第80話 服従の誓い
「それじゃあ、もう良いですよね」
「え? もう良いって言うのは……」
突然の僕の発言に、車崎さんが驚きの表情を見せる。
「いやいや、当初の目的は北条君を助け出す事……でしたよね。その手伝いをするって事で僕はココまで来たんですよ。既に足かせとなっていた首輪は外れてるし。目的は十分に果たしたと思うんです。後は車崎さんのお好きな様にお帰り頂いて結構ですよ」
「いや、しかし」
車崎さんへの義理は十分に果たしたはずだ。
それに、僕の能力をこれ以上知られない様にする為にも、僕やクロの眷属でも無い人間と行動を共にするのは正直避けたいところだ。
「犾守さんはこの後、どうされるおつもりなのですか?」
まぁ、当然の質問だわな。
どうするかって言えば、まずはクロの救出が最優先か。
リュックごと引き離されて既に小一時間。
クロのヤツ不安がってないかな?
泣いてるかな?
いや、怒ってるかな?
うぅぅむ。
いい加減、早く探しに行かないと、独りで勝手に暴れ出す可能性だってあるしな。
そうだな。どちらかと言うと、そっちの可能性が高い。
なにより大事になりそうだ。
やっぱり、早く探しに行こっと。
「あぁ、えぇっと。まずは奪われたリュックを取り戻しに行きますよ。それさえ済めば、僕もこんな場所からサッサと撤収させてもらいます」
「そんなリュックなんて放っておいて、このまま一緒に逃げませんか? 大体ここは都心からもかなり離れてるんです。とても歩いて帰れる距離ではありませんよ?」
そうか。帰りの事を考えて無かったなぁ。
どうするかな。
まだ運転免許も持ってないし、もちろん車を運転した事だって無い。
「そうですね。後で先生……いや、ブラッディマリーさんに電話でもして、迎えに来てもらいますよ」
「いやしかし……」
とここで、横から北条君が割り込んで来た。
「犾守ぃ、リュックって事ぁ金か? 金なんだろ? 自分の命より金を優先するたぁ見上げたヤツだな。だったら、もう百万ぐらい俺が用立ててやる。聞けば逃走資金にもまだ余裕がありそうだしな。だからそんなはした金で無理するんじゃねぇ」
あぁ、そう来たか。
身の危険があるのに、わざわざリュックを奪い返しに行くなんて、理由としてはやっぱり金って事になるんだろうな。
それじゃあまるで、僕が金の亡者みたいじゃないか!
でもなぁ。リュックの中にネコが入ってたって言うのも流石になぁ……。
「いやぁ、金も大切なんですけど、実はリュックの中に死んだじーちゃんの形見がはいってて、それをどうしても取り返したくって……」
「何くだらねぇウソついてんだお前は。そんな大事なモン普段持ち歩く訳ねぇだろ? そんな事より、早く逃げるぞ。大体、その熊みてぇにデカい犬たちだって、ヤツらには絶対に敵わねぇ。何しろヤツら、完全武装してんだからな」
敵わない……だって?
「それに車崎、お前ぇもお前ぇだ。こんな高校生に頼って、しかも俺なんかを助ける為にわざわざこんな所まで来やがって。碌に荒事だってやった事も無ぇくせに、余計な真似すんじゃねぇよ」
なんだよそれっ。
――ガッ!
「北条君、こんな高校生で悪かったですね」
僕は北条君の首元を片手で掴むと、そのまま持ち上げ始めた。
「うぐっ!」
「それに、車崎さんを困らせるのは、もうそのぐらいにしてもらいたいですね。正直に言えば、僕はまだアナタを許した訳じゃ無いんです。僕の親友を傷つけた佐竹。まずはヤツの息の根を止める。その上で、アナタがこの計画に関与していると言うのであれば、アナタも殺す。今回は世話になった車崎さんからの依頼と言う事で、脱出のお手伝いをしましたが……なんだったらこの場で殺して差し上げても別段問題は無いんですよ」
「ぐぐっ……てっ、てめぇ……」
「半グレのリーダーだって言うもんだから、もう少し空気の読める人だと思ってましたけど。未だに状況を把握できていないと言うのは、非常に残念です。僕はこの娘たちに頼らずとも、いまこの場でアナタを絞め殺す事ぐらい、造作もありません。言っておきますが……僕は人を殺す事に躊躇しませんから」
その間も、北条君のつま先は徐々に地表から離れ続ける。
「いっ、犾守さん!」
車崎さんの懇願する様な声。
「車崎さん。こんなヤツの事なんて、もう良いじゃないですか。どうやら本気で死にたいみたいですし。だったらここで死なせてあげても良いんじゃないかなぁ。言っておきますけど、僕は間違い無く一度助けた。しかも、逃げても構わないとまで告げている。にもかかわらず、この言われ様です。もう十分義理は果たしたと思うんですけど」
「犾守さん、ちょっと待って下さい。それは北条さんの言葉の綾と言うヤツでして。それに、佐竹君の件……って事は、例の犾守さんの友達が襲われた件って事ですよね。その事であれば、北条君は無実です。その事件の話だって、後から聞かされただけですし」
え? 後から聞かされたって?
指示してたのは北条君なんじゃないの?
「で、でもそれだったらどうして佐竹を逃がそうと?」
「いや、北条さんはこう見えて、自分の配下に対しては異常なぐらいに面倒見が良いんです。だから北条さんは……」
え?
面倒見が良いって?
ただそれだけで、組事務所にまで行ってボコボコになるまで殴られてたって事?
本当かぁ?
本当なのか? それ?
車崎さんったら人が良いから、北条君に良い様に騙されてるだけなんじゃないの?
「北条君、車崎さんは、あぁ言ってるけど、本当なんですか?」
「うぐぐっ、うぐっ」
あぁ、コレじゃしゃべられないか。
「グエホッ……がはっ……はぁ……はぁ……」
「さぁ、話してももらいましょうか。言い分も聞かずに殺すのは、流石に気が引けますからね」
「たっ、確かに俺は佐竹から計画を聞いてた訳じゃねぇ。だが、ヤツは俺の配下に入りてぇと言った。そして俺はそれを受け入れた。となれば、ヤツのやった事は全て俺の責任でもある。お前ぇがソレを気に食わねぇって言うなら、いつでも相手になってやるよ。だから……うぐぐっ!」
「はい、終了ぉ! 北条君にはもう一度黙っていてもらいましょうか」
って事で、もう一回彼の首根っこを締め上げる。
あれ、おかしいな。
てっきり北条君の差し金だと思ってたんだけど……。
北条君はちょっとブッ飛んでるけど、嘘をつく様な人間では無さそうだし。
となると、例の件は佐竹の単独犯……って事なのか?
単なる僕への恨みって事で?
でも脳筋なアイツが、わざわざそんな回りくどい事するかな?
一人じゃ勝てないから仲間を集める……ぐらいの所までは分かる。
にしても、その矛先は僕へと向かうはずだ。
なのに、なぜ……?
うぅぅん、困ったな。
やっぱり佐竹を捕まえてから、吐かせるしかないか。
って事は、北条君への復讐は一旦保留だな。
待てよ。
って事は、北条君と車崎さんをこのまま逃がすって事になるけど……それってマズくないか?
どこか遠くに高跳びされたら、二度と見つけ出せなくなる可能性が高い。
って事は、佐竹を捕まえて白状させるまでは、近くに居てもらった方が良いんじゃないか?
だけど、二人とも狭真会に追われる身なんだよな。
僕が佐竹を捕まえる前に、狭真会から追手が掛かる可能性だってある。
うぅぅん。困ったなぁ……。
「あのぉ……犾守さん?」
突然黙り込んでしまった僕の顔を、車崎さんが心配そうにのぞき込んでくる。
「あっ、あぁ。すみません、ちょっと考え事してたもので」
「ねぇ、タケシ。横で聞いてたアタシが言うのもなんだけど、アンタがアノ力を使って、狭真会のヤツらをギッタンギッタンにしちゃえば良いだけなんじゃないの?」
「おぉ、その手もあるよね。真衣もタマには良い事を言う」
「タマって言うな!」
――ドサッ。
首根っこを押さえ過ぎたせいか。
僕が手を離した途端、北条君がその場に座り込んでしまった。
すこし力を入れ過ぎたかな。
でもまぁ、息は荒いようだけど、気を失っている訳じゃない。
「それじゃあこうしましょう。僕が今日限りで狭真会を壊滅させます」
「あぁ!? お前ぇ、一体何言ってるんだ!?」
「北条君は黙ってて。じゃないとまた首根っこ掴まえますよ」
北条君は自分の首元を擦りながら、険しい表情で僕の事を見上げて来る。
「それでは改めて。今日限りで狭真会を潰します。これで北条君と車崎さんは、わざわざ逃げ隠れする必要が無くなると言う訳です。そんでもって、二人には佐竹確保に協力してもらいます。正直に言っておきますが、佐竹は僕の親友の仇です。これっぽっちも助ける気はありませんし、何だったら拷問の限りを尽くして殺すつもりです。まぁ、こんなゲームの最中ですから、僕が殺すのなんのと言ったところで、特に感慨深い事も無いんですけど。って事で、お二人にはご協力いただきたいのですが、ご同意いただけますか?」
「おい、犾守ぃ。もし俺達が協力しないと言ったら?」
「簡単ですよ。この場で殺します。後からもう一度探し出すのは面倒ですし。元々このゲームに参加した時点で、生き残る可能性はゼロだった訳でしょ。もはや、死ぬのが早いか遅いかだけの違いでしか無い訳ですから。ただ、その場合ですけど、北条君の殺し方は凄惨を極めるつもりです。あぁ……でもその前に闇の洗礼を行うと言う手もあるかなぁ……。まぁ、どちらにせよ、良い未来は待受けていないと思って頂いて結構ですよ」
「それじゃぁ……どうやって狭真会を潰すんだ? まさか、ここに居るヤツらを皆殺しにして、それで終いって考えてる訳じゃ無ぇだろうな」
「え? それじゃダメなの?」
「おいおい、マジかよ。その程度の知識で、良く潰すなんて大言壮語が吐けたもんだな」
「なんだよぉ。それだったらどうすれば良いのさ」
「大体、この場に狭真会本体のヤツなんざ一人も来てねぇよ。強いて名を上げれば、このシノギを取り仕切ってるのは狭真会の来栖さんだが、今頃は自宅で酒でも飲んでるんじゃねぇか? でもまぁ、ちょくちょくバイトのフリして悪夢へも出入りしてるから、お前も一度ぐらいは顔を見た事があるかもしれねぇが」
ふぅぅん。
来栖さんねぇ……。
あぁ、運営の人が電話してた相手だな。
アノ人が元締めなのか。
そしたら、さっき核を奪った人だったら知ってるかな?
記憶を検索してみよっと。
えぇっとぉ。
来栖、来栖っと。
……
おぉ! 見た事あるぞっ!
って言うか、コイツ。
地下駐車場で僕の事を轢きそうになった、七三分けの黒メガネ野郎じゃん!
コイツの所為でいきなり組事務所に行かされて、エライ目に会ったんだよな。
なぁるほどぉ。コイツかぁ!
顔は若そうだけど、なんだよ、結構歳くってんじゃん!
そうか、よしよし。
さっき電話でココに来い! って言っておいたからな。
コイツが来た所を倒してしまえば、簡単に元締めを消せるって訳だ。
おぉ、僕にしてはGood Job!
「それじゃあ、その来栖って人を殺せばOKって事だね!」
「おいおい、お前は馬鹿か?」
なんだとぉう! バカって言う人がバカなんですぅ!
いまにも北条君に掴みかかろうとする僕の事を、車崎さんが半笑いで止めてくれる。
「ヤクザの組織を甘く見ちゃ駄目だ。たとえ来栖さんを潰したとしても、代わりはいくらでも居る。しかもだ。その流れで考えれば、たとえ組織のトップを潰したとしても、他の組が出張って来るだけで、結局はイタチごっこ。延々と抗争を続けるハメになるのは全く変わらない」
「それじゃあ、どうすれば良いのさ」
「組織のトップを跪かせる。もしくは……」
「もしくは?」
「お前が組織のトップになる……だな」
「僕がヤクザの組長にぃ?」
いやぁ。
やってみたいか? って言うと、そうでもないし。
やってみたくないか? って言うと、これまた、そうでもない。
まぁ、ゲームで成り上がり系は結構やったクチだから、面白そうではあるけれど……。
「あはは。まぁ、そりゃ無理だわな。お前がいくら力を持っていたとしても、何の実績も無いヤツに、他のヤツらが屈したりはしない」
「だったら最初から言わないで下さいよ」
「とにかく、そう簡単には行かないって事さ」
「でも、言いたい事は分りました。実績の無い高校生風情に、誰も付いて来てはくれないって事ですよね」
「まぁな。そう言う事になるわな」
「でも、それだったら簡単に解決できますよ」
「簡単!?」
「えぇ、僕が組長にならなくても、北条君か車崎さんが組長に成れば良い訳ですから。もちろん、二人は僕に忠誠を誓ってもらいますけどね」
「ほほぉ、大きく出たな。俺にお前の子分になれって言うのか?」
「えぇそうですよ。でなければ、今ココで死んでください。僕は別にそれでも構いません。死人に口なし。ココに居る人たち全員まとめて殺してさえしまえば、僕は疑われる事すらない。あとは僕一人で佐竹を捕まえて始末するだけ。全然無理ゲーでもなんでもないです。さぁ、判断するのは僕じゃなくて、北条君、あなたですよ。どうしますか? 僕に忠誠を誓い、かつ狭真会を潰してそのトップに立つ。そんなに悪い話じゃないと思うんですけど」
「ははっ、はははっ、あははははは!」
「え? 僕、そんなにオカシイ事言いました?」
「あはははは! すげェな。これが高校生の言葉だとすりゃ、もう、笑うしかねぇな」
「で、どうするんです? ヤルんですか、ヤラないんですか? 選択肢は二つに一つです。こんな事をするのもどうかとは思うんですけど……」
そう言いつつ、僕は軽く手をあげてみせる。
「「グオォォォロロロロ……」」
一体いつから。
気付けば壱號と参號が北条君の両サイドにジワリとにじり寄っているではないか。
「今は押しとどめてますけど、僕が手を下ろせば、その瞬間、北条君は人間から肉の塊に変身できますよ。えぇ、それは、それは見事なスピードです。どうです。やってみますか? 惜しむらくは、肉塊となった自分の姿を見る事が出来ないと言う事ぐらいですかね」
「いや、もう良い。脅しは結構だ。脅しに屈して子分になったって、この先延々と言われるのも嫌なモンだからな。俺は自分の意思でお前に屈する事にするよ。まぁ、一度捨てた命だ。拾ったお前が自由に使うので構わない。で、どうする? 服従を誓うのに、俺はお前の靴でも舐めれば良いのか?」
「ご理解頂けて本当に助かります。別に北条君たちをどうこうするつもりはありませんし、北条君がトップに立ってくれて、僕に危害が及ばない様にしてもらえるのであれば、後は自由にやってもらって構いませんよ。それから、靴を舐める必要はありませんが、後で……」
「後で?」
「尻を貸して頂けると……」
「尻?」
――バシッ!
「あうっ!! なんだよ真衣ぃ、急に僕の尻を蹴るなよぉ!」
「アンタ、この状況が分かってるの!? ソッチの趣味は後になさいっ! 後にっ!」
「え? 趣味?」
急に怪訝な表情を浮かべる北条君。
「いやいや、趣味じゃ無くって、儀式と言いますか、誓いと言いますか……」
――バシッ! バシッ!
「あうっ!! あうっ!! 今度は何だよぉ真衣ぃ!」
「だから、それが趣味だって言ってんでしょ! あんたヤリたい盛りの高校生って言っても、ちょっと限度があるわよっ!」
「えぇぇ。だから、趣味じゃないってぇ。誤解だって、真衣ぃ!」
――バシッ!
「あうっ!」
――バシッ!
「あうっ!」
――バシッ!
「あうっあうっ!」
その後も暫く、彼女からの執拗な蹴りが続いたのは言うまでも無い。




