第二十八話:天才軍師
聖暦1015年6月30日、ライラック平原――。
早朝から陣を敷くのは、クライン王国軍。
先行して放った斥候部隊より、天喰の現在地を聞きつつ、静かに気合を充実させていた。
太陽が頂点に登らんとする頃――南方に聳えるデオン山の遥か上空より、『四災獣』天喰が姿を現す。
全体のフォルムとしては、ヒグマに近いだろうか。
空を覆い尽くすような白い巨躯・大きな藍色の瞳・山を丸呑みする巨大な口・異常に発達した二本の前腕・尾から立ち昇る八本の長い触手・頭上に浮かぶ天使の光輪。
大空を泳ぐその威容に押され、
「「「……っ」」
王国の正規兵たちが緊張が走る中、
「会いたかったぞ、天喰ィ……!」
最前線に立つダフネスは、獰猛な笑みを浮かべ、
(ホロウ、ダフネス……みんな、無事でいてね……っ)
戦線の中ほどに位置するレイラが、不安気に瞳を揺らした。
「――行くぞ」
「うん」
「あぁ」
軍師ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、ニアとエリザを引き連れて、王国が保有する『黒龍』に乗った。
龍の背には簡易的な櫓が組まれ、最上部の指揮官席からは、広大な戦場を一望できる。
そこは本来、指揮官たるダフネスの場所なのだが……。
彼は最前線で拳を振るうため、軍師であるホロウとその臣下が立つことになったのだ。
(しかし、原作と同じで本当にデカいな……)
飛来するは天喰、迎え撃つは王国軍15万。
王国史に残る激闘がいよいよ始まろうかというとき、一般魔法<拡声>で増幅されたホロウの凛々しい声が、全軍へ響き渡る。
「これより我等は、死地へ向かう。敵は『四災獣』の一角天喰、相手にとって不足はない。このライラック平原は――諸君らの立つその場所は、『王国の最終防衛線』。もしも突破されるようなことがあれば、愛する家族が大切な友人が守るべき子どもたちが、悍ましき化物に捕食される」
王国軍が息を呑む。
「しかし、何も案ずることはない。此度の戦は、このホロウ・フォン・ハイゼンベルクが、直々に指揮を執る。喜べ、勝利は確実だ。ただまぁ……俺は昔から些か傲慢な気質でな。『つまらん勝ち星』などいらぬ。『撃退』という甘い考えは捨てろ。狙うは一つ――『討伐』だ! 子々孫々に天喰という脅威を残さぬよう、今日ここで奴の首を獲れ!」
ホロウの力強い発破を受け、
「「「「「おぉおおおおおおおおおおおお!」」」」」
兵の士気が大きく跳ね上がった。
それからほどなくして、天喰の巨体がデオン山を越え、ライラック平原に入ると同時、
「――作戦開始」
ホロウの静かな号令が響き、戦いの火蓋が切られた。
次の瞬間、
「ぬぉおおおおおおおおおおおお!」
凄まじい魔力を解き放ち、先陣を駆け抜けるのは、指揮官ダフネスだ。
彼は驚異的な脚力を以って、天高くへ跳び上がり、
「挨拶代わりだ! 受け取れぃ!」
<虚飾>の魔力を帯びた右の拳が、天喰の鼻っ柱に突き刺さる。
その瞬間、世界の法則が乱れた。
「グォオオオオオオオオオオオオ!?」
真白の巨躯が燃え上がり、体表が凍り付き、内臓器官に電撃が流れる。
天喰の大きな瞳がギョロリと動き、敵性生命体の姿を捉えると、『遊泳状態』から『戦闘態勢』へ移行。
お返しとばかりに大口を開け、
「ブォオオオオオオオオオオオオ!」
『漆黒の重力波』を解き放つ。
天喰の固有は、起源級<呪重>。
『呪いの重力』を司る、非常に強力な魔法だ。
呪いの対象は生物だけに留まらず、土地・樹木・大気など、あらゆる事物を犯し・腐らせ・殺す。
<呪重>を向けられたダフネスは、勢いよく右腕を薙ぎ払う。
「温いわッ!」
次の瞬間、虚飾の大魔力が吹き荒れ――漆黒の重力波は、美しい花びらに変わった。
(うわぁ……。原作通り、無茶苦茶な力だな……っ)
黒龍の背中に据えられた櫓、その指揮官席に座ったホロウが苦笑いを浮かべる。
<虚飾>の魔力は、あらゆる現象をあべこべにし、世界の摂理を裏返す。
その力に掛かれば、『燃える雪』・『柔らかい鋼鉄』・『正十八面体』などなど、不条理なモノが生まれるのだ。
ダフネスと天喰が激しい戦闘を繰り広げる中、
「「「「「――<炎の槍>!」」」」」
側面に展開した魔法士部隊が、一般攻撃魔法を使い、ダメージを刻んで行く。
ダフネスの拳と魔法の攻撃を受けた天喰は、
「ズォオオオオオオオオ!」
尾から伸びる触手の一本を赤く光らせた。
(右から三本目、色は赤か)
ホロウはすかさず<交信>を使う。
「――五番隊、上空に<障壁>を展開しつつ、ポイントαへ後退」
その直後、天喰は巨大な右腕を振るい、呪いの重力波を放った。
しかし、
「「「「「<障壁>!」」」」」
巨大な不可視の壁によって防がれる。
「――二番隊、がら空きの側面を撃て」
続けざまに指示が飛び、
「「「「「――<風の斬撃>!」」」」」
鋭い風の刃が、無防備な左半身を抉った。
「グォオオオオオオオオッ!」
地鳴りのような声が響き、天喰の頭部に浮かぶ天輪が回転する。
(反時計回り、回転数は三)
ホロウの観察眼が、『攻撃の前兆』を正確に見抜いた。
「――八番隊、仰角50度に<獄炎>を一斉掃射」
刹那、天喰の胸部より、呪いの氷塊が放たれる。
だが、
「「「「「<獄炎>!」」」」」
灼熱の焔によって蒸発した。
「――七番隊、頭上に<雷撃>だ」
僅かな隙も決して見逃すことなく、
「「「「「――<雷撃>!」」」」」
天空より降り注ぐ強烈な雷が、天喰の後頭部を襲った。
王国軍の攻撃は急所に刺さり、天喰の反撃は適確にいなされる。
ホロウの指示は、文字通り『完璧』だった。
その神懸かった采配に対し、王国の正規兵たちは感嘆の声をあげる。
「す、凄ぇ……っ」
「あぁ、まるで天喰の攻撃パターンを知っているかのようだ……ッ」
「これがあのアイリ様を上回る、『王国最高の天才軍師』か……」
ホロウの指揮によって、戦の趨勢は王国側へ傾いた。
(父と魔法士部隊の総攻撃で、天喰の外皮が剥がれてきたね。さて、そろそろかな……?)
黒龍の背中から戦場を俯瞰していると、天喰の胴体が仄かに光を帯びた。
(おっ、来たね。ブレスだ)
ホロウはすぐさま、全軍へ指示を飛ばす。
「――総員、魔力を遮断。同時に魔水晶を遠隔起動せよ」
天喰のブレスを前にして、王国軍は無防備な体を晒した。
魔力強化はおろか、防御魔法さえ使わない。
こんな状態で攻撃を食らえば、壊滅的な被害を負うだろう。
「おいおい、マジでやんのかよ……っ」
「作戦として聞いちゃいたが、まさか本気で実行するとは……ッ」
「あぁくそ、まだ死にたくねぇなぁ……」
王国軍の兵たちが魔力を消すと同時、天喰の真下から膨大な魔力が溢れ出した。
地中に埋められた魔水晶が起動し、そこに内包する魔力が解き放たれたのだ。
すると次の瞬間、
「グォオオオオオオオオオオオオ!」
天喰は王国軍――ではなく、魔水晶に向けてブレスを撃った。
紅蓮の熱波が地層を貫き、強烈な衝撃波が吹き荒ぶ中、ホロウは満足気に微笑む。
(ふふっ、やっぱり原作と同じだね! 天喰がブレスのような『特殊攻撃』を行うとき、その『ヘイト』は最も魔力の多い場所へ向く!)
彼は自身の大魔力を魔水晶に込め、それを天喰の進行ルートに埋めておき、『囮』として使ったのだ。
「す、凄い……!」
「本当にお前の言う通りだな……っ」
両隣に控えるニアとエリザが感心する中、
「くくっ、驚くのはまだ早いぞ?」
「「えっ?」」
次の瞬間、灼熱のマグマが凄まじい勢いで噴き上がり――天喰の腹部を直撃。
「ギィイイイイイイイイイイイイイイイ……ッ!?」
耳をつんざく壮絶な悲鳴が、地平線の彼方まで轟いた。
超高出力のブレスにより、休眠中のデオン山が刺激され、大噴火が起こったのだ。
無論、これは偶然ではない。
ホロウの仕掛けた、『ギミック攻撃』である。
(よしよし、地形を上手く利用できたね! デオン山の噴火は、『HP30%分の割合ダメージ』、これはかなり効いたはず!)
彼の『悪魔的な知略』を見せ付けられた王国軍の兵たちは、
「あの強烈なブレスをいとも容易く凌いじまった……っ」
「しかもこの大噴火、『防御』と『攻撃』を一手にこなしたぞ……ッ」
「これが『天才軍師』ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、いったい何手先まで計算してんだ!?」
『純粋な尊敬』を超えて、『底知れぬ恐怖』を抱くのだった。
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