第75話 暗闇での洗礼
「皆さん、良く聞いて下さい。実は少々想定外の事が起きてしまいました。とりあえずこの場は私が囮となって彼らの前に出ますので、皆さんはその隙に森の奥の方へと逃げて下さい」
鬼気迫る形相をうかべる竹内。
さっきまであれだけ威勢の良かったヤンキー女すら真剣な表情で、竹内の話す言葉に耳を傾け一言も口を挟もうとしない。
そんな中。
振り向いてみれば、北条君が軽く顎を使って森の奥を差し示していた。
多分これ、撤収の合図だな。
短い間だったけど、竹内たちと行動を共にするのはココまでだ。
僕たちは別にコイツのチームメンバーって訳じゃない。
ならば、早々にこの場から離れた方が正解だろう。
「竹内さん、申し訳ないが、僕たちはここから別行動とさせてもらうよ。本当は他にも色々と聞きたい事はあったんだけど……。それじゃ、頑張って生き延びて下さいね」
「え? あのぉ、いま行かれるんですか? 私が囮になりますので、もう少しこの場に……」
「いえ、結構です。そこまで竹内さんにご迷惑をお掛けするのもどうかと思いますので」
「いやいや、ご迷惑だなんて……もう少し……あとチョットこの場に留まって頂ければ、もっと安全に逃げる事が……」
「それじゃ、僕たちはここで」
まだ何か言いたそうな様子だったけど。
まぁそんな事、僕の知った事じゃない。
僕は中腰のまま北条君たちの所へ移動すると、車崎さんに代わって北条君を抱き上げる事に。
「ちょっと急ぎますんで、僕が運びますよ」
「え? 犾守さん、でも足が……」
「いえ、またもや緊急事態なんで、ドーパミンどばどば出てますから大丈夫です! それじゃ、行きますよ。車崎さん、ちゃんと付いて来て下さいね」
あはは。
車崎さんったら、めちゃめちゃ心配そうな顔してるな。
でも、今はそんな事に構っちゃいられない。
――ガサッ! ガサッ! ガサササッ!
「犾守さんっ! え? ウソ、マジ!」
僕は車崎さんが発する驚きの声を遥か後方へと置き去りにして、ほぼ崖とも見紛うばかりの小高い丘を、物凄いスピードで駆け登って行く。
――ピッ、ビシッ! ビシッ!!
途中、結構太めの枝葉が容赦なく頬を掠めて行くけど、僕の動きに躊躇いは無い。
顔に当たっても少し痛いって程度だしな。
だからと言って、別段どうと言うコトも無い。
北条君の方だって、僕が覆いかぶさる様に抱きかかえているから、実質無傷のはずだ。
ほんの僅かな時間で、僕と北条君は丘の頂上へと到達。
「よいしょっと。ここまで来れば、流石にヤツらだって簡単には登って来れないでしょう。北条君、ちょっとココで待ってて下さいね」
丘の頂にあった大きな木の根元に北条君を下ろすと、今度は一気に丘の中腹まで飛び降りた。
―バサッ、バサバサバサッ!
「よっと! 車崎さん、お待たせしました。今度は車崎さんを抱えて登ります」
「え? チョット、え? えっ?」
「はいはいはい。大丈夫、大丈夫。今は説明してる時間が勿体ないので」
僕は軽くパニック状態の車崎さんを無理やり抱え上げると、さっきと全く同じコースを辿って丘の上へと登り始めたのさ。
「あっ! うっ、撃たないで下さい。スミマセン! こここ、降伏しますっ!」
あ! あれって竹内の声だな。
アイツ、口だけじゃ無かったのか。
自分の身の危険も顧みず、チームメンバーの為にちゃんと囮になるなんて。
ちょっと軽そうなヤツだったけど、意外と良いヤツだったんだな。
「だから、銃を、銃を下ろして下さい! あぁえっと、たった今、獲物が三名、丘の上へと逃げましたっ! 三人の内、一人は手負いですっ! 今なら間に合うと思います。 是非、ぜひ丘の上へっ!」
あっ……前言撤回!
アイツ、チクリやがった!!
竹内の野郎ぉぉ。竹内のくせしやがって、僕たちの事を裏切りやがったなぁ!
ん? ……うぅぅん?
でも良く考えたら僕たち別に竹内のチームに所属してる訳じゃないもんな。
僕たちを囮にする事で、自分達のチームメンバーを助ける。
リーダーのアイツにしてみりゃ、当然の判断か。
うんうん。そうだな。
アイツらを残して、先に逃げ出したのは僕たちだしな。
って言うかアイツ自身、自首して大丈夫か?
このゲームって、自首したら助かるって事?
それならわざわざ危険を冒してまで逃げなくても良くね?
それだったら速攻で自首するんだけど。
「なんだよセコかぁ。しっかし、丘の上つっても結構高いじゃん、なぁ、お前見える?」
ん? ……セコ? またこの言葉だ。
「いやぁ、見えんなぁ。結構木立が邪魔して、奥まで見えんわ。あぁ、でも、ガサガサ音がするから、多分この崖みたいな所登ってるんだろうけど。どうする? 何発か撃ってみる?」
え? マジか? 撃つなっ、撃つなよぉ!
「いやいや、止めとこ。仮に仕留めてもあんな所だとコード回収出来ないもん。それに、まだ始まったばっかだしさぁ。あんな崖みたいなところ登って怪我したくないよ」
「だよねぇ」
おぉ! よしよしよし。
ナイス判断。
二、三発撃たれた所で、どうせすぐに回復するとは思うけど。
とは言え、やっぱり当たり処が悪くって……なんて事があるかもだし。
それに何と言っても、銃で撃たれればソコソコ痛い。
銃弾なんぞ、当たらないに越した事は無い。
なんて言ってる間に、僕と車崎さんの二人は丘の頂へと到着。
「おぉ、車崎。無事だったか!」
「えぇ、それより北条さんの方こそ大丈夫ですか?」
「あぁ、脇腹はまだ痛むが、耐えられないほどじゃない。もう少し休めば普通に歩くぐらいなら出来るだろう」
笑顔で僕たちの事を出迎えてくれた北条君。
今は大きな木にもたれ掛かる様な格好で座り込んではいるけど、声には力も感じられるし、すぐに命に別状があると言う訳では無さそうだ。
ただ、あれだけ暴行された直後だけに、体の方にはかなりのダメージが残っているに違い無い。
いま直ぐこれ以上移動するのは止めた方が良いだろう。
では、その間どうするか……。
「それじゃあ北条さん、車崎さん。ちょっと下の様子を見に行って来ますので、もう少しだけココでお待ち頂けますか? もちろんヤバくなったら先に逃げて頂いても問題ありませんので」
「あっ! 犾守さん。ちょちょ、ちょっと待って」
「ん? 車崎さん、どうかしました?」
「えっ、えぇっと。非常に言いにくいのですけど……これは、ゲームと呼ばれていますが、実質、人道を外した虐殺でしかありません。もちろん、正義感に溢れる犾守さんであれば、他の皆さんを助けたいと思うでしょうし、その気持ち自体を否定する訳では無いのですが……やはりココは、心を鬼にして逃げた方が……あぁ、いや、他の人たちを見捨てろと言っている訳では無くて……なんて言うか……まずはご自身の命を優先して頂ければ……」
「あぁぁ……」
車崎さんの言わんとしている事は分かる。
こんな所で無用な正義感を振りかざすな! って言いたいんだろう。
「あはは。車崎さん、安心して下さい。物語の主人公であれば、こう言う時は正義感まる出しで、自分勝手に人助けに首を突っ込んで窮地に陥っちゃうんでしょうけど。僕、そんな気持ち、これっぽっちもありませんから。なんだったら、アイツらのおかげで、僕たちが無事逃げられてラッキー! ぐらいなもんですよ。逆に車崎さんの思っている様な品行方正な僕じゃなくって、本当に申し訳無いって気持ちでいっぱいです」
「え? それじゃあ、どうして元の場所へ?」
「え? 決まってるじゃないですか。様子見ですよ。様子見。まだ敵の情報も少ないですし。僕たちが今後生き残る為にも、アイツら敵に捕まったらどうなるのかを見ておく事は有意義だと思うんですよね。当然、あの人達がどうなろうと、僕の知ったこっちゃありませんから」
おぉぉ。自分で言ってて、気持ち良いぐらいにドライだな。
人が死のうが殺されようが、全然関係無いって言ってのけちゃった訳だからね。
しかも、なんだったら、それを見学に行こうってんだから、ちょっと、普通の感覚としてはドン引きっちゃあ、ドン引きかもねぇ。
実際、北条君なんて少し呆れた様な顔で笑ってるし。
車崎さんだって、どう反応すれば良いか分からずに、ただオロオロしている感じだし。
「あぁ……そこまでのお覚悟があるのでしたら……」
「えぇ、安心して下さい。それじゃ、ちょっと行ってきますね」
「よっ、とっ、とっ、と!」
さっきは急いでたからな。
思い切り丘の中腹まで一息に飛び降りたけど。
今度はあまり音を立てるのは得策じゃない。
僕はなるべく身を隠せるような大きめの木を選びつつ、都度身を伏せながら丘の麓へと注意深く下りて行ったのさ。
と、その時。
――タタッ、タタタタッ!
おわっ! 銃声だっ!
狙らわれたか?
いや、僕じゃない、麓の方だ。
何か叫び声も聞こえる。
これなら多少物音を立てても大丈夫かも。
鳴り響く銃声に紛れ、少々手荒に麓近くの藪の中へと目掛けて直接ダイブ!
――ガサ、バサバサッ!
ふぅ……。
大丈夫……かな?
多少迂回気味に下りて来たし。
このぐらいの距離があれば、気付かれてはいないはずだ。
でも、この場所じゃ遠すぎる。
ヤツらの会話が聞こえないんじゃ、話にならない。
僕は更に用心深く藪の中を近付いて行こうとするのだが。
いや……待てよ……。
◆◇◆◇◆◇
「ヒィヤッ、ハァァァ! あはははは! 見てみろよぉ! コイツ、まだ動くぞぉ!」
「いい加減にしとけよ。おれ、グロ耐性弱いんだって」
一面に立ち込める血の臭い。
いや、少し違うな。
それだけじゃない。
血液に交じって何かこう……あぁ、酔っ払い、酔っ払いの臭いだ。アルコール臭ってヤツかな?
それに、糞尿の臭いが綯交ぜとなって……。
「ナニ言ってやがる。そんな事言いながら、その隣で女ひんむいてんのはいったいどこの誰なんだよぉ!」
「ソレとコレとは話が別だろぉ? 俺ぁグロ耐性はねぇけど、エロ耐性はめちゃくちゃ高ェんだよ」
「あははは。エロ耐性って何だよ、エロ耐性って!」
「ヤメて……お願い……お願いだから……ひぐっ……うぅぅ……」
あぁ、ヤンキー女ね。
結局捕まったのか。
うわぁ、化粧がカタガタだな。
とりあえず生きてるみたいだから、まぁ……良っか。
「おいおいおい、さっきまでの威勢はドコ行っちまったんだよ! もうちょっと泣き叫んでもらわねぇと勃つモンも勃たねぇだろぅがよぉ!」
――バキッ! バキッ!
「ヒィィッ! ヤメてっ! だからぶたないでって、何度も言ってるでしょっ!」
「ヒャハハハ! そうそうそう、その調子だよ。その調子で抵抗してくんないと、盛り上がらねぇんだよなぁ!」
敵が二人に、女が一人。
後は、竹内とぉ……何て名前だったかなぁ。
名前、忘れちゃったな。
ちょっと暗そうなサラリーマンが居たよな。
どうやら、この血まみれの肉塊がそのサラリーマンっぽいなぁ。
至近距離から、かなり撃ち込まれた感じか。
胸のあたりがグズグズになってるもんなぁ。
「そう言えば、セコのぉ……誰だっけ? アイツの名前、憶えてる?」
「えぇ? ……うっ……ほっ……おぉぉ……うん。 あぁ? えぇっ? 何だって?」
「だぁ、かぁ、らぁ。セコの名前だよ、名前っ!」
「あぁ、アイツね。えぇっとぉ。……うほっ! コイツ結構良いチチしてんなぁ……もしかしたら、結構当たりかもしんねぇぞ……」
「なんだよ、もう始めちまったのか?」
「あぁ、悪ぃ、悪ぃ。まだこれからだよ。丁度いま俺が脱いでるトコ」
「あははは。そんな実況いらねぇよ」
――ピロリン!
あれ?
銃を撃ちまくってた方のコイツ、ナニやってるんだろ。
ん? サラリーマン男の首の所を携帯で写してたのか?
首輪の写真?
ははぁん。なるほど。そう言うコトか。
サラリーマンの首輪に付いてるバーコードか何かを読み取ってたって訳だな。
「えぇっと、確か……タケ……あぁ、そうそう。竹内、竹内だったな。アイツだったら、チップ渡したら速攻いなくなったけど。どうせまた、別の獲物でも探しに行ったんじゃねぇの?」
「そっか、そっかぁ。竹内ね。竹内。俺さぁ、確か前回もアイツのアシストで結構面白いヤツ獲ったんだよねぇ。どうしよっかなぁ。アイツ専属にしよっかなぁ」
「あっ、そう? 良いんじゃね? 俺もこの女、結構当たりっぽいし。アイツ、外れが少なそうで良いかもな。終わったらフロントに言っとくわ。……って言うか、うわっ! 汚ぇ! コイツ、小便漏らしやがったっ!」
「あははは。ほらほら。お前があんまり虐めるからだぞぉ! それじゃ、早く終わらせろよぉ! 俺ぁ、雷避けのログハウスん中で待ってるわ」
「えぇぇ。何だよぉ、お前、俺の雄姿を見て行かねぇのかよぉ!」
「見ねぇよ。俺ぁグロ耐性はあるけど、スカトロ耐性は無ぇんだよ!」
「ちぇっ! 気取ってやがんなぁ! それじゃ、ちょっと待っててくれよ。直ぐに終わらせるからよっ!」
あぁぁ。この女もヤラれちゃうのかぁ。
まぁ、それで命が助かれば儲けものかもね。
僕にはどうでも良い事だけど。
「さぁて、俺もスカトロは得意じゃねぇが、まぁ、これも野外の醍醐味ってヤツだ。 俺様のギンギンのナニで、ヒィヒィ言わせてやっからよぉ!」
はぁ……繰り返すけど……。
「よっ……ほほっ! どうだっ! いいか? いいのか?」
僕はこの女がどうなろうと関係無いわけで……。
「だからっ! 言ったろ?」
……。
「もっとこう、暴れて……」
……。
「くれねぇとよぉ……ほっ……はっ……」
……。
「全く……面白く……」
……。
「無ぇ……って……な」
Change……。
「ほっ……おほっ……ほっ……」
――ブシュゥゥ……。
「はっ……ほっ……はっ……」
『……あっ!?』
「おほっ! どしたっ? 突然……声なんか……出しやがって……おほほっ!……急に……ヤル気にでも……なったのか?」
『うっ! うわわっ!』
「なんだよ、なんだよっ!? ……おほっ……急に……締め付けて来やがってっ! ……そんなに……俺の……ナニが……気持ち良いって……言うのっ!」
――ミシッッ! メキメキ、メキョ!! ……バキッ!! バシャアァッァァ!
おろろ……?。
人の頭蓋って、案外脆いもんなんだな。
『あがっ! あっ……あぁ……あぁっ!』
あはは。
お姉さんの顔、凄い事になってるな。
でも、近くで見てて思ったけど、このお姉さん、素顔は結構美人なんだよな。
「あぁ、お楽しみの所ごめんね、お姉さん。僕は別に邪魔するつもりは無かったし、今も助けてあげようなんて、これっぽっちも思って無いんだけど。ただ……他人の交尾を真横で見てるとさぁ。なぁんか……腹立って来てさぁ……」
『はぁっ……はあっ……はがっ……うぐっ……!!』
まぁ、そう言う反応になるよねぇ。
なにしろ、いきなり全裸の男が現れてさぁ、交尾してる相手の頭蓋を粉々に砕いたかと思えば、あんなところを勃起させたまま、別に邪魔するつもりは無かったぁ……だなんて。流石にちょっと信じられないよねぇ。
「まぁまぁお姉さん、とにかく落ち着いて。一応これには深い訳があるんだけど……。まぁ、説明しても理解するのは無理か。とりあえず、お姉さん素顔はかなり美人みたいだからね。折角だし、僕の奴隷に加えてあげようと思ってさ。大丈夫。メスの場合は普通にするだけで隷従させられるらしいから。他人の直後だとなんかちょっとイヤな感じもするけど……まぁ、闇の洗礼の事を思えば全然大丈夫。って事で、早速っ!」
「あっ! えぇっ! ウソッ! 嫌っ! イヤッ! イィィィィヤァァァァァァ!!」
女の甲高い絶叫が闇夜の森に延々と響き渡る。
しっかしこのお姉さん、ホント煩いよなぁ。
核を手に入れたら、サッサと殺してしまおうか……。
そんな思いがふと胸を過ぎった。




