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桐生空、16歳。

「お前って人生イージーモードだよな」


 これと似たような言葉をどれくらい言われてきただろう。小学生の頃は無かったから、きっと優劣の可視化が顕著になり始める中学の時だっただろうか。

 初めて言われた時は校内でもトップに入るって噂の美人と付き合った時。そういう物だと思ってスマホで連絡してる時にその時よく遊んでいた友人に言われた。その言葉が何を意味するのかわからなくて俺は「そう?」なんて返したけど、今思えばスカした返答だったと思う。その証拠にその日から友人と思っていた人と距離が出来た。


 テストで良い点を取った時、運動で良い結果を出した時、俺が何か人より多少優れた事を成した時大抵誰かが似たような事を言っていた。

 多分あらゆる成績が良いだけだとこうは言われない。なぜなら俺より優れてる人はそれなりに居たから。

 でも周囲は俺の事を「勝ち組だ」「人生楽勝そう」と言う。


 なんでそう言われるのか考えた時、答えに近いんじゃないかって仮定に行き着いた。

 俺は客観的に見て見た目が優れているらしい。どこからどう見ても母親にそっくりなこの顔は女ウケが良くて、父親に似た長身もそれを加速させているらしかった。それに加えて俺の両親がそこそこの高給取りっていうのもポイントが高いみたいで、何回か付き合った年上のお姉さんには「空と結婚したらあたしも勝ち組になれそー」なんて言われた。


 つまり俺の周りにいる人達はほぼ全員俺の表面しか見ていないという事だ。

 そう悟った時言いようのない虚脱感が襲ったのを覚えている。


 俺は別に努力してない訳じゃなかった。勉強も運動も単純な負けず嫌い精神で少しでも上にいたかっただけだし、一つのスポーツに絞らなかったのは運動自体が好きで一つに集中するのが勿体ないって思ったからだ。


 どの部活に助っ人として呼ばれた時も相応の努力はしてきたつもりだった。上手くいかない事だってもちろんあった。でも俺と一緒に練習をしてきた人達でさえその時間を無かったものにして「あいつは才能の塊だから」って言う。

 誰にも理解されない、そんなくさくさした気持ちのまま家で適当にネットの海を彷徨っていた時だった。


「……なんだこれ」


 多分何かの女性アニメキャラのコスプレだったと思う。どのキャラかまでは把握出来なかったけどその衣装に見覚えがあった。たまたま流れて来たものだけど何か違和感があってじっと見ていたらそのコスプレをしているのが男だと知って「は?」なんて自分でも出した事がない声が出たのを覚えている。


「うわ、キッツ…」


 始めは感じなかった違和感も同性だと知った途端未知の嫌悪感へと姿を変える。男なのに何やってんだよと思ったし、その画像をまじまじと見てしまった自分にも嫌な気分がした。

 だけどそれと同時に興味が湧いたのも確かだった。

 一体どんな経緯があればこんな格好をする事になるんだろう。

 馬鹿にしたいという気持ちがあったのは間違いない。馬鹿にして笑ってやって、ちっぽけな優越感に浸るつもりだったのに、その人の画像を見る手が止まらなかった。


「…白…ほっそ…、え、これマジで男…?」


 白くて華奢な身体で女性の服を着ているのに女性とは何かが違う。どれもアニメとかゲームのコスプレだからか露出が多くて同じ男との肌のはずなのに目のやり場がなくて少し恥ずかしかったが、大胆に腹部を見せている画像に移った時気がついた。

 そうか、男だからくびれが無いんだ。

 女性のようななだらかな曲線ではなくすとんとした直線。きっと肌の色や明るさは加工しているんだろうけれど、それでもわかる腰骨のゴツさや細い首に見える喉仏に唾を飲んだ。

 その頃にはもうその人が女装を始めた経緯なんてどうでもよくなっていた。


「…こういう人達って他にもいるのかな」


 怖いもの見たさ、という言葉では片付けられない興味が向いた。

 それから俺は何にもない顔をしていつも通りの日常を過ごしつつ、夜は女装している男の画像を探し回った。

 その人達に興奮しているんだって理解するのは時間の問題で、今まで波風立てる事なく平坦に生きてきた筈なのに高校に上がる手前でとんでもない性癖をこじ開けてしまった。

 でも俺の性的嗜好は相変わらず女子だったし、間違えても男に反応するような事は無かった。だからまあ問題は無いだろうと思っていたのに、ある人と出会った事で俺の大した起伏の無かった人生が波打っていく。


「斉藤雪穂です、よろしくお願いします」


 小さいけど意志の強そうな声だと思った。あと背が低くて無愛想。

 前髪が長すぎて顔が見えないし、猫背のせいでただでさえ低い身長がさらに低く見えていかにも「陰キャ」という感じだった。

 この時はまだ斉藤雪穂という人物に対して興味は微塵も無かった。同じクラスだから名前を覚えただけでこれから先言葉を交わす事もそう無いだろうと思っていたのに、衝撃はそれから少し経ったある日突然やって来た。


 体育の授業前の休み時間。女子は更衣室、男子は教室で着替えている時の事だった。

 同じ中学から上がったやつも多くて、俺はその日も友達と取り留めもない話をしながら着替えていたんだ。でも結構強い風が吹いてカーテンがさらわれてふと、窓際に目をやった。


「…!」


 日の下に長時間いた事がないって一目でわかる白い肌に筋肉がついているようには思えない薄い身体。二の腕も胸も腰も何もかもが細いのに、それでいて骨っぽさはあまり感じさせない体型。


 ──ドンピシャだ。


 久しく感じていない好奇心みたいなものが強く掻き立てられたのを覚えている。

 その日から俺は斉藤雪穂の観察を始めた。その時点ではこの男と何か接点を持とうなんてカケラも考えていなかった。ただ理想的な身体の持ち主がいて、その身体で勝手にどんな服が似合うのか妄想していただけである。


「…桐生、お前最近イイコトでもあった?」


 斉藤雪穂を観察し始めてから割とすぐに腐れ縁と言っても過言ではない男、田中にそう言われた。


「……あった」

「うーわ珍しい。ポンコツなのにやるじゃん」

「うるさい、俺はポンコツじゃない。どっちかって言うとお前だろポンコツは。小テスト見せてみろよ」

「頭の出来のこと言ってんじゃないんですけど〜! 人間的な意味よ! に・ん・げ・ん・て・き!」

「……田中お前人間的なんて言葉使って文章作れたの」

「そうそう、俺も日々ガクシュウしていきますからって馬鹿にしないでいただけますぅ⁉︎」

「はいはいうるさいうるさい」


 騒がしくしていると視線を感じて顔を向けた。

 すると斉藤雪穂と目が合って、だけどすぐに逸らされる。

 たったそれだけの事なのに心が浮き立った、桐生空、16歳の春。


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