第十六話:交渉
ボク・ニア・ダダの三人は、ハイゼンベルク家の馬車に乗って、ドワーフの集落へ移動する。
その道中、ダダは興味深い話をたくさんしてくれた。
ドワーフの習性・一族秘伝の酒・鍛冶師の技術など……。
既に知っている情報も多かったけど、ドワーフの文化や風習を聞けたのは――単純にめちゃくちゃ面白かった。
『没入感』って言うのかな。
自分が『ロンゾルキアの世界に生きている』という実感を得られて胸が躍った。
(それに何より、『裏付け』を取れたことが大きい)
原作と同じく、ドワーフの族長はドドン=ゴ・ラムだった。
ドドンは豪快な気質で、人情に厚い性格をしており、ドワーフで一番の酒豪だ。
(こういう手合には、畏まった敬語よりも、ぶっきらぼうな言葉遣いの方がよく響く)
あまり回りくどい表現を使わず、はっきりズバズバ言っていくとしよう。
相手の性質に合わせて、『適切な仮面』を被るのは、交渉術の基本だからね。
そうこうしているうちに、目的地のトネリ洞窟へ到着。
馬車を降りるとそこは――『秘境』だった。
美しい小川が流れ、苔の生えた岩石が並び、綺麗な木々が根を伸ばす。
最低限の舗装をされた道の果て、真っ正面に見える険しい山の斜面に、小さな洞窟がぽっかりと口を開けていた。
「なに、これ……? 雑誌とかで見るトネリ洞窟と全然違うんだけど……っ」
ニアは呆然とした様子で、キョロキョロと周囲を見回す。
「観光地として栄えているのは、『表側』だけだからな」
「ここは?」
「その真逆に位置する『裏側』だ。あそこに見える洞穴の奥に、ドワーフたちの集落がある」
「確かに、『表』も『裏』も同じトネリ洞窟ね……。くぅ、嵌められた……っ。鬼・悪魔・ホロウ……!」
「俺の名は悪口じゃないぞ?」
ボクたちがそんな話をしていると、
「おーいカップルさん、こっちだぞーぃ!」
ダダの酒焼けした声が響く。
「も、もぅ……カップルだなんて、困っちゃうわねぇ……」
「その割に嬉しそうだな」
「べ、別に嬉しくなんかないわよ……!」
どう見てもニッコニコだけど……まぁいいや。
その後、全員でトネリ洞窟へ踏み入る。
ダダが先導し、ボクとニアが続く形だ。
「……中は少々冷えるな。持参した羽織でも着ておけ」
ボクが適当にそう言うと、
「あっうん、ありがとう、そうするわ」
ニアは肩に掛けたトートバッグから、カーディガンを取り出した。
(純白のワンピースにクリーム色のカーディガン、めちゃくちゃ似合っているな……)
(ふふっ、ホロウってば、なんだかんだでやっぱり優しいのよね)
洞窟の薄闇を進むことしばし――ふいにパッと視界が開けた。
「ほぅ……」
「うわぁ!」
そこは天井の高いドーム状の空間。
淡い光を放つ魔水晶が、壁のそこかしこに埋まっており、美しくも幻想的な光景が広がっていた。
「見て見てホロウ、すっごく綺麗だよ!(デートじゃないのは残念だけど、こうして一緒に見れるのは嬉しいなぁ)」
ニアが子どものように目をキラキラと輝かせ、
「あぁ、見事なモノだ(この輝きと透明度……最低でもA級クラスの魔水晶! ふふっ、やっぱりここは『宝の山』だね!)」
獲物を前にしたボクが、舌なめずりをする中、
「がははっ、うちの魔水晶は王国一じゃてな!」
ダダは自慢気に胸を張った。
その後、魔水晶に照らされた道を十分ほど歩くと、
「――ほれ、ここじゃ」
ドワーフの集落に到着した。
「ふむ(おーっ、凄い再現度だね!)」
「なんだか、とてもいい感じのところね」
石造りの頑丈な家が立ち並び、魔石と火の明かりが全体を仄かに照らし、背の低いドワーフたちが闊歩する。
鍛冶場からは鉄を打つ音が、酒場からは陽気な笑い声が聞こえてきた。
鉄と酒と炭のにおいが漂う、独特な風情の溢れる集落だ。
「族長はこっちじゃ。いつも夕時は、中央広場で酒盛りをしておるでな」
ダダの案内を受け、集落を横切って行く。
「――おい、見ろよアレ、人間じゃぜ」
「また来やがったな……」
「くそ、今度は何をさせる気だ……っ」
敵意に満ちた視線が、遠慮なく向けられた。
(予想していたことだけど、まったく歓迎ムードじゃないな……)
まぁ人間と亜人種は、昔から仲が悪いからね。
それに何より、あんなことがあった後じゃ、ドワーフたちも警戒して当然だろう。
「すまんな。最近、『悪い人間』とひと悶着あったばかりで、みんなちぃとばかし荒れておるのじゃ」
「あぁ、問題ない」
通りを真っ直ぐ進むと、大きな広場が見えてきた。
石造りの机や椅子が並び、ドワーフたちが酒盛りをやっている。
(おっ、いたいた)
大広場の最奥に族長ドドンの姿を発見。
他のドワーフたちよりも少し背が高くて、かなり厳つい顔をしているから、一目ですぐにわかった。
ダダは真っ直ぐドドンのもとへ向かい、ぶっきらぼうに右手をあげる。
「おぅ族長、客人を連れてきたぞぃ」
「客人……?」
ドドンの大きな瞳が、ギロリと動く。
「……人間ではないか。しかも、相当な悪人面じゃ」
「確かにこのホロウは、かなり悪い顔をしておるが、こう見えて根はイイやつでな。地龍に襲われていた儂を助けてくれたんじゃ」
ダダの言葉を受け――周囲のドワーフたちがドッと笑い出す。
「がっはっはっはっ! 馬鹿を言え、人間なんぞが最上位種族に敵うものか!」
「普通はそうだが、こやつは化物みてぇに強ぇんじゃ!」
「まったく、酒の飲み過ぎだ」
「今日はまだ3升しか呑んどらん! 素面も同然よ!」
「ガッハッハッハ! ダダの阿呆がボケおった!」
「やかましいぞ狸爺! 儂ゃまだ153歳、ぴっちぴっちのナイスガイじゃ!」
ダダは必死に説得を試みるけれど、圧倒的な数の差に敗れてしまった。
「くそぅ、この大馬鹿者どもめ……っ」
彼はグッと奥歯を噛み締め、
「ホロウ……すまぬ、面目ない……」
申し訳なさそうな表情で、小さく頭を下げた。
「いや、十分だ」
こうしてスムーズにドワーフの集落へ、なんなら族長ドドンのところまで連れて来てくれた。
ダダの働きぶりは、これ以上ないほどだ。
ここから先は『選手交代』、ボクたちの出番だね。
「俺はホロウ・フォン・ハイゼンベルク、そしてこっちが――」
「ニア・レ・エインズワースです。はじめまして、ドワーフさん」
ニアが柔らかく微笑むと同時、
「「「お、おぉ……っ」」」
ドワーフたちがゴクリと生唾を呑んだ。
「なんと可愛らしい女子じゃ……っ」
「あれは……天使、か……?」
「け、けしからん! ナイスバディにもほどがあるぞッ!?」
種族特性である『女好き』が発動したのだろう。
ドワーフたちの警戒は、あからさまに緩くなった。
やっぱり、こういう『設定の強制力』は凄まじいね。
(ふふっ、素晴らしい仕事ぶりだ、ニア!)
さすがは原作でもトップクラスの人気を誇る不憫ヒロインだね。
とにもかくにも――向こうが隙だらけの今こそチャンス、ササッと本題へ入ってしまおう。
「ドドンよ、俺達が今日ここへ来たのは他でもない、ドワーフ族と商談を結びにきた」
「残念だが、今は無理じゃ」
「あぁ、そうだろうな」
「……どういう意味じゃ?」
「そちらの事情は全て知っている。やりたくもない仕事を命じられて、さぞや萎えていることだろう」
「あんた、ゾルド……うっ!?」
ドドンの顔が苦痛に歪み、ギュッと胸を押さえた。
(おいおい、大丈夫か……?)
ドワーフは純粋な生産職であり、極めて魔法に疎い。
でもまさか、『<契約>の危険性』さえ理解していないとは……さすがにちょっと驚いたね。
「無理に話そうとするな。<契約>を破れば、『契約神の裁き』を受ける」
「はぁ、はぁ……まったく魔法ってのは、よくわからんもんじゃぜ……」
契約違反ギリギリで踏み留まった彼は、肩で息をしながら呼吸を整える。
「先も言った通り、お前たちの事情は全て知っている。四大貴族『ゾルドラ家』に脅されて、『武具の大量生産』を強要されているのだろう? それも、法外な安値で」
<契約>の縛りがあるため、ゾルドラとの密約は口にできないだろうけど、
「……っ」
ドドンの揺れた瞳は、口よりも雄弁に真実を語っていた。
(この一件は、ゾルドラ家によるハイゼンベルク潰しだ)
きっちり防いでおかないと、中盤の『とあるイベント』で詰んでしまう……。
(でも残念、こっちには『原作知識』があるんだよ!)
ゾルドラ家の汚いやり口は、文字通り全て知っている。
(いつどこで何を仕込み、どんな風にハイゼンベルク家を陥れるか――その全てを!)
ほんと『知識チート』ってヤバいと思う。
「俺はお前たちドワーフを解放しにきた、ゾルドラ家の卑怯で卑劣な支配からな」
ドワーフは生粋の『生産職』。
ゾルドラ家の絶大な『武力』と『経済力』に脅され、低質な武具を量産する今のこの状況は、非常に受け入れ難いはず。
実際ボクの睨んだ通り、
「……儂等を解放する、じゃと?」
ドドンは期待と警戒の入り混じった目を向けた。
(よしよし、掴みはイイ感じだね!)
さて、ここはちょっと強気に押そうか。
ドドンを――ドワーフたちを説得するのに言葉を飾るのは悪手だ。
わかりやすく単刀直入に伝える。
これが一番効果的。
(そして何より、こっちには『最高の切り札』がある!)
そうして万全の準備を整えたボクは、威風堂々とした姿勢で口を切る。
「こちらの要求は一つ――ドワーフたちよ、俺の傘下に入れ。そうすれば、『充実した福利厚生』を約束し、『最高の仕事』をさせてやる」
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