第九話:絶体絶命の危機
<創造>製の屋敷へ戻ったボクは、エントランスに置いた自分の荷物を回収する。
(ニアとエリザは……二階か)
魔力感知で二人の居場所を把握し、空いている部屋へ移動した。
お風呂で汗を流し、就寝用の服に着替え、時計に目を向けると――23時30分、けっこういい時間だ。
(そう言えば……今日は朝から忙しくて、なんの修業もできてないな)
寝る前に軽くやっておくか。
武道でも芸術でもスポーツでも、『1日サボると取り戻すのに3日掛かる』と言うしね。
ロンゾルキアの世界に転生して早六年、ボクは今まで、一日たりとも鍛錬を欠かしたことがない。
毎日ほんの少しでも『強くなった実感』を得なければ、背中のあたりがムズムズしてしまうのだ。
もはや完全に『努力中毒』だね。
「よっこいしょっと」
キングベッドのヘッドボードに背中を預け、体をグーッと伸ばす。
(今は虚空が使えないから、基礎的な魔力操作でも磨こうかな)
さっき魔力糸を使ったことだし、それを利用したトレーニングにしよう。
魔力製の小さなビーズ100個を宙空に浮かべ、5本の魔力糸を生み出す。
「ほっ」
左手でビーズを素早く無作為に動かし、右手の五指で5本の魔力糸を操って――ビーズの穴に通していった。
とても地味で退屈な修業だけど、緻密で繊細な魔力操作を身に付けられる。
しばらく無心で訓練に励む間、
(……友達、か……)
脳の空き容量で、思考が勝手に回った。
(ボクとアレンが結ばれるには……障害となるモノが多過ぎる)
世界に忌み嫌われた悪役貴族と世界の寵愛を受けた主人公。
二人は何もかもが違う。
(最大の問題となるのはやっぱり――『勇者因子』だ)
あれをどうにかしない限り、主人公の共存は望めない。
(『因子の摘出』……は、無理だね)
勇者因子は、『呪い』に近い性質を持つ。
そう簡単に取り除けるモノじゃない。
(『因子の封印』……も、厳しいな)
勇者因子は、あらゆる現象を反射する。
封印魔法で縛ることはできない。
(『因子の抹消』……危険過ぎる)
勇者因子は、初代の怨讐、憎悪の煮凝り。
無理に消そうとすれば、どんな暴走が起こるかわからない。
(……アレンを殺さず、勇者因子だけを無力化する方法、か……)
ホロウ脳を捻りまくったところで、
「いや……ボクは何を考えているんだ?」
自分が益体もない妄想耽っていることに気付いた。
(まったく、無意味な時間を過ごしちゃったね)
ボクの行動規範は、今も昔も一ミリとして変わらない。
(――メリットとデメリットを天秤に掛け、より有益な択を選び続ける。ただ、これだけだ)
正直アレンは、とても『イイ奴』だと思う。
でもボクは、友情に絆されたりしない。
(何せ悪役貴族にとって、主人公は死亡フラグそのものだからね)
速やかにメインルートから排除しなくては、こちらが破滅Endへ突入してしまう。
(故に――第四章の大ボス『四災獣』天喰を利用して、アレン・フォルティスを始末する)
この話は、それでおしまいだ。
わざわざ貴重な時間を割いて、頭を悩ませる意味はない。
(……そう、この章で全て終わりなんだ)
ボクが小さくため息をつくと、遠くから二つの足音が聞こえた。
(これは……ニアとエリザか)
ほどなくして、扉がコンコンコンとノックされる。
「ホロウ、まだ起きてる?」
「ちょっといいだろうか?」
「入れ」
ボクが許可を出すと、パジャマ姿の二人が入ってきた。
ニアは純白の薄いネグリジェとレースの羽織を纏っており、その柔らかい装いは、美しい金色の髪と白い肌にとても合っている。
エリザは黒いキャミソールにショートパンツを穿いており、その洗練された服は、綺麗な白銀の髪と完璧なプロポーションにマッチしていた。
(いや、さすがに可愛い過ぎるだろ……っ)
胸の奥底で黒い欲望が仄かに燻る中――二人は、宙空で高速移動するビーズの群れとその輪を通る魔力糸を見つめた。
「な、なにこれ……悪魔召喚の儀式?」
「もしや……禁呪の実験、か?」
「馬鹿を言うな。魔力操作の修業だ」
悪魔の召喚に禁呪の実験って……ボクのこと、なんだと思っているの?
「それで、こんな時間にどうした?」
「私の部屋でエリザといろいろなお喋りをしてたんだけど、『ホロウは今なにしてるかなぁ?』ってなってね」
「せっかく近くにいるんだ。どうせなら遊びに行ってみようとなり、今に至る」
「そういうことか」
二人がどんなガールズトークをしていたのか、ちょっと気になるところではあるけど……ここで詮索するのは、原作ホロウらしくない。
軽く流すのが吉だろう。
「ねぇ、ベッドに座ってもいい?」
「そちらへ行ってもいいか?」
「好きにしろ」
ボクが不愛想に答えると、右隣にニアが左隣にエリザが腰を下ろし、ススッとこちらへ身を寄せてきた。
(……えっ、近くない?)
てっきりベッドの縁に腰を下ろすのかと思っていた。
「なるほど、左手でビーズを操作しているのね」
「ふむ、右手の指を魔力糸の動きに対応させているのか」
二人はそんな分析を口にしたが……ボクはそれどころじゃなかった。
(……これは、マズい……っ)
ニアもエリザも、既にお風呂を済ませているのだろう。
石鹸のいい香りに加えて、女の子の甘いにおいが、鼻腔をくすぐった。
(自分のベッドの上に身を清めたヒロインが二人……)
この瞬間――原作ホロウの情欲が起動、平時のクリアな思考に雑音が混じり、ビーズと魔力糸の操作に乱れが生じた。
(ふーっ、落ち着け落ち着け……ッ)
日頃の精神トレーニングが活きたのか、なんとか平常心を保つことに成功する。
(とりあえず……年頃の女の子が、男のベッドへ簡単に上がるのは駄目だ)
ボクには『鋼の理性』があるからともかく、他の男はみんな獣だから、襲われてしまうかもしれない。
ここは主として、厳しく注意すべきだろう。
「お前たち、他の男のベッドにそう易々と上がるなよ? 何をされるかわからんぞ」
二人は目を丸くして、クスリと微笑む。
「ふふっ、こんなことをするのはホロウだけよ」
「私が気を許す男は、世界でお前一人だけだ」
「……ふん、ならばいい」
強烈なカウンターを喰らってしまった。
(えっ、どういうこと? これはもうそういうことなの? そういう理解でいいのか!?)
頭がスパークを起こす中、
「それにしても、凄く緻密な魔力操作ね……」
「あぁ、本当にとんでもない魔法技能だ……」
ニアとエリザが零した感嘆の呟き、
(こ、これだッ!)
ボクはそこに『活路』を見い出す。
「どれ、お前たちもやってみるか?」
「えっ、いいの?」
「実に興味深い、是非教えてくれ」
こうして魔力操作の授業が始まった。
「まずは左手で魔力製のビーズを作る。俺は100でやっているが、最初は30ぐらいでいいだろう」
「この時点で……けっこう大変なんだけど……?」
「な、中々に骨の折れる作業だな……っ」
魔力を放出+ビーズに変化+状態の維持、そしてこれらを高速かつ不規則に動かす。
左手だけでも、かなりの仕事量があるので、難しくて当然だ。
それから魔力糸の編み方と操作法を教え――ようやく修業が始まった。
「ニア、ビーズの動きに意識を向け過ぎだ。もっと自然に動かせ」
「こ、こう?」
「あぁ、そうだ」
センスがいいね。
「エリザ、魔力糸が乱れているぞ? もっと丁寧に編み込め」
「うっ、ぐぬぬ……ッ」
「……もう少し気を抜け、魔力操作の基本は脱力だ」
努力賞だね。
こうしてボクは、親切に教えた。
二人の成長を願って――ではない。
『指導』という『作業』に没頭することで、静かに滾る情欲から、なんとか気を逸らそうとしているのだ。
「で、できた……!」
ニアがグッと拳を握る一方、
「くっ、やるな……ッ」
苦戦中のエリザは、奥歯を噛み締めた。
(まぁ、これは仕方ない)
ニアは『魔法士』。
エリザは『魔剣士』。
『職業補正』があるため、シンプルな魔力操作において、ニアに軍配があがるのは必然だ。
そんなこんなをしているうちに――時刻は深夜零時を回る。
「ふわぁ……」
ニアが小さな欠伸を零し、
「ん、んー……っ」
エリザが小動物のように伸びをした。
魔力操作の修業は、とても神経を消耗するから、単純に疲れたのだろう。
「俺は寝る。そろそろ自分の部屋に戻れ」
ボクがぶっきらぼうにそう言うと、
「ねぇ……もうちょっとだけ、ダメ?」
「後少しだけ、一緒にいてもいいか?」
ニアとエリザは、可愛らしく小首を傾げた。
ロンゾルキアのヒロイン二人に頼まれて、「No」と突っぱねられる男はいないだろう。
「はぁ……少しだけだぞ」
一時間後、
(……くそ、やられた……っ)
ボクの右隣でニアが左隣でエリザが、気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てている。
魔力操作の修業をしながら、他愛もない雑談を交わしていると――二人はいつの間にか、夢の世界へ旅立っていたのだ。
(自分のベッドの上で、体を清めた美少女二人が、横になって寝た状態……)
現状を整理した瞬間、凄まじい情欲が猛り狂う。
(やっぱりあのとき、無理矢理にでも追い出すべきだったか……っ)
過去の判断を悔いながら、無防備なニアとエリザに目を向けると、
「……っ」
二人ともかなり薄着なため、胸の谷間がはっきり見えてしまった。
白く瑞々しく豊かなそれは、起源級の破壊力を秘めている。
(このままじゃマズい、情欲に呑まれてしまう……ッ)
すぐにベッドから離れようとしたそのとき、
「……もぅ、どこへ行くの」
ニアが、ボクの二の腕をギュッと抱き締め、
「ふふっ、逃がさないぞ……」
エリザが、ボクのふくらはぎに自分の脚を絡めてきた。
(……う、動けない……ッ)
<虚空>は空間支配系で最強の固有、つまり、ロンゾルキアで最も自由な魔法だ。
(まさか『虚空使い』のボクが、身動きを封じられるなんて……っ)
文字通り、『絶体絶命の危機』だ。
そうこうしているうちに
(あっこれ、ヤバイかも……)
鋼の理性が萎んでいき、情欲がどんどん膨らんでいく。
(……そうだよ。こんな最高のシチュエーションは、今後二度とないかもしれない。『据え膳食わぬは男の恥』と言うし、もう二人同時に襲っちゃえば――いやいや、待て待て、死ぬ気かボクは!?)
そんなことをすれば、壮絶な修羅場を迎え……最悪の場合、なんらかのBadEndに突入しかねない。
(はぁ、はぁ、はぁ……っ)
その後、
(……ビーズを飛ばして糸を通す、ビーズを飛ばして糸を通す、ビーズを飛ばして糸を通す……)
ボクは壊れた機械のように、魔力操作の修業に没頭した。
情欲と煩悩を打ち消すため、ただひたすら単純作業に打ち込んだ。
永遠に続くかと思われた孤独な戦いは――雀の鳴き声によって終わりを迎える。
所謂『朝チュン』だ。
「ん、んー……」
「ふわぁ……」
ニアとエリザはほぼ同時に起き、それぞれグーッと伸びをする。
「あれ、ホロウ……?」
「まさかお前、ずっと起きていたのか……?」
「……修業に熱が入ってな」
そう、ボクは『超越』した。
もはや右手と左手の補助はいらない。
ただ念じるだけで、ビーズと魔力糸の同時操作ができるようになった。
この日ボクの魔法技能は――神を超えたのだ。
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