第二十五話:盤上のゲーム
天喰討伐戦の指揮権を賭けた戦が決まり、アイリは底意地の悪い笑みを浮かべる。
「『世界最高の天才軍師』たる妾と『怠惰傲慢な極悪貴族』ホロウ、こんな好カードを観客もなく行うのは、あまりにもったいない。どうせなら、もっとふさわしい場でやろうではないか!!」
どうやら衆人環視の中で、ボクに赤っ恥を掻かせるつもりのようだ。
実に『アイリらしい』というかなんというか……原作準拠の『イイ性格』をしているね。
「さぁ場所を移すぞ、付いて来い」
彼女はそう言いながら、特別来賓室を退出し、ボクたちもその後に続く。
移動中、父とオルヴィンさんが小声で耳打ちしてきた。
「ホロウ、いったい何を考えておるのだ! あのクソガキは、チェスの世界チャンピオンだぞ!? そもそもの話、何故お前が指揮に拘る!?」
「坊ちゃま、どうかお考え直しください! あのクソガキは、史上初の五連覇を成し遂げた、天才的なチェスの指し手! いくらなんでも相手が悪過ぎます!」
「恐れながら、自分はいつも『最適解』を打っているつもりです」
そうこうしているうちにメインホールが見えてきた。
「ふむ……まっ、このあたりでいいじゃろ」
アイリはそう言いながら、中央のテーブルにどっかりと座る。
メインホールは、王城でも特に人通りが多い。
そのド真ん中に陣取ったとなれば必然、メイド・近衛・正規兵などなど、大勢の耳目を引くことになる。
「これより妾とホロウは、チェスによる一騎打ちを行う! 勝者は天喰討伐戦の指揮権を握る取り決めじゃ! 興味をそそられた者は、近うよって構わんぞ!(くくくっ、有象無象の観衆ども、もっと馬鹿みたく集まってくるのじゃ! それでこそ、ホロウの痴態が『映える』というもの!)」
アイリは両手を広げ、高らかに声を張り、城内の人達を呼び寄せた。
(うわぁ……。自分で自分の首を絞めていることに、まったく気付いていないんだろうな……)
唖然とするボクを他所に、アイリは小悪魔めいた笑みを浮かべる。
「さてさて、舞台は整ったが……普通に指すだけでは興が乗らぬ。どれ、一つ『条件』を付けよう」
「なんでしょう?」
「主が負けた場合、頭を垂れて平伏せ! そして妾に対し、心からの謝罪を述べるのじゃ! 『偉そうな口を叩いて、申し訳ございませんでした』となぁ!」
「はい、承知しました」
即座に要求を呑むと、
「ほぅ……よほど腕に自信があるらしい(この状況で微塵の揺らぎも見せぬとは……中々に肝が据わっておる。それともただの馬鹿かのぅ?)」
アイリはそう言って、猫のような目を丸くした。
「さてさて、それでは早速、<契約>を結ぼうか。最近は『口約束』だのなんだのと言って、煙に巻かんとする輩が多いのでな。しっかと逃げ道を防いでおこう!」
「アイリ殿、少しお待ちください」
「お? どうしたどうした? よもやここまで来て怖気づいたか?」
「いえ、今のままでは、些か『不平等』かと」
「どういう意味じゃ?」
彼女は不思議そうに小首を傾げる。
「私が敗れた場合の条件だけでなく、私が勝った場合の条件も定めなくては、『公平な契約』とは言えません」
「かかっ、確かに主の言う通りじゃ! すまんすまん、これは妾の落ち度よ! いやけっこう、実にけっこうなことじゃ! 勝つ気のない者を捻ったところで、なんの面白味もないからのぅ! さぁさ、好きな望みを言え! 金か? 名誉か? 地位か? 望むモノをくれてやろう! 万が一、億が一、兆が一、このアイリ・アラモードに勝てたならばなァ!」
「では――同じ条件でお願いします」
「……同じ、条件……?」
アイリの顔が固まる。
「自分が勝ったら、アイリ殿には土下座をして、心からの謝罪をしてもらう。これでいかがでしょう?」
やっぱり勝負は『対等』じゃないとね。
「か……かかかっ! 面白いっ! あくまで妾に、『世界五連覇の天才軍師』に勝つつもりかッ!?」
「はい」
「なるほどなるほど、ここまでの阿呆はレアモノじゃ! その高き自尊心、へし折ってくれる!」
そうしてボクとアイリの対局が始まった。
制限時間は一時間。お互いに手を指すたび、『魔法の砂時計』がグルンと半回転し、それぞれの手持ち時間が減っていく。
ちなみに『トス』の結果は、ボクが黒でアイリが白。
チェスは先攻が有利だから、向こうは言い訳もできないね。
「かかっ! 見ろホロウ、こんなにも多くの観衆が集っておるぞ!」
アイリはポーンを突き出し、
「みなさん興味津々ですね」
ボクはすぐにポーンを進める。
「負ければ、大衆の面前で土下座じゃ。中々にスリルを感じるのぅ?」
アイリはクイーンを大きく跳ね、
「ふふっ、怖い怖い」
ボクはナイトでポーンを取った。
「そんな醜態を晒せば、ハイゼンベルク家を継げぬようになるのではないか?」
「あはは、そうかもしれません」
穏やかな微笑みを浮かべながら、軽い口撃をいなしていく。
三十分後、
「……」
アイリの口数がめっきりと減った。
彼女は真剣な表情で盤上を睨み、こちらを一瞥だにしない。
「そう言えば、今日は夕方から降るそうですよ?」
「……五月蠅い、ちと黙れ」
「ふふっ、ただの世間話じゃないですか」
ほどなくして、
「――見えた! ここじゃっ!」
ビショップが大胆に踏み込んできた。
こちらのキングに圧を掛けつつ、自分のナイトをサポートする、攻防一体の素晴らしい手だ。
「では、こうしましょう」
ボクは一秒と間を置かず、ポーンで領土を広げながら、浮いたクイーンを咎めた。
「ぐぬ……っ(一手一手が重い、ずっしりと腹に来る。いやそれよりもこのガキ、また早指しを……ッ)」
ふふっ、さすがにもう気付いたよね?
ボクは『圧倒的な勝利』を周囲に印象付けるため、『早指し』を行っていた。
アイリが指した直後、間髪を容れず、即座に指し返す。
こうすることで、彼女の心と思考を圧迫しつつ、『ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの圧倒的な勝利』を周囲に印象付けるのだ。
それからしばらく、無言のままに手が進む。
「……(ふふっ、苦しそうだね)」
「……(つ、強い……っ。こんな化物が表舞台に上がらず、いったいどこにおったのじゃ!?)」
ボクは悩むことなく最善手を指し、アイリはそのたびに長考を重ねた。
結果、彼女の持ち時間だけが、ジリジリジリジリと減っていく。
「アイリ殿、そろそろお時間が――」
「――やかましいっ! 黙っておれッ!」
ちょっとした軽口に対して、彼女は声を荒げて怒鳴り散らした。
こうなったら、もうおしまいだね。
アイリ・アラモードは、帝国の侵攻を二度も食い止めた『天才軍師』。
原作ロンゾルキアにおいても、圧倒的な知力を誇るキャラだけど……。
(天賦の才に溺れ、大切なことを見落としている)
アイリは戦を『盤上のゲーム』と切り捨てた。
そこが彼女の『軍師としての限界』だ。
(人は命令通りに動くロボットじゃない)
一人一人に『心』があり、それぞれの『意思』がある。
(ボクはメインルートの攻略に際し、虚の統治にあたって、ボイドタウンを管理するうえで、『やる気』という要素を重視してきた)
その理由は一つ――人間にとって心は、『最大の動力源』だからだ。
情熱・意欲・士気、そういう『目には見えない心の発露』が、基礎ステータスを大幅に向上させる。
(アイリは人を『ゲームの駒』と見ているけれど、それは大きな間違いだ)
人には色があり、癖があり、個性がある。
それゆえに思考を読むことができるんだ。
無意識のうちに好む型・嫌う型。
行き詰まったところで、置きに行く型。
(相手の心を読み、自分にとって最高の手を、敵にとって最悪の手を打つ――それが『戦』だ)
その規模が小さければ『チェス』となり、大きければ『戦争』となる。
「ぅ、ぐ……っ(この男、口だけの木偶ではない。まるで妾の思考が読まれているかのようじゃ……ッ)」
ボクはアイリの思考の癖を、呼吸の乱れを、心の揺らぎを掴み――彼女の次の手を正確に予見する。
一方のアイリは、ひたすらチェス盤にかぶりつき、ボクのことをまったく見ていない。
(戦を『盤上のゲーム』と断じ、人をただの『駒』と認識して、『心』という大切な要素を見落としたアイリでは――全てを読み切るボクには絶対に勝てない)
至極、当然の道理だ。
(さて、そろそろ詰もうかな!)
ボクがナイトを跳ねると同時、
「……ぁ……っ」
アイリの顔が絶望に染まった。
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