全に『解釈違い』だ)


 平時の冷静な思考を取り戻したボクは、小さく首を横へ振る。


「せっかくのお話ですが、申し訳ございません。私にはパートナーがいるものでして」


 そう言いながら、ニアの肩を優しく抱き寄せた。


「ほ、ホロウ……?(今、パートナーって!?)」


 目を白黒とさせる彼女へ、


「案ずるな、一人で寂しい思いはさせん」


 耳元でそう(ささや)くと、


「えっ、うん……ありがと……っ」


 ニアは真っ赤になって、小さくコクリと頷いた。


「なるほど、エインズワース公爵ですか」


「ほほぉ、これはまた絵になるペアでございますなぁ……」


「もしやお二人は……っと、失礼。無粋(ぶすい)な詮索でしたね」


 さすがは帝国の大貴族、引き際がとても綺麗だね。


(さて、そろそろ一曲ぐらい踊っておこうかな)


 舞踏会に来た若い男女が、歓談だけして帰るというのは、なんとも変な話だ。

 下手をすれば、「貴族の教養たるダンスを修めていないのか?」と疑われかねない。


(こういう細部を詰めるのは、けっこう大事だったりするからね)


 っというわけで、ボクはニアに問い掛ける。


「そろそろ踊ろうと思うのだが、大丈夫か?」


「えぇ、もちろん。あなたこそ、ダンスの修業は積んでいるのかしら?」


「愚問だな」


「ふふっ、さすがね」


 ボクが手を差し出すと、ニアはそれを取った。


 その後――最奥の舞踊(ぶよう)ホールへ移動し、宮廷楽団の演奏に合わせて、二人で優雅にワルツを踊る。


(やっぱりニアは便利だなぁ……。魔女の舞踏会でもまったく浮いてないし、彼女と一緒なら、どんなところにでも潜入できそうだ)


(やっぱりホロウは凄いなぁ……。帝国の舞踏会でも威風堂々としているし、彼と一緒なら、どんな困難にでも立ち向かえそう)


 二人で手を合わせて、見つめ合いながら踊ると、なんだか気持ちが通じ合っているような気がした。


 そうして一曲が終わったところで、


「――皇帝陛下の御入来(ごにゅうらい)ッ!」


銀影(ぎんえい)騎士団』ディルの声が響き、宮殿の扉がゆっくりと開かれる。


(おっ、素晴らしいタイミングだね!)


 大貴族を支配する手筈は完璧に整った。

 後は今日の『主役(メインディッシュ)』をいただくだけだ。


(ふふっ、会いたかったよ、皇帝陛下?)


 彼とはきっと『長い付き合い』になるだろうから、最初の出会いファースト・インプレッションを強烈なモノにしなくちゃね!

【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】

「面白いかも!」

「早く続きが読みたい!」

「執筆、頑張れ!」

ほんの少しでもそう思ってくれた方は、本作をランキング上位に押し上げるため、


・下のポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にする


・ブックマークに追加


この二つを行い、本作を応援していただけないでしょうか?

ランキングが上がれば、作者の執筆意欲も上がります。

おそらく皆様が思う数千倍、めちゃくちゃに跳ね上がります!

ですので、どうか何卒よろしくお願いいたします。


↓この下に【☆☆☆☆☆】欄があります↓

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

カクヨム版の応援もお願いします!


↓下のタイトルを押すとカクヨム版に飛びます↓


カクヨム版:世界最強の極悪貴族は、謙虚堅実に努力する



― 新着の感想 ―
不憫だ 端から見れば 報われてるぽいのに ダンス中の独白の対比が… ニア 不憫キャラ驀進中だなw 私的には 最後には報われて欲しいヒロインNo.1
情欲詰みをヒロインが上回った!
ニアちゃんよかったね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ