第十一話:帝都観光
ボクは黒いローブと仮面を脱ぎ、レドリックの制服姿へ戻った。
ハイゼンベルク公爵として動くのに、ボイドの衣装を着たまま、というわけにはいかないからね。
「ボクはこれから『撒き餌』を――ティアラを連れて、帝都を歩き回る。アクアとは、一旦ここでお別れだね」
「はいっ、今日はお呼びいただき、ありがとうございました! とっても楽しかったです!」
彼女は小さくお辞儀して、ニッコリと微笑んだ。
(ちょっと病んでるところはあるけど、真っ直ぐなイイ子に育ってくれたなぁ……)
ボクがしみじみそんなことを思っていると、アクアが軽やかな足取りで、ティアラのもとへ向かった。
「ねぇねぇティアラさん」
「は、はい、なんでしょうか?」
「――ボイド様に色目を使ったら溶かす。ボイド様の御体に触れたら溶かす。ボイド様の吐息を吸ったら溶かす。私はずっと視ていますからね?」
アクアは何事かを耳元で囁き、
「は、はぃ……承知しました……っ」
ティアラがビクンと体を震わせた。
「ん、どうしたの?」
「えへへ、『乙女の小話』ですよ。ねっ、ティアラさん?」
アクアは無邪気に微笑み、
「は、はぃ、なんでもありません……っ」
顔面蒼白のティアラは、コクコクと小刻みに頷く。
(この二人……けっこうな『仲良しさん』と見た)
臣下同士、良好な関係を築けているのは、とても喜ばしいことだね。
「それではボイド様、私はこのあたりで失礼しますね」
次の瞬間、アクアの体は黒い液体と化し、地面に沈み込んで消えた。
スライムの移動方法は、何度見ても面白いね。
「それじゃ、今日はよろしくね、ティアラ?」
「はい、ボイド様」
「あっ、ボクを呼ぶときは、『ボイド』じゃなくて『ホロウ』で頼むよ?」
「かしこまりました、ホロウ様」
「『様』……は、まぁいいや」
ボクは家督を継ぎ、ハイゼンベルク公爵となった。
臣下に敬称付きで呼ばれても、何もおかしなことはない、むしろそれが自然だろう。
「さて、行こうか」
「はっ」
そうしてボクとティアラは、夜の帝都へ繰り出した。
今回はハイゼンベルク公爵として動くため、立ち居振る舞いはもちろんのこと、言葉遣いにも気を付けなくちゃいけない。
(ちょっと面倒だけど……まぁ、演技にはそれなりに自信がある)
なんと言ったってボクは、『怠惰傲慢な極悪貴族』を六年も演じているからね。
(しかし、王国よりもかなり発展しているな……)
夜の9時を回っているにもかかわらず、帝都の大通りにはたくさんの人がいた。
「えっ……あれってまさか、ハイゼンベルク公爵!?」
「うそっ、天喰を倒した『英雄』が、どうしてこんなところに!?」
「そう言えば……『人界交流プログラム』で、うちに来ているって噂があったな」
よしよし、いい感じに目立っているね!
(けっこうけっこう、順調な滑り出しだ!)
心の中で微笑みながらも、極悪貴族っぽい不機嫌な外面を維持する。
「そう言えばティアラ、腹は減ってないか?」
「お心遣い、ありがとうございます。ですが、問題ありませ――」
そのとき「ぐぅー」っと腹の虫が鳴り、
「……っ」
ティアラはわかりやすく、顔を赤く染めた。
どうやら、かなり空きっ腹のようだ。
「ふむ、適当に取るか」
「いえ、その必要は――」
「――よい、これも仕事の一環だ」
「そういうことでしたら……お願いします」
三分後、
「ここでいいか」
目についた三ツ星レストランへ入り、一番高いコース料理を頼む。
「う、わぁ……!」
ティアラは目をキラキラと輝かせ、ゴクリと生唾を呑んだ。
「ほ、本当によろしいのですか?」
「あぁ」
「ありがとうございます!」
彼女は意外にも礼儀正しく、両手を合わせて食前の挨拶を述べ、豪華なディナーを堪能する。
「どうだ、うまいか?」
「はい、とってもおいしいで――んぐっ!?」
「もう少し落ち着いて喰え」
水の入ったグラスを渡してあげると、彼女は必死にゴクゴクと呑み干した。
「ふぅ……た、助かりました……っ」
ティアラは別に『ヒロイン枠』じゃないけれど、喜怒哀楽がはっきりしていて、けっこう可愛いらしいところがあった。
「――またのご来店をお待ちしております」
代金は二人で10万ゴルド。
帝国は王国よりも物価が高いし、まぁこんなモノだろう。
「御馳走になってしまい、申し訳ございません」
「気にするな」
今はハイゼンベルク公爵として活動しているため、まさか大衆料理店で済ますわけにもいかない。
お金の無駄遣いは大嫌いだけど、これは純然たる『必要経費』だからね。
その後、幻想劇場や魔女の庭園など、有名どころを巡っていると――背後に『不審な気配』を感じた。
(……おっ?)
後方30メートルぐらいだろうか。
一定の距離を維持したまま、ぴったりと付いて離れない。
(ふふっ、釣れた釣れた!)
ボクが心の中で微笑んでいると、ティアラがハッと息を呑む。
「……ホロウ様」
「あぁ、付けられているな」
わざわざ彼女を連れ出した甲斐が、最高級の餌をバラ撒いた甲斐があったね。
(かつてウロボロスの暗殺部門は、皇帝から直々に依頼を受けて、原作ホロウの暗殺に乗り出した)
自信満々にティアラを放った結果はしかし――大失敗。
頭領ドランの面子は、完全に潰れてしまう。
(そんな折、帝都を観光中の標的と元幹部を見つけたら、彼はいったいどう動くだろうか?)
当然、これを見逃すことはない。
すぐに使いを放って、自分の巣へ招待し――自らの手でガン詰めするだろう。
(ボクとティアラを囲って、責め苦の果てに殺し、二人の遺体を皇帝に献上……とかかな?)
ウロボロスのような犯罪組織は、面子をとても大切にするからね。
(ここじゃ人目につくし、向こうも動きづらいはず……)
ボクは敢えて薄暗い通りへ移動し、獲物を誘うことにした。
それからほどなくして、燕尾服の老爺が声を掛けてくる。
「――ハイゼンベルク公爵、でございますね?」
「礼儀がなっておらんな。人に尋ねる時は、まず自分から名乗るものだ(ふふっ、『大当たり』! 暗殺部門からの招待状だね!)
笑顔が零れそうになるのを必死に押さえ、努めて不機嫌な顔を作った。
一方の老爺は、
「主人がお待ちです、どうぞこちらへ」
こちらの言うことを無視して、淡々と要求を告げた。
(ここで素直に付いていくのは、原作ホロウの設定上、絶対にあり得ない行動だ……)
怠惰傲慢な極悪貴族が、不躾な呼び出しに応じるわけがない。
つまり、ここで返すべき答えは一つ。
「失せろ、目障りだ」
こうやって冷たく突っぱねること。
当然、ドランの命令を受けた老爺が、「はい、わかりました」と引き下がるわけもない。
「抵抗なされた場合は、無理にでも連れて来るよう、仰せつかっております」
「失せろ。三度目はないぞ?」
「はぁ……馬鹿者め」
老爺は袖に隠した仕込みナイフを取り、
「フッ!」
ボクの腹部へ、思い切り突き立てた。
「敢えて急所を外した。儂等ウロボロスを虚仮にして、楽に死ねると思う……んなっ!?」
老爺の顔が驚愕に歪む。
それもそのはず……仕込みナイフの刃が、根元からポッキリ折れていたのだ。
「ふむ、脆いな」
(あ、あり得ん……っ。ドワーフ製のナイフじゃぞ!?)
原作ホロウは、よく辻斬りに遭って殺される。
(だからボクは、死ぬほど腹筋を鍛えた!)
たとえ魔力強化なしの自然な状態であったとしても、英雄級以下の陳腐な攻撃は、完全に無力化できるのだ。
「しかし、こんな『玩具のナイフ』で襲って来るとは……まったく愛い奴よ」
「ぐっ……」
「この俺に対する殺人未遂、打首獄門は免れんところだが……。生憎、老人をいたぶる趣味はない。どれ、お前の飼い主に責任を取らせるとしよう」
「……どうぞこちらへ」
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