第五話:人界交流プログラム
――聖暦1015年7月8日。
今日はレドリック魔法学校へ向かう。
天喰討伐の準備期間は公欠、その後も勲章の授与式や家督の継承式で休んでいたので、およそ二週間ぶりの登校になるね。
いつものようにホームルーム開始ギリギリで教室に入ると、クラスメイトの視線が一斉にこちらへ集まってきた。
「来たぞ、ホロウだ。いや……『ホロウ様』か?」
「そこはやっぱり『ハイゼンベルク公爵』じゃない?」
「レドリックにいる間は、『ホロウ』でいいと思うぞ?」
ボクが――ハイゼンベルク家の当主が普通に登校して来たことで、多少のざわめきが起こっているっぽい。
(まぁどうせ一過性のモノだろうし、放っておくのが吉かな)
今は物珍しさから騒ぎになっているけど、そのうち慣れて当たり前のことになる。
そんなことを考えながら、自分の机に向かうと、
「おはよ、ホロウ」
「ホロウ、おはよう」
「ホロウくん、おはよう!」
ニア・エリザ・アレン、いつものメンバーが挨拶をしてきた。
ボクは軽く手をあげ、「あぁ」と短く答えながら、椅子に腰を下ろす。
それと同時、ゴーンゴーンゴーンと鐘が鳴り、前の扉からフィオナさんが入ってきた。
教壇に立った彼女は、コホンと咳払いをして、生徒の注目を集める。
「今日のホームルームでは、大切なお知らせがあります。みなさんご存じ、『人界交流プログラム』についてです」
よし来た、これで本格的に第五章が動き出すね!
(人界交流プログラムは、四大国の間で結ばれた『人類強化計画』の一つだ)
ロンゾルキアの世界では、人類の生息圏を『人界』と言い、それ以外の地域を『外界』と表現する。
人界は穏やかな気候に恵まれ、魔獣のような敵性生物も少なく、とても安定したエリアだ。
一方の外界は過酷な環境の中にあり、強力な亜人・獣人・魔獣の闊歩する、とても危険なエリアだ。
そこには亜人連合・獣人国家・魔王城などが存在し、確か『大魔教団の本拠地』もあったはず……。
(外界の連中は強靭な膂力・莫大な魔力・異常な回復力を誇り、人類を『劣等種族』と見下し、『食糧』と思っている)
単純な武力で劣る人間たちは、先人の『知恵』と『策謀』を駆使して、自らの生息圏を必死に守ってきた。
今回の『人界交流プログラム』もそのうちの一つで、王国・帝国・皇国・霊国の優秀な学生たちを一週間だけ交換し、お互いの『競争心』を刺激するという狙いがある。
現代風に言うと、『超ド短期の交換留学』って感じだね。
「本プログラムの対象となるのは、特進クラスに属する生徒のみ。今年度の一年生は帝国へ赴き、帝国魔法学院の一年生と。二年生は霊国へ行き、向こうの二年生と。三年生は王国で皇国の三年生を迎え、『特別な課題』をこなします」
フィオナさんの説明を受け、小さくないざわめきが起こる。
「えっ、うちら帝国に行くの? ちょっと怖くない?」
「あそことは、少し前まで戦争していたよな……」
「でも、最後の侵攻から三年ぐらい経ってっし、さすがにもう大丈夫っしょ?」
「平和条約も結ばれているから、何もしてこないとは思うけど……」
「なぁなぁ、知っとる? 帝国は大陸南部の国やから、開放的な美女が多いねん! あぁ、たまらんなぁ~!」
不安と興味の入り混じった空気が流れる中、第十位だけは鼻の下を伸ばしていた。
ほんと、相変わらずだね。
「本プログラムの実施期間は、明日からちょうど一週間。大魔法<異空の扉>を使って、一気に帝国へ飛びます。当日は自分の荷物を持って、当校の校庭に集まってください。時間厳守でお願いしますね」
ホームルームが終了し、一限の授業が始まる。
(ふふっ、明日から帝国か……楽しみだなぁ!)
そうしてボクは、まだ見ぬイベントたちにワクワクしながら、退屈な授業を聞き流すのだった。
■
迎えた翌日、聖暦1015年7月9日。
ボクたち一年特進クラスは、レドリックの校庭に集合していた。
時刻は朝の9時、予定時間になったところで、本校舎からフィオナさんが出てくる。
「みなさん、おはようございます。早速ですがこれから、空間支配系の一般大魔法<異空の門>を使って、帝国の街『オーガスト』へ飛びます。すぐに準備を整えるので、少し待っていてください」
フィオナさんはそう言って、<交信>を起動した。
「カーラ先生、転移元の準備は万端です。転移先の準備はよろしいでしょうか?」
「はい、問題ありません」
念話の相手はカーラ先生だ。
この話を聞く限り、向こうは帝国で待機しているっぽいね。
「では予定通り、9時5分ちょうどにお願いします」
「えぇ、わかりました」
<交信>切断。
「ふぅー……っ」
珍しく真剣な表情のフィオナさんは、右手に希少な魔水晶を持ち、予め校庭に描かれた魔法陣に入る。
(まぁ<異空の門>は、とても高度な一般魔法だからね)
大量の魔力を燃やし、魔水晶の補助を受け、魔法陣で演算精度を高め――二人の高位魔法士が『転移元』と『転移先』に分かれて、ほとんど同時に<異空の扉>を唱える。
この面倒な手順を踏んでやっと『瞬間移動』が、超絶劣化Verの<虚空渡り>が可能になるのだ。
<虚空>のぶっ壊れっぷりが、とてもよくわかるね。
それからほどなくして、
「――<異空の門>」
フィオナさんの声に応じて、大きな白い門が出現した。
「さて、行きましょうか」
引率の彼女が先に門へ入り、ボクたち特進クラスの生徒もその後に続く。
視界が真白に染まり、奇妙な浮遊感に包まれる中――気付くとそこは、『南国のリゾート』だった。
「うわぁ、綺麗な海……!」
ニアはキラキラと目を輝かせ、
「ふふっ、気持ちのいい潮風だ」
エリザは柔らかい微笑みを浮かべ、
「ここが帝国! 綺麗なところだなぁ!」
アレンは興味深そうにキョロキョロと周囲を見回す。
ヒロインたちが三者三様の反応を見せる中――ボクもまた大きな衝撃を受けていた。
(な、なんということだ……っ)
右を見ても左を見ても、『サブイベント』だらけ。
王国のサブイベントは、メインルートの途中でいい具合に消化してるんだけど、帝国は全くの手つかず――完全な『ブルーオーシャン』だ。
(ふふっ、これは楽しい小旅行になるぞ!)
こういう新しい国に来たとき、めちゃくちゃワクワクするんだよね。
(本当なら、全てのサブイベントを堪能したいところだけど……)
しっかり『おいしいモノ』だけを選別・消化して、テンポよくメインルートを進めなくちゃいけない。
何せこの人界交流プログラムは、たった一週間で終わってしまうからね。
そうしてボクが自制心を働かせていると、
「カーラ先生、ご協力ありがとうございました」
「フィオナ先生も、お疲れ様です」
教師陣二人は事務的な会話を交わし、カーラ先生は<異空の門>を通って、レドリックの校庭へ飛んだ。
その後、
「みなさん、はぐれないように付いてきてください」
フィオナさん引率のもと、高級リゾートホテルに移動。
チェックインを済ませて、各自の手荷物を部屋に置き――ホテル前へ集合した。
「――29・30・31。よし、ちゃんと全員揃っていますね」
生徒全員を数えたフィオナさんが、これからの予定を発表する。
「今日は帝国の気温に慣れるため『完全オフ』。帝国魔法学院の一年生と合流するのは、明日からの予定となっているので、しばらくは自由時間とします。但し、18時までにホテルへ戻ること。この街オーガストの外に出ないこと。私の<交信>には必ず応じること。これら三つのルールを守るように。それでは――解散!」
そうして自由時間となった。
「ふふっ、今日は遊ぶわよ!」
ニアが無邪気に微笑み、
「あぁ、まずは海からだな!」
エリザがコクリと頷き、
「とりあえず、水着に着替えなきゃだね」
アレンが少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
ボクはこれから、みんなと一緒に海で遊ぶ約束をしている。
(第五章は『表』と『裏』で大忙し。ゆっくりと羽を伸ばせるのは、今日が最初で最後だから、思いっきり羽を伸ばそうかな!)
もちろん、原作ホロウの設定が壊れない範囲でね。
(さて、ササッと着替えよっと)
ボクがニアたちと一緒に、ホテルの自室へ戻ろうとすると――前方で大きな騒ぎが起きた。
「お、おい見ろ、『王国の死神』だッ!」
「賭けた馬が必ず負ける『競馬界の貧乏神』……っ」
「借金総額5億越えの『特級俗物』が、ついに帝国へ上陸しやがった……ッ」
どうやらフィオナさんは、けっこうな有名人らしい――もちろん悪い意味で。
「ふっふっふぅ、『帝都競馬場』……一度行ってみたかったんだよねぇ!」
自信満々の鴨は、葱と土鍋と調味料を持参して、『約束された敗北の地』へ向かっていく。
どうやらこれから、ダイナミックな自殺を図るらしい。
(あ゛ー、そっか。そう言えばこれがあったな……)
ボクは強烈な頭痛と眩暈に襲われた。
この第五章から、馬カスの行動範囲が無駄に広がり、帝都競馬場にも出現するようになるのだ。
基本は王都競馬場で爆死しているが、『帝国ダービー』や『皇帝記念杯』などの大きなレースにのみ顔を出し――有り金を綺麗に溶かしてくる。
(『王都』で遊ぶ分には、いくら負けたって構わない)
ボクの作った『夢の永久機関』で、全て完璧に回収できるからね。
(でも、『帝都』は駄目だ)
ここでスッた金は、帝都競馬場の経営者に流れる。
ハイゼンベルク家の資金が、帝国へ洩れ出してしまうのだ。
当主の立場として、これを見逃すことはできない。
(確か帝都競馬場は、帝国の裏組織『ウロボロス』が仕切っていたっけな)
彼らに恨みはないけれど、今日明日のうちに、うちの馬カスが資金を溶かす前に――サクッと潰してしまおう。
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