お祭り当日
好きだから、側から見たらどれだけ異常な事でも僕は嬉しさを感じて言う通りに行動していた。好きだから全く興味が無い、むしろ虚しさしか覚えない女装だってした。好きだから、意味不明な接触だって嬉しかった。だってきっとこの先僕の人生においてこんな事もう起きっこない。
好きになった人と出掛ける事も、かわいいって撫でられる事も、好きな人とのキスだって、きっともうする機会なんて訪れない。
だから飽きられるまで。「もういいや」って言われるまではこの関係でいたいって思ったのに、先に根を上げたのは僕だった。だって一方通行の好きがこんなに苦しいものだなんて思わなかったから。
僕を好きになって欲しい。僕と同じ好きを持った状態で僕と触れ合って欲しい。
……なんて贅沢で、烏滸がましい感情だろう。
自分が『普通』になれないなんて小学生の時から分かっていたのに、ほんの少し夢を与えられただけで僕の心はボロボロになってしまった。
あの時、文化祭の準備中に桐生にまたキスをされた時、僕は怒った。
僕の事を好きでも何でもないくせに触らないでって、都合の良いオモチャみたいな扱いをしないでって、僕は怒ったんだ。でもそれと同時にそんな有り得ない我儘を至極真面目に考えていた自分にも心底腹が立った。
「…やっぱりあの時、」
梅雨の日の放課後、僕の両手を握って僕を見つめている顔は今でも鮮明に思い出せる。思い出せるからこそ、僕は独り言だとしてもその続きを声に出す事が出来なかった。
準備も滞り無く進んで迎えた11月の第1週の日曜日、つまり文化祭の本番だ。
「よぉしお前ら、気合入れてくぞ」
「なんで田中がリーダーみたいな顔してんの」
「シャイな委員長に田中クンなら盛り上げてくれるだろうからってお願いされたんですぅ!」
一般の人達が入って来るまであと30分と迫った頃、みんな忙しい合間を縫って教室に集まっていた。こういう場面を見ると田中という男は本当にムードメーカーなんだなと思う。加えてこの学校でも屈指の男前で性格も気取ってなくて、でも滲み出ているちょっとしたバカっぽさが親しみ易くてそりゃあ人気者にもなるよなって納得する。
それに今日は文化祭本番、つまり田中は客寄せパンダとしてガチガチに決めている。というか元の素材が良過ぎて何をしてもイケている。なる程運動部の男子が「イケメン爆発しろ」という意味が分かった気がした。
「はいお前ら隣のヤツと肩組んで!」
「体育祭かよ」
「時間無いよぉ! ほらさっさと組む! おらそこのシャイボーイシャイガールも早く!」
さすがに全員は集まれなかったがそれなりの人数でのエンジンは結構な迫力がある。僕の隣にはばっちりと書生姿に男装した楠木さんと大胸筋がはち切れそうなツインテールゴリラ野球部がいる。カオスだ。
「そんじゃま、ついに本番なワケですが正直全校で俺ら程気合入ってるクラスはいねえ。妖怪喫茶と言われようが何だろうが焼肉掻っ攫うぞー!」
「おー!」
男子も女子も関係なく上がった声の大きさに僕は目を見開いた。多分妖怪に該当する大胸筋はち切れツインテール野球部やはち切れる大腿筋黒ギャルラグビー部その他イロモノ達が何故だか一番やる気に満ち溢れていたからだ。
これが運動部の声出しか、と今まで遠目にしか見てこなかったカルチャーに触れて僕は呆気に取られていた。
「それじゃあ作戦通り田中と桐生クンはプラカード持って正門へゴー! キャストと料理班はもう一回動線確認しよ。あと休憩時間の表とかもちゃんと貼ってるしグループの方にも載せてるから各自確認する事! あと何が起きるかわかんないからこまめにスマホチェックしといてー!」
桐生、という名前に僕は無意識に身構えた。そんな反応をしてしまうのはもう仕方が無いと思うのだ。だって何をどう怒って考えない様にしていたとしても僕は依然として桐生の事が好きなままだ。いっそ嫌いになれたらいいのに悲しいかなあいつとの思い出は楽しいものばかりで暫く忘れられそうにない。
そんな事だから今日まだ一度として桐生を視界に収めていない。
ていうか収めずともわかる、クラスの女子のはしゃぎ様でわかる。桐生は多分今日引く程格好良い。そんな姿を見てしまったらまた僕は桐生を忘れるのに時間が掛かってしまう。だから今日の僕の目標は桐生を視界に入れずに1日を無事に過ごす事だ。
折角の文化祭なのにと思わなくもないが、だってしょうがないじゃないか。そんな下らない決意表明でもしないと僕の目は勝手に桐生を追ってしまうんだから。
「雪ぴー! 雪ぴはとりあえず笑顔ね。にこーってしなくてもいいから口角上げる! オッケー?」
「お、おっけー」
「うんうん、まーじでうちの女装でまともなの雪ぴとあと二人くらいしかいないからマジ頼んだ。あと動物園だからマジで」
「…っ、ふふ」
気合十分と言った様子でメニューを復唱している筋肉女装陣達を見て思わず笑うと、黒ギャルが僕を見てビシッと指差した。
「ちょっとクオリティ高いからって調子乗ってんじゃないわよ! アタシ達にはあんたには無い才能があるわ。そう、お笑いのね!」
ラグビー部の黒ギャルと野球部のツインテールと柔道部のおかっぱがいつ練習したかわからないセクシーポーズを見せて来て僕は無事撃沈した。笑い過ぎて膝から崩れ落ちるって本当にあったんだな。
ちなみにその様子はしっかりと動画に収められていてクラスグループに共有されたし、それを使って宣伝したらしいクラスの人のおかげで筋肉三人娘目当てのお客さんが沢山来た。メイド喫茶じゃない筈なのに野太い声で「萌え萌えキュン」が行き交う空間はカオスだったし、田中桐生ペアが大量に連れてきた女性客はイケメンにクラスチェンジした女子達によってメロメロにされていた。
僕や普段からそんなに目立たない、運動部にも入ってないから必然的に体が細い女装組は料理やドリンクをせっせと運ぶ作業に従事していた。
忙しいし、やっぱり知らない人達に話しかけられると緊張はするけど、それでも注文が取れたり人の笑顔を見ていると心が満たされていくのが分かった。
「雪ぴー!一緒に写真撮りたいだってー!」
「女装組集合―! お客様がお呼びでーす!」
「ちょっとォ! アタシの横に斉藤置くんじゃないわよ! アタシの顔がデカイのがバレちゃうじゃないの!」
最初僕は緊張していたし、正直乗り気じゃなかった。女装は好きじゃないし、虚しくなるだけ。それに人と関わるのだって嫌だし目立つのなんてもっと嫌だ。眩しい人達の陰でひっそり生きていけたらそれで十分。そう思っていたのに。
「じゃあ僕前行こうか?」
「それはそれで腹立つわね!」
あえて団子みたいに体を寄せ合って楽しそうに笑っている一般客のお姉さんの声に合わせて笑みを浮かべる。それは無理した作り笑いじゃなくて自然と出て来たものだった。
楽しいなって、心からそう思えた。




