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 その日から雪穂と連絡が取れなくなった。

 正しく言えば俺から連絡してないから、必然的に雪穂からも連絡は来ない。思えば連絡はいつも俺からで、雪穂から来たことなんて一度も無い。今まではそれで良かった、むしろそれが俺の観察してきた斉藤雪穂だったから解釈は一致していた。


 だけど今、その雪穂の性格が恨めしくてしょうがない。

 だっておかしいだろ。雪穂と俺は間違いなく学校で一番仲が良かったし、初めて撮影をした日から一日だって連絡を欠かした事は無かった。そんなの雪穂にしかしてなかったのに。

 おはようからおやすみまで連絡を取っていた。学校では一言も話せないのにメッセージだとやりとりできる関係があんまりにも特別で心地よかったのに、そう思っていたのは自分だけだと思い知らされているみたいで気分が落ち込む。


 だけど自分でもわかっていた、怒りの矛先を向ける相手が間違っているなんて事は。でもどうして雪穂が急にあんな態度を取ったのか分からない。どれだけ考えても分からないから、俺は今屈辱だと思いながら屋上に来ていた。


「え、お前あのネコちゃんと付き合って無かったの⁉︎」

「………」

「それで囲い込むのに失敗して逃げられちゃったって訳? だっせ」

「人選ミスったわ、お疲れ」

「待て待て待て待て。まあまあちゃんと話聞きますよ、なんてたってこの学校1のモテ男田中様ですから」

「田中って苗字がモテるのなんか意外だよね」

「全国の田中に土下座して謝れや」


 俺は今田中と屋上に来ている。テストも終わって10月の半ば過ぎとなれば吹く風も冷たくて最近カーディガンを着るようになった。つまり雪穂と連絡が取れなくなって約一ヶ月が経過した事になる。正直に言えば、俺は枯渇していた。


 圧倒的に雪穂が足りない。撮影は疎かたまに交わしていた教室でのアイコンタクトも日々のメッセージのやりとりも0になり、雪穂の声が聞けるのは授業中教師が雪穂に当てた時くらいだ。雪穂が足りない、どうしたって足りない。だけど自分から連絡を取る事は出来なかった。

 だから俺は恥を偲んで田中に相談しているのだ。


「で、お前は付き合っても無い子を何回も家に呼んでデートもして挙げ句の果てにはキスもしてその後も今まで通りの距離感でいた訳だ」


 フェンスに寄りかかった田中はどこか面白そうに口角を上げている。


「まあ確かにお前の今までのオツキアイの仕方だったらそれで問題無いんだろうけどなぁ」


 ふんふんと頷きながら呟いた田中はふと俺の方に顔を向けた。


「お前ネコちゃんにちゃんと好きだって言ったか?」

「───は…?」

「は?」


 沈黙が落ちた。俺も意味がわからないって顔をしているだろうし、田中なんて顔が「嘘だろお前」って言っている気がする。いやだって好きなんて有り得ない。雪穂は男なんだから。


「やっぱポンコツじゃねえか!」

「うるさい俺はポンコツじゃない」

「どー考えたってポンコツだわ! ……あれ、まさか桐生サン、ご自身の感情にお気づきでない?」

「だから好きとかじゃない」

「はあ〜〜〜〜〜? 普通は好きな子じゃないとキスしません〜〜〜〜。家にも上げません〜〜〜」

「今までの子達とだってキスしたよ」

「でもお前家には絶対上げなかったじゃん。お前の歴代カノジョさん達に俺がどんだけ相談受けたと思ってんだよ」


 田中の言葉に一瞬言葉に詰まった。だって雪穂を家に呼んだのはそうしないと女装させられないからだ。道具は一式俺の家にあったし、それが一番効率が良かったから呼んだだけの事なのに、頭の裏側が張り詰めていくような緊張に俺は動揺している。


「それにお前夏祭りん時牽制しただろ、俺相手に」

「…は?」


 牽制、相手の注意を自分の方に引きつけて自由に行動できないようにする事。

 俺がそれを田中にした?


「ネコちゃんの顔絶対見せないようにしたり、俺が話し掛けるの本気で嫌そうにしたり、それに周りにもあんだけ惚気といて何がどう牽制してねえのよ。お前狙いの女全員沈没してんですよ、今。あの桐生にガチの恋人が出来たって」

「待って」

「おー、待つ待つ」


 混乱していた。俺はその場にしゃがみ込んで、自分が今までしてきた行動とその行動の原因になる感情を可能な限り思い出す。夏祭りの時雪穂を見せない様にしたのは独り占めしたいのもあったけど、万が一バレた時に俺も雪穂も社会的に終わるからだ。

 周りへの惚気ってなんだ。いつした、そんなの俺がいつしたって言うんだ。


「……惚気って、ナニ」

「すんごい可愛いから写真も見せたくねえって言ったんだろ、お前。それを世間一般では惚気って言いま〜〜〜す」

「…たしかに、すごい、かわいいけど…」


 だってそれは事実を言っただけだ。写真はバレるかも知れないから見せられないし、雪穂は世界で一番可愛い。だからそれをそのまま言っただけなのに、どうしてそれが俺が雪穂を好きみたいになるんだ。

 それは、無い。俺が雪穂を好きなんて、絶対、無い。はずだ。


「…お前ホンメイドウテイだったんだなぁ」


 田中の言ってる意味がわからなくて、その日は結局なんの答えも得られないまま家に帰った。ベッドにダイブして、勉強なんて一切手に付かなくて頭の中ではずっと雪穂の事を考えている。

 でもどれだけ考えた所で答えなんて出ないんだ。だって俺は雪穂と前みたいに仲良くしたいけど、雪穂はそうじゃない。あの日彼があんな事を言った原因は未だにわからないし、そもそも俺に原因があるのかどうかすら定かじゃない。


「八方塞がりだ…」


 疲れ切った声で呟くとポケットに入れたままのスマホが震えたのがわかった。もしかして、と慌てて取り出して画面を見るが差出人は顔もよく覚えていない学校の女子だ。多分同級生。雪穂じゃない事に何度目かわからない溜息を吐き出して何件か溜まっているメッセージを読んでいく。

 その中の一つに指を止めた後、カレンダーアプリを開いた。


「…文化祭か」


 学校行事に大して興味は無いけれど、みんなが頑張るなら頑張ろうかな。それくらいの考えだったのに、その週のクラス会で提案された企画に俺は鈍器で体を殴られたみたいな衝撃を喰らう事になる。




「はーいじゃあ今年の出し物は性別逆転喫茶店ねー!」

「どこに需要があんだよー」

「女子が格好いい服着たいだけですけど文句あんの男子」

「…イエナイデス」


 どうやら今年の出し物は男装女装喫茶になったらしい。女装という言葉に少し反応したけれど、俺の興味は全然そそられなかった。誰かが言ったように一体どこに需要があるんだと思うけど、まあ決まったものは仕方が無い。


「女子は良いとしてさー、男子は誰がやんの女装」

「全員は無理だもんな、料理とか作る人もいるし」

「全員とか地獄過ぎるだろ」


 ゲラゲラと賑やかな空気はそんなに嫌いじゃない。それにうちのクラスはまとまりも良いし、きっと良い思い出になるだろうなって思った。

「あ、ちなみに桐生くんと田中くんは普通に男の格好でいて貰うから。集客大事」

「ちょっと〜! アタシスネ毛剃る気満々でしてよ〜⁉」

「田中本当黙りなよ」


 またクラスの空気がどっと明るくなる。田中のこういう所は素直にすごいと思うし、まあこういう所もモテる要因なのかなと考えたりもした。


「で、男子の女装なんだけど」

「斉藤はー?」

「…ぇ」


 誰かが雪穂の名前を上げた。信じられなくて思わず彼の方を見ると名前を言われた彼自身が一番驚いているらしく硬直している。


「こいつめちゃくちゃ肌白くてさ、それにクッソ細いんだよ。女装するならこういうやつのが似合うべ」


 ドクン、と心臓が嫌な軋み方をした。


「それにさ、どうせやるならガチりたいじゃん。出し物で一位取ったらなんかあるんじゃねえの?」

「確かに焼肉券貰えるけど」


 それまでにこやかに見守っていた担任が苦笑しながら答えた。その俺にとってはそそられない景品も、クラスの男子には絶大な威力を発揮するらしく数名の運動部の部員が吠えた。

 賑やかなクラスの中、雪穂の斜め後ろに座る派手な女子が普通に立ち上がって雪穂の隣に行く。未だに衝撃から抜け切れてない彼の顔から「斉藤くん眼鏡外すね〜」なんて言って触るのが見えた。


「ぇ、あ、あの」

「マジじゃん斉藤くんめっっっちゃ白いんですけど! てかまつ毛なっが! 肌とかもちぷるじゃんええええずるい〜〜」


 よく通る女子の声を皮切りに雪穂の周りに人垣が出来る。

 たまに雪穂の困惑した声や驚いた声が聞こえて来て、でも周囲はそんなのお構いなしとばかりに距離を詰めて行く。

 うちのクラスは仲が良い。いじめなんて無いし、個々を尊重しているのか枠から外れている人を無理に仲間に入れようとする空気も無い。だけどいつだって枠に入れるように、扉は開いているのだ。そして一度招き入れたら彼らは平等に接する。


「雪ぴ、うちらがさいかわ女子にしてあげるかんね」

「でも雪ぽよが恥ずかしく無いように他の男子もちゃんと女装させるからね」

「ぇ、あの、えっと」

「焼肉獲るぞーーー!」


 ムードメーカー的なやつの掛け声にみんなが声を上げた。

 俺はただ呆然とその流れを見ていた。


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