第十三話:国王バルタザール
ボイドタウンの視察を終えたボクは、フィオナさんとセレスさんを連れて屋敷に戻り、そこで解散。
晩ごはんを食べたり、攻略ルートを吟味したり、虚空の修業をして、先々に備えた準備を行う。
そうして迎えた深夜零時。
「よし、そろそろかな」
いい具合に夜も更けた。
これより『虚の統治者』ボイドになって、『王城』を襲撃する。
と言っても、別に攻め落とすわけじゃない。
(あまり派手に動き過ぎて、メインルートをグチャグチャにしたら、原作知識が使えなくなっちゃうからね)
目的は『国王バルタザール』。
向こうの被害は、最小限に抑えるつもりだ。
黒いローブと仮面を身に付け、<虚空渡り>を展開――王都のド真ん中に聳え立つ王城、その遥か上空へ飛んだ。
「ふむふむ……」
虚空の足場に立ち、巨大な建造物を見下ろす。
(一応、『最低限の備え』はしてあるみたいだね)
王城を囲むようにして、いくつもの『防御障壁』が張られている。
でもこれぐらいなら、簡単に突破できそうだ。
(国王の寝室は……この辺りかな?)
ルビーからもらった『王城の見取り図』を参考にして、<虚空渡り>を繋ぐ。
(お邪魔しますよっと)
漆黒の渦を潜り抜けた先は――月明かりに照らされた広大な部屋。
床には分厚い絨毯が敷かれ、壁には美しい風景画が掛けられ、高級そうな調度品がいくつも並ぶ中、豪奢な天蓋付きのベッドに国王バルタザールが眠っている。
(おっ、いたいた!)
目標発見。
ササッとこちらの要件を済ませたいところなんだけど……。
ここは焦らず落ち着いて、『周辺クリーニング』を済ませよう。
(扉の外に魔力反応が二つ……多分、近衛かな)
<虚空流し>を使って扉をすり抜け――寝室を守る兵たちの首筋へ、即効性の神経毒『ころっとくん』を打ち込んだ。
「「……ぁ、う゛……っ」」
二人は声をあげる間もなく、白目を剥いて卒倒する。
(うんうん、やっぱり普通はこうだよね)
フィオナさんの生成する毒は、伝説級の固有<蛇龍の古毒>のモノであり、非常に強力だ。
エリザみたく屈強な精神と肉体がなければ、こんな感じで一発KOとなる。
「よっこいしょっと」
失神した近衛たちを室内に引き摺り込み、片隅にポイポイと放り投げる。
外に置いたままだと、騒ぎになっちゃうかもだからね。
淡い月明かりに照らされながら、改めて部屋をグルリと見回す。
(……やっぱりそうだったか)
国王バルタザールは――呪われていた。
寝室のそこかしこに、小さな『呪水晶』が仕込まれている。
呪いの対象はバルタザール、その効果は『生命力を吸い取る』という単純かつ強力なものだ。
(<隠匿>と<認識阻害>を重ね掛けした呪水晶……凄い殺意だね)
『確実に始末する』という、強い意思を感じる仕掛けだ。
(国王の寝室に入れる人間の中で、こんな強硬手段に出る者は……王選の早期開催を望む、『第一王女』の仕業だろう)
まったく、酷いことをするものだ。
呪水晶を虚空で消し飛ばし、周辺クリーニングは無事に完了。
いよいよ王様とご対面だ。
(どれどれ……)
ベッドに横たわったバルタザールは、苦しそうな弱々しい息を吐く。
点滴の形で上位ポーションを注がれ、延命処置を続けているようだけど……。
(これは……ちょっともう無理だね)
生物的な限界――所謂『寿命』だ。
彼の状態は、混沌システムの乱数によって決まる。
どうやら今回は、本当に出目が悪かったらしい。
もちろん、呪いの影響もあるだろうけどね。
(先々代勇者ラウル・フォルティスみたく、勇者因子によって細胞が痛んでいる場合、それはあくまで『ダメージ』の範疇だから、ボクの魔力で補強してあげられる)
しかし国王の細胞は、既に死んでいた。
回復魔法で『延命』することはできない。
(ただ……ここで死なれるのは、ちょっと困るんだよね)
ボクには『壮大な計画』がある。
あの世へ逝くのは、こっちの準備が整ってからにしてほしい。
っというわけで、陛下の頭を右手で鷲掴みにして、超高密度の魔力を脳髄へ直に叩き込む。
「……ぉ、あ゛、う゛、うぅ……!?」
バルタザールの口から、苦悶の声が漏れた。
ごめんね。
苦しいだろうけど、ちょっとの辛抱だ。
それからほどなくして、
「はぁ……はぁ……はぁ……っ」
国王は意識を取り戻し、ゆっくりと上体を起こす。
「目が覚めたか、バルタザール」
「ふぅ……医者、というわけではなさそうじゃな」
ゆっくりと呼吸を整えた老爺は、バルタザール・オード・クライン、80歳。
身長175センチ・クリーム色のロングヘア。
落ち窪んだ瞳・痩せこけた頬・土色の肌、見るからに衰弱し切っており、仕立てのよい寝間着に身を包んでいる。
バルタザールはこちらを一瞥し、その長く立派な白い髭を右手で弄ぶ。
「黒いローブに謎の仮面……。なるほど、お主が噂に聞く『ボイド』か」
「いかにも」
「しかし……不思議な気分じゃ。長らく混濁していた意識が、今は奇妙なぐらいハッキリしておる。なんぞ、高位の回復魔法でも使ったのか?」
「まぁそんなところだ」
回復魔法の応用で、神経経路を弄った。
一時的な処置だけど、今はかなり楽だろう。
(さて、そろそろ本題に入ろうかな)
ボクがそんなことを考えていると、バルタザールが興味深いことを口にする。
「のぅボイドよ、儂と『取引』をせぬか?」
「ほぅ……なんだ、言ってみろ」
「お主は凄まじい魔法技能の持ち主と聞く。実際に今、『王国最高の回復魔法士』が匙を投げた儂をいとも容易く目覚めさせた。その腕を見込んで頼みたい。――この老いぼれの命、どうか伸ばしてはくれぬか?」
「くくっ、そんな状態でまだ生にしがみ付くのか?」
「つい先日まで、このまま逝ってもよいと思っておったのじゃが……状況が変わった。今はまだ倒れるわけにはいかぬ」
彼の目に強い意思の力が宿る。
その瞳は、とても死に掛けの老人とは思えないほどに鋭い。
「『四災獣』天喰。あの化物をなんとかせねば、我が王国は滅びてしまう」
バルタザールはグッと拳を握り、掛け布団に皺が広がった。
「儂がここで倒れれば、すぐさま『王選』が公示され、不肖の倅たちが武功を立てんと躍起になる。十中八九、天喰討伐の指揮官にも名乗りあげるじゃろう。実戦経験のない頭でっかち共が、生半可な度胸と知識で軍師の真似事をやってみろ。いったいどれほど悲惨な結末を迎えることやら……」
「少なくとも王都は、瓦礫の山と化すだろうな」
「……左様。故に儂はなんとしても命を繋ぎ、此度の戦の指揮官を決めねばならん。それが王としての最後の責務じゃ」
彼は一つ呼吸を置き、真っ直ぐこちらの目を見つめる。
「ボイドよ、もしもこの老骨に時間を与えてくれるのならば、お主の望みをなんでも一つ叶えよう。……どうじゃ、悪い話ではあるまい?」
「先にはっきりとさせておくが、その体はもう手遅れだ」
「そこをどうにかできぬじゃろうか?」
バルタザールは食い下がった。
「まぁ……手がないこともない」
「本当か!? いったいどのような方法じゃ!?」
「『魔力暴走』を利用する」
「魔力、暴走……?」
彼は眉を歪めた。
「読んで字の如く、肉体に宿る魔力を暴走させ、限界を超えた活動を強いる」
「なんと、そんな方法が!」
「しかし、これには重篤な副作用があってな。魔力を暴走させた結果、魔法因子が引き千切れ、死よりも苦しい壮絶な痛みが全身を苛む。それでも――」
「――構わん、やってくれ」
ひとかけらの躊躇もなかった。
「……解せんな。なんのためにそこまでする?」
「無論、国のため」
「はっ、心底理解しかねる回答だ」
悪役貴族に転生したボクは――自分が生き残るために戦っている。
過酷な破滅の運命に打ち勝つため、圧倒的な力で死亡フラグをへし折るため、生来の怠惰傲慢を捨て、謙虚堅実に努力を重ねてきた。
そう、ボクはただ『自分のため』に生きてきたのだ。
バルタザールみたく、『誰かのため』という生き方は、とても理解できるものじゃない。
「だが――そういう『筋の通った人間』は嫌いじゃない。特別サービスだ、受け取れ」
ボクが右手を伸ばすと同時、バルタザールの体に漆黒の大魔力が乗り移る。
「こ、これは……!?」
「俺の魔力を分け与え、苦痛のない『疑似的な魔力暴走』を再現した。今しばらくは持つだろう」
だいたいラグナの持つ魔力の十倍ぐらいだろうか。
圧倒的な魔力量にモノを言わせた『裏技』――否、『力業』だ。
「痛みがないことは、非常に助かるのじゃが……。こんな大量の魔力を渡して、お主は大丈夫なのか?」
「案ずるな。この程度の魔力、爪の垢ほどに過ぎん」
「……なるほど、報告通りの『化物』じゃな」
バルタザールはそう言って、ゴクリと唾を呑んだ。
「先ほど説明した通り、魔力暴走は『ドーピング』のようなものだ。莫大な魔力で強引に体を動かしているだけに過ぎん。遠からず、お前は死ぬ」
「後どれくらい生きられる?」
「当人の気力にもよるが……まぁ一か月は持つだろう」
「ふっ、それだけあれば十分じゃ」
満足気に微笑んだ彼は、胡坐を掻いて両の膝頭に手を突き――頭を下げた。
「ボイド、恩に着る」
非公式な場とはいえ、一国の王が頭を下げる。
その意味と重みを汲まないほど、ボクは薄情な人間じゃない。
「約束じゃ。お主の望みを言うがいい、なんでも一つ叶えて進ぜよう」
「いや、それには及ばん」
「どういうことじゃ?」
「『天喰討伐会議の場において、バルタザールが生存していること』――『とあるフラグ』が立つための条件だ」
「ふ、ふらぐ……?」
「平たく言えば、『俺の望みは既に叶った』と言うことだ」
目的は達した。
もうここに用はない。
「なんだかよくわからぬが、無欲な男じゃのぅ。金・財宝・土地、なんぞ適当にあげればよいものを……」
「くくっ、何を言う。俺はただ『死に掛けの爺』を延命させただけだぞ? あれもこれもと望んでは、釣り合いが取れんだろう」
「ぷっ……わっはっはっはっはっ! このバルタザールを捕まえて、死に掛けの爺と来たか! いや、確かにお主の言う通りじゃ! こんな老いぼれを永らえさせたぐらいで、何も望むことなどできんわなっ!」
ボクたちは、肩を揺らして笑い合った。
「さて、俺はそろそろ行こう」
「久方ぶりに楽しい時間じゃったわぃ。ボイド、お主とはもっと早ぅ会いたかったぞ」
「ふっ、お前がもっと若ければ、『家族』になれたかもしれないな」
まぁでも実際、とても有意義な時間だったよ。
国王と『サシ』で話す機会は、多分これが最後だからね。
「――では、また会おう」
ボクは<虚空渡り>を使い、ハイゼンベルクの屋敷へ飛んだ。
「……感謝するぞ、ボイド。お主のおかげで、この国の未来が繋がった」
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