第96話 アッチの方の相性
――ちゃぷ……ちゃぷ、ちゃぷ
雨音にも似た淫靡な調べが微かに響く。
「マジ……気持ち悪い……」
私の下腹部を執拗に這いまわるのは、まるで蛭の様に蠢く男の舌。
それは、蛇蝎をも凌ぐ恐怖と憎悪によって、私の精神をただひたすらに削り続けて行く。
「げへへへ、お前とヤルのは結構久しぶりだなぁ。暫く見ねぇうちに、良い感じにこなれて来てんじゃねぇか? なぁ、どうだい。義理とは言え、父ちゃんにこんな事されてるんだぁ。この背徳感ったらねぇよなぁ。なぁ、お前ェも興奮してんだろぉ? なぁ、おいぃ」
チッ!
勝手に父ちゃんの名を語るなっ!
一度だって、お前を父ちゃんだなんて思った事は無いよっ。
腹の奥底から沸々と湧きあがる憤怒の想い。
私は枕元のシーツを鷲掴みにする事で、なんとかそれを耐え忍ぼうとする。
思い起こせば。
実の父は堅気の男だった。
もともとは母の勤める店に通っていた、常連客の一人だったらしい。
田舎から上京したての母は、生活の安定を求めて、この父と暮らす様になったそうだ。
優しい父。
少し派手さはあるものの、美しい母。
母の話では、最初の頃は結構上手く行っていたらしい。
しかし、幸せな時間と言うのは、長くは続かないモノのようだ。
私が中学に入学した頃、あたりだろうか。
父の事業が傾き始めた。
連日金策に追われ、夜遅くまで帰らぬ父。
母は私が物心つく前から夜の商売には復帰していて、陰ながら父の事業を支えていたらしいのだが……。
それは、とある平日の夜だった。
父の帰りを待ちながら、中学生ながらも一人夕食の準備をしていた時。
突然、一人の男が我が家へと押し入って来たのだ。
不躾に部屋の中へと踏み込んで来た男の背後には、なぜか母の姿が。
恐怖におののき、思わず叫び声を上げそうになる私。
そんな私に、男は問答無用で平手打ちを食らわせると、更に床へと引きずり倒し、馬乗りになって来た。
大人と子供。
ましてや、中学生の私に抗う力などあるはずもなく。
唯一出来る事と言えば、必死の想いで母親に助けを求める事だけ。
だけど……。
そう、私はその晩。
見も知らぬ男に犯されたのだ。
しかも、実の母の見ている目の前で。
その後、この男は私の家へとたびたび来る様になった。
最初の頃こそ、毎回私の体を弄んでいたけれど。
私が何の反応も示さなくなったあたりから、自然と声を掛けられる事すら無くなってしまった。
やがて。
私は高校卒業を切っ掛けに一人暮らしをはじめ。
専門学校ながらも看護師を目指して進学する事となった。
この時、既に母親からの支援は無く。
生活費や授業料など、全額奨学金とアルバイトで賄う事に。
確かに、生活は苦しかった。
でもこの時の私には、希望があった。未来があった。
とにかく、あの男のいる家から出る事が出来た訳だし。
あんな男を迎え入れた母とも、毎日顔を合わせずに済む様になった訳だから。
私は規定の三年で専門学校を卒業。
国家試験にも無事合格し、晴れて看護師としての生活をスタートさせる事ができたのだ。
そんな、順風満帆とも思える生活を覆す、一本の電話。
母からだった。
とうやって私の電話番号を入手したのだろうか?
高校卒業後、一度として連絡を取った事など無かったと言うのに。
延々と昔話を続ける母。
鬱陶しさを押し殺し、相槌を打つ私。
そんな母の言いたい事は単純で……結局のところ、金の無心だった。
昨今の不況のあおりを受けて、あの男から預かった母の店が行き詰まっているらしい。
かなり資金繰りにも窮しているとの事で、月末までにどうしてもまとまった金が必要だと言う。
確かに生み、育ててもらった恩はある。
だけど、それらを帳消しにするほどの、酷い仕打ちを受けたとも思う。
今ごろになって、私に助けを乞うなんて。
そんな母の考え方すら、信じられない想いだった。
とは言え。
母娘の情に訴えられては、嫌とも言えず。
もちろん、社会人になりたての私に、そんな蓄えがあるはずもなく。
まとまったお金を融通するため、私はしぶしぶ、母が指定する消費者金融で、必要なお金を借りる事にした。
その後も、母からの要求はエスカレートの一途。
いつの間にか、借金の額も膨大なものとなり。
借金の取り立てが勤め先に来るようになるまで、そう長い時間は掛からなかった。
この頃には、母からの強い勧めもあり、水商売、そして風俗にまで手を染め始める始末。
それでも、借金を返すにはほど遠くて。
そして私は……。
逃げた。
仕事も、アパートも、友達関係も……そして借金も。
全てかなぐり捨てて。
持てるだけの荷物をキャリーケースへと詰め込んで、その足で東京駅へと向かった。
行き先なんて、どこでも良かった。
目についた新幹線の切符を自販機で購入し、いままさに改札を通り抜けようとした矢先。
私は数人の男たちに両腕を掴まれ、コンコースの死角へと連れ込まれたのだ。
場所は多くの人が行き交う東京駅。
大声で泣き叫べば、きっと誰かが助けてくれた事だろう。
だけど、このとき既に人生そのものに疲れ果てていた私は、男たちの言葉に黙って頷く事しか出来なかった。
私が世間知らずだった。
結果的には、そう言う事でしかない。
後は知っての通り。
命がけのゲームに参加すれば、借金が帳消しになる事を聞かされ。
特に狩人と呼ばれる人の中には、ゲーム中にコトに及ぶのを好む人間がいるらしく。その相手をするだけで良い、とも聞かされた。
要するに、サクラになれ、と言う事なのだろう。
私はそう理解して、ゲームに参加する事にしたのだが……。
「ねぇ若頭ぁ。そんな娘なんて放っておいて、早く私とシようよぉ」
私の上に覆いかぶさる男。
更にその背後より、全裸で男の背中へと抱き付き、猫なで声をあげる母親。
あまりにもおぞましいその光景に、身の毛がよだつ想いがする。
だけど、これを乗り越えなければ、この男の核を入手する事は……。
「なんだよぉ、おいぃ。お前ェも今日は一段と積極的だなぁ。よしよし、親子丼ってヤツぁ、こうでなくっちゃいけねぇよなぁ。げへへっへ。まぁ、まぁ、慌てるなよ。夜は長ぇんだ。これからたっぷりと二人とも可愛がってやるからよぉ」
「そうかい? そんな事言われたら、私だって積極的にもなろうってもんさ。なにしろ、いつも、いつもおかずに困ってた私だけど、今日だけは……」
――パチッ! バシュゥゥゥゥ……
突然、部屋一面に立ち込める白い蒸気。
「うぉ!? なんだ、この煙は? 何かの演出か?」
「あはははっ、そうそう。演出、演出。今日は目の前にリアルなオカズがあるからねぇ、闇の洗礼も捗る事、間違い無しだよ」
立ち込める蒸気がゆっくりと薄らいで行き、その中から現れたのは……。
「おっ、お前っ! 誰だっ!? いつの間にっ!?」
「誰だ? と言われるのは少し心外だなぁ。先日もおたくの組事務所でお会いしてるじゃないですかぁ」
「くっ、組事務所だとっ!?」
男は必死の形相で、振り返ろうとするのだが。
しかし、背後から抱きかかえる少年の腕を、いまだ振りほどく事すら出来ていない。
「手前ェ、コノ野郎! 放しやがれっ!」
「いやいやいや。放しやがれって言われて、ハイそうですか、って放す訳ないでしょ。本当にもぉ、頭悪いなぁ。それより、せっかくいまだったら速攻イケそうだから、まずは、さっさと済ませちゃいますね」
「なっ、何をっ! あっ! コイツっ! 何しやがるっ! 放せっ! コラッ!! あぁっ! そこはお前ェ! だっ、駄目だろっ! コラッ! おい、ちょっと待てって! コラッ! コラッ!!」
「あぁ、もぉ、煩いなぁ。あんまり暴れると、ちゃんと入らないでしょ! だいたい、アンタだって、たったいま同じ様なコトしようとしてたじゃないですかぁ。一緒ですよ、いっしょ! って言うか、僕も何回か経験して来たから、なんとなくやり方が分かって来た所なんですよねぇ。大丈夫、力を抜いて下さい。あんまり力が入ってると、逆に痛いですからねぇ」
「いや、ホント、マジで。俺ぁ痔なんだよ。マジで、ホントマジでぇ!」
「そうですか? 大丈夫ですよ、ちょっと血が滲むぐらいの事はいつもの事なんで、僕は全然気にしませんから」
「バカ野郎っ! お前が気にする、気にしないじゃなくて、俺の方がっ!! ……あぁっ! お前ッ、おまっ、それだけは、それだけは、マジ勘弁しろってぇぇぇ!」
――自主規制!!
「ふぅぅ……終了ぉぉぉ。いやぁ、流石に今回はタフな戦いだったなぁ。いままで無抵抗なオッサンと何度かヤッた事はあったけど、普通に抵抗するオッサンとヤッたのは今回が初めてだったしなぁ」
目の前の少年が、あまりにも呑気にそう宣っている。
一方、男の方はと言えば、流血した自分の尻を両手で押さえたまま、放心状態で小さく蹲っているだけ。
よほど精神的に堪えたのだろう。
それはそうか。
四十も過ぎて、背後から突然自分の尻を他人に襲われると言う経験は、なかなか無いに違いない。
「ちょっと武史。話が違うじゃないのよぉ。私がこの男の核を手に入れる段取りだったでしょお!」
そんな不満顔の私に向かって、少年が優し気な笑顔で語りかけて来る。
「まぁまぁ。そんなに怒らないでよ、真衣。なんて言うかさぁ。昔はどうあれ、キミはもう僕のモノでしょ? それが、他の男にヤラれるのを見るのは、どうしても我慢出来なくってさぁ。途中から、ちょっと腹立って来たんだよねぇ」
僕のモノ……と言う言葉に、思わず胸の鼓動が早まるのを感じてしまう。
年下の言う事など、どこまで本気なのかも分からないのに。
「んもぉ、何言ってるのよ。そしたら私がこの男の核を覗けないじゃないのよぉ! ご主人様なら、そのぐらいちゃんと察しなさいよぉ!」
そう、私はこの少年の奴隷になった。
初めて契りを交わした時に、意味も分からず隷従を承諾した事が切っ掛けではあるが。
その後、クロさんと呼ばれる異界の少女とも言葉を交わした結果。
どうやら、私には『ゼノン神の祝福』と言う特殊能力の素質があるらしいコトがわかったのだ。
武史がよく、私とは相性が良いと言っていたのは、この事だったのだろう。
てっきりアッチの方の相性だとばかり思ってたけど……。
言わなくて良かった。
この能力を持つ人間は非常に珍しく、獣人の中でさえも一握りの獣人にしか発現しない能力らしい。
ただ、後日『ゼノン神の祝福』とともに、クロさんの核の一部を譲り受けてみたのだが。
私の場合は色々と制約がある様だ。
まず第一に、記憶できる核が二つだけ……と言う点。
クロさんの話では、これについては普通らしい。
将来的に使い慣れてくれば、三つに増える可能性もあるにはあるらしいが、なかなかに厳しいそうだ。
実際、クロさんですら三つほどの核しか持ててないと言うし、いまのところ制限なく保持している武史だけが規格外と言う事のようだが。
二つ目に、魔力量が一般的で、大きなモノを具現化する事は出来ない……と言う点。
これは人間と獣人の違いによるものらしいが。
実際に私がクロさんの獣核をBootしても、出て来たのは小型犬程度の大きさしか無かった。
これはこれで、めっちゃ可愛かったし。
早く名前を付けてあげよっと。
他にも色々と制約はあるみたいだけど、今のところ気になるのはこの二つだけだろう。
「大丈夫だって。この男の核は僕が入手済さ、しかもこの核ってヤツは、主従関係があればやり取りが可能なんだよ」
「えぇ? そうなの? そう言う大事なことは、もっと早く言いなさいよぉ! で、どうすればその核がもらえるの?」
「えぇっと、一時間ぐらい僕と添い寝するかぁ、もしくは……」
そう言いながら、少年が私の頬に軽くキスをする。
「もう一度僕とスルか……だね。それであれば、直ぐにでもキミの中に核がコピーされるよ」
「ん、もぉ! 武史っ! アンタそれ私とヤリたくて、わざとやったんじゃないでしょぉねぇっ!」
「あははは。まぁ、そうかな。そう思ってもらって、ぜんぜん構わないよ。実際のところ、マジでそうなんだから。何しろ、ついさっき、オッサンのケツ掘って、気分が良くないからね。是非、口直しさせてもらえると助かるなぁ」
「何よっ! 口直しって! だいたいアンタはいつも……むぐぐっ」
私がまだ話してる途中にもかかわらず、自分の唇で私の言葉を封じ込めようとする彼。
とても年下とは思えないその余裕に、思わず赤面してしまう私がいる。
途中、暴れ出しそうになった若頭を、武史が問答無用で足蹴にするって言うハプニングもあったけど。
およそ問題無く、私は男の核を手に入れる事が出来たのよ。




