第十一話:回復魔法
朝と昼は剣術と虚空の修業に励み、時たまボイドタウンへ顔を出しつつ、夜は禁書庫で知識を蓄える。
そんな慌ただしい毎日を送っていると、いつの間にか誕生日を迎え、12歳となった。
身長はついに150センチを突破。
このままスクスクと育ってほしいものである。
そして現在、ボクが殊更に熱を入れているのは――回復魔法だ。
ロンゾルキアにおける回復魔法は非常に希少なスキルとなっており、これを習得すれば一生食べるのに困らないと言われる。
(ふむふむ……なるほど、これは『魔法』というより『技術』だな)
回復魔法の仕様は、ゲームと大きく異なっていた。
原作ロンゾルキアでは、回復魔法を発動→魔力を消費してダメージを癒す、という流れだったのだが……。
この世界では、魔力で細胞を再生→断裂した組織を繋ぎ合わせる、となっていた。
つまり、回復魔法を成立させるには、高度な魔力操作+人体構造の理解+深い医療知識という三つの要素が必要になる。
はっきり言って、かなり面倒くさい。
回復魔法が希少だという話にも頷ける。
(でも、回復魔法をマスターすれば、ボクの生存率は大きく跳ね上がる)
既に虚空憑依は習得しているので、防御面はかなり手厚い。
ここに回復魔法が加われば、ボクの守りは盤石なものとなる。
そういうわけで、ここ最近はずっと医療関係の書物を読み漁っていた。
(……よし、座学はこの辺りでいいか)
基本的なことは、だいたい理解できた。
後は実験た……じゃなくて、被験し……でもなくて――そう、『協力者』が必要だ。
翌日の昼過ぎ、ボクは早速ハイゼンベルク領の街へ繰り出した。
大通りをぶらぶらと歩くことしばし、
(うん、ここでいいか)
ちょうど目に付いた診療所へ足を向ける。
扉をノックしようと右手を伸ばし――寸前で止めた。
ボクは怠惰傲慢な悪役貴族、礼儀正しい所作はNGだ。
「――邪魔するぞ」
荒々しく扉を蹴破り、ダイナミックに来院を果たす。
「なっ、なんだ!?」
「いったいなんの騒ぎ……んなぁっ!?」
「あなたはまさか……ホロウ様!?」
診療所に激震が走った。
それもそのはず、ハイゼンベルク領において、ボクは『禁忌』とされる存在なのだ。
原作ホロウは、自分の気に入らないモノへ、過剰なまでの追い込みを掛ける。
彼の機嫌を損ねたら最後、この街では生きていくことはできない。
本来ならば、領主である父が諫めるべきなんだけど……。
彼は母の呪いを解くため、全国各地を駆け巡っており、教育にまで手が回らなかった。
その結果、馬鹿息子の増長は、行くところまで行ってしまったというわけだ。
まぁこういう背景があって、ハイゼンベルク領の人達は、ボクのことを強く恐れている。
診療所に凄まじい緊張が走る中、院長と思わしき初老の男性が、慌てて目の前へやってきた。
彼はその場で跪き、こちらへお伺いを立てる。
「ほ、ホロウ様、此度は如何なされましたか……?」
「別に、少し見学に来ただけだ」
ボクはそう言いながら、適当な椅子に腰掛ける。
「何をしている、さっさと働け、時間を無駄にするな」
「は、はいっ!」
院長が素早く動き出し、他の医者たちも通常業務に戻る。
(うーん……めちゃくちゃ働き辛そうだな)
ボクの眼が気になっているのか、みんな随分とぎこちない動きだ。
本当に申し訳ない、今日だけだから許してほしい。
そんな風に心の中で平謝りしながら、医者たちの仕事ぶりを遠目に観察する。
(……なるほど……)
やはり『百聞は一見に如かず』。
禁書庫で医療の知識を大量に仕入れてきたが、実際にこの眼で見るのは全然違う。
そして『百見は一験に如かず』。
ここまでたくさんの回復魔法を見させてもらったが、実際に経験してみるのもまた全然違うだろう。
(……そろそろ誰かで試したいな……)
どこかに『いい感じの怪我人』はいないものか。
ウズウズとした気持ちを隠しつつ、それとなく周囲を見回していると――診療所の扉が荒々しく開かれ、二人組の冒険者が入ってきた。
「はぁはぁ……っ。お願いします、仲間を助けてください……ッ」
男剣士は悲愴に満ちた表情で、血だらけの女魔法士を抱えていた。
(爪で切り裂かれたような跡がある……。モンスターにやられたっぽいな)
噎せ返るような血のにおいが充満する中、看護師たちが迅速に動き出す。
「こ、これは酷い……っ。すぐに輸血の用意を!」
「ポーションもありったけ持って来てください!」
そのまま診察台に寝かされる女魔法士。
男剣士はその傍に寄り添い、彼女の手をギュッと握り、励ましの言葉を掛ける。
「もう大丈夫だぞ! ハイゼンベルク領の病院に着いた! ここには優秀な医者がたくさんいるんだ!」
「……うん、ありが、とぅ……」
そうこうしているうちに三人の医者が集い、すぐに回復魔法が行使される。
しかし、
「駄目だ、出血が多過ぎる……っ」
「再生も縫合も間に合わん……ッ」
「これは、もう……」
必死の治療も虚しく、女魔法士の状態は悪化の一途を辿り、魔力もどんどん弱くなっていった。
命の残り火が消えようとする中、彼女は震える声を絞り出す。
「……ごめん、ね……。また……迷惑……掛けちゃ、った……」
「ち、違う……キミは何も悪くない! こうなったのは全部、俺が弱いからだ!」
「私、もう……駄目、みたい……。約束、守れそうに……ない、や……」
「おい、駄目ってなんだよ、そんなこと言うなよ……っ。やめろ、やめてくれ、なぁ、お願いだ。頼むから、返事をしてくれ……ッ」
男剣士が何度も声を掛けるが、女魔法士は反応を示さなかった。
沈痛な空気が漂う中、医者たちは互いに顔を見合わせ――治療を止めた。
回復魔法の使用には、大量の魔力を必要とする。
一人でも多くの怪我人を治すため、救える見込みのない患者には、無駄な資源を投じない。
残酷だが、合理的な判断だ。
(今日は運がいいな。お誂え向きのが来てくれたぞ)
どうせ潰える命ならば、有効活用させてもらうとしよう。
「どれ、俺が診てやろう」
ボクがそう言って、女魔法士のもとへ向かおうとしたそのとき、男剣士が行く手を遮った。
「……あんた、ハイゼンベルク家の跡取り息子だよな?」
「それがどうした」
「今『診てやろう』とか言っていたけど……回復魔法が使えるのか?」
「いや、まだ学んでいる途中だ。ちょうどいい練習台が転がり込んできたので、活用させてもらおうと思ってな」
「……れん、しゅう、だい……? ふざけるな……ッ!」
激昂した男剣士は、ボクの胸倉を掴みあげた。
その瞬間、診療所に激震が走る。
「ちょっ、何をやっているんですか!?」
「おい馬鹿、やめとけ! その御方は、あのホロウ様だぞ!」
「そんなことをしたら、殺されちゃいますよ!?」
医者や看護師たちは泡を吹き、冷静になるよう声を掛けたが……男剣士の怒りは収まらない。
「医者でもなんでもないお前が、彼女に触れるなッ! 俺の大切な仲間は、貴族の玩具じゃないッ!」
彼は大粒の涙を流しながら、思いの丈をぶつけた。
次期当主の胸倉を掴み、罵声を浴びせる蛮行――とても許されるものじゃない。
ただ……仲間のために怒る、その純粋な思い。
そういう熱い心――ボクはけっこう好きだ。
でもまぁ、今はちょっと邪魔かな。
「――ゴミが、その汚い手を離せ」
右拳に力を込め、男剣士の鳩尾を軽く殴る。
「か、はッ!?」
彼はゆっくりと膝を突き、前のめりに倒れ伏し――床でビクビクと痙攣している。
……ごめん、ちょっといいのが入り過ぎたかもしれない。
ただ、ここで暴れられても面倒だし、少しの間そのままで頼むよ。
ボクは男剣士を捨て置き、瀕死の女魔法士と向き合う。
(さて、いよいよだな)
人生初の回復魔法、患者は瀕死の女魔法士。
周りから見れば、何を無茶なことを、と思うだろう。
しかし、ボクには自信があった。
神童ホロウ・フォン・ハイゼンベルクならば、この程度の怪我は絶対に治せる。
そんな確信めいたものがあった。
「ふぅ……」
小さく息を吐き、女魔法士の体に手をかざす。
そして――自分の魔力を微粒子サイズに分解し、彼女の肉体へ浸潤させていく。
(頭蓋骨亀裂・脳挫傷・胸骨骨折・右肺損傷・肋骨粉砕・脾臓破裂……その他、重症多数)
派手にやられたな、もはや死に体だ。
(よし、始めるか)
静かに目を閉じ、回復魔法を実行する。
まずは再生。
ボクの魔力を女魔法士の魔力に変質させ、欠損した細胞・臓器・骨を新たに作り出す。
次に縫合。
自身の魔力を糸状に変形し、筋肉と神経を繋ぎ合わせていく。
(……なるほど、掴めて来たぞ)
回復魔法は速度が命。
再生と縫合の要領を得たボクは、神経を研ぎ澄ませ――一気に治療を取り纏めていく。
その瞬間、背後の医者たちが驚愕の声をあげた。
「は、速いッ!? なんて再生速度、それに魔力同調も完璧だぞ!?」
「なんと精緻な魔力制御か……っ」
「魔力糸の細さを見ろ! もはや見えねぇぞ、アレ!」
「おいおいちょっと待て、『再生』と『縫合』を同時に進めてないか!?」
「こんなの、人間業じゃない。これはもはや『神の手技』……っ」
あっちをさくさくっと再生、こっちをひょいひょいと縫合――およそ十秒で治療完了。
「ふむ、まぁこんなところか」
初めての回復魔法は、無事に成功した。
女魔法士の顔色はすっかりよくなり、規則的な呼吸を繰り返している。
後一時間もすれば、目を覚ますだろう。
(ただ……これじゃちょっと遅過ぎるな)
この程度の治療に十秒も掛かっているようじゃ駄目だ。
実戦を想定するなら、完全回復に一秒は切りたいところ。
(まぁ今回は初めての治療だったし、これからどんどん練度をあげていくとしよう)
ボクが一人で反省会を開いていると、
「……助かった、のか……?」
腹部のダメージから立ち直った男剣士が、覚束ない足取りで女魔法士のもとへ向かう。
「当然だ。練習だからと言って、この俺が失敗するとでも思ったか?」
「ぁ、ありがとうございます……っ。本当に、なんとお礼を申し上げたらいいか……ッ」
彼はそう言って、深々と頭を下げた。
「――お前、名は?」
「じ、自分はB級冒険者ガリウス・ブラウンでございます!」
「ガリウスよ、この俺の胸倉を掴んだのだ。相応の覚悟はできているだろうな?」
「はい……っ。ホロウ様に対する不敬な行い、如何なる罰でも受ける所存です」
「いい覚悟だ。では、沙汰を下すとしよう」
ハイゼンベルク領の法律は、非常に厳しいことで有名だ。
領主の息子への不敬および暴行、決して許されるものではない。
「「「……っ」」」
診療所の空気が極寒に包まれ、医者も看護師も患者もみな口を噤む中、ガリウスへの処分を言い渡す。
「ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名において命ずる。――お前は強くなれ」
「……えっ……?」
ガリウスは呆けたように固まった。
「あの女魔法士は、大切な想い人なのだろう? であれば、もっと強くなり、しっかりと守ってやれ。二度とこのような醜態を晒すな。わかったな?」
「は、はい……! 此度は本当に申し訳ございませんでした。本当にありがとうございます……っ」
彼は謝罪と感謝の言葉を述べ、何度も何度も頭を下げた。
「な、なぁおい、ホロウ様はとんでもないドラ息子って話だったよな……?」
「あぁ、なんと立派な沙汰を……っ」
「あの深き度量はまさしく、次期当主の器と言えるんじゃないか?」
この場に居合わせた人たちが、口々にボクを褒め称える。
よしよし、いい感じに好感度が稼げたぞ!
領民の好感度が一定値を下回ると、『お家焼き討ちEnd』に突入してしまう。
こうして時たま、ポイントを稼ぐことはとても大切だ。
(いやぁそれにしても、この冒険者たち、タイミングがいいね)
回復魔法を試すことができたうえ、自然な形で領民の好感度を上げられた。
ほんと最高だよ、キミたち。お礼に何かプレゼントをあげたいぐらいだ。
ボクが満足気に頷いていると、院長と思しき老人が声を掛けてきた。
「いやはや、驚きました。まさかホロウ様に回復魔法の心得がおありだとは……」
「何を言う、今日が初めてだ」
「……はっ?」
「お前たちの手技を見て、真似させてもらった。どうだ、中々のものだったろう?」
「な、中々と言いますか、神業と申しますか……っ(あのレベルの手技を見様見真似で……!?)」
「ふっ、大袈裟な奴だ」
ボクはそう言いながら、出口の方へ足を向ける。
「この診療所で手に余る者は、うちの屋敷へ回すといい。たまにならば、診てやらんこともないぞ」
「あ、ありがとうございます!」
こうして回復魔法という新たな力を手にしたボクは、
(さて、次は……『ガルザック地下監獄』だ)
次なるイベントに向けて、すぐさま準備に取り掛かるのだった。
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