第二十七話:ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの行動規範
アイリとの『チェスイベント』が終わり、ボク・父・オルヴィンさんは玉座の間へ移った。
『第二回天喰討伐会議』を始める前に、先ほどの一件について、国王バルタザールへ簡単に報告する。
「――このようなことがあり、アイリ殿より指揮権をいただきました」
「な、なんと……っ。『王国最高の天才軍師』が、二度も敗れたと言うのかッ!?」
バルタザールの衝撃はあまりに大きく、思わず玉座から立ち上がるほどだった。
それは他の近衛たちも同様で、
「あの天才軍師が、チェスで負けた!?」
「う、嘘だろ……? 世界チャンピオンだぞ!?」
「彼女は世界五連覇の偉人。眉唾ではないのか?」
みんな「とても信じられない」といった様子だ。
しかし、王城に務める多くの者がこれを証言し、ボクは正式に天喰討伐戦の軍師と認められた。
(ふふっ。わざわざメインホールへ場所を移し、大勢の人を呼び集めてくれたアイリに、感謝しないといけないね!)
それからほどなくして、第二回天喰討伐会議が始まる。
まずは各省庁より、様々な報告が行われた。
「天喰の予想侵攻ルートが、ほぼ定まりました。決戦は6月30日の正午、ライラック平原になるかと」
「天喰討伐戦に動員できる正規兵は15万。これ以上の人員を割けば、国境の防衛に支障が出ます」
「ハイゼンベルク家より奉じられた13万の武具が到着、明日までに装備の更新が完了する見込みです」
「商会連合より、食糧・水・ポーションが届けられました。兵站についての御指示を願います」
「ゾルドラ家より、『四大貴族の責務を果たすため、改めて参陣したい』との申し出がございました」
その後もたくさんの声が飛び、全員に情報が行き届いたところで、バルタザールは「ふむ」と髭を揉む。
「――ホロウよ、王国の軍師として、まずはどこより始めんとする?」
彼はそう言って、こちらへ目を向けた。
(……ん……?)
てっきりこの場は、指揮官である父が取り仕切るかと思っていたんだけど……。
(あぁ、なるほど……そういうことか)
ボクは今、試されている。
ホロウ・フォン・ハイゼンベルクが、果たしてどれくらい使えるのか。
バルタザールは「軍師としての器量を見せてみろ」と言っているのだ。
(ふふっ、ありがたいね! お言葉に甘えて、このまま主導権を握らせてもらうよ!)
ボクはゴホンと咳払いをして、各省庁の長へ目を向ける。
「何よりもまずは、情報の周知だ。全軍へ決戦の時刻と場所を伝えろ。兵の士気を高めつつ、連帯感を作るため、天喰の情報を適宜流せ。絶対に気持ちを切らせるな」
「はっ!」
「次に兵站についてだ。前衛と後衛の連携をスムーズに行うため、中継地点に仮設の拠点を設営し、武具・早馬・ポーションを備えよ。本件は短期決戦、食糧と水は携帯させるだけでよい」
「承知」
「負傷兵の存在は全体の恐怖を駆り立てる。彼らを速やかに前線から回収し、すぐに治療できる体制を構築せよ。操作系の魔法士を活用した『リレー方式』が最も効率的だろう」
「かしこまりました」
「またゾルドラ家の申し出は、丁重にお断りしておけ。半端に噛まれては、全体の調和が乱れる。それから――」
原作における『レイドバトルの知識』があり、虚の定時報告で慣れているため、完璧に指示を出すことができた。
(ほぅ、これほどの情報を瞬時に聞き分け、それぞれに適確な方向性を示すとは……こやつ、『本物』じゃな)
(『男子、三日会わざれば刮目して見よ』と言うが……。まったく、立派になりおって……っ)
国王と父が感心したようにこちらを見つめる。
(ふふっ、どうやら信頼は稼げたようだね!)
そうして各省庁に仕事を割り振った後は、王国軍の『隊長格』を玉座の間へ招集し――当日の作戦と陣形について、綿密な打ち合わせを行う。
ボクはハイゼンベルク家の次期当主であり、国王の認可を得た正式な軍師だけど……周りから見れば15歳の学生。
血気盛んな王国の隊長たちからは、いくらか反発があるだろうと思っていた。
しかし、
「な、なんと……既にここまで緻密な作戦を!?」
「しかも、アイリ殿の指示より、明朗でわかりやすい……助かるな」
「こちらを兵たちに伝え、ただちに実践演習を始めます!」
みんな、思いのほか素直に聞いてくれた。
(考えてみれば、王国軍は元々12歳のクソガキに指揮されていたんだよな……)
軍師が15歳の学生に置き換わったところで、それほど大きな差はないだろう。
そうしてボクが忙しく働いている間、父には修練場で魔力を整えてもらった。
(<虚飾>は起源級の中でも、特に『ムラっけ』が強く、安定性に欠ける……)
簡単に言うと、とても『ピーキーな魔法』だ。
強いときはチートレベルに無茶苦茶だけど、弱いときは制御が定まらず、半分の力も出せない。
(<虚飾>のダフネスは、天喰討伐戦における主力)
本番当日に備えて、しっかりコンディションを整えてもらわないと困る。
ちなみに……父から一つだけ要望があった。
「軍師はお前だ、作戦は好きにしろ。但し、私を最前線に置け。憎き天喰だけは、この手で屠らねば気が済まん!」
「はい、心得ております」
後はそうそう、母レイラも参戦することになった。
父は最初、猛反対したんだけど……。
「私は『最速の剣聖』。王国の人々が困っているのに、黙って見過ごすことはできないわ!」
母の強烈なプッシュに押し込まれた。
しかし、
「……わかった。その代わり、前線には立たず、後方で守りに徹してくれ」
母がなんと言おうとも、この一線だけは譲らなかった。
正直、これは少し意外だった。
夫婦で意見が割れたとき、いつも父が折れていたからね。
『最愛の妻を二度と危険な目に遭わせない』、そんな男の強い思いが垣間見えた瞬間だ。
情報の周知・作戦の立案・兵站の整備、各方面に指示を出し終えたボクは――決戦前に『とある仕込み』を済ませるため、十人の小隊を率いてライラック平原の南方に聳える、デオン山の麓へ向かった。
『大量のブツ』を荷馬車で運び、特定の座標に深い穴を掘らせる。
「――ふむ、それぐらいでいいぞ」
「ホロウ様、本当に埋めちゃっていいんですか? これ、全部で3000万ぐらいするんじゃ……っ」
「構わん。天喰に勝つための必要経費だ」
「か、かしこまりました……っ」
日中はひたすら軍師としての仕事をこなし――夜は禁書庫に籠って、『調べモノ』に没頭した。
「……」
エンティアは、虚空界に移り住んだため不在。
今は分身体がチョコンと椅子に座り、図書館の維持を担っている。
イヤイヤ期を抜け出したばかりの『好奇心旺盛な赤ちゃん』がいないので、高い集中を維持したまま情報収集に打ち込むことができた。
その後、あっという間に時計の針は進み――聖暦1015年6月29日夜。
天喰討伐戦を目前に控えたこの日、禁書庫で最後の調べモノをしていると、
「――やっほー」
知欲の魔女が、ひょっこりと現れた。
「……どうしてキミがここにいるの?」
「ふふっ、『本体』と『分身』はいつでも入れ替われるのよ」
「へぇ、そうなんだ」
さすがは魔女の固有。
<虚空>ほどじゃないにせよ、それなりに拡張性があるようだ。
「今ちょっと忙しいから、また後にしてもらえる?」
そう言いながら手元の本に目を落とすと、エンティアの綺麗な瞳が、ズズィとこちらを覗き込んできた。
「なに?」
「酷いクマ。この一週間、徹夜で禁書庫に籠っているでしょ?」
「相手は天喰、世界の敵だからね。いろいろと情報が必要なんだよ」
「ふーん……。その割には、『勇者』のことばかり調べてるみたいだけど?」
「……趣味が悪いな、どこで見てたの?」
「覗き見なんてしてないわよ。ただ、この自然図書館は、私の固有<禁書の庭園>によって生まれたモノ。いつ誰にどんな本が読まれたのか、手に取るようにわかっちゃうの」
「へぇ、そんな仕様があるんだ」
初めて知った。
「それにしても……難しい問題ねぇ」
「なんのこと?」
「『主人公抹殺計画』、アレンくんを殺すかどうかで、悩んでいるんでしょ?」
「……<禁書の庭園>で読んだな」
「正解。私はこの世界に存在する、あらゆる情報を網羅している。あなただけが持つ異世界の――『日本の知識』を除いてね」
彼女はそのまま、つらつらと語り始める。
「『厄災』ゼノの虚空因子を持つホロウは、いつか勇者因子の申し子に殺されてしまう。あなたはその破滅的な運命を回避するため、アレン・フォルティスを始末しようとしている。天喰という『巨大な舞台装置』を利用して」
「うん、そうだよ」
「でもこのところ、ずっと揺れている、思い悩んでいる。本当にそれでいいのか、と」
「我ながら、難儀な性格だ」
ボクは小さく頭を横へ振る。
「ふふっ、そうね。あなたは『温厚で優しい心』と『残酷で冷たい心』を併せ持つ、大きな矛盾を孕んだ存在。ある意味、最も『人間らしい人間』よ」
「それって、褒めてる?」
「えぇ、これ以上ないほど」
ならいいや。
「勇者を始末するか、勇者を見逃すか、どちらを選んでも『修羅の道』。こんな難題を強いられるだなんて、あなたは本当に世界に嫌われた存在ね」
「自覚はある」
なんたって原作ホロウは、世界に中指を立てられた存在だからね。
(……エンティアの言う通り、ボクは毎晩ずっと禁書庫に籠って、アレンと共存するルートを探してきた)
これは何も友情に絆されたわけじゃない。
『安牌』を求めただけのことだ。
(アレンが死亡した瞬間、勇者因子が暴走し、異常が発生する)
周辺の汚染や魔力の拡散とか、そういう『軽いモノ』で済めばいいんだけど……。
最悪の場合、『不完全な初代勇者』が顕現するかもしれない。
(最も安全な選択は、アレンをメインルートから引き離すこと)
そのために立案したのが、『主人公モブ化計画』だ。
しかし、アレンは予想を遥かに上回る『超巻き込まれ体質』。
彼が何をせずとも、危険なトラブルに吸い寄せられ、いつかどこかで覚醒してしまう。
(主人公の強化イベントを先回りして潰し、レベリングを遅らせることはできるけど……それじゃ『モブ化』には至らない)
アレンを始末すると、勇者因子が暴走し、初代が現れるかもしれない
アレンを弱体化させ、モブに落とすのは、現状ほとんど不可能に近い。
(前者には中規模のリスクがあり、後者はそもそも実現が困難だ)
だから、必死で探した。
主人公を殺さず、覚醒させず、お互いに笑い合える、最高の結末を。
でも……。
(ボクとアレンが共存する未来は――ゼロだ)
あらゆるパターンを想定した結果、どうしても『勇者因子』が邪魔になる。
(あれは初代勇者の怨讐、1000年と滾らせた憎悪の煮凝り)
主人公はいずれ勇者因子に呑まれ、必ず虚空因子を殺しにくる。
アレンの中に勇者因子がある限り、この運命が変わることはない。
ボクは悪役貴族で、彼は主人公。
二人が共存するシナリオなど、端から存在しないのだ。
「さてさてこの難解な状況下で、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、いったいどんな決断を下すのかしら?」
魔女が妖しく微笑む中、
「……」
ボクはゆっくりと目を閉じ、自分の魂に問い掛ける。
「覚醒した『主人公』アレンは、いつか勇者としての完成形――一種の極致へ到達する。その圧倒的な力は、きっとどこかでボクの命を脅かす。自分の生命に指が掛かる潜在的な仮想敵、将来の死亡フラグを可及的速やかに葬り去る。平和で幸せな未来のため、死の運命に打ち勝つため、大切な宿敵を消すことは……『ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの行動規範』に適うだろうか?」
長い長い思考の果て、答えを導き出す。
「…………Yesだ」
ボクの『至上命題』は、この世界に転生した六年前から、一ミリだって変わっていない。
原作ホロウの破滅的な運命に勝利し、ロンゾルキアの世界で生き延びること。
そのためならば、どんな犠牲も厭わない。
「以前のような『問答』は、もう必要なさそうね」
「あぁ、ボクは明日――アレン・フォルティスを始末する」
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