第十八話:いい子
ボクが『呑み比べ』を持ち掛けた瞬間、ドワーフたちは雷に打たれたかのように固まる。
「お、おいおいマジかよ……っ」
「うちの族長に、あのドドンに酒呑み勝負を……?」
「人間とドワーフじゃ、体の構造が違う。絶対に勝てっこねぇ……ッ」
緊迫した空気が流れる中、ドドンは目を白黒とさせながら問う。
「ホロウよ……正気か? この儂に――ドワーフ最強の酒豪『蟒蛇のドドン』に挑むと?」
「こう見えて、けっこう強いのでな」
「く、くくく……がーっはっはっはっ! 先の呑みっぷりに加え、その豪胆な気質……面白い、気に入った! このドドンが、お主を『真の漢』と認めよう!」
彼は木樽にジョッキを突っ込み、酒で並々と満たしたそれを一気に呷る。
「ぷはぁ……その呑み比べ、受けて立つ! もしも儂が先に潰れるようなことがあらば、お主の言うことをなんでも一つ聞いてやろう!」
「ほぅ……。では、万が一にも俺が先に潰れたならば、神魔断罪剣をやろう」
「なんと、誠か!?」
「漢に二言はない、そうだろう?」
「がはははっ、益々気に入った! あの『糞ったれ貴族』とはまるで違う! これほど気のよい人間は、百年と見ておらんわぃ!」
こうして二人の酒呑み勝負が決定。
「野郎共、酒を持って来いっ!」
ドドンが命令を飛ばし、
「「「おぅッ!」」」
ドワーフたちが「えっさほいさ」と酒樽を運ぶ中、
「ほ、ホロウ……あんなこと言っちゃって大丈夫なの? ドワーフはあらゆる種族の中で、一番お酒が強いのよ?」
ニアが不安気に瞳を揺らした。
「生憎だが、俺はこれまで一度も負けた例がない」
「あなたが強いのは知っているけど、それはあくまで『戦闘』の話であって、お酒はまた別よ。人間と亜人種は、内臓の強さが違うから、絶対に勝てな――」
「――案ずるな。万事、問題ない」
彼女の心配を軽くいなしつつ、思考の海に浸る。
(今のボクとドワーフは所詮、『利益による支配関係』に過ぎない……)
そんな薄い結び付きじゃ、いつかどこかで離反される恐れがある。
例えば、他所の勢力から好条件で引き抜かれるとかね。
(彼らの高度な鍛冶技術とトネリ洞窟の魔水晶は、今後のメインルート攻略において、非常に大きな価値を持つ)
なんとしても、ここで確実に押さえておきたい。
(そのための儀式が――『呑み比べ』だ)
ロンゾルキアのドワーフ族は、『酒の強さ』によって長を決める。
彼らにとって、酒は『命の水』。
酒を愛し酒に愛された漢が、同胞の『尊敬』と『信頼』を一手に集める。
(つまり、この戦いで現族長のドドンを倒せば……ボクはドワーフ族の心を掻っ攫うことができるっ!)
これにより、『真の支配』が完成する。
(後は酒の席を利用して、ドワーフたちの情報をたんまりゲットしつつ、アレが作れるかどうかも聞いておこっと)
このイベントには『支配強化』と『情報収集』、二つの意味が含まれているのだ。
そんなこんなで準備が整い、
「まずは開戦の一杯と行こうか」
「おぅよ!」
ボクとドドンがジョッキをガツンとぶつけ、呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎが始まった。
どうやら呑み比べのときは、周りも酒を楽しむ風習らしい。
「しかし、このゴルゾというエールは、実に口当たりがいいな。まるで水のように呑めてしまう」
「へっ、若ぇのに『わかる口』じゃな!」
酒宴の席ということもあり、ドドンの口も自然と滑らかになっている。
この様子だと、情報収集は簡単そうだね。
「ここの年間採掘量は、どれくらいになるんだ?」
「3万トンぐれぇに抑えとる。あんまり掘り過ぎると、魔鉱脈を傷めちまうでな」
地層の深部を流れる魔鉱脈、そこから漏れ出した魔力が、長い年月を経て結晶化したモノが魔水晶だ。
魔水晶はロンゾルキアにおける鉱山資源の代表格であり、魔力を吸収するという性質から、あらゆるモノに用いられている。
「純度は?」
「そりゃおめぇ、王国でも――いや、世界でも随一よ! ほれ、ちょうどあそこに見えるのが、今朝方に採れたモンじゃ」
ドドンの指さす先には、大きな木箱が乱雑に積まれており、その中にたくさんの魔水晶が入っていた。
「ほぅ……素晴らしいな」
遠目からでも十分わかる。
(あの品質なら、『虚空石』を作れそうだね)
ボクがそんなことを考えていると、横合いからニアがニョキッと顔を出した。
「ホロウ、あなた本当にお酒が強いのね」
「まぁな」
原作ホロウは酒に強い――っというか、あらゆるステータスが最高水準だ。
膂力・魔力・耐性、基本スペックは全キャラトップ。
(怠惰・傲慢・油断・慢心・情欲、『超強烈なデバフ』が大量に積まれているから、ほぼ全てのルートで破滅するけど……)
逆に言えば、それさえ制御できれば、『最強のチートキャラ』になる。
無論、お酒にも強い。
(それに何より、ボクは毒物に対する『完全耐性』を持っているしね)
この体には『虚空のかけら』が散らばっており、アルコールなどの有害物質を自動的に検知して、消し飛ばしてくれる。
つまり、ボクが呑んでいるのは実質『味のついた水』。
100杯呑もうが1000杯呑もうが、決して酔い潰れることはない。
(虚空の免疫システムがなくても、ステータスのゴリ押しで、ドドンには勝てると思うけど……)
自分のスペックに己惚れて、なんの策も弄せずに戦うのは、『怠惰傲慢』な行いだ。
勝率99.9%を100%へ引き上げる。
その慎重な姿勢こそ、『謙虚堅実』と言えるだろう。
ボクとドドンが呑み比べに興じる傍らで、ニアが陽気なドワーフに声を掛けられていた。
「ほら、お嬢ちゃんも呑みねぇ!」
「えっ、でも……」
「大丈夫大丈夫! これは秘伝のゴルゾじゃなくて、どこにでもあるただの『エール』! アルコール度数も5%じゃて!」
「5%……。それなら、ちょっとだけ――」
彼女がジョッキを受け取ろうとしたので、ボクはすぐさまストップを掛ける。
「おい待て、お前は絶対に呑むな」
「えっ、どうして?」
「酒を嗜んだことは?」
「まだないけど……」
「だろうな。とにかくこいつは没収だ」
「あっ、ちょっと! 私だってもう十五歳、立派な大人よ!?」
「駄目なものは駄目だ」
ニアは――死ぬほどお酒に弱い。
甘酒一杯でべろんべろんになれるし、酔っ払うとベッタベタに甘えてくる。
(『泥酔ニア』を見たくないと言えば、もちろんそれは嘘になるけど……)
彼女に甘えられたら、『情欲』が発動しかねない。
今はドワーフの支配が最優先。
べっろべろのニアを楽しむのは、また別の機会にしよう。
その後、いったいどれぐらい呑んだだろうか。
(――よしよし、必要な情報は聞き出せたな)
『情報収集』は完了。
後はドドンを潰せば、目標達成だ。
ボクがそんなことを考えながら、右手のジョッキを空にすると、
「……うっぷ……」
ドドンの上体がグラリと揺れた。
おっ、これはもしかして……?
「……もぅ、呑めねぇ。ホロウ、お主の勝ちじゃ……」
次の瞬間、ドワーフたちが湧きあがる。
「うぉおおおおおおおお! まさか本当に勝っちまうとは、びっくらこいたぜ!」
「『蟒蛇のドドン』に呑み勝つなんて……おめぇさん、本当に人間か!?」
「こりゃ、『蟒蛇のホロウ』じゃな!」
きっと褒めてくれているんだと思うけど、その『二つ名』はちょっといらないかなぁ……っ。
「さてドドンよ、約束を果たしてもらおうか」
「あぁ……ひっく……。儂も漢じゃ、お主の言うことをなんでも一つ聞くとしよう……」
「では――そう遠くない未来、俺とドドンは『面白い場面』で、再び出会うことになる。そこでとある証言をしてもらおう」
「証言?」
「あぁ、俺は大量の武具を保有していてな。それが『虚言でない』という裏付けを頼みたい」
ボクが右手をあげると、漆黒の渦が出現し――そこからたくさんの武器と防具が降り落ちた。
「お、おいおい、なんだこりゃ……!?」
「10万人の武具だ。無論、ここにあるものが全てではない」
「10万って……っ。お主、戦争でもおっぱじめるつもりか?」
「あぁ、『天喰』というデカブツを獲る」
「……なるほど、それでアイツらも……」
ドドンは納得したとばかりに頷いた。
「あいわかった。ホロウが10万の武具を所持しておる、このドドンがそれを証言しよう」
「あぁ、頼んだぞ」
さて、これで中盤に潜む『厄介な死亡フラグ』はへし折れた。
『最大の目的』を果たしたボクが横へ目を向けると、
「――ドワーフさんのチョコ?」
「――あぁ、めちゃくちゃうめぇぞ!」
ニアとドワーフが雑談に興じていた。
(よしよし、もうちょっとでこっちの用事が終わるから、そんな風に時間を潰してくれると助かるよ)
ボクは改めてドドンに向き直り、最後の話を切り出す。
「早速だが、一つ依頼がある」
「おぅ、なんじゃ」
「最高級の魔水晶を嵌め込んだ『指輪』を作って欲しい」
「指輪ぁ?」
彼の顔が怪訝に歪む。
「悪ぃが、儂等ドワーフは武器と防具を専門にしておる。指輪みてぇな小物は打たねぇと決めてんだ」
「なるほど、やはり細やかな装飾品は厳しいか。いやすまない、今の話は忘れてくれ、『難しい注文』をしてしまったようだ」
「で、できらぁっ!」
「おいおい、無理をするな。別の鍛冶師に頼――」
「――いいから任せろ! 儂が手ずから打ってやる! 見ておれよホロウ、『最高の指輪』を作ってやるでな!」
「そうか、楽しみにしておこう」
ちょっっっろ。
さすがはドワーフ、驚くほどに単純だね。
彼らはこうやって騙され、悪い人間の食い物にされてきた。
実際に今も、四大貴族ゾルドラ家に貪られている真っ最中だ。
どうせ誰かに搾取されるのなら、ボクが喰っておこ――ゴホン、友好的な関係を築いておこう。
そういう『善意の心』もあって、彼らを支配下に加えたのだ。
さて、ドワーフのイベントはこれで終わり。
もうここにやり残したことは何もない。
「ニア、帰るぞ」
「……うん」
ドドンたちと別れ、トネリ洞窟から出るとそこには、ハイゼンベルク家の御者が立っていた。
「待たせたな」
「とんでもございません。ささっ、どうぞ中へお入りください」
ボクが客車に乗り込み、ニアもその後に続く。
(『フラグ管理』は完璧だ。後は天喰討伐戦の指揮官を決める会議で――)
そうして思考を巡らせていると、ボクの右隣にニアがポスリと座った。
「……おい、なんの真似だ」
「ふふっ、いいじゃない」
彼女はそう言いながら、ススッと身を寄せてくる。
大きな琥珀の瞳は潤み、頬はほんのりと紅潮して、アルコールのにおいが仄かに香る。
「お前……呑んだな?」
「うぅん、ホロウにダメって言われたから、ちゃんと我慢したよ」
ニアは高潔な精神を持つヒロイン、こんな嘘をつくタイプじゃない。
ということは……。
「何か変なモノを食わなかったか?」
「ドワーフさんから、『珍しいチョコ』をもらったわ。甘くて苦くてちょっぴり変な味がして、とっても美味しかったんだぁ。ホロウの分もあるよ?」
彼女はそう言って、包み紙に入ったチョコレートを取り出す。
「……なるほど、これが原因か」
おそらくウィスキーボンボンのようなモノだろう。
そのチョコレートからは、僅かにアルコールのにおいがした。
(でもまさか、こんな微量のお酒で酔うなんて……)
ボクが呆れていると、ニアがその整った顔を寄せてきた。
「ねーぇ」
「なんだ」
「私、ちゃんと言い付けを守ってたでしょ?」
「あぁ」
「偉い?」
「……偉いな」
「御褒美に『いい子いい子』して?」
彼女はそう言うと、ボクの膝にゴロンと寝転がり――『膝枕』の姿勢になる。
「お前、後で絶対に後悔するぞ?」
「だいじょうぶだいじょうぶ」
「はぁ……いい子いい子」
ニアの頭を優しく撫ぜてあげると、
「えへへぇ」
エインズワース家の当主様は、ご満悦といった風に微笑んだ。
その後は、べったべたに甘えられて、本当にとても大変だった。
主に、猛り狂う情欲を抑えるのが……。
翌日、ボクがレドリックに登校すると、
「……ごめん、昨日のことは忘れて……」
正気に戻ったニアが、素直に謝ってきた。
目をグルッグルに回し、耳まで真っ赤に染めながら。
どうやら彼女は、『記憶に残るタイプ』らしい。
「ちゃんと謝れて『偉い』ぞ。どれ、御褒美に『いい子いい子』してやろう」
「もぅ、ひと思いに殺してぇ……っ」
涙目になったニアは、羞恥のあまり崩れ落ちた。
このネタだけで、向こう一年はイジれそうだね。
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ランキングが上がれば、作者の執筆意欲も上がります。
おそらく皆様が思う数千倍、めちゃくちゃに跳ね上がります!
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