5.陶芸で、あんたら救ったろか?
「何かお困りのようですね……?」
後ろから澄んだ声がした。
私たち5人は思わず振り返る。
「「「「「あなたは…?」」」」」
立っていたのは、白いターバンをした、黒髪をひとつに束ねた女性……。
「うちは旅する陶芸家-!なんで陶芸家のうちが旅しているのか知りたい-?知りたいよね?教えたろか?」
「いや、別に…」
「興味はないな。」
言葉を濁す私と、きっぱり断るトウキ。
「うちはな、お金をぎょうさん貯めるために、旅しながら訪れた町々で陶芸教室を開いとるんやで。」
この人、話聞いてた?
「へ~、すごいね~(棒)」
ソウ、その棒読みはさすがにばれるんじゃ。
「ところで、何に困ってはるん??」
あっ、バレてなさそうなご様子。
「待て!お前、さては魔王なんだろ!」
勇者、どさくさに紛れてめちゃくちゃなこと言わないで?
「いや-?ちゃうけど-。」
「いや、嘘つくな!こんなタイミングで現れるなんて魔王しかないだろ!」
「さっきまで僕を倒そうとしてましたよね。」
ほら、元魔王?が混乱してるよ?
「魔王ちゃうで-。兄ちゃん、人疑ってばっかじゃあかんで。そない細かいことばっか気にしてんと、ハゲてまう」
「そっか……じゃあ、違うか~。」
いや、疑いやめるの早すぎ。リニアか!
いいけどね。
「実は……かくかくしかじか……」
私はこれまでの経緯を陶芸家に話す。
「なるほどな-。」
「そうなのだ、何とかして魔王を倒した証拠を魔王を倒さずに入手したいのだ。」
「でもそんなの無理じゃない~?さすがに~」
「そうそう、諦めて魔王探すしかないよ。」
結局、本物を見つけるしかないのか。
でもきっと、それは長い長い時間がかかるだろう。経験値もまだまだ足りないし、世界だってまだ回りきれてない。
旅はまだ始まったばっかりだ。
これから強くなっていずれ……。
「そないなことならあるで、方法」
へ?
「本当か?!」
勇者は目を丸くしている。
「うん」
そういうと、陶芸家は大きな白い物の入ったビンを出す。
それは……なに?
なんか白い…粘土に見えるけど。
「これねー、石膏。」
「せ、石膏~?なにそれ~。」
「石膏っていうのは、主にセメントとか陶磁器の材料になるものである。普段何気なく食べている豆腐の凝固剤とかにも使われているそうだ。」
いやトウキ、詳しすぎでしょ。やっぱりあなた、盗賊じゃなくて陶芸家になれば?
…てか陶芸家さん。それが何かに使えるの?
「これな、石膏は石膏でも歯型とかを取る石膏やねん。この間、知り合いの歯医者さんから、もらってん。
これで、あの人の型取っちゃえばええんとちゃう?ほんで、その型でその人の剥製を作ってまうねん。どう?」
陶芸家、元魔王を指差す。
「マジですか…」
彼が肩をすくめる。
「それはさすがに~」
ソウが懸念した表情を見せる。
私も同感。
大変そう…てか人体に影響ないの?
「まさか-、そんなんないない!歯の詰め物にすることもあんねんで、これ。ほら、そこのごつい兄ちゃんも言うとったやないか。」
指差されたトウキは、目に見えて動揺した。
「いやまあ、そうは言ってもな…」
「よし、お願いしよう!」
「「「勇者の決断はや!」」」
「はい-、まいどおおきにー!じゃあ魔王さん、そこに寝転んでもろて。」
「くれぐれも、息はさせて下さい…私には子供がいるので……死ねないんです。」
魔王はすっかり怯えきっている。
歯と歯が噛み合わなくなってカチカチと音を立てた。初夏なのに。
「大丈夫やって。死なへん死なへん。勇者さん、あとで金は払って下さいね-。」
「分かってますって。成功したらたんまりと分けますよ。」
あれ、あんたお金あるの?
まあ、あるわけないよね。お揃いの服を買うお金すら出さない訳だし。
「シッ。」
あっ、お金ないの図星らしい。
「はい、じゃあそこの魔王コスプレを着てちょうだい。魔王っぽく見えなかったら意味ないですからねー。」
「何卒、死にませんように。神様仏様…」
「魔王が神様信じるの~」
「なかなかカオスだな…一口に神様と言ってもいろいろいる。例えば世界最古の宗教の神は……」
トウキ、ストーップ!!
はあ、危なかった。危うく、週をまたぐかと思った。今週まだ火曜日だけど。
「そしたら、その宝箱の中に石膏詰めるからその中に浸かってもらうだけでOK!そんで型取れるから」
そういうと陶芸家は宝箱の中に石膏を入れる。
ドボドボドボ…
それ、勝手に使っていいのかな……?
「さあ、浸かって!!息止めてな!!」
「ちょ-っとそりゃ、豪快すぎないか。」
さすがのトウキも引いてる。
だけど。
「で、では……」
そういうと魔王は宝箱に入ってしまった。
「ほい、じゃあ7分計らせてな!」
「「「「7分?!」」」」
ちょっと待って!こっから息止め状態で7分放置するわけ?!
「行けるやろ、こいつ魔王なんやから。」
「「「「無理無理無理!!」」」」
相当な超人なら行けるかもだけど、この人はそうは見えないし……。
あと、この人は魔王じゃないです。たぶん。
「いや、さすがに殺人になるよな……これ」
勇者もさすがに唖然としている。
「石膏を一刻も早く固める必要があるな。」
トウキは意外に冷静だけど、それでも動揺している。
「乾かすもの……ドライヤーならあるけど~」
いやソウ、なんでそれ持ってんのよ。
「宿屋で髪直す用。女子は髪が命だからね~!」
あっ、女子は持ってて当たり前の代物でしたか。
すみませんでしたねー!持ってなくて!
「乾かすにはいいかも…でもコンセントないと、使えなくないか?」
トウキは首をかしげる。
すると勇者が、
「コンセントならいるじゃん、良い奴が。」
そういうと私を指差す。
「ちょっ、人をコンセント呼ばわりしないでよ。」
「そうだった!!電気ならたしかにいるな」
「てなわけで~、大魔法使いさん!きらめく電気、ぶちかましちゃってください~」
3人の目が私に向く。
まったく…そんな顔で頼まれるなら…しょうがないな。ただ、これでほんとに動くかは知らないけどね。
私はドライヤーのコードに向かって両手を伸ばす。
「デンエレクトロニック!!」
すると、ビリビリビリッと空気が揺れた。
凄まじい電気の音がして、太い黄色の稲妻がほとばしった。
ブワアアアン。
「ドライヤーが動いてるよ~!すごいよ~マホ!」
「あー、褒め言葉はいいから早く石膏に当てて!」
勇者、そのセリフは私に言わせて欲しい。
絶対にあんたが言うな。
「分かった~!当ててみる~。」
ソウはしばらくドライヤーを当てる。すると固まって来たみたい……
「そんなもんじゃないか?」
石膏に詳しいらしいトウキが言った。
「ふっふっふっ…僕の世界一の魔法使いになるという見立ては当たっていたようだな…」
「あっそ、それはいいから早く~。」
彼を救いださなきゃ。
4人は石膏から魔王を救いだす。魔王這いでる。そして座り込んでしまった。
「ハッ、ハアハアハアハアハア…」
め、めちゃくちゃ苦しそう……。
そうだよね。いくらドライヤーで乾かして時間短縮したとはいえ、かるーく1分半くらい浸かってたもんね-。
「あなたずっと息止めてたの~?」
「はい…死ぬかと…」
「リカーバ。」
ソウがだるそうに呟く。
すると、緑色の光が魔王を包んだ。
「あれ、体が楽になったような…」
「回復呪文だよ~。」
「ありがとうございます!あなたは命の恩人です!」
「えっ、命の恩人だなんてそんな…」
ソウはわずかに頬が赤らむ。
あれ、この雰囲気は……。
「ソウ殿は年上が好みだったか。」
「まあ、そのダンディーな雰囲気は大人にしかだせないからな-。」
うん。少年たちよ、違う路線に話がいってるけど頭だいじょうぶかな?
「そこのアホ共、黙っといてね~」
笑顔怖いよ?ソウちゃん。
「「す、すみません!」」
二人とも、一応アホ共って自覚はあるのね。
「うんうん。形ができとるな-!」
陶芸家がほれぼれと型を眺める。
ドライヤーで乾かしたにしては上手く行った方だと思うな。
「あとは、型に流し込んで色を塗るだけやね」
「色塗りをやってくれるアテはあるのか?」
勇者が聞くと、陶芸家はもちろん、と胸をはる。
「うち、ピカソのひ孫の姪っ子と知り合いやねん。せやから、その人にやってもらうつもり-。」
胡散臭い。
「ほんまやて-!ほな1週間後、ここで待ち合わせな-!」
陶芸家は着の身着のまま、逃げ足早く去って行く。
逃げんの早すぎ!やっぱり騙されたんじゃ。
「じゃあ、わたしもこれで…」
魔王も腰をあげる。
「待って~!記憶がないのに家族の家なんか見つけられるの~?」
「きっと大丈夫ですよ。会えるって信じてたら、また会えるはずです。それから。」
彼はソウに近づくと、両手を持って、握手をした。
「あなたにも。また会えますように。」
そして、魔王はゆっくりと立ち去っていく。
「こうして私のひと夏の恋が終わりを告げたのでした。」
勇者さん?ナレーションっぽく言わないで?
「黙れよ~、殺すぞ」
ほら、殺されるよ?可愛い乙女に。
「すみませんでした!」
「あかん、忘れてもうた-。」
陶芸家が宝箱を取りに戻ってきた。
そういえば、さっき何も持たずに逃げたもんね。
「逃げてへん」
あっ、すんませーん。