第52話 大人の用事
「ふははははは! 魔導士の女っ! 思い知るが良いっ! 決して埋める事の出来ぬ神官と魔導士との差、とくと味わうが良いわっ! Whirlwind! Whirlwindォッ!!」
間断なく放たれる風魔法。
その斬撃は容赦なく先生の体へと襲い掛かって行く。
対する陰真先生は防戦一方。
小さく蹲ったまま微動だにしない。
それもそのはず。
あれだけの連続攻撃を至近距離で喰らおうものなら、ブラックハウンドの僕だって耐えられやしない。
「ふはっ、ふははははは! ふははははは!!」
尚も笑い声を上げながら斬撃を繰り出し続ける風魔法司教。
と思っていたら、程なくしてヤツの高笑いは突然ピタリと止み、あろう事か今度は脇に控える従者の少年に対して殴る、蹴るの狼藉を始めたんだ。
――ボクッ、ボクッ!
「チッ! 早くっ、早く魔力を寄越せっ! この役立たずがあっ!」
司教から足蹴にされ、それでも主人の言いつけを守ろうと、何度も、何度も立ち上がろうとする従者の少年。
けれど、遠目に見ても少年の衰弱具合が著しい。
このままでは本当に命を落としかねない状況だ。
「くっ! 申し訳ございません、司教様っ! でも……でも、これ以上は……」
「えぇい、何をしておる。言い訳なんぞ要らんわ! サッサと立てっ! このっ! この薄鈍があっ!」
――ドガッ! ボクッ!
そう言っている間も暴行行為は更にエスカレート。
『なるほど……そう言う事か』
とここで、脳内にアノ思念が響く。
え? クロ?
何処? どこに居るの? 大丈夫? 怪我は無い?!
『あぁ、私は無事だ。なんとかお前の腕の下に隠れる事が出来たのでな』
良かった! クロ無事だったんだ!
あの瞬間。
何とかクロだけは守ろうと、自分の体を覆いかぶせた所までは覚えていたんだけど。意識が飛び掛けた後ぐらいからは五感も全然利かなくなって、クロの行方が全く分からなくなっていたんだ。
『あぁ……。それよりもあの司教、結界が張られた中でどうやって魔法を放っているのかと思っていたが、ようやく理由が分かったぞ』
え? どう言う事?
分かったって、何が分かったの?
『つまりだ、あの司教は従者の少年を魔力の貯蔵庫として利用していたに違いない』
貯蔵庫?
あぁ、要するにモバイルバッテリーみたいな?
『モバイルバッテリーが何かは知らんが、恐らく、結界により精霊の力を絶たれた状況下においても、魔力を蓄えた人間から魔力の供給を受ける事で魔法を発現させていたのだろう』
なるほど。
直ぐに充電切れを起こす携帯でも、モバイルバッテリーを持ち歩けば大丈夫って事か。
でもそんな便利な事が出来るんなら、皆そうすれば良いのに。
何人かで集団作ってさ。それで、とっかえひっかえ。
歩くモバイルバッテリー引き連れてれば、魔力切れなんて全く心配いらなくなるんだからさ。
『いや、そうも行かん。まず第一に、他人の魔力を奪う魔力吸収の力を持つ者自体が非常に稀だ。人は精霊の力を魔力に変えて放出する事は出来ても、魔力自体を吸収する事は出来ない。やりようによっては、主従関係を結んだ人の間で多少の魔力であれば相互に融通出来なくもないが……。しかし、それには時間が掛かるし、その量も限られている。まぁ、簡単に言えば効率が悪い』
そうか。
あの風魔法司教自体が、希少な特殊能力者って訳か。
『そして第二に。これは前にも言った事だが、人間やエルフの中には大量の魔力を保持できる者が少ない。いや、ほぼ居ないと言っても過言では無いだろう。これでは、魔力の貯蔵庫として使う事など出来まい』
視線の先では風魔法司教が従者を踏みつけにしたまま、その首筋に手を伸ばそうとしている様だ。恐らく、少年の残り少ない魔力を全て奪い尽くそうとしているに違いない。
でもクロ。僕だって魔力を大量に貯め込めるみたいだし。
魔力を貯められる人って、結構居るんじゃないのかな?
『あぁ、そうだな。あの子供もお前と同じ類なのやもしれん。だがなぁ、私が知る限り魔力を貯め込める人間と言うのはお前ただ一人だ。そうすると、あの子は……』
あの子が?
どうしたって言うの?
ねぇ、クロ?
クロ?
『ん? あぁ、いや。何でもない。それより予備の作戦が間に合って良かった』
何か言いにくい事でもあるのだろうか?
突然話を変えて来たけど。
まぁ、話したくないなら、仕方が無いな。
って言うかさ、予備の作戦って何んなの? そっちの方が気になるよ。それに、先生の方もさっきからヤバい事になってるし!
僕はかなり食い気味に問いつめたんだけど、クロの方はと言えば至って冷静で。
『うむ。予備の作戦と言うのは、お前の言う陰真先生、つまりブラッディマリーを呼ぶと言う件だ』
うえぇ、マジか。
先生呼んだのクロだったんだ。
って言うか、何で先生呼んじゃったのさ!?
『いやなに。お前がブラッディマリーにお持ち帰えりされた際に少し話す機会があってな。綾香の方と連絡先を交換していたと言う訳だ』
あぁ、あの時かぁ。
気絶してた僕がいつの間にか綾香の身代わりとして優勝賞品になってたって時の話ね。
『そうだ。あの大会でのブラッディマリーの強さがあまりにも常識離れしていたのでな。よくよく話を聞いてみれば、やはりアレクシア神の祝福持ちだったと言う訳だ。しかも、どこの教団にも属していない魔導士だと言うでは無いか。折角だから我らの仲間にならないか? と誘っていたのだが』
マジかぁ……。
やっぱり先生ってば、祝福持ちだったんだぁ。
確かに尋常じゃ無いぐらいに強いし。
まぁ、教団に所属していないって言うのがせめてもの救いだな。
でも先生ってば、よくこんな時間に来てくれたね?
私立とは言え流石は学校の先生!
やっぱりここは、『生徒思い』って事なのかな?
『うぅぅむ。確かに二つ返事で来てくれた様ではあるんだが……。これを生徒思いと言うのか、それとも……』
何か奥歯にモノが挟まった様な言い方だなぁ。
それよりも、今現在、先生大ピンチじゃん。
あれだけバカスカ魔法を撃ち込まれたら、流石の先生でも……。
『いや、そんな事は……』
と、クロが言い掛けた所で。
「キィィィィィィ!」
突然、耳を劈く女性の金切り声。
「ちょっとアンタッ! 人が下手に出てんのを良い事に、随分と好き放題ヤッてくれたわねぇ! ちょっと見なさいよっ! ほらっ! ココッ! この肩紐の所ッ!」
つい先ほどまで小さく蹲っていた先生が、今度は突然の仁王立ちだ。
「ほらほらっ! 肩紐の所が切れちゃったじゃないのよぉ! どうしてくれんの? この肩紐昨日付けたばっかりなのよぉ! それに、私この後も試合があるって言ったわよね。そう言ったわよねっ! えぇ、言いました。口を酸っぱくして私、ちゃあぁぁんと言いましたっ!」
うっ、うわぁ……。
何かちょっと地が出て来ちゃってる。
なんか、いつもの学校と一緒だぁ。
「ホントにもぉ、何してくれちゃってるわけぇ? こんな衣装着たままこの後試合に行ってさ、片乳ポロリなんてしてみなさいよっ! アンタ、とんでもないエロ動画流出事案発生よっ! そんな事になったら、アンタ責任取れんの? ねぇ、アンタ責任取れるのかって聞いてんのよっ!」
うんうん。
先生なら言いそうだね。
陰真先生ならではの言い回しだよね。
って言うか、本人なんだけどね。
『ほら、見てみろタケシ』
え? 何を?
『ブラッディマリーが負傷している様に見えるか?』
えぇぇっとぉ?
……あれ? 先生、傷一つ負ってないじゃん。
どう言う事?!
先生の着ている衣装はと言えば、八割方素肌全開のボンデージファッションである。
あれだけの斬撃を喰らって、無傷で居られるはずが……。
『タケシ、見ろ。あれがアレクシア神の祝福持ちの本当の姿だ。アレクシア神は軍神であり、戦闘の神。その祝福は人体強化と赤い炎だ。アレクシア神に守られた肉体は、どの様な物理攻撃をも跳ね返す。その身には傷一つ付ける事すら出来んと言われている』
うへぇ。恐ろしいぃ。
ん? でも待てよ。
ねぇ、クロ。僕が最初に食べちゃった力自慢の人が居たじゃん。
あの人も僕が喰おうとした時にアレクシア神がどうの……とか言ってた様な、言って無かった様な。
もしあの男の力もアレクシア神の祝福だったのなら、僕の牙をもってすれば、あの先生だって嚙み砕けるって事?
『あぁ、そんなヤツも居たな。恐らくヤツの剛腕も、元を正せばアレクシア神の祝福の流れと言う事だろう。ただ、ヤツとブラッディマリーとでは、魔力量に雲泥の差がある。魔力の強弱、それはすなわち魔力量の多寡によって決まると言っても過言では無い。膨大な魔力により強化されたブラッディマリーの肉体は、いくらブラックハウンドの噛み砕きが強力だとしても、流石に歯が立たないやもしれん』
そうか。
結局は魔力量勝負って事になるのかぁ。
そんな事を思っていた矢先。
――ビシィィッ! スパァァァァン!!
うわっ! 何? この音ッ!
ビビったぁ!
一体何事が起きたのかと再び先生方へ意識を向けてみれば。
むっ、鞭の音!?
「うがっ! うがぁぁぁぁあ!」
片腕を完全に切断され、地面を転げまわりながら叫び続ける風魔法司教。
その後方では、引き千切られた司教の片腕に頭を掴まれたまま、茫然とその場にへたり込んでいる綾香の姿が。
更にその隣には、唖然とした表情の香丸先輩も見える。
「アンタ! この肩紐の代償は高くつくわよぉ!」
――ビシィィッ! スパァァァァン!!
――ビシィィッ! スパァァァァン!!
――ビシィィッ! スパァァァァン!!
うわぁ……ひでぇ。
肩紐の代償として、片腕切断されたらたまったモンじゃないよなぁ。
尚も無様に、這いずり回る司教目掛けて、執拗に自慢の黒鞭でシバキ続ける陰真先生。
伊達に学校で陰険真瀬と呼ばれている訳じゃ無い。
とにかく、やる事、なす事、いちいちエゲツない。
「うわっ、うわぁぁぁぁ! ヤメロッ! ヤメテくれっ! アイスキュロスッ! 何をしているアイスキュロスッ! 俺をっ、俺をたすけろぉ!」
声を限りに助けを求める風魔法司教。
陰真先生も一旦鞭打つ手を止め、振り返りざまに金髪に対して流し目を送っている様だ。
「金髪のボクちゃん。キミの名前ってアイスキュロスって言うんだぁ? どうする? アイスキュロス? 今からでも参戦するぅ?」
しかし、金髪は屋上脇の手摺に腰掛けたまま、微動だにしない。更には。
「バジーリオ司教ぉ! 私、先程先輩司教様より本日は御役目無しとのご指示を頂いております! ですから、この場での手出しは差し控えたいと思いますっ!」
半ば嘲笑めいた笑いを口元に浮かべ、金髪は「いけしゃあしゃあ」とそう言ってのけやがった。
「さすが、今時の若い子は、空気が読めるわねぇ。うふふふ」
「アイスキュロスッ! 貴様ぁ!」
「さて、鞭打ちにも飽きたし。そろそろ本番に移ろうかしら。でもここからは残念ながら非公開なの。アイスキュロス君には悪いけど、そろそろ帰って下さるかしら?」
血まみれになった黒鞭を手際よく束ねながら、先生が再び金髪に視線を送った。
「はぁ、そうですか。最後までは見せて頂けないと言う事ですかね? しかし、それでは僕としても困るんですよねぇ。何しろ、僕がこのまま帰ったって事が……いやいや、僕が今日ココに来たって事がバレると、色々と厄介でしてねぇ」
「あぁ、なるほどねぇ。確かに先輩を放っておいて帰ったって事が広まると、貴方としても立場が無いわよねぇ。でも安心なさい。私、約束した事はキッチリ守る主義だから。でも、そうねぇ。どうしても心配だって言うなら、三十分後にもう一度この場所に来てもらえないかしら。しっかりあなたが望むものをこの場に用意しておくから」
……
一瞬の沈黙。
「そうですか。分かりました。貴女の言う事を信用致しましょう。それでは三十分後。また参ります」
そう言うなり、アイスキュロスは屋上の手摺から腰を上げると、そのまま何事も無かったかの様に、機械室の中へと帰って行ってしまったのだ。
うわぁ。金髪マジで帰っちゃった。
すげぇ。やっぱ、先生すげぇわ。
「って言うか、その化け物みたいなキミって、犾守君? 貴方犾守君なんでしょ?」
今度は突然、先生が僕の方へと近づいて来た。
しかも、片手には例の風魔法司教の髪の毛を掴んだまま、力任せに引きずって来た格好だ。
「あぁ、その格好だと話せないんだっけ? って言うかもう結界は解いてるし。それにキミの事だから、もう人間に戻れるぐらいの魔力は回復してるでしょ?」
え?
あぁ、そう言えば。
色々な事が続けざまに起きた所為ですっかり忘れてたけど。
例のお爺さん司教が先生に殺されたあたりで急激に魔力が回復してたんだった。
そのおかげで、体中の怪我も殆ど完治状態。
Change The Core!
――バシュゥゥ……!
辺り一面に大量の白い蒸気が立ち込める。
やがて、その蒸気が収まり始めた頃。
「せっ、先生。本当に助かりました。ありがとうございます」
「あらあら。本当に犾守君なのね。まぁ傷が治るのは知ってたけど、流石に怪物になるのはチョット信じられなかったのよねぇ」
仮面越しにも分かる、柔和な先生の笑顔。
へぇぇ……。
先生って笑う事もあるんだぁ。
って言うか、先生って元々が美人だし。
もっと笑顔で接してくれたら、メチャメチャ人気も出るだろうに。
ホント、どうして学校だとあんなにしかめっ面なんだろう。
「さて、犾守君、貴方は早く逃げなさい。さっきのアイスキュロス……だっけ? アイツが帰って来たら、ちょっと厄介だから」
「え? でも先生が居れば全然問題無いんじゃ……」
「ううん。そうじゃ無いわ。恐らくだけど、あの青年の方が私より若干強いわね。私を百だとしたら、あの金髪の坊やは百二十から三十ぐらいはありそう……って感じ」
「それじゃあ、どうしてあの時、僕たちを殺さなかったのかな?」
先生は少しだけ考える素振りを見せてから。
「総合的に判断して、お互い無傷では済まない……って考えたんだと思うわよ。私が百で、犾守君が……五十としましょうか。そうすると、あのお爺さんが八十ぐらいで、このイケ好かない司教が……」
そう言いながら、先生は気絶し掛けている血まみれの司教を軽々と持ち上げて見せる。
「大体、四十ぐらいかなぁ。となると、金髪青年チームはお爺さんが私の殺された時点で、百六十から百七十ポイントぐらいの魔力量。一方、こちら側は百五十ポイント。本来であれば、敵側全員で協力すれば何とか勝てるって思うかもしれないけれど、どうやら金髪青年と、このイケ好かない司教は仲が悪かったみたいよね。なにより、塀の向こう側には、得体の知れない二人の仲間も居る訳だしね。あまりにも不確定要素が多すぎて、戦うのは不利って判断したんだと思うわよ」
「あぁ、なるほど、それであれば納得です。でも、先生。先生はこの後、どうするんですか?」
「そうね。これからちょっと大人の用事があるから、それが済み次第、私もココから脱出させてもらうわ。それから、三つ向こう側のビルまでは屋上の部分が繋がってるから。そっち側のビルの非常階段を使って地上に下りると良いわよ」
「分かりました。何から何まで本当にありがとうございます!」
「お礼は良いから、ほら、もう時間が無いわよ。急いで逃げなさい。それから、地上の教団連中については悪夢のメンバーが掃討済だから。でもまぁ、それよりもビジネスホテルから逃げ出した人達で、今頃地上はごった返してると思うけどね。そのドサクサに紛れて逃げればきっと大丈夫よ」
そう言いながら、にこやかに手を振ってくれる陰真先生。
僕は何度も先生にお辞儀をしながら、綾香や香丸先輩の待つ場所へと駆け寄って行ったんだ。
そして、僕が近付くなり、最初に口火を切ったのは 綾香だった。
「ちょっと、犾守君。貴方、ブラッディマリーと一体何を話してたの?」
「いや、この場所からの脱出方法とか色々と教えてもらったよ。それが何かあったの?」
「いやぁ、良く開放してくれたって言うさぁ。何か変な事されたりしなかったの?」
「え? 変な事って何? 全然普通の先生だったけど」
「えぇぇ! いやいやいや。そんな事無いナイ。絶対に無い!」
ねぇ、綾香。
どうして君はキミの学校の先生でも無い人に対して、そこまで全否定するの?
一体キミは、先生のナニを知っていると言うんだい?
僕は少々不満げな顔をしながらも、綾香に香丸先輩、そしてクロを引き連れ、三つ向こう側のビルへと走り出したんだ。
「そうそう、陰真先生を呼んでくれたのは綾香、キミなんだよね」
僕は隣を並走する綾香にそう声を掛ける。
「うん。まぁね。クロちゃんからの指示だったんだけど……」
「あぁ、それはクロから聞いたよ。でも、全然顔見知りでも無いのに、よく説得出来たよね。本当に助かったよ。僕が生きて居られるのは、綾香の説得のおかげさ」
僕は素直な気持ちで、そう伝えたんだ。
だけど、言われた綾香の方は何やら渋い表情で。
「え? 僕、何か変な事言ったかな。本当に感謝してるんだけど」
「うっ、うぅん。別に変じゃないし。それに、私、全然説得も出来てないし」
「へぇぇ。陰真先生って、それでもこんな夜中に来てくれるんだね。流石、学校の先生って所かな。生徒の為ならいつでも参上って、流石は先生だよね。あははは」
「うぅぅん。先生ねぇ……。って言うか、屋上で隠れてる時にその先生に電話したんだけどさぁ……」
「うんうん。したんだけど?」
「えぇっと、それがね? 開口一番言った言葉がね?」
「はいはい、言った言葉が? 何?」
「うぅぅんとぉ……」
「うぅぅんとぉ……じゃなくって、早く教えてよっ!」
もぉ! 綾香ったら、話引っ張り過ぎっ!
「え? うっ、うん。先生がね。最初に言ったのは……私のディルドを壊そうとするヤツは何処の馬の骨だぁっ!……って」
「へぇ……そう。先生がそう言ったの?」
「うん。そう。そう言ったの」
「……で?」
「……?」
「で? 落ちは? って言うか、先生って何か変な事言ってる?」
「……え?」
「……え? ……って。だってねぇ。先生だって、興奮してたら、何処の馬の骨だ! ぐらいは言うでしょ? まぁ、女性の先生だから、ちょっとはしたない表現ではあるけどね」
「……いやいや、そこじゃ無いし」
「……え? そこじゃないの? だったら何処なの?」
「……何処って……そのぉ……」
「え? 何かおかしな所あった? えぇ? 分からなかったなぁ。ねぇ、もう一回言って、もう一回! お願いだからもう一回!」
「もっ! もぉ! バカじゃないの? ねぇ、確信犯? 犾守君ったら確信犯なのね? もぉ、最低てー。もう知らないっ!」
それだけを言い残し、僕の事を置き去りにして走り去る綾香。
どうして綾香が突然怒りだしたのか?
それを知るのは、まだ、だいぶ先の事になるのであった。
◆◇◆◇◆◇
――プルルルル、プルルルル……ガチャ。
「もしもし、お疲れ様です。……夜分すみません」
……
「えぇ、はい。屋上に戻りました」
……
「はい。ありました。間違いありません。例の二人です」
……
「えぇ、リッカルドの方は背中から一突きですね 恐らく武器では無く素手……でしょう。内臓が引きずり出され、更には握りつぶされた形跡が見受けられます」
……
「はい、バジーリオも居ます。片腕が欠損。首を絞められた跡も見受けられます。死因は……絞殺か、失血死か……」
……
「あぁ、そうそう。バジーリオは男根も切り取られてますね。例の女はかなり猟奇的な人物だと思われます」
……
「えぇ、はい。はい。大丈夫です。このまま放置しておけば問題無いと思います。後で警備課の連中が発見して魔獣にヤラれたと言う事で処理してくれるでしょう」
……
「はい。……はい。分かりました。お言いつけの通りに」
……
「はい。それでは……失礼致します」
――プッ……。




