第82話 死にぞこないの利用価値
「中止だっ! 中止、中止ッ!」
背に腹は代えられねぇ。
もしカメラに映っていたのが、本当にグレーハウンドだったってんなら、あまりにも戦力不足だ。
いや。
人間がグレーハウンドとヤリ合おうって考えること自体に無理がある。
あんなもん、軍隊でも呼んで来ない限り勝てる訳がねぇ。
しかし……。
聞いていた話より、かなり小さい様な気もするが。
もしかしたら、大型のレッサーウルフだった可能性も。
いやいや。
どちらにせよ、この世界の住人じゃ無いのは間違いねぇ。
そう言えば、この近くで特異門が開いたとの噂もある。
とにかく、この件に関わるのは……。
「来栖さん! いまから中止って! 狩人達にはどう伝えれば良いんですかっ!」
俺の思考を邪魔するのは、余裕をなくした運営たちの声。
んなもん知るかよっ!
とは言えんな。
ようやくこのゲームも金が回り始めた所だ。
最近じゃ若頭直轄の神々の終焉より稼ぎが良い。
こんな所で折角の太客を逃す訳には行かない。
「アナウンスを出せ! 機材故障! 機材故障で良い。それから、狩人達の参加料は全額返金すると言え。とにかく一度クラブハウスへ戻るように伝えるんだ! いいなっ!」
「「はいっ!」」
つい先程まで穏やかだった室内に緊張が走る。
《皆様にご連絡致します。本日のゲームはただいまを持ちまして、中止となりました。繰り返します。本日のゲームはただいまをもちまして、中止となりました。ゲーム参加者の皆様には、急ぎクラブハウスの方へお戻りください》
ゲーム中止のアナウンスが流れてから数秒も経たぬうちに、部屋の電話が一斉になり始めた。
「はい、はい。すみません。機材故障です。えぇ、本当に申し訳ございません」
「えぇ、そうです。機材故障が原因でして。……はい。以降の狩りはご遠慮いただいております」
わずか十名程の運営メンバーが電話対応に必死だ。
「ちくしょう……大損害だぜ」
しかし、狩人に死人でも出そうものなら、このゲーム自体の信用失墜につながる。
今回で最後と割り切るならば、それはそれで面白い画像が撮れる可能性もあるが……。
いや、駄目だ、ダメだ。
映像関連を含めた設備投資に、太客確保のための接待費用。
これまで一体いくら注ぎ込んだと思ってるんだ?
投資分だけでも回収するまでは、絶対にやめられない。
もしそんな事にでもなろうものなら、俺自身が組織から狙われる可能性だってある。
――ブルッ!
一瞬。
自分自身が狩人に追われる姿を想像し、背中に冷たい汗が流れ落ちる。
縁起でもねぇ……。
絶対に失敗す訳には行かねぇんだよっ!
「来栖さん、来栖さんっ!」
「チッ! なんだようるせぇなっ! この忙しい時によぉっ!」
突然声を掛けられ、思わず怒鳴り声を上げてしまう。
「あっ……あのぉ……スミマセン。えっと……あのぉ……」
「いちいちビビんなっ! 言いたい事があるなら、早く言えっ!」
「はっ、はいっ! じっ、実はいま、勢子の竹内さんから電話がありまして、来栖さんは今日、何処にいるのか? と聞かれたものですから……」
「竹内だとぉ?」
あぁ……あの風見鶏野郎か。
パッと見、軽薄そうなヤツだが、意外にキモが据わってる。
確か勢子としても結構なベテランだったはずだ。
「なんでそんなヤツが俺の居所を聞いてくんだよ。で? 俺にどうしろって?」
「はい。いま電話が繋がってまして。ここに居られますと伝えましたら、是非代わって欲しいと……」
なんだぁ?
狩人の誰かからクレームでも言われたのか?
あぁ、そう言えば竹内はミックさんのお気に入りだったな。
ミックさんは結構な太客だし。放置するにはマイナスがデカい。
仕方ない。聞くだけ聞いておくか。
俺は無言で受話器を奪い取る。
「あぁ俺だ、来栖だ。どうした。何があった? こっちは機材トラブルで忙しいんだよ。大した用事じゃねぇんだったら切るぞ」
『すみません来栖さん。いつもお世話になっております!』
世話なんてしてねぇよ。
お前と話した事なんざ、殆どねぇ。
ほんの数回。立ち話をした程度だ。
『実はですね。いま私の手元に北条が居りまして』
北条だぁ?
おぉ、そう言えば北条の野郎下手こいて、今日突然狩られる側で参加させるって若頭が言ってたな。
まぁ、理由はどうあれ。
恐らく北条には何の落ち度も無かったんだろうよ。
全ては出来レース。
単に若頭が北条の持ってる神々の終焉が欲しくなった。
ただそれだけだ。
若頭は、時々そう言う事があるからなぁ……。
組員の持ち物に手出しする事は殆ど無ぇ。
いや、組員の場合は単に、『俺によこせ!』と言えば済む話だ。
たしか北条は半グレで、ウチの若頭から正式に盃をもらった訳じゃ無ぇからな。
下手にヤツらと揉めれば、ヤツら掌を返して、他の組の傘下に鞍替えする事だってありうる。
まぁ、難癖付けて利権を取り上げた……って事だろうな。
要は大義名分がありゃ、何でも良いって事だ。
「で? その北条がどうしたって?」
『それがですね、どうしても来栖さんに話したい事があるって言って、聞かないんですよ』
「ほほぉ、そうかい。それじゃあ、電話を代われ」
『いや、それが電話じゃ話せない事らしくって』
「んだとコノ野郎っ! だったら手前ぇでコッチまで歩いて来いやッ!」
『私もそう思ったんですが、実はミックさんに結構ヤラれてまして、既に虫の息なんですよ。なので来栖さんに来てもらえないかって』
「チッ! ふざけた事言ってっとブッ殺すぞ! いいから電話代われっ!」
『あぁ、はいっ……それじゃ……』
――ガサゴソッ……
『ひゅ……ひゅ……。くっ、来栖さん……か?』
ひゅー、ひゅー言ってやがんな。
腹か胸に何発かもらったのか?
「あぁ、そうだ。大分辛そうだなぁ、北条。お前、下手こいたんだって?」
『えぇ、おかげ様で……ひゅ……ひゅ……』
「で? 俺に話したい事ってなんだ? 手短に頼むぞ」
『ひゅ……ひゅ……。実は……若頭の事で……』
若頭の事?
今さらコイツから若頭への恨み節を聞いた所で時間の無駄だ。
面倒くせぇな。電話切るか?
『実は……若頭は……組の金を……』
組の金だとっ!?
『貸金庫に……その証拠……が……』
マジか。こりゃまた特大スクープじゃねぇか。
その情報があれば、若頭を一気に出し抜く事だって出来るかもしれねぇ。
「おい、ちょっと待て。いま喋るな。いいか? 俺が今からソコに行く。だから動かずにそのままソコで待ってろっ! それから、今すぐ竹内に代われっ!」
――ガサゴソッ……
『はい、竹内ですぅ! お疲れ様です!』
コイツの話し方は、ホント、なんか癪に障る。
「おい、竹内っ! 今から俺がソッチに行く。それまで絶対にソコを動くな。それから、北条を絶対に死なせるなよっ! あと、ソコには他に誰が居るんだ!」
『えぇっと、車崎と言う男が居ます』
車崎って、あの車崎か?
マズい……。
確かアイツは若頭の子飼いだ。
北条が余計な事を喋ろうとしたら、最悪、北条を殺すかもしれねぇ。
「竹内、良く聞け。その車崎ってヤツに気を付けろ。ヤツが変な動きをしたら、即座に殺せ。良いな。絶対に北条に手出しさせるんじゃねぇぞ。分かったな。それから、もう一度言っとくぞ。北条を絶対に死なせるな。もし俺が行く前に北条が死んだら、お前も殺すからなっ!」
『はっ、はい、わかりました。この竹内、全身全霊をもって北条さんを……』
――ガチャン!
しゃべり続ける竹内の事など完全に無視。
俺は勢いよく受話器を叩き付けると、元々声を掛けて来た男の胸倉を鷲掴みにする。
「おいっ、勢子の竹内はいま何処に居る? 直ぐにスクリーンに映し出せっ! それから、警備担当は俺に付いて来いっ! 防弾ジャケットに暗視スコープ、ライフルに拳銃も忘れるな! 準備が整い次第出るぞっ! 出口に電動カートも用意しておけっ!」




