カレンダー・タイムスリップ
今日で丁度僕の妻が亡くなって二十年が経つ。
妻は二十年前の年の暮れ、買い物の時に、買い忘れた商品を買って帰る途中、暴走状態になっていた自動車にはねられ亡くなったのだ。
自動車を運転していた人物は飲酒運転をしていた。
妻のあまりにも突然すぎる死に気が動転してしまい、私達が住んでいた一軒家を一軒燃やしてしまった。
僕は心を閉ざした。
本来ならあの時、僕もあの場にいたはずなのだ。
しかし妻に、直ぐに帰って来るからと言われ、家で料理をしていたのだ。もしあの場に僕がいたら、妻を助けられたかもしれない。
二十年経った今でも、まだ完全に立ち直れていない。
僕は妻の大好物だったカスタード味の今川焼を買って、妻の眠る墓に向かった。
今川焼を供えて、心の中で呟いた。
(まだ立ち直れていない……あの時……あの場に僕がいたら……君は助かったかもしれない……出来る事なら……あの日にタイムスリップして……君を救いたい……でも……いつまでもこうしてちゃいけないよな……僕が立ち直らないと……君も心が苦しいよな……ごめんな……)
ハンカチで涙を拭い、今川焼を持ち帰り、墓を後にした。
内心思い始めていたのだ。僕がいつまでも気持ちを切り替えなければ、妻も安らかに眠ることは出来ないのではないかと。
いい加減立ち直ろう、僕はそう決意した。
家に帰り、椅子に腰を下ろし、ふとカレンダーに目をやった。
疲労のせいか、カレンダーの日付の数字が出っ張ったように見えた。
その時、何の根拠もないのに、こう思ってしまった。
(カレンダーの日付の数字を押して、その日にタイムスリップ出来たら……)
本当に、何の根拠もない。
しかし、もし本当にタイムスリップ出来たら、そう考えると、体が動いていた。
日付の数字の部分が出っ張ったカレンダーに近づき、その月の頭の日付の数字を押した。
カチ……
日付の数字の部分は完全に奥に入り、ボタンを押した音と共に元に戻った。
するとその部分の数字が急に光だし、目が開けれられないぐらいの強さになった。
ようやく目が開けられるぐらいの光になり、辺りを見渡す。
しかし家の様子は変わっていなかった。
ここで僕は我に返った。
カレンダーの日付を押してタイムスリップするなんて、出来るはずがない。
ただ、少しだけだが違和感があった。
しかし、部屋の家具の位置が移動したりしているわけではない。
暫く考えて、ようやくその違和感に気がついた。雨が降っていた。天気予報では、暫く雨は降らないと言っていた。しかし降っていた。
まさか、カレンダーの日付の数字に触れてタイムスリップしたのだろうか。
確かに、先ほど触れた数字の日には雨が降っていた。
僕は咄嗟にスマートフォンの日付を確認した。
体が硬直した。
スマートフォンに表示されていた日付は、先ほど触れた数字の日だった。インターネットの情報も全て、その日の情報だった。
俄かには信じがたいが、天気や日付、情報等が全てその日になっていた。
どうやら、本当にタイムスリップしたようだった。
もう一度カレンダーに目をやった。
よく見ると、出っ張っている日付の数字は、先ほどまで過ごしていた今日より前の日付の数字だけだった。
つまり、この力を利用して、未来に行くことは不可能ということだ。
僕は先ほどまでいた今日の日付の数字を押した。
カチ……
再び強い光に包まれ、目を開けると、時間が戻っていた。
僕は思った。この力を利用して、二十年前のあの日にタイムスリップすれば、妻を助けることが出来るのではないか。
もし出来るのであれば一刻も早くあの日にタイムスリップしなければ……そう思い、スマートフォンで二十年前のカレンダーを表示し、あの日の日付を押した。
しかし何も起こらない。
何故だ……何故何も起こらないのだ……。
少し冷静になり、よく見てみると、そのカレンダーの日付の数字は、一切出っ張っていなかった。
恐らくこの力は、紙のカレンダーの出っ張った日付の数字を押すことでタイムスリップするというものだろう。
ならば、二十年前の紙のカレンダーを用意すれば、力を発動できるはず……。
僕は去年のカレンダーを引っ張り出し、一番最初の日付の数字を押した。
カチ……
光に包まれ、その日にタイムスリップした。
そしてその日で、今度は一昨年のカレンダーを引っ張り出した。いや、その日からすれば去年のカレンダーだ。
しかし異変が起きた。
日付の数字が出っ張っていないのだ。
何故だ……紙のカレンダーなのに……。
ここで僕は気がついた。
恐らくこの力は、現代の紙のカレンダーでしか利用することが出来ず、タイムスリップした先では、その日にタイムスリップするために利用した紙のカレンダーのみ力を持っている。
何てややこしい力なのだ……。
こうなると、現代で二十年前の紙のカレンダーを手に入れ、あの日の日付の数字を押すしかない。
しかしいくら文房具店やインターネットを探しても、二十年前の紙のカレンダーは売られていなかった。
あの時僕が火災なんて起こさなければ、カレンダーも残っていただろうに……。
こんな素晴らしい力があるのに……こんなにもどかしい気持ちになったのは初めてだ……。
気持ちが抑えられず、暇さえあればインターネットで二十年前の紙のカレンダーを探していた。しかし見つからない。
少し知恵を絞って、プリンターで二十年前のカレンダーをプリントアウトをしてみるも、日付の数字は出っ張らなかった。
僕は完全に廃人になってしまった。
そんなある日、僕はあることに気がついた。
(これなら……これなら妻を助けられる!)
「あなた、ご飯出来たわよ」
「お!今日も美味しそうだなあ」
「あなたいつもそう言ってる……うふふ」
「え?だって本当にそう思うんだもん!」
「ありがとね……あなた」
「こちらこそ……ありがとう」
妻を助けて現代に帰って来てから、もうすぐ一年が経つ。妻を助けて現代に帰って来て以来、あの力はもう使えなくなった。
あの力は、神様が僕に与えた試練か何かだったのだろうか。
ただ、あの力は確かに存在した。こうして今、妻と子供と一緒に過ごせていることが、何よりの証拠だ。
しかし僕があれに気がつかなければ、未だに二十年前の紙のカレンダーを探し求めていたことだろう。