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第73話 ジェノサイドゲーム

「おいっ、アンタ達っ! 早くコッチに来いっ! そんな所でグズグズしてたら、一番最初に()られちまうぞっ!」


 森の奥へと続く真っ暗な細道。

 見上げれば木々の間から満天の星空が見える。

 ただ、鬱蒼(うっそう)(しげ)る枝葉が邪魔(じゃま)をして、僕たちの足元を照らすまでには遠く及ばない。


()()の言う通りだ。とにかくココに居るのはヤベぇ。とにかく奥の方まで移動するぞ」


 僕と車崎(くるまざき)さんは無言のまま、北条君の指示に(うなづ)き返した。


 そう言えば……。

 僕たちの会話は盗聴されている……と北条君が言ってたっけ。

 どう言う意図かは分からないけど、会話には十分注意する必要がありそうだな。

 ホントはこう言う時に“思念”が使えると便利なんだけど……。


 って、アレ?

 そう言えばクロ、クロはどうした?

 さっきリュックを取り上げられた時、中に入ったままだったよな。


 クロ? クロぉ? 聞こえてるかい? クロぉ?


 僕は深い森の中へと目を凝らしながら、思念を使ってクロを呼び出そうと試みる。

 だけど、残念ながら……と言うか、当然……と言うか。

 どこからも返事はない。


 森の中でどの程度の距離まで思念が届くのかは分からない。

 ただ、建物が多い街中と違って、木々の間には多くの空間があるはずだ。

 とすると、少なくとも数十メートル四方にクロは居ないと判断して間違いは無さそうだな。 


 まぁ、クロの事だから心配は無用か。

 危なくなったとしても、上手く逃げ出してくれるだろう……。


犾守(いずもり)さん、足の方は大丈夫ですか?」


 声のする方へと振り向いてみれば、車崎(くるまざき)さんは北条君に肩を貸した状態のまま、僕にまで手を差し出そうとしてくれている。


 なんて良い人なんだろう車崎(くるまざき)さんって。

 自らこんな死地にまで出向いて北条君を助け出そうとするばかりか、ケガをした僕の事にまでちゃんと気を配ってくれて。


「あぁ、えっと……はい、大丈夫です。ちょっとカスっただけですから」


 こんな良い人(車崎さん)に迷惑を掛けちゃいけないよなぁ。

 僕は何事も無かったかの様に、その場で数回ぴょんぴょんと跳びはねて見せる。


「えっ? あの……犾守(いずもり)さん、ちょっと……。足……ご自分の足を見てみて下さいっ。完全に()()してますよ。しかも、右足なんて血まみれで……」


「へ?」


 そう言われてみれば……。


 暗がりであまり見えて無いかと思ってたけど。

 確かにパンツに空いた穴は完全に太腿(ふともも)の中央部分を貫通しているし、その穴を中心にかなりの血がベットリとパンツにこびりついている。


 これは……ヤバい……な。


「えぇっと……うん。……あっ! 痛っ! やっぱり痛いっ! ちょっと痛覚がブッ飛んでましたっ! うん、急に痛みがぶり返して来たっ! やっぱり痛いです。ホントめっちゃ痛いですっ!」


 流石にわざとらしいかとは思いつつも。

 とりあえず右足を抱きかかえながら、その場で数回のたうちまわってみせる。


「ほらほら犾守(いずもり)さん。言わんこっちゃない。恐らく興奮していて痛みを感じなくなっていただけなんですよ。無理せず僕の手に捕まって」


「いや、……うぅんと、痛い事は痛いけど……何て言うか……あぁ、そうそう。僕ぐらいになると、かなり鍛えてますからっ! だからそのぉ……。このぐらいの怪我であれば、他人の手を借りる必要は無いと言うか……えぇホント、大丈夫です。えぇ、本当に大丈夫なんです!」


 そんな僕の姿を車崎(くるまざき)さんはさも不思議そうな顔つきで見つめて来る。

 ただ、暫くすると僕の話をようやく……いや、無理やり納得する事にした……と言う風情で。


「あぁ、えっと……確かにそうですね……犾守(いずもり)さんは神々の終焉(ラグナロク)のファイナリストですものね。鍛えていると言うか……そのぉ、プライドもあるでしょうし……。あぁ、僕の方こそ気が回らず申し訳ありません。それであれば、とりあえず森の奥の方へと移動しましょう。もし助けが必要であれば、いつでも言って下さいね」


「はっ、はい。分かりました!」


 今更ながらに思えばだけど。

 いくら強がりとは言え、右足を抱えて地面をのたうち回っていた男の言うセリフでは無かったよなぁ。

 それだったら意地を張らずに軽く手を貸してもらえば良かった様な気もするけど。


 まぁ良っか。

 車崎(くるまざき)さんも何か良い感じで勘違いしてくれてるみたいだし。


 正直ベース、右足の怪我は既に完治している。

 例のビジネスホテルでの一件以降、僕自身の肉体と、クロの……と言うよりブラックハウンドとの融合が更に加速している様に感じられる。


 念のため、パンツに開いた穴から自分の足を直接触ってみたけど、穴どころか傷跡すら見つける事が出来ない。

 恐らく、ブラックハウンドの固有スキルである自動治癒(オートヒーリング)が人間の体の状態でも勝手に発動した……と言う事なんだろう。


 しっかし、これってちょっとヤバんじゃ無いの?

 どんどん、人間離れして行くけど、ホントこれ、大丈夫なのかな。

 今度クロに聞いてみよっと。


 僕は既に()()()()()右足をわざとらしく引きずりながら、車崎(くるまざき)さんと北条君の後に続いて森の間道を歩いて行ったのさ。


 すると途中で……。


 ――安全装置が解除されました。警告します。ただちにこのエリアから離れて下さい。繰り返します。ただちにこのエリアから離れて下さい。


「うぉっ! なんだ!?」


 首元から突然、女性の声(アナウンス)が聞こえて来た。


 あれ? なんだこれ。


 思わず自分の首元へ手をやると、そこには少々太目の首輪の様なモノが。


 あぁ、そう言えば、このゲームが始まる時に何か首輪みたいなヤツを付けられたんだよなぁ。


「始まったみたい……だな……」


「始まった……と言うと……そのぉ……何が?」


 何だか観念した様子の北条君。


「まぁ、これはどうせ勢子(せこ)からも聞く話だからな……」


 セコ? せこってなに?


「まず最初に言っておくが、これはゲームと言う名の付いた“狩り”(ハンティング)だ。狩られるのは俺達の様に狭真会(きょうしんかい)に盾突いたヤツらや、金を返せなくなったクズどもさ」


 確か車崎(くるまざき)さんもそう言ってたっけ。


「そんでもって、狩る側は狭真会(きょうしんかい)のお得意様や、金主、さらには上位組織の幹部と言った所だろう。まぁ、俺も上納金トップを獲った時に一回だけ狩る側をやらせてもらった事があるが、基本、互いに素性は明かさない。ただ、今思えば、その(ほとん)どが常連って感じだったな。まぁ、こんな狂ったゲームに参加する酔狂なんざ、そうそう沢山いるとは思えねぇからな」


 うわぁ、マジか。


「って事は、実弾で武装した殺人ゲームの常連たちが、人間を獲物にして狩りを楽しむ……そんな趣向って事……ですかね」


 だとしたら、このゲームを主催する狭真会(きょうしんかい)も、ゲームに参加している狩る側の人間たちも全部、全員が狂ってるっ!


「あぁ、そうだ。そう言う事だ。しかも狩場はこの採石場に隣接しているゴルフ場跡地。昨今の不況で倒産したのを狭真会(きょうしんかい)が買い取ったらしい」


「でもそれだったら、場所も分かっている訳だし、近くに公道だってあるはず。とりあえず狩られる前に逃げ出しちゃえば……」


「いや、そうも上手くは行かねぇ。敷地の境界には電気柵が張り巡らされている。本来は鳥獣被害用のヤツだが、人間用に改造されたモノだ」


 電気柵かぁ。それはちょっとヤダなぁ。

 でもまぁ、人間用に改造されていると言っても限度があるだろう。

 最悪遠くから木の棒で殴り倒しても良いし、場合によっては石かナニかをぶつけて柱ごとへし折ってやればそれで終いだ。


「でもそれぐらいなら……」


「まぁな。実際に電気柵は獲物たちが逃げられない様にする……と言うよりは、境界を分かりやすくしている……と言う程度のモンだ。人が人(ゆえ)に逃げられない理由(わけ)は他にもある」


「他……ですか?」


「あぁ、まず第一に獲物の(ほとん)どは債務者たちだ。狭真会(きょうしんかい)に幾ばくかの金を借りている。俺達の様な反逆者はホント稀さ。しかもだ。このゲームに参加すれば、その借金がチャラになるって話だ」


「いやでも、いくら借金がチャラになるからって言ったって……」


「考えても見ろ。例えばお前の家族が重度の(やまい)に侵されて金が要るとしよう。だが一介の高校生に金を貸してくれるヤツなんざ、この世の中に誰一人として居やしねぇんだよ。飯場にブチ込んだって前借りできる金ぁ多寡が知れてらぁ。確かに臓器を売れって言うヤツも居るが、臓器なんざそう易々と売れるもんじゃねぇ。それだったら、無事生き残れるかもしれねぇこのゲームに参加する方がよほど前向きってもんだろ?」


「それにしたって逃げないって保障は……」


「まぁな。自分に保険金かけて屋上から飛び降りる覚悟もねぇヤツらばかりだ。最後にケツまくるのなんて当然想定の範囲内だわな」


「そっ、それじゃあ……」


「って事で、くっついてるのがコイツだ」


 これ見よがしに自分の首に巻かれている首輪を指さしてみせる。


犾守(いずもり)ぃ、お前もさっきアナウンスの声が聞こえただろ?」


「はっ、はい」


「あれがゲームスタートの合図だ。このゴルフ場跡地の周囲、電気柵のある場所にはビーコンの発生器が置かれてる。俺達の首輪がそのビーコンを感知すると、さっきみたいな音声が流れるって仕組みさ」


 ビーコンって何だ? WiFiやBluetoothみたいなもんか?


「もちろん、警告だけじゃねぇ。規定の警告回数を超えて電気柵の近くに居続けると……」


「居続けると……」


「ボンッ!」


 北条君の右手が僕の目の前で勢いよく開いた!


「うわぁ!」


「あはは。ってな感じで爆発するらしいが……残念ながら俺も見た事はねぇ。とりあえず、ここに集められた連中には、そう言う説明がされている。まぁ、ゲームと称して実弾ばら撒く連中だ。あながちウソとも言い切れねぇ。流石に自分で試す勇気もねぇだろうしなぁ」


「それじゃあ、どうしようも無いって事ですか? 僕たち全員殺されるのを待つしか無いって……」


「いや、それだと中には窮鼠(きゅうそ)ネコを()(やから)が出て来るからな。そこはやっぱり希望っちゅうか、逃げ道が用意されていてな」


「逃げ道……って言うと」


「このゲームは開始から三時間で終了だ。その間逃げ切ったヤツは無事開放される」


「まっ、マジですか。だったら逃げ切れば良いだけじゃないですか。森の茂みの中に隠れるとか、三時間とにかく身を隠せば何とか……」


「と、思うだろう? だけど、そうは問屋が卸さねぇ」


「え? だっていま三時間逃げ切れば開放されるって……」


「あぁ、三時間は三時間でも、それまでに指定された地点の枠の中へと逃げ込まなきゃならねぇ。しかも、三時間を過ぎるとぉ……」


「過ぎるとぉ……?」


 北条君、もう良いよ。

 要するに爆弾が爆発するって言いたいんだろ?

 だから、僕の目の前で手を開くヤツ、もう一回しようとしないで。

 さっきは思わずビックリして良いリアクションしちゃったけど、流石に二回目は驚かないから。

 ほらほら、もぉ、面倒臭いなぁ。だから、何回やっても驚かないって。

 驚かないって!

 僕が驚かないからっていって、そうやって意固地になって、何回も何回も僕の目の前で……って、あぁ! もぉ!


「うわぁ! ビックリしたぁ!」


「あはははは。ビックリしただろう?」


 いや、全然してねぇし。

 これっぽっちもビックリしてねぇし。

 めっちゃ棒読みで驚いてみたけど、それでも北条君ったら、ちょっと嬉しそう。

 もう、北条君ってホント子供みたいだなぁ。

 こんなんで半グレのリーダーって務まるもんなのかねぇ。


「もぉ、驚かさないで下さいよぉ。あとそれから気になってたんですけど、あの“セコ”って一体何ですか?」


「あぁ? 勢子(せこ)なぁ、勢子。コイツも逃げ切れねぇ原因の一つでなぁ……ん?」


「うわぁぁぁぁ!」


 森の奥から突然の叫び声が!


 なんだ、なんだ?

 何があった!?


「鈴木さん! 大丈夫ですよ。私の言う通りにすれば、ちゃんと逃げ切れますからっ!」


 僕たちの行く手側から、誰かが駆け戻って来たらしい。

 声の具合からすると、前を走っているのが鈴木さんで、それを追いかけているのは……。


「いやだぁぁ! 三時間も森の中を逃げ回るなんて、僕には、僕には絶対に無理だっ!」


 二人は僕たち三人の事になど目もくれず、ちょうど僕の横を数メートルほど通り過ぎた所で突然その足を止めたのさ。


「あぁ、鈴木さん、とにかく落ち着いて、それ以上行っちゃ駄目ですよっ! アナタにも聞こえているでしょ? ほら、女性の声でアナウンス。ね? 聞こえてるでしょ?」


「いやだっ! 僕は暗所恐怖症なんだっ! やっぱり最初から無理だったんだ。そうさ、今からだって謝れば何とか許してもらえるはずさ。僕の借金なんて大した額じゃないんだ。なのに森の中に隠れろだって? 無理むりムリ! 絶対に無理。そんな事が出来るぐらいだったら引きこもりになんてなってないよっ!」


「鈴木さんっ! とにかく! とにかく落ち着いて! ゆっくりで、ゆっくりで良いですから、私の方へと戻って来て下さいっ!」


「いやだ、いやだぁ! だいたい母さんがいけないんだ。僕が絶対に入らないでって、何があっても絶対に入っちゃ駄目だって言ってたのに、勝手に部屋に入るなんてっ! しかも、しかも僕の(あおい)たんにっ! 葵たんに触れるなんてっ! 葵たんはマジ神、マジでマジでマジで、本当に神なのにぃっ! そんな神に触れるなんてぇぇ! 僕がちょっと目を離した隙にっ! だって、だって葵たんの、葵たんの足の位置がズレてたんだぞっ! そんな事許せるもんかっ? 絶対に絶対に許せないっ! ちくしょぉ! あんのクソ婆ぁめぇ! そんなクソ婆ぁが触れた葵たんなんて(あが)められる訳が無いだろぉ! だから僕はネットで新しい葵たんを買う為に……」


 ――ポン!


 それは滑稽(こっけい)と言っても差し支えのないほどの小さな音で。

 聞く人によっては、子供が(まり)でもついたのかと勘違いする程度の可愛らしい音でしかなくて……。


 ――キュルルルルル!


 ただ……その後に聞こえて来たのは、甲高い金属音。


 森の奥へと続く真っ暗な細道。

 見上げれば木々の間から満天の星空が見える。

 ただ、鬱蒼(うっそう)(しげ)る枝葉が邪魔(じゃま)をして、僕たちの足元を照らすまでには遠く及ばない。


 とは言え、僕たちのわずか数メートル先。

 黒い人型のシルエット。


 ゆっくりと、そして、ゆっくりと。


 首……と思われる部分()()が傾いて行き。


 ――ゴンッ……ゴトッ


 あっ……落ちた。


 残されたのは、首の無くなった黒いシルエット。


 ほんのわずかな時間の後。

 全体が左右に小さく揺れ始めたかと思うと。


 ――ドサッ


 これは……。かなりヤバい……な。

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