6.2つの恋の狭間で
その2日後。マホ達が偽装死体を待っている間に……。
時々思うの 明日が来れば
すべて自由で 歌を歌える
町外れの 木漏れ日の森が
小鳥のさえずりが 私を呼んでる
朝日煌めく 水辺で 飛び魚の如くに
せせらぎを伴奏に 輝き舞いたいの
だけど私は 水槽の金魚
遊び相手は 水草だけよ
「はぁ…」
少女は部屋から出て、バルコニーで歌っていた。
「こんにちは。」
きっと空耳だろう。
この部屋は宮殿からは少し、離れている。
そして、一般市民に見つかることがないように、森に囲まれている。
だから、近くにいるのは小鳥と、リスなどの小動物と専属のメイドぐらいだろう。
メイドなら、扉の向こうから話しかけて来るはずだし、今聞こえたのは男の人の声。
つまり、空耳と言うわけだ。
「こんにちは。そこのお嬢さん。」
……あれ?やっぱり私を呼んでる??
彼女が下を見ると、そこには一人の男がこちらを見上げて立っていた。それは…
「素敵な歌声ですね。」
青い服を着て、腰には剣を差している。そして、おでこは前髪で隠してある、少女と同い年くらいの少年の姿があった。
「ありがとう。」
「その歌、初めて聞いた。」
「先祖代々伝わる歌なの。小さい頃、お母様に歌ってもらって……」
「へぇ-。先祖代々歌われてるなんて、君の家は由緒正しいんだね-。」
その少年はほかの人よりも著しく頭が足りなかった。そのため、少女が国王の娘であることを知らなかった。
「ま、まあね。」
この人、私のこと知らないのかしら。
少女は、彼を少し不思議に思った。
「私ね、将来は歌手になりたいの。」
「そうなの?!」
「…うん。でもね、やっぱり私なんかがダメよね。」
だって自分は一国の王女。
そんな夢を持つのはいけないことだ。
彼女が一番よく分かっていた。
「……そんなことない!」
「えっ…?」
「君の歌、すごく感動した。俺も、君の歌を聞いてるだけで幸せになれた。君の歌には、聞くだけで人を幸せにする力が、魔法があるんだよ!」
自信たっぷりな彼が、なんだか眩しい。
私の歌にそんな力があるわけない、はずなのに。
なぜだか、彼を信じたくなる。
心が温かくなる。
「…魔法か。…初めて……。私にそんなこと言ってくれる人。
…ありがとう。私、諦めないわ!」
にこっ、と微笑むと、彼は微笑み返してくれた。
「諦めないで、頑張って!応援してるから!」
「ええ!」
彼は走り去った。がすごく歩幅が小さかった。
ドタドタドタドタ…
「うーん、まあ最後の走り方は謎だったけど……。あんな人は初めてだった。家族でもないのにあんなに親しげに話しかけてくれる人。
私は王族なのに、全然そんなこと気にしてなかったようだし。それに、私の夢をちっとも否定しなかった。どうして?」
少女はひとり、首をかしげた。
ほんとうに不思議な時間だった。
彼といた時間は、まるで魔法がかかったかのように、本音を言えた気がする。
彼の方こそ魔法使いだわ、と少女は思った。
それと、もうひとつ。
「彼、家来たちの厳重な警備をどうやってくぐり抜けたのかしら。
まあ、いいか。」
本当はよくないことなのかもしれないけど。
少女は細かいことを気にしない主義であった。
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そんなこんなで、1週間が過ぎた。
待ち合わせの場所に行くと、陶芸家が石膏でできた魔王の死体を持って来て待っていた。
「やっと来た。ほな、早よ受け取ってや」
受け取るとすぐに行っちゃった。やっぱりインチキだったのでは……?
そう思ったけど、石膏死体はたしかに、あの日会った魔王そっくり。
ピカソのひ孫の姪っ子?でも血は引いてるんだね。色彩が本物の人みたい。
指も皮膚も精工に再現されてる。そして、皮膚は本物みたいにぶよぶよ……。
あっ、本当は本人なんじゃないか、って心配してる人!大丈夫ですよ。
本人は昨日、会って来ました。家族とは無事に出会えて、仲良くひっそりと暮らしてましたよ。
見つかったら死体が偽者ってバレるからね。
……本物の魔王を見つければって思ってる人、いますよね??
私もそう思うんだけど。
その文句は早く冒険を終わらそうとしてる、このポンコツチート野郎に言って下さい。
「誰に話してるの?」
いや、気にしないで。
…それで、今から国王の玉間に行くために、宮殿に入るんですけど、大丈夫かなぁ…?門番に怪しまれて入れてもらえないんじゃ………
「何の用だ。」
重々しい門番の声に、
「ちわーす!お城入ってもいーい?」
軽々しい勇者の声が尋ね……
ちょっと待って、ノリ軽すぎない?
「マジそれなー。」
「勇者殿…お主ちょっと……年寄りになったか…?」
えっ、トウキ……年寄り?若作りじゃなくて?
言い間違えた?
「どっちかといえば若作りだよね。」
あっ、勇者がまさかのツッコミだ。
「おじいちゃんとおばあちゃん達が「ぎっくり腰なう。ぴえーん(T0T)」とか言ってる世界線どこにあるんだよ-。」
たしかに。
「俺のひいひいおじいちゃんは言ってたぞ。」
あー、世界線ここだったよ。残念だったね、勇者。
てか、なんでこんなパリピな先祖から、こんな正義感強い盗賊が生まれるの?
「…若干古くなぁい?ぴえんとか~。なうとか~。あと顔文字も若干古いよね~。」
「あー、たしかに。今使ってる人あんまりいないよね」
「そうだそうだ!古いぞ!」
「「絶対に勇者が言うな。」」
「それで…何の用だ。」
気づいたら門番が呆れ顔で待っていた。
「あっ、うるさくてすみません。えっと、私たちは…」
マホが説明しようとしたその時。
「てか、お兄さんかっこいいですね~。彼女とかいないんですか~?」
え。えーっと、ソウ??急にナンパしないで?
「えっと…?」
ほら、門番さん混乱してるから!
「去年のクリスマスとかどうしてました~?」
「クリスマスは仕事で…夜勤だったが…。」
「え~、お仕事大変なんですね~。頑張っているおすがた、素敵です~。」
えーっと、ソウはなにをしているの?
「いかん、これ聞こえてないな。」
「完全に目がハートになっている。」
アホ男子ふたりすら、呆れてるよ……?
「素敵…だろうか。クリぼっちで門番やってるだけだったが…」
「ねー、マホ。クリぼっちって何?」
そっから?!世間知らずすぎでしょ!
「ところで、彼女ってなんだ?」
あっ、もっと世間知らずな人がいた-。
門番さん、さすがに“彼女”は知ってた方がいい。
「え~、し-ら-な-い-んですか~?」
「ぶりっ子モード全開じゃん。」
「しかしながら、門番には効いていない様子。」
実況やめい。
「じゃーあ~、私があなたの彼女になっても、いいですか~?」
「来た-!必殺、告白&上目遣い!」
「な-、マホ。上目遣いって何?」
うっさいなー。今、いいとこなんだから黙っててよ。
「なんだかんだマホ殿が一番ハマってるではないか。」
トウキのツッコミは無視した。
「あぁ、いいけど、別に。」
「「「かいしんのいちげき-!!」」」
「やった~!!これからよろしくお願いします~。」
「えっ、でもいいの?ソウ、ハーバード大学の卒業生が良かったんじゃ…門番さんって、どこの大学出てますか。」
彼女っていうワード知らないくらいだから、大したこと無さそうだけど……。
「アーモンド大学だが。」
いや、どこ?!そんな美味しそうな大学の名前、初めて聞いたんだけど?!すっごいアホそう。
「一応偏差値は75くらい。」
超名門校でした-。失礼しました-。
…ってか、偏差値75あるなら彼女ぐらい知っとけ!英語でgirlfriendですよ!
「girlfriendは知ってる。」
それは知ってるんかい。
「というかソウ殿、あの魔王もどきはいいのか?」
「そーだよ、あんな好きだったのに。」
2人ともさ、そんなこと言うとさ。
「ちょーっと、勇者とトウキ。
あんまり調子のると痛い目見るよ?」
ほら、こうなるじゃん。あぁ、笑顔怖すぎ。
「「す、すみませんでしたっ!」」
「てか、彼女ってどういうもの?俺は何してあげればいいの?」
「そーれーは~‥…」
「ただ、そこを通してもらえればいいんですよ!」
危ない危ない。これ以上、ソウのぶりっ子が加速しちゃいけないから。
「あぁ、了解。」
門番は道を開けてくれる。
「ありがとうございます、ほら、行くよソウ。」
「やーだ!行かない~!」
ついに駄々こね始めたか。面倒だな。
「うーん、僧侶なしじゃ困るな-。」
「なあ、ついてきてはくれまいだろうか。」
男子ふたりも頼み込む。だけど。
「てめえら、黙っとけ!!」
そのソウの暴言で、
「「ひぃぃ、すみませんでしたっ。」」
一蹴されてしまった。
男子に厳しすぎん?
しょうがないな-。こうなったら。
「‥‥フォローツイテ。」
マホはソウに向かって、指を立てた。
するとソウがビクビクビクッと体を震わせた。
「‥‥‥行きます~。」
「ん-?マホ、何か唱えた?」
勇者が尋ねる。
これは、正気を失っている仲間を無理やりついてこさせる呪文。ソウの脳の周波数をいじって、行く気にさせてみただけだよ。
「こっっっわ。」
怖くないでしょ。
絶対さっきのソウの方が怖かったと思うけど。
「それじゃ、門番さん。またあとで!」
そして4人は進み出した。
それで、なんだかんだ進んで、玉間に到着した。
「いよいよね。」
これで冒険が終わる。
3か月。長かったな-。
「うん~。そだね。」
「…じゃあ、ノックするか。勇者殿、頼んだ。」
「おう。」
勇者が扉をノックする。
トントントン。
「入れ。」
国王らしき、威厳のある声がした。
「失礼します。」
勇者たち4人は魔王(偽)入りの棺を連れて、中に入って行った……。