表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

118/162

第二十六話:謝罪

 ボクがナイトを跳ねると同時、アイリの顔が絶望に染まる。


(ふふっ、やっぱりキミは優秀だよ)


 今の一瞬で、この盤面が既に『十手詰め』だと理解した。

 原作通り、知力のステータスが極めて高い。


「ま……まだじゃッ!」


 放たれたのは、苦し紛れの一手。

 ただただこの場を()き乱し、混沌(カオス)を作るだけの奇手(きしゅ)

 こちらのミスを誘うための『安い罠』だ。


「……ふふっ」


「な、何が可笑しい!」


「いえ、『可愛らしい足掻(あが)き』だな、と思いましてね」


 クスリと笑いながら、コトリと最善手を指す。


「ぅ、ぐ……っ(この難解な局面を即座に(かい)し、正着(せいちゃく)の一手を導き出すとは……ッ)」


「あなたほどの指し手であれば、もう終局図(しゅうきょくず)は見えていますよね? 先に言っておきますが、自分はこの先、絶対に手順を間違えません」


 ボクの勝利宣言を受け、チェス盤を囲む観衆たちが、にわかに騒ぎ出す。


「ど、どういうことだ? この盤面、もう詰んでいるのか?」


「いや、まだどっこいどっこいってとこだと思うぞ?」


(わず)かにホロウ殿がよい。が、大差はない……はずじゃ」


 それぞれが思い思いの感想を口にする中、


「……くそぅ……っ」


 アイリはテーブルに拳を振り下ろし、駒があちこちへ散らばった。


「私の勝ち、ですね」


「馬鹿な! あり得ぬっ! これは何かの間違いじゃッ!」


 彼女は半狂乱になりながら、栗色の髪を()(むし)る。


「えっ、アイリ様が……負けた?」


「嘘だろ、『世界大会五連覇の歴代最強プレイヤー』だぞ!?」


「しかも、ホロウ様は『早指し』。これ、いくらなんでも強過ぎないか……っ」


 観衆がざわつく中、ボクは淡々と話を進める。


「では早速ですが、先の『約束』を果たしてもらい――」


「――ま、待てぃ! 今の一局、(わらわ)は『手加減』しておった! まだ『本気』を出しておらん!」


「なるほど、そう来ましたか」


 まさかここまで幼稚なことを言い出すとは……正直、ちょっと驚いたね。


「さぁさぁ、次こそ『真の勝負』じゃ! 小生意気なガキに熱い灸を据えてくれようぞ!」


 アイリはそう言って、こちらへ人差し指を突き付けた。


「まぁ……どうしても(・・・・・)()言うの(・・・)なら(・・)やって(・・・)あげ(・・)ても(・・)いい(・・)ですよ(・・・)?」


 ボクは脚を組み、頬杖(ほおづえ)を突きながら、仕方なしにそう言った。


「……おぃ゛、なんじゃその無礼な態度は? 誰に口を利いておるッ!」


「アイリ殿……どうか立場を(わきま)えてください。別に自分は、今ここでやめたっていいんですよ?」


 その瞬間、彼女の瞳が不安に揺れる。


「なっ、何を腑抜(ふぬ)けたことを! (ぬし)競技者(プロ)としての矜持(きょうじ)はないのか!?」


「私は趣味でチェスを(たしな)んでいるだけ。プロでもなければ、プライドもありません」


「しゅ、趣味ぃ……!?」


 呆然とするアイリへ、淡々と告げる。


「本気であろうとなかろうと勝負は勝負。私が勝ち、あなたは負けた。もしも再戦を願うのであれば、それ相応の態度があるのでは?」


(わらわ)に、頭を下げろと……!?(このクソガキ、『まぐれの勝利』で図に乗りおって……ッ」


「ふふっ、(いさぎよ)く負けを認めるのか、再戦の『おねだり』をするのか。どうぞご随意(ずいい)に」


 ボクが柔和な笑みを浮かべる中、


「……もう一局、お願い……します……っ(この男だけは、絶対に許さぬ……ッ。衆人環視(しゅうじんかんし)のもとで土下座させ、その頭に唾を吐き捨て踏み付けにし、二度と表舞台へ出られんほどに(はずかし)めてくれるわ!)」


 アイリは恥辱(ちじょく)と敵意に満ちた目を尖らせながら、おねだりしてきた。


「ふむ、『救国の英雄』にこうも頼み込まれては、さすがに断れませんね」


「くくっ……感謝するぞ、その甘っちょろい判断にのぅ!(もはや一切の油断はない! これが『世界大会決勝』のつもりで指すッ!)」


 そうして第二局が始まった。


(……へぇ、やるね)


『本気』というだけあって、さっきよりも確かに手強(てごわ)い。

 遊びの手や誘いの手がなくなり、一手一手が随分と重くなった。


(でも、アイリの心・思考・呼吸、もはや全て読めている)


 たとえこの先、何千回・何万回・何億回やろうと――結果は同じだ。

『デバフ』の掛かっていないボクに、『100%のホロウ(ブレイン)』に勝てる者など存在しない。


 ボクは変わらず早指(はやざ)しを続け、


「ぐ、ぬぬ……っ」


 アイリは苦しそうに長考を重ねる。


 そうしてお互いに手番(てばん)を重ねていき、ついにそのとき(・・・・)が訪れた。


「――チェック、これで十二手詰めですね」


「……そ、そん、な……っ」


 アイリは驚愕に瞳を震わせる。


(何故、負けた……? どこが敗着(はいちゃく)じゃった……? わからぬ、気付かぬうちに窮屈な手を()いられ、そのままジリジリと押し込まれた……っ。あまりに隔絶(かくぜつ)とした『地力の差』……ッ)


 彼女の精神を支えていたチェスの腕、それが(もろ)くも崩れ去って行く、ボロボロとガラガラと。


「ぃ……『イカサマ』じゃあっ! (わらわ)がこんなガキに負けるはずがないッ!」


 こんな衆人環視の中、いったいどうやってイカサマをするのやら……。


 当然、そんな言葉を真に受ける者は一人もいない。


「おいおいマジかよ。二度も勝っちまったぜ、世界最強の指し手に……っ」


「強い、否、強過ぎる。こりゃもう『圧倒的勝利』なんてレベルじゃねぇぜ……ッ」


「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、まっこと恐るべき智者(ちしゃ)じゃな」


 周囲の人達がボクを褒め称える中、


「あぁつまらん! 興が削がれた! (わらわ)はもう帰る!」


 アイリはバッと立ち上がり、メインホールを去ろうとした。


「アイリ殿、先に交わしたお約束は……?」


「はっ、なんと陰湿な奴じゃ! 男の癖にせせこましいのぅ! 恥を知れ、恥を!」


「はぁ……私はあなたのために言っているんですよ?」


「何が妾のた、め……ッ!?」


 彼女は胸を押さえ、(もだ)え苦しみ出した。


「だから、言ったじゃないですか……」


契約(コントラ)>を破れば、契約神の裁きを受け、ただちに死亡する。

 ロンゾルキアにおける常識だ。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ(これが契約神の裁き!? 洒落(しゃれ)になっておらぬ、本当に死んでしまう。<契約(コントラ)>とは、こんなにも恐ろしき魔法じゃったのか……ッ)」


 ボクは申し訳なさそうな表情を作りながら、アイリに『過酷な現実』を突き付ける。


「こんな大観衆の中、アイリ殿を(はずかし)めることになってしまい、私自身とても心苦しいのですが……<契約(コントラ)>は絶対です。『土下座して謝罪』、していただけますか?」


「こ、の、極悪貴族めぇ゛(腐っておるとは聞いていたが、よもやここまでとは……っ。この男に赤い血は流れておらぬ、正真正銘の『悪魔』じゃ……ッ)」


 ギッと奥歯を噛み締めた彼女は、


「……どーも、すみませんでしたぁ……」


 中途半端に頭を下げ、舐め腐った謝罪をする。


(いやだからさ……そんなことしたら、また酷い目に()うよ?)


 次の瞬間、


「ぅ、ぐぉ……っ」


 アイリは胸をギュッと握り締め、黒いキャミソールに(しわ)が走った。


 ボクたちの交わした(ちぎ)りは、『勝者は天喰討伐戦の指揮権を取り、敗者は土下座して心からの謝罪を行う』。

 今のようなふざけた謝り方じゃ、契約を履行(りこう)したことにならない。


「早くしないと本当に死んでしまいますよ?」


 契約神の気はそう長くない。

 自身の(つかさど)る『契約の摂理』に反した者は、可及的(かきゅうてき)(すみ)やかに滅ぼそうとする。


(これは、本気でマズい……っ。じゃがしかし、こんな大勢に見られた状況で、最低最悪の男に土下座するなど、(わらわ)のプライドが決して許さぬ……ッ)


 ちょっと可哀想な気もするけど……完全に『自業自得』なんだよね。

 自分が人目につくメインホールに場所を移さなければ、自分が大声をあげて王城の人達を呼び集めなければ、自分が厳しいルールを設定しなければ、自分が<契約(コントラ)>を持ち掛けなければ――こんなことにはならなかった。


 因果応報。

 人に恥を()かせて、見世物(みせもの)にしようとするから、こういう目に遭うんだ。


 ボクが冷めた目で見下ろしていると――アイリの胸に『漆黒の斑点(はんてん)』が浮かび上がる。

 あっ、これはもうヤバイね。


「私の見立てによると、『チャンスは後一回』でしょうか」


「……あと、いっかい……?」


「はい。次の謝罪に失敗すれば、即座に死亡するでしょう。どうか悔いなき御選択を」


「……妾が、しぬ……?」


 アイリの瞳が絶望に染まった。


(……しかしまぁ、『イイ顔』をするね……)


 恐怖と屈辱と羞恥(しゅうち)(いろど)られたアイリの顔は、なんとも言えず嗜虐心(しぎゃくしん)をそそる。

 原作ホロウの悪性が(たぎ)り、『黒い愉悦』が湧きあがってきた。


(どうしてこうなったのじゃ? 何故、『世界最高の軍師』たる(わらわ)が、こんな目に遭わねばならぬ? 嫌じゃ……嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃっ! 皆に(わら)われとうなぃ、この悪魔に土下座しとうなぃ、心からの謝罪なぞ論外じゃ! しかし、それよりも何よりも、こんなところで死にとうなぃ……ッ)


 アイリの胸に浮かぶ黒い斑点が大きくなり、独特な紋様を描き出したそのとき、


「う゛っ!?」


 彼女は苦しさのあまり膝を突いた。


(……こんな下種(げす)に、こんな悪魔に、こんな男にぃ……ッ)


 アイリは小刻みに震えながら――ついに床へ額をつける。


「わ、(わらわ)のようなガキが、偉そうなことを言って……申し訳、ございません……っ」


「くくく……っ。あぁ、伝わってくるぞ。『謝』りたいという気持ちが、自分の犯した『罪』の意識が。なるほど、『謝罪』とはよく言ったものだなァ?」


「う、ぐぅうううう……っ」


 気の強い彼女は、悔し涙を流しながら――契約を全うした。


 その結果、胸に浮かんだ漆黒の紋様は消え、<契約(コントラ)>の拘束が解かれる。


「た、助かっ……た?」


「はい、見事な土下座でした」


 ボクが優しく微笑み掛けると、


「この悪魔め……っ。もう二度と貴様の顔など見とうないわァ!」


 アイリは半ベソを()きながら、メインホールを飛び出した。


 それと同時、周囲がにわかに騒がしくなる。


「さ、さすがは噂に聞く『極悪貴族』、情け容赦(ようしゃ)の欠片もねぇな……っ」


「えげつねぇ男だが……。まさかこれほど知略に()けているとは驚いたぜ」


「アイリ様(いわ)く、『(いくさ)は盤上のゲーム』。つまりホロウ様こそが、『世界最高の天才軍師』ってことだな!」


 いいよいいよ!

 今回のチェスを通じて、ボクは『極悪貴族の悪名』と『軍師としての才覚』、その二つを王城の人々に知らしめることに成功した。


 これ以上望むところのない『最高の成果』だ!


「――父上、『天喰討伐の指揮権』を自分にいただけないでしょうか?」


「……アイリ殿のお墨付きだ。お前のほかに適任者なぞおるまい」


「ありがとうございます」


 ふふっ、完璧だね!


(ありがとうアイリ。キミの『(とうと)い犠牲』のおかげで、全て上手くいったよ!)


 さて、第四章攻略の『ラストピース』――『指揮権』が手に入った。

 後は来たる天喰(そらぐい)討伐戦に備えて、万全の迎撃態勢を整えるだけだ!

【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】

「面白いかも!」

「早く続きが読みたい!」

「執筆、頑張れ!」

ほんの少しでもそう思ってくれた方は、本作をランキング上位に押し上げるため、


・下のポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にする


・ブックマークに追加


この二つを行い、本作を応援していただけないでしょうか?

ランキングが上がれば、作者の執筆意欲も上がります。

おそらく皆様が思う数千倍、めちゃくちゃに跳ね上がります!

ですので、どうか何卒よろしくお願いいたします。


↓この下に【☆☆☆☆☆】欄があります↓

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

カクヨム版の応援もお願いします!


↓下のタイトルを押すとカクヨム版に飛びます↓


カクヨム版:世界最強の極悪貴族は、謙虚堅実に努力する



― 新着の感想 ―
もう「チェスはさっきの試合を見て覚えた」ぐらいに煽るのかと(笑) 自分で付けた条件のくせに相手を悪魔呼ばわりはブーメランだろ・・・
アイリちゃんはかわいいねえ
謝罪の下り笑った
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ