第55話 桃色の花園
確か……先生ってアラサーだって言ってましたよね。
しかも、あのボンデージ衣装。
さぞや昔はブイブイ言わせてたんでしょうね。
そう、若い頃。
えぇ、分りますよ。
そのぐらい、僕にだってわかります。
結構使い込んでるはずですよね。
えぇ、そうでしょう、そうでしょうとも。
にも拘わらず、ピンク色って……。
少々驚きです。
先生って意外と遊んでない……って事なのかな。
僕、絶対に「どどめ色」だと思ってました。
えぇ、偏見です。
単なる青少年の偏見ですよ。
世間知らずで、女性経験も能動的にはほぼゼロと言ってよい、ごくごく一般的な男子高校生の偏見です。
本当に申し訳ございません。
この場をお借りして、お詫び申し上げます。
まさか、先生のモノが、こんなに綺麗なピンク色だなんて、一体誰が想像出来たでしょう。
えぇ、もちろんイヤであろうはずがありませんよ。
何しろ、綺麗なピンク色ですからね。
でも、変な言い方をすれば、まだ使い古された「どどめ色」だった方が、僕的には「納得できた」かなぁ……などと思う次第です。
えぇ、我儘だとは思います。
いえ、間違いなく僕の我儘でしょう。
先生は好意でお誘い下さった訳だし、しかもふたを開けてみれば、新品同様のピンク色……。
それを、一介の高校生ごときが、使い古された「どどめ色」の方が良かったなどと、いったいどの口が言えると言うのでしょう。
すみません。
反省します。
えぇ、猛省します。
私、犾守武史は、先生の事を完全に見くびっておりました。
「犾守君、何してるの? 早くいらっしゃい」
その瞳に妖し気な光をたたえたまま。
僕の事をベッドの上へと誘う彼女。
僕は先生に促されるまま、目の前のベッドへと体を横たえたのさ。
「って言うか、先生……」
「なぁに? 犾守君?」
「どうして……」
「ん? どうして?」
「どうして先生……。保健室でパジャマ着てるんスか? しかもマイメ〇って。マ〇メロって、どうなんすか? 先生的に、先生的にその選択ってどう言う感じなんスか?」
僕の真剣な眼差しに、驚きの色を隠せない美里先生。
しかし、そこは人生経験の豊富な彼女の事。
少し苦笑交じりの笑顔を浮かべてこう言ったのさ。
「それはね。マ〇メロが、好きだからよ……ポッ」
何すか? その溜め。
最後なんて「ポッ」……って、言葉で言っちゃってるじゃん。
もう、完全に芸として出来上がってるじゃん!
「好きって言っても、パジャマって……保健室でパジャマってどうなんですか?」
「だぁってさぁ。洋服のままで寝てるとシワになるでしょ? それに、ちゃんと寝た気がしないじゃない。それだったら自分の好きなパジャマで寝た方が良いに決まってるでしょぉ」
だぁってさぁ! じゃねぇよ。
アラサー女にしては、ちょっとカワイイじゃねぇかよ。
一瞬、「コイツぅ!」とか言っちゃいそうになったじゃんかよぉ!
って言うか、この人、完全に開き直ったな。
「えぇ、まぁ、そうですね。洋服のまま横になったら、シワになりますものね。でもね、先生。よくよく見渡してみますと、保健室のこのカーテンのこっち側、全部がマイメ〇仕様になってるじゃないっすか? ここ、個室っスか? 先生の別荘か何かになってるんスか?!」
ベッドや枕は全てピンクのマイメ〇グッズで統一。
その脇には大小様々な大きさのぬいぐるみが鎮座している。
これら全て、どこからどう見たって先生の私物としか思えない。
「私さぁ、結構夜勤が多いじゃない? そうするとさぁ、昼に眠くなる訳よ。しかも、夜勤の時に魔力を結構使ったりするとさぁ、今のキミみたいに頭痛がする訳なのよ」
夜勤って……まるで学校の仕事みたいに言わないで下さいよ。
単に、真夜中のファイトクラブでボンデージ来て、男どもを殴り倒してるだけでしょ!?
「頭痛になるとどうしても機嫌が悪くなるじゃない? そうすると、他の先生方にも迷惑が掛かるじゃない?」
えぇ、迷惑ですよ。
他の先生だけじゃなくて、生徒達にもかなり迷惑ですよ。
「そんでもって、保健の先生に相談したら、ここで寝てて良いよぉ……って言って下さってさぁ」
「はぁ……そうですか」
何が、言って下さってさぁ……ですか。
先生ったら、他人様のご厚意を勝手に拡大解釈しちゃっただけじゃないですか。
って言うか、この人に何を言っても無駄だな。
魔力頭痛の時はひたすら機嫌が悪いし、良く寝た後は完全に自己中の能天気と来たもんだ。
まぁ、僕たちを助けに来てくれた所を見ると、悪い人では無いのだろうけど。
「で、先生。僕の頭痛はどうやったら治るんでしょうか?」
「あぁ、それそれ。犾守君の頭痛の件よね。簡単、簡単。私に任せて」
先生はそう言うなり、突然ベッドの中へと入って来たんだ。
「せっ! 先生っ!」
「なぁによぉ。もぉ、あんな事や、こんな事だってシタ仲でしょ? 今さら驚かないでよ」
いやいや、あんな事や、こんな事って何っスか?
僕、全然知りませんよ!
「って言うか、どうして先生が僕のベッドに入って来るんですか!?」
「僕のベッドって何よ。ココは私のベッドよ!?」
いやいや、ココは学校のベッドだろ?
少なくとも先生のベッドでは無いぞっ。
「えぇっと、そう言う意味では無くてですね。先生がベッドに入って来る事と、僕の頭痛が治る事とは、何か因果関係があるんですか?」
「あるんですかも何も、おおありよぉ。良い? ちゃんと見ててね。これから、犾守君の頭痛を治してあげるからぁ」
先生はそう言うなり、片手で僕の事を抱き寄せると、静かに僕の頭を撫でながら子守歌を歌い始めたではないか。
あぁ、そうそう、コレコレ。
年上のおねいさんに、頭をナデナデされながら、子守歌を歌ってもらうと、僕の頭痛だって、あっと言う間にどこかへ飛んで行って……。
「って、オイ!! そうじゃ無いでしょ! 何で僕の事、寝かしつけようとしてるんですか! いらないから、そう言うボケ、いま全然いらないからっ!」
「えぇぇ!? だって魔力酔いの時は寝るのが一番なのよ。だから私がわざわざ添い寝してあげようと……」
「いやいや、先生。それだったら一人で寝ますって。先生の添い寝なんて要りませんてっ!」
「犾守君ったら、何て薄情な事言うのかしら。折角先生が頭ナデナデしながら、子守歌歌ってあげようとしてるのにぃ」
「そのご厚意についてはとても感謝してます。してますけど、わざわざ学校の保健室でマイメ〇のパジャマ着た先生に寝かしつけてもらおうとは思いませんよ。しかも、言おうかどうしようか凄く迷いましたけど、折角ですから言っちゃいますね。先生が歌ってくれたのボンジ〇ビじゃないですか、メチャメチャロックっスよ。しかも全部英語だし。いやいや、ボ〇ジョビが悪い訳じゃ無いんですよ。ボンジョ〇自体は僕も聞いた事ありますから。そうじゃなくて、どうして子守歌としてその選曲をしたのかが気になって、全然歌が頭に入って来ないんスよ。いくら子守歌っぽく低い声のトーンで歌われたって、何処からどう聞いても〇ンジョビは、ボン〇ョビなんですものっ!」
「あぁ、ボ〇ジョビは駄目だったかぁ」
いやいやいや、そっちかい。
一番最初の反省点はソコなのかいっ!
「それじゃあ先生。僕は向こうのベッドで寝てますので、先生は御自由にココでぬいぐるみと一緒にお戯れ下さい」
それだけを言い残して、僕はベッドを抜け出そうとしたんだけれど。
「あぁ、犾守君、行かないでぇ……」
「……」
「いやいや、先生。そんな悲しそうなフリされても困りますよ。先生ったらガッシリ僕の体、横四方固めで極めてるじゃないですか。先生の腕力で横四方固め掛けられて、マジ逃げ出せるのってゴリラぐらいですよっ!」
「やぁねぇ。ゴリラでも逃げられないわよ」
いやいやいや、そこは肯定しておこうよ。
女性として、乙女として、肯定しておくべき所だと強く思うぞ。
「ねぇ、先生。どうせ逃げられない事は分かってるので、特に抵抗する気は全然ないんですけど、もう一つだけ聞かせて頂いても良いですか?」
「えぇ、良いわよ。何?」
「どうして、こんな保健室なんかで僕と添い寝してくれるんですか?」
「えぇぇ、逆にそれ聞く? 今、それ聞くぅ? だって、犾守君が頭痛が辛いって言うからぁ……」
「ホント、先生。すみません。話が元に戻ってるんですけど、頭撫でられて、ボンジョ〇聞かされるぐらいだったら、一人で寝てるのと全然変わらないでしょ? って事が言いたいんですよ、僕はっ!」
いくら命の恩人とは言え、これ以上先生の悪ふざけに付き合う理由は無いよな?
本当にもぉ。
保健室がこんな危険地帯になってるなんて、思いもしなかったよ。
「何言ってるのよぉ、メチャメチャ変わるわよ。まず最初に言っておくけど、魔力酔いの原因は魔力の使い過ぎだって言ったわよね」
「えぇ、筋肉痛の様なものだとお聞きしました」
「でしょ? 魔力を使い過ぎると、どうやら体の中にある精霊の力を魔力に変換する機能が著しく低下するのよ」
ほうほう。
ちょっと聞いてみたい内容になって来たぞ。
「犾守君は、クロちゃんに魔力の事をどの程度聞いたのかは知らないけど、正直な所、本国よりもコッチの方が魔力の検証が進んでいるわ」
「検証……ですか?」
「そう、検証。まぁ、研究って言っても良いかもしれないわね。本国の方では魔力は未だ神聖なモノ扱いらしいけど、コッチでは人の生体機能の一つとして捉えられているのよ」
「生体機能と言うと、例えばどんな?」
「まだ全てが解明された訳では無いけれどね。さっき説明した通り、精霊の力を魔力に変換する機能が著しく低下すると、まず魔法が上手く使えなくなるのよ。昔は空間に充満する精霊の力を使えば、永遠に魔法を行使できると考えられていたみたいだけど、それは間違い。実際にそう上手くは行かないわ。人が体内に蓄積できる魔力量に限界があるのと同様に、精霊の力を魔力に変換するのにも限界がある。それこそ、筋肉疲労と同じで永遠に使い続ける事なんて出来ないのよ」
「でも先生、クロに聞いた話だと、エルフや人は魔力を蓄積できない代わりに太い管を持ってて、精霊の力を魔力へと一度に大量変換して、そのまま行使できるって」
「そうね。人やエルフはごくごく稀に太い管を持つ者が居るわ。それは事実よ。でも精霊の力を魔力へと変換すれば、漏れなく体内の変換機能も消費される。そして、消費された変換機能は後日体力の回復とともに再び生成される事になるのよ」
先生はいつの間にか横四方固めの体勢を解き、僕と添い寝をしながら、更に詳しい話しを聞かせてくれたんだ。




