第一話:『第50代ハイゼンベルク当主』ホロウ・フォン・ハイゼンベルク
『四災獣』天喰を討伐したことにより、ハイゼンベルクの武功は世界中へ轟いた。
指揮官を務めた父ダフネスはもちろん、軍師の役割を果たしたボクの名前も、今や大陸中へ知れ渡っている。
この人類史に残る偉業を受け、クライン王国は連日のお祭り騒ぎだ。
「――ハイゼンベルク家、ばんざーい!!」
派手なパレードがあちこちで開かれ、
「――此度の大功に敬意を表し、ダフネス・フォン・ハイゼンベルクおよびホロウ・フォン・ハイゼンベルクに『龍玉章』を授ける」
王城で勲章の授与式が行われ、
「――天喰討伐を祝して、乾杯ッ!」
国中が幸せな祝賀ムードに包まれた。
四災獣の恐怖から解放され、誰も彼もみな笑顔を浮かべている。
まぁ天喰の討伐に失敗した場合、王国は『瓦礫の山』と化していたし、王都を中心に避難命令が出ていたので、国民の喜びようは大袈裟なモノじゃない。
「――ダフネス様、ホロウ様、ありがとうございます!」
もう一生分の感謝をもらったのではないか、そんな錯覚を覚えるほど、みんなからお礼を言われた。
(ボクはメインルートを進めるうえで、天喰を倒しただけなんだけど……)
たくさんの人達に感謝されて、悪い気はしないね。
聖暦1015年7月7日。
天喰討伐から一週間が経ったこの日、ハイゼンベルク家の屋敷で、晴れやかな『継承式』が開かれた。
大勢の貴族たちがメインホールに集う中、最奥の舞台に立ったボクは、父より正式に家督を譲り受ける。
「――『第50代当主』ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、これより当家の全権がその手に握られる。祖先の遺した領地を守り、気高き誇りを胸に燃やし、さらなる栄誉を家名に齎すのだ」
「その仰せ、確かに承りました。全身全霊を以って、この重責を果たす所存です」
左脚を後ろに引き、右手を胸に当てて、慇懃に頭を下げると、
「しかしまさか、これほど早く隠居することになろうとはな……。見事だホロウ、我が自慢の倅よ」
父は晴れやかな笑みを浮かべながら、ハイゼンベルクの家宝――『黒曜の短剣』を差し出し、
「ありがとうございます」
ボクは礼儀正しく頭を下げ、謹んでそれを頂戴する。
メインホールに大きな拍手が鳴り響く中、父と代わるようにして、母レイラが前に出る。
「ホロウ、強くて優しい子に育ったわね」
「母上の教えがあってのことです」
「ふふっ、お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいわ」
母は『夜凪の指輪』を優しく摘まみ、ボクの右の人差し指にスッと通した。
「今後はハイゼンベルク公爵として、みんなを引っ張って行ってね?」
「はっ、精進いたします」
父と母が舞台上の座席に戻り、今度はオルヴィンさんがやってきた。
「坊ちゃま、本当に御立派になられましたな……。さっ、どうぞこちらをお持ちください」
「うむ」
執事長から、『常闇の懐中時計』を受け取る。
「オルヴィン、祖父から三代に渡る忠義、実に見事なモノだ。今後もよろしく頼むぞ」
「この命が尽きるそのときまで、お仕えさせていただきます」
深々とお辞儀した彼が、静かに身を引くと――エインズワース家の当主と聖騎士協会の支部長が舞台に上がる。
赤いドレスのニアと白いドレスのエリザは、優雅な所作で一礼し、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。
「まったく、母がすまないな」
本来この二人は、普通の来賓だったんだけど……。
【――あっそうだ! せっかくだし、ニアちゃんとエリザちゃんにお願いしましょう!】
母のよからぬ思い付きで、『新当主に花飾りを付ける役』として、急遽指名されたのだ。
「うぅん、むしろ感謝しているわ」
「こんな大役、とても栄誉なことだ」
ニアとエリザはそう言って、ボクの胸ポケットに薔薇のコサージュを付けた。
「ふふっ、とてもかっこいいわよ」
「うむ、実によく似合っているぞ」
二人は嬉しそうに微笑み、静かに舞台袖へ退いた。
『家宝の授与』が恙なく終了したところで、
(さて、そろそろ締めだね)
ボクは舞台の前面に立ち、大勢の参列者へ向けて、『継承の誓い』を述べる。
「今この瞬間より私が、『第50代ハイゼンベルク家当主』ホロウ・フォン・ハイゼンベルクだ。栄誉ある家名に恥じぬよう、偉大なる祖先の誇りを汚さぬよう、己が責務を果たすことをここに誓う。そして――我が領地に住まう全ての民よ、諸君らにかつてない繁栄を約束しよう!」
次の瞬間、メインホールが大喝采に包まれた。
「ホロウくん、おめでとうっ!」
最前列にいる主人公が満面の笑みで拍手を送り、
「新当主就任、おめでとうございます」
黒いドレスを纏った馬カスが声をあげ、
「ホロウくん、おめでとうございます!」
「ホロウ様、当主就任おめでとうございます!」
天才魔法研究者のリンとセレスさんが手を振り、
「「「「「ホロウ様、おめでとうございます」」」」」
システィさんをはじめとしたメイドたちが祝辞を述べる。
「新当主ホロウ様の門出! なんとおめでたい日でしょうか!」
ボクが殊更に目を掛けているトーマス卿も、今やすっかりハイゼンベルク派閥に馴染んでいた。
ちなみに窓の外では、ダイヤとルビーが控えている。
二人の瞳は恐ろしいほど冷たく――ニアとエリザを睨み付けていた。
(……許せない。ボイド様の隣は、私の……私だけのポジションなのに……っ)
(私の方が先に好きだったのに……っ。ポッと出の『泥棒猫』がァ……ッ)
……うん、これはアレだね。
仲間内で殺し合いが起きないよう、後で注意しておいた方がよさそうだ。
継承式が終わった後は、大勢の臣下を引き連れて、ハイゼンベルク領を練り歩く。
ボクが新たな当主になったことを民に示す、『巡行の儀』と呼ばれるモノだ。
「あっ、ホロウ様がいらっしゃったぞ!」
「ホロウ様、おめでとうございまーす!」
「新当主様、ばんざーい! ハイゼンベルク家、ばんざーいっ!」
沿道に並ぶ領民たちから、祝福の声が飛び交う。
ボクは軽く手をあげて、柔らかい笑顔で応えた。
ハイゼンベルク家は『極悪貴族』として、あらゆる場所で恐れられているけど……それはあくまで『外』に対しての話。
守るべき領民に対しては、適度に優しくしないとね。
そうしてボクは、隠居した父と母に見守られながら、ニア・エリザ・オルヴィンさんといった大勢の臣下を率いて、ハイゼンベルク領を歩き回るのだった。
■
『巡行の儀』とそれに続く『慶祝の宴』が終わり、時刻は夜の9時。
「……ふぅ、疲れた……」
自室に戻ったボクは、椅子にどっかりと腰掛け、グーッと体を伸ばす。
この一週間、本当に忙しかった。
天喰討伐パレードに出て、勲章の授与式に参列して、継承式のリハをこなして……『息をつく暇もない』とは、まさにこのことだろう。
「でも……手に入れた!」
ボクは右手を黒い渦に突っ込み、ハイゼンベルクの家宝を机に並べる。
「……嗚呼、美しい……っ」
『黒曜の短剣』・『夜凪の指輪』・『常闇の懐中時計』、いずれもロンゾルキアに一つしかない『超々激レアアイテム』だ。
ただジッと眺めているだけで、疲れなんか一瞬で吹き飛んでしまう。
「それにしても……継いじゃったよ、ハイゼンベルク」
この手に残るのは――『充実感』。
9歳の原作ホロウに転生して早六年、ついにここまで来たのかという『達成感』だ。
「これで極悪貴族ハイゼンベルクの力は、ボクのモノになった!」
今後はもう父にお伺いを立てることなく、自分の裁量であらゆる決定を下すことができる。
貴族との交渉も、豪商との契約も、王族との密談も、全て思うが儘!
ボクは『圧倒的な自由』を手に入れたのだ!
もちろん、それだけじゃない。
(四大貴族の当主という地位は、メインルートの攻略において、絶大な威力を発揮するッ!)
しかもタイミングのいいことに、第五章の舞台はアルヴァラ帝国。
(あそこは『超』が付くほどの『貴族社会』だから、ハイゼンベルクの当主という地位を上手く使えば……ふふっ、面白いことがたくさんできるぞ!)
帝国へ侵略――じゃなくて、観光へ行く前に『完璧で究極な攻略チャート』を作らなきゃ。
「ふふっ、最高の気分だ……!」
『愉快で素敵な未来予想図』に心を躍らせていると、不意に<交信>が入った。
虚の特殊諜報員シュガーからだ。
(夜分遅くに失礼いたします)
(どうしたの?)
(ボイド様の予想通り、目標の内部に魔力反応が生まれました)
(おっ、ちょうどいいタイミングだね! すぐにそっちへ向かうから、引き続き監視を続けてもらえる? 大丈夫、すぐに暴れることはないからさ)
(はっ、承知しました)
<交信>切断。
漆黒のローブを纏い、ボイドの仮面を被り、<虚空渡り>を使った。
ボクが飛んだのは、ライラック平原。
激戦の跡が生々しく残り、雲間より注ぐ月明かりが、天喰の遺体を淡く照らしている。
(それにしても、大きいなぁ……)
死亡した四災獣を片目に収めつつ、虚の特殊諜報員に声を掛ける。
「やぁシュガー、こんな時間までお疲れ様」
「ボイド様! 身に余る御言葉、光栄の至りです!」
ボクがここへ足を運んだ理由は一つ――第四章の大ボス天喰の回収だ。
「さて、と……」
両の瞳に魔力を集め、天喰の体を凝視。
彼女の外殻はボロボロだけど、その『核』はまだちゃんと生きている。
(――おっ、いたいた!)
目標を捕捉したボクは、
「よっ」
ビー玉サイズの虚空玉を飛ばし、純白の巨体に『通り道』を開ける。
その直後、
「――あっ、『虚空』だ!」
小動物ちっくな可愛らしい声が響き、
「ぷはぁ」
天喰の遺骸から、手乗りサイズの白いヒグマが飛び出した。
「やぁ、元気そうだね――ソラグマ」
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