第十話:ボイドタウン
「おじさん、魔法に詳しいんだね」
ボクの問いに対し、グラードは小さく頷いた。
「昔、ちょいと齧っていてな。魔法省で働いていたこともある」
「へぇ、優秀だった?」
「まぁそれなりにな」
「どうして盗賊なんかに?」
「貴族の同僚に罪を擦り付けられたんだ。俺の抗弁なんざ、だーれも信じちゃくれなかった。一回レールを外れたら、トントン拍子で落ちぶれて……気付けばこのザマよ、笑っちまうだろ?」
「悲しい話だね」
人に歴史あり。
こういう裏の設定が知れるのはとても面白い。
「それで、お前の目的はなんなんだ? 俺たちを殺さず、わざわざ生け捕りにしたのには、何か理由があるんだろう?」
「察しがいいね、さすがは元魔法省勤めだ」
ボクはコホンと咳払いし、大きく両手を広げ、高らかに宣言する。
「ボクはここに街を――『ボイドタウン』を作り、文明を発展させたいんだ!」
ゲームのジャンルに『都市経営シミュレーション』というものがある。
ちょっとニッチな分野だけど、それなりに市民権を得ている、街作りのアレだ。
ボクはその手の、地味だけどコツコツ進めて行くタイプのゲームが好きだったりする。
(ロンゾルキアには魔力という特殊な概念があるから、現実世界とは異なるユニークな発展を遂げてきた)
そこへ日本の知識を混ぜたら……きっと面白いことが起きるだろう。
何か便利なモノが発明できたら、メインルートの攻略に使えるかもしれない。
(ただ、街を作るには、たくさんの人手が必要になる)
その解決策が、今回の盗賊狩りだ。
彼らを秘密裏に捕獲し、労働力として活用する。
そうすれば、街の治安は保たれるし、グラードたちは処刑されずに済む。
さらにボクは街作りを楽しみつつ、新たな発明品で攻略を円滑に進められる。
趣味と実益を兼ねた、味のいい一手だ。
(ふふっ、楽しみだなぁ……!)
ボクが浮ついた気持ちを隠せずにいると、
「「「……」」」
なんとも言えない沈黙が流れ、
「……ぷっ」
誰かの噴き出す音が皮切りとなり、
「「「ぎゃっはははははははは……!」」」
大爆笑の渦が巻き起こった。
「こ、こんな何もねぇ場所に街を作るぅ……? お前、やっぱ頭おかしいだろ!」
「ひ、ひぃー……っ。寝言は寝てから言ってくれよ……ッ」
「めちゃくちゃギャグセンス高ぇじゃねぇか! こんなに笑ったのは久しぶりだぜ!」
盗賊たちは、腹を抱えて大笑いした。
さすがにこれは、ちょっとカチンとくる。
「……人の目標を嗤うなよ」
ボクは瞳を尖らせ、いつも抑えている魔力を解放した。
その瞬間、虚空界にいくつもの亀裂が走り、漆黒の烈風が吹き荒れる。
(な、なんだ、このとんでもねぇ大魔力は……!?)
(やっぱりこいつ、ただのガキじゃねぇ……っ)
(あ、あばば……あばばばばばばばば……ッ)
盗賊団の面々は腰を抜かし、その場でペタンと座り込んだ。
誰も彼もが絶望に顔を曇らせる中、グラードだけは気骨を見せる。
「どれだけ脅されようが、てめぇの言いなりにはならねぇ……っ。盗賊にもプライドってもんがある。煮るなり焼くなり、好きにしろ……ッ」
彼はそう言って、ギッとこちらを睨み付けた。
虚空の魔力に晒されながら、これだけの啖呵を切れるとは、中々に根性が入っているね。
ボクは魔力をゼロに抑え、優しく微笑む。
「なるほど、ちょっと舐めていたよ」
この手のタイプは、力で押さえつけても無駄だ。
そもそもの話、恐怖による支配は、ボクの望むところじゃない。
そういう独裁的な街作りには、息苦しさが生まれてしまうからね。
ここは当初の予定通り、『プランM』を進めるとしよう。
「それじゃまた会おう」
ボクは再び虚空を展開し、ロンゾルキアの世界へ戻った。
さて、この世には『三の法則』というものがある。
酸素を吸わなければ三分で、水を飲まなければ三日で、食べ物を摂らなければ三週間で、おおよその人は死んでしまう、という致死量の目安的なアレだ。
虚空界には空気がある。
水はまぁ……たまに雨を飛ばしてやればいいだろう。
問題は――食事だ。
ごはんを食べなければ、人は三週間で死んでしまう。
逆に言えば、何も食べずとも三週間は死なない。
盗賊団を拉致ってから十六日後――。
虚空界にテーブルセットを持ち込んだボクは、ナイフとフォークを使って豪華な夕食をとっていた。
「あぁ、やっぱり最高級の霜降りステーキはおいしいなぁ……っ」
まるで見せ付けるようにお肉を頬張ると、
「「「う、うぅ……っ」」」
お腹を空かせた盗賊団の面々は、ゴクリと生唾を呑み込んだ。
(よしよし、いい具合に効いてるな)
彼らに――特にボスのグラードに気骨があることはわかった。
あそこまで腹を括った男は、そう簡単に折れやしない。
痛みにも苦痛にも、きっと耐えてみせるだろう。
ただ、空腹は別だ。
三大欲求の一つ『食欲』。
暴力的な渇きは、人を容易に狂わせる。
「もぅ……限界、だ……」
「に、肉ぅ……っ」
「くれ、くれくれくれ、くれぇええええええええ……!」
食欲に呑まれた男たちは、濁流のようにテーブルへ押し寄せ、霜降りステーキに手を伸ばす。
その瞬間、ボクはパチンと指を弾き、肉の表面に薄い虚空の膜を張った。
結果、男たちの手は虚しくも空を掻くばかりで、いつまで経ってもステーキへ到達しない。
「ぁ、あぁ……あぁああああああ!」
「なんだよ、これ……いったいどうなってんだよ!?」
「くそ、くそ……っ。目の前にあるのに、なんでどうして……ッ」
絶望に暮れる盗賊たち。
ボクはそれを見下ろしながら、最後のステーキをゆっくりと口へ運ぶ。
「ん~~っ、上品な脂の旨味と濃厚な肉の甘味! もうたまらない、最高だ! 多分こういうのを『幸せの味』って言うんだろうなぁ……」
渾身の食レポを披露すると、
「極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、噂に違わぬ性格の悪さだ……っ」
「こんなの、人間がやることじゃねぇよ……ッ」
「人の皮を被った悪魔め……」
頬のこけた盗賊たちは、恨めしそうにこちらを睨み付けた。
これが『プランM』、盗賊たちを飢餓状態に置き、肉の力で落とす作戦だ。
(我ながら、本当に悪魔的なことを考える……)
原作ホロウの思考は、本当に邪悪極まる。
人の嫌がることを考えさせたら天下一だ。
(この様子だと、もうじき折れそうだな)
椅子から立ち上がったボクは、元の世界へ戻るため、正面に虚空を展開する。
「それじゃ、また明日」
黒い渦に片足を踏み入れたそのとき、
「――待て」
亀のように動かなかったグラードが、ここにきてようやく声を発した。
「ホロウ、お前の望みはなんだ……?」
「前にも言ったと思うけど、ボクはここに立派な街を――『ボイドタウン』を作りたいんだ」
「俺達にその街作りを手伝えと?」
「そっ」
ボクはクルリと踵を返し、グラードの元へ歩み寄る。
「これはそっちにも益のある話だと思うよ? キミたちは領法を犯した犯罪者、もう表の世界では真っ当に生きられない。それならいっそのこと、虚空の世界で楽しくやった方が生産的じゃないかな?」
「……こういうのを『悪魔の囁き』って言うのか」
「もしかしたら『天使の導き』かもしれないよ?」
「はっ、随分と邪悪な天使様だこと」
二人でそんな話をしていると、盗賊たちが声をあげる。
「グラード様、やりましょう! ここにボイドタウンを作りましょう!」
「ホロウは正真正銘のサイコ野郎です! 俺達がここで野垂れ死んでも、きっとなんとも思わない、すぐにまた別の盗賊を連れてくるだけっすよ!」
「ここで意地を張っても無駄死にだ! この悪魔の言うことを聞くのは癪ですが……もう表の世界は諦めて、こっちで一花咲かせましょうや!」
部下たちの説得を受け、グラードは苦渋の決断を下す。
「……わかった。俺たちは今後、お前の手足となって働く。だから、メシをくれ。さすがにもう限界だ……」
「あぁよかった、嬉しいね! これでボクたちは家族だ! みんなで一緒に立派なボイドタウンを作ろう!」
ボクはそう言いながら、虚空界のとある一点を指さした。
そこには、外から取り込んでおいた大量の土砂が山のように積み上がり、たくさんのシャベルが突き刺さっている。
「早速だけど、あそこにある土を均してもらえるかな?」
虚空界って天井はないし、床も真っ白だから、なんか浮いた感じがするんだよね。
やっぱり人間は陸上生物だし、地面があった方が落ち着く。
っというわけで、ボイドタウン開発工事の第一歩は、茶色い地面を作ることだ。
「お、おいおいちょっと待てよ、話が違うじゃねぇか! メシはどうした、メシは!?」
グラードは両目をかっぴらき、異議申し立てを行った。
「『働かざる者食うべからず』って言うでしょ? ちゃんと仕事をしたら、おいしいごはんを用意するよ。大丈夫、『三の法則』的に、後五日は死なないからさ」
それから三時間、盗賊団の面々は汗水垂らして必死に働いた。
真っ白だった足元に茶色の土が広がり、立派な地面ができていく。
「はぁはぁ……これでいいだろ?」
「うん、ばっちりだね。――みんなお疲れ様、約束通り、おいしいごはんを用意したよ」
ボクがパチンと指を鳴らせば、何もない空間から大きな長机が現れた。
机の上には巨大な鍋がドンドンドンと三個並び、中にはそれぞれ白飯と肉と味噌汁が――『こういうのでいいんだよ』って感じの料理が入っている。
ハイゼンベルク家のメイドにお願いして、特別に用意してもらったものだ。
「「「……っ」」」
艶のある白飯・暴力的な肉の塊・いい香りの味噌。突如として出現した御馳走に対し、盗賊たちはゴクリと喉を鳴らす。
「みんな、そっちの皿を取って、ここへ一列に並んでね。慌てなくても、ちゃんと全員分あるから大丈――」
三角巾とエプロンを身に付けたボクが、炊き出し形式で振る舞おうとした瞬間、
「「「う、うぉおおおおおおおお……!」」」
盗賊たちは、もはや我慢ならぬと言った風に駆け出した。
「はいはい、落ち着いて食べてねー。水はあっちに用意してあるから、セルフで頼むよー」
ボクは白飯・肉・味噌汁をササッとよそい、超高速で待機列を捌いていく。
「なんだよこれ、ただの白飯が、死ぬほどうめぇ……ッ」
「肉、肉、肉ぅううううううううううう!」
「あったけぇ味噌汁が、体に沁みわたるぜ……ッ」
「母ちゃん……俺、今度こそ真っ当に生きるよ……っ」
彼らは大粒の涙を零しながら、十六日ぶりの食事を楽しんだ。
(ふふっ、これはもう完全に落ちたな)
ボクがそんなことを考えていると、グラードがこちらへ歩み寄ってきた。
「おいホロウ、ボイドタウン建設の話だが、まずは何から始めればいい?」
「おっ、前向きだね」
「やると決めたからには、全力で取り組む。それに俺達は、もう二度とここから出られねぇんだろ?」
「うん」
グラードたちは、ボクの素と<虚空>の秘密を知った。
残念ながら、虚空界から出すわけにはいかない。
まぁそもそもの話、彼らは立派な犯罪者だから、市中に放つのは危険だしね。
「どうせ一生この中なら、ボイドタウンを死ぬほど発展させて、外の世界に負けねぇぐらいの大都市にしてやる! そうすりゃ、浮世への未練もなくなるってもんだ!」
「いいね、その調子だよ」
そういう前向きな考え方は嫌いじゃない。
どうせやるのなら、楽しまなきゃね。
「そんでさっきの質問に戻るが、俺達は何から始めればいい? ボスはあんただ、指示をくれ」
「うーん、そうだな……。まずはグラードたちの寝床でも作ろうか。雑魚寝じゃ体に悪いしね」
「おぉ、助かるぜ。うちには昔、建築を齧ってた奴がいてな。資材さえ用意してもらえりゃ、大抵のモンはどうとでもなる」
「それじゃ、必要になりそうなものは、外の世界から適当に吸い込んでくるよ。……よし、当面はあそこを資材置き場にしよう」
虚空界のとある一点を指さす。
「巨木とか岩石とか土砂とか、容赦なくガンガン飛んでくるから、近付かないようにしてね? 巻き込まれたら死んじゃうかもしれないし」
「あぁ、わかった」
当面の予定が決まったところで、グラードが大声を張り上げる。
「聞け、野郎共! どうやら俺達はもう表の世界にゃ帰れねぇらしい。だが、それで人生終わりってわけじゃねぇ! ここにドデケぇ街を作って、面白おかしくやろうぜぇ……!」
「「「おぉ゛ーっ!」」」
さすがは盗賊と言うべきか、ほんと刹那的な生き方をしている。
こういう切り替えの早さは、見習うべきかもしれない。
(――さて、ここまでは順調だ)
剣術と魔法の基礎を修め、禁書庫という知識の源泉を確保し、自分の街ボイドタウンを手に入れた。
一つ一つ、確実に力を蓄えていっている。
そんな順風満帆なボクが、次に手を付けるべきなのは――『回復魔法』、やはりこれだろう。
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