第28話 神々の終焉《ラグナロク》
――ズン、ズン、ズン、ズズン……
暗闇を一閃に切り裂く煌びやかなイルミネーション。
フロア全体に響き渡る音楽は、既に騒音と言っても過言じゃないレベルだ。
「すっ、凄いねぇ。犾守君!」
その声にゆっくりと振り向けば、美しい彼女が頬を染め、驚きの表情を見せてくれている。
「先輩。こう言う所は初めてですか?」
「ううん。友達と何回か入った事はあったけど、これだけ大きい所は初めてだよ」
この店しか知らない僕としては、ココがどの程度スゴイ場所のかは分からない。
だけど、フロアに充満する熱気は、素人の自分にさえただならぬものを感じさせずにはいられない。
「おかえりなさいませ、犾守様。お待ちしておりました」
そんな僕たちに対し、礼儀正しくお辞儀をする黒服の青年。
「車崎さん、よろしくお願いします」
青年はにこやかに微笑むと、今度は香丸先輩の前へ。
「ようこそお越し下さいました。エグゼクティブマネージャーの車崎と申します。御用の際にはいつでもお声がけ下さいませ」
「あぁ、はい……よろしく……お願いします」
香丸先輩ったら僕の右腕を掴んだままで、恥ずかしそうに僕の後ろへと隠れてしまう。
いつも凛々しくお姉さん的な先輩なんだけど、時々こんな風に可愛い仕草をする事があるから堪らない。
例の話し合いから既に六時間以上が経過。
北条君の我儘に押し切られ、結局悪夢主催のファイトクラブに招待選手として参加する事になった僕は、準備があるからと一旦帰宅させてもらう事にしたんだ。
一時帰宅については、北条君もアッサリとOK。
確かに僕は人質を取られている訳だし。
もし逃げれば、死ぬ直前まで追い込まれるとあっちゃ、とても逃げようなんて気も起こらない。
まぁ、北条君自身。僕が逃げるだなんて微塵も考えてないんだろうけど。
一旦自宅に戻った僕は動きやすい服装に着替えた後、香丸先輩の家へとクロを迎えに行ったんだ。
最終的に何か問題が起きた場合、クロの戦闘力と経験はどうしても必要になる。
それだけは外せない。
香丸先輩には申し訳ないけど、今日のデートは延期って事で納得してもらおうと思ってたのさ。
だけど彼女ったら『自分も付いて行く!』と言い出して聞かない。
まぁ先輩にしてみれば、僕をそんな不良の巣窟みたいな場所に一人で行かせるなんて言語道断! って事なんだろうけど。僕からすれば、先輩まで捕まえられてしまっては元も子も無い。
そんな押し問答を続けているうちに横合いからクロが『香丸なら心配無いだろう。宝具を貸してやるから、連れて行けば良い』なんて言うもんだから、結局一緒に付いて来る事になっちゃったと言う訳だ。
「あっ、あのぉ車崎さん……」
「はい、何でございましょうか?」
「実はもう一人ツレが……」
「お連れ様……でございますか?」
すこし不思議そうに僕の背後へと視線を送る車崎さん。
しかし、付近にはそれらしい人影は見受けられない。
と、思ったら。
「あぁっ! クロォ、そんな所に登っちゃ駄目だよぉ。すみません、彼女まだ日本に来て間もないもので」
入口付近に設置された大型スピーカー。
今まさに、一人の少女がその上へよじ登ろうとしていたんだ。
ダークな紫地に、赤のメッシュが入ったウェービーなショートヘアー。
ラメ入りのスカジャンの背には、当然の様に龍虎の刺繍が施されている。
しかも、ジーンズ地のホットパンツから伸びる長い素足は、室内の電飾に照らし出されてなんとも艶めかしい。
幼さの残るその顔を見ればまだ少女であると直ぐに気付くのだろうが、体だけを見れば十分に大人と言っても差し支えない。
って言うか『日本に来て間もない』って言う理由だけで、スピーカーに登っても良いと言う事には全くならんがな。
「あぁ……えぇっと。そちらのお連れ様は……おいくつですか?」
え? 年齢?
あれ? そう言えば、クロの年齢って聞いた事無かったな。
「ねぇ、クロォ、クロって歳はいくつ? って言うか、早く降りてコッチ来てっ!」
何やら不満げな表情を浮かべつつも、しぶしぶスピーカーの上から飛び降り、僕の傍へと近寄って来るクロ。
僕の隣に来ても車崎さんを睨み付けたまま一言も喋ろうとはしない。
「……」
そんなクロの事を間近で見た車崎さん。
彼の方も、軽く絶句している様に見受けられる。
クロの太々しい態度に驚いてるんだろうって?
いやいや、違うな。
なにしろ彼女の頭の上にはフカフカの猫耳が二つ。しかもローライズされたホットパンツのお尻の部分からは、ユラユラと揺蕩う長い尻尾が生えているのだから。
とりあえず入り口では特に咎められはしなかったし、大丈夫かなとは思うけど。
やっぱりこれって無理がある?
「で? クロは歳いくつ?」
まるで取り繕うかの様に僕はクロに対して質問を繰り返してみる。
「……turned sixteen.」
「……」
あははは。車崎さんったら、何故に英語っ! って顔して驚いてるな。
人型のクロって日本語喋られないんだよなぁ。
まぁ、この後もコスプレ好きの外人って事で通すつもりだから、別に問題は無いけどね。
さてさて、えぇっとぉ。シックスティーンって事は……あぁ、十六歳か。
十六歳、十六歳……。
えぇっ! 十六歳っ! クロって、まだ十六歳なの? 僕より年下じゃん!
「あっ、あのぉ車崎さん、クロちゃんは外国からのお客様でぇ、えぇっとぉ、十六歳らしいです」
「……犾守様。当店は十八歳未満の方の御入場は……」
「車崎さぁん。そこを何とか。って言うか、僕も実際問題十七歳ですし。そう言う意味では十六歳だって五十歩百歩と申しましょうか……ねぇ、良いでしょ?」
失敗したなぁ……。
いつもあんな偉そうな言い方してるくせに、まさか十六歳ってそれは無いだろう。
それだったらネコの姿のままで連れて来た方が良かったなぁ。
でもなぁ。ネコの状態から人型へChangeやBootすると全裸状態になっちゃうからなぁ。わざわざその為に衣装を持ち歩くのも面倒だし。
「えぇ。まぁそうですね。今回は特別と言う事で。できればフロアの方へは出来るだけ出ない様にお願い致します。それでは、VIPルームの方へご案内致しますので、どうぞこちらへ」
気を取り直して、歩き出そうとする車崎さん
彼の後に続いて僕も歩き始めようとした所で、香丸先輩が僕の袖を小刻みに引っ張って来たんだ。
「ん? どうしたんですか? 先輩」
「犾守君、あの人VIPルームって言わなかった?」
「えぇ、VIPルームって言ってましたね」
あらあら先輩。
眉間に皺が寄っちゃってますよ。美しいお顔が台無しです。
「犾守君はココのお店の常連なの?」
「いいえ。今日が初めてです。一応昼に一回来たから、今回で二回目ですね」
「ふぅぅ……。犾守君。高校生のキミが格好良い所を見せたいのは分かるけど、これはちょっと背伸びし過ぎだよ」
「背伸び……ですか?」
「そうよ、背伸びよ、背伸び。だって、これだけのお店でVIPルームを予約するだなんて。犾守君はまだ知らないかもしれないけど、それだけでもかなりの金額になっちゃうんだから。私は犾守君と一緒に居られればそれで良いの。わざわざVIPルームだなんて無理しなくても……」
香丸先輩は本当に優しいなぁ。
本気で僕の事心配してくれてるんだよな。
でも待てよ。支払いの事って考えて無かったな。
あの北条君がタダでVIPルームに入れてくれるとは考え辛い。
んん? ちょっとヤバいか?
「あのぉ車崎さん、車崎さん」
「はい、なんでしょう?」
僕は早速車崎さんを呼び止めると、彼の耳元で支払いについて確認してみる事に。すると。
「あぁ、ご安心下さい。犾守様は試合に参加される方ですので、恐らく問題はございませんよ。後ほどお部屋の方で細かいルールについてご説明させて頂きますので」
まぁ、信頼出来そうな車崎さんがそう言うなら、恐らく大丈夫なんだろうな。
いまだ漠然とした不安はあるものの、どちらにせよ、ここまで来て後には引けない。
とりあえず車崎さんの指示に従って、今は試合に出るしか方法が無いのだから。
「先輩、安心して下さい。お金の心配は無用みたいです。それに元々招待選手って事ですからね。VIPルームと言っても、どうせ選手の控室の様な所なんだと思いますよ」
そんな僕の言葉に、無言で何度も頷く香丸先輩。
ちょっと緊張しているせいなのかな。
少しキョどっている彼女の目がとってもキュートで良き。
そして僕たちはVIPルームへと続く螺旋階段の方へ。
昼間とは違い、螺旋階段前には黒いスーツを着込んだ屈強な男が二人。
しかし、この暗闇の中でサングラスって……。
「足元お気を付け下さい」
当然、車崎さんの先導により僕たちはフリーパスで階段を上り始める。そんな僕たちに対して、フロアの一部からは羨望の眼差しが注がれている様だ。
中には派手に口笛を鳴らし、僕たちに向かって手を振る輩まで出る始末。
レディファーストで僕の直ぐ前を行く香丸先輩も満更ではない様子で、少し鼻高々と言った感じだな。
「#$%’GS(!#!!」
ちょっと勘違いしているのはクロの方。
何か口汚くフロアに向かって英語で罵ってるみたいだけど、爆音に遮られて良く聞こえない。
なんだか先導する車崎さんが苦笑いしてる所を見ると、少女が口にして良い言葉では無かったんだろうとは思われる。
クロについては、後で説教確定と言う事にしておこう。
そして、通された場所は、昼に連れて来られたVIPルームと同じ部屋。
しかも、テーブルの上にはいくつものオードブルや、果物が所せましと並べられている。
「うわぁぁぁ! すごぉい!」
大きく目を見開いて感激する香丸先輩。
もぉ、先輩ったら可愛いなぁ。
さっきから僕の心をキュンキュン鷲掴みっすよ!
そんな先輩の嬉しそうにはしゃぐ姿をうっとり眺めていると。
『タケシっ、タケシッ!』
あ、思念での会話だ。クロだな。
『タケシっ、これ全部食って良いのか? 本当に全部食っても良いのかっ!?』
流石にそのセリフを口に出して言うのは憚られたのだろう。
思念でこっそり確認するあたり、クロも十六歳の少女と言う感じがしないでも無い。
『食べても大丈夫だと思うよ。但し、あんまりガッつくと格好悪いからね。香丸先輩の作法を見ながらゆっくり食べてよ。大丈夫、食べ物は逃げ出したりしないからさ』
『何を言っているタケシ。食べ物は逃げぬかもしれんが、他のヤツに奪われる事はあるだろう。奪われる前に喰う。そんな事は常識だ』
などと思念で怒鳴りつつも、クロったらチラチラと香丸先輩の方を確認しながら、とりあえずお淑やかにソファーへと腰を下ろしたみたいだな。
ただ、その鋭い眼は完全にオードブルのお肉へとロックオン。
口元からは軽くヨダレを垂らし始める始末。
まぁ『待て』が出来ているだけでも良しとしよう。
「お飲み物は?」
部屋付きのボーイがそうたずねて来る。
「えぇっと、僕はジンジャエールを。香丸先輩は……ビールで良いかな?」
「え? 私だけ飲んで良いの?」
「えぇ、構いませんよ。先輩は自由に飲んで頂いて。それからお願いがあるんですが、クロが羽目を外さない様、ちょっとフォローしてもらえると助かります」
「えぇ、分かったわ。任せといて!」
お酒が飲めるって事で、テンション爆上がりの香丸先輩。
「クロは、オレンジジュースで……」
そう注文しようとした所で、クロが突然。
「Mead please.」
「え? ミード?」
「Mead! Mead please!」
ん? 何だ、ミードって。
「香丸先輩、ミードってどんな飲み物か分かりますか?」
「あぁ、多分蜂蜜酒の事ね。とっても甘くておいしいお酒よ」
なるほどぉ、蜂蜜のお酒ねぇ……。
「って、ダメ! お酒はダメ。クロは未成年でしょ! お酒は大人になってからっ!」
『何を言うタケシ! 我々の国では十五で成人だ。酒だって飲める!』
いやいやいや。
駄目だから。クロの国がどうかは知らないけれど。ココは日本だから。
なので、強制的にオレンジジュース決定でーす!
「あぁ、大丈夫です。この娘にはオレンジジュースで」
「はい、かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
『……チッ!』
舌打ちって……思念でも聞こえるんだな。
そしてボーイが部屋を退出した途端、手掴みで果物を貪り始めるクロ。
はじめはただ茫然とその惨状を見つめる事しか出来なかったけど。
「クロちゃんっ! お行儀よくしないと駄目でしょ!」
そんな香丸先輩からの一喝により、クロの方も多少冷静さを取り戻したのだろうか。その後は何とか人並み……にはちょっと及ばないレベルではあるけれど、食事を楽しんではくれている様だ。
「そっ、それではルールを説明させて頂きます」
そんな二人の様子を後目に、車崎さんが僕の目の前にゆっくりと跪いた。
「私共では、通常ガンスリンガー形式を採用しています」
ガンスリンガー形式?
初めて聞く名前だ。
「通常のトーナメント方式や総当り戦では御座いませんのでご注意下さい」
「すみません。僕、そのガンスリンガー形式って言うのを知らないんですが……」
「それは失礼致しました。それでは、基本ルールから順番にご説明させていただきますね」
柔和な笑みを浮かべる車崎さん。
よほど北条君より人間が出来ている様に見える。
歳だって、きっと北条君より上なんじゃないかな。
「本日開催するのは神々の終焉と呼ばれる拳闘会です。一般的に言う所のファイトクラブですね。武器の持ち込みは一切禁止。端的に言えば素手による殴り合いの喧嘩です。顔面を含むすべての部位への打撃技、及び投げ技もOK。ただし、柔道で言う所の寝技や関節技、及び目つぶし等の攻撃は認められておりません」
ほほぉ。それはまたなぜ?
「どうして? ってお顔をされていますね?」
やるな車崎さんっ、鋭い!
「理由は簡単ですよ。北条君の好みじゃないから……ただそれだけです。まぁ実際問題、ビジュアル的に地味ですし、盛り上がりにも欠けますので。基本立ち技のみ、と覚えておいて頂いた方が良いかと思います」
「もちろん試合の流れとして、ついうっかり相手の関節を捻ったとか、相手の動きを牽制する為に締め技を使ったとか。そういった行為すべてが反則となる訳ではありません。レフリーが制止するか北条君が止めない限り、基本的に何をやって頂いてもOKはOKです」
結局は北条君がルールって事ね。
「神々の終焉は当日の飛び入り大歓迎。何方でも自由に参加する事ができます。参加費用は一切なし。逆にファイナルラウンドに進めば、ファイトマネーとして当日の入場料、及び飲食費用の全てを返金させて頂いております」
なるほど。
車崎さんが費用については問題無いって言ってたのはこの事か。
最終的な儲けは闇賭博の方で稼ぐから、参加者さえ確保できれば飲食代ぐらい安いもの……って事なんだろうな。
「試合はフロア中央に設営された円形リングの中で行います。そして試合形式が先ほどお話ししたガンスリンガー形式。常に勝者一人がリングに残り、挑戦者を迎え撃つ形となります。勝ち抜いている間はリングに立ち続ける事が可能で、途中で棄権する事も出来ます。しかも、敗者は順番さえ回ってくれば、何度でも勝者に挑戦する事ができるのです。そして、制限時間終了時点でリングに立っていた人が優勝と言う事になります」
なるほど。ひたすら勝ち続けて、最後に立っていたヤツが一番って事か。
まぁ、分かりやすいっちゃ、わかりやすいけどぉ。
……ん? でも待てよ?
「それだと、一番最後に挑戦した人が有利じゃない? 最初っから勝ち続けてる人は当然疲れちゃうだろうし」
「その通りです。ですので試合は途中休憩を挟んで、オープンラウンドと、ファイナルラウンドの二回開催されます。ファイナルラウンドはオープンラウンドとは異なるルールが追加される事になります」
「まず初めに、ファイナルラウンドでは勝ち数の少ない人から順番に挑戦権が与えられると言う事。つまり、オープンラウンドで多くの勝ち星を持っている人は、後半有利になると言う事ですね。次に、ファイナルラウンドでは棄権者、及び敗者は再挑戦する事ができません」
「なるほどぉ。そうやって有力な人を残しながら、弱いヤツを順番に削って行く訳だ」
「その通りです。できるだけオープンラウンドで多くの勝ち星を拾いつつ、相手が強いと思えば棄権して体力を温存する。そう言った駆け引きが必要となって来る訳ですね。そして、ファイナルラウンドは制限時間がありません。最終的な勝者が決定するまで延々と試合は続行されると言う仕組みです」
うぅぅむ。北条君ったら頭悪そうだけど、意外と面白い事考えるよなぁ。
「失礼します。お客様でございます」
ちょうどその時、入り口の方から来客を告げる声が。
お客様? 一体誰が……。
そして部屋に入って来たのは。
「犾守君、約束通り来てくれたんだね」
「あぁ、真塚さん。ご面倒をお掛けして申し訳ありません」
北条君には僕が真塚さんのチームに入ったと言う事にしてある関係上、もし僕が逃げようものなら真塚さんにも何らかのペナルティが課せられる事は疑いようが無い。
にも拘わらず、僕が自宅へ帰る事を容認してくれた真塚さん。
北条君とは違った意味で、懐の深さが感じられる人だ。
「いやいや、そんな事より、そろそろ試合が始まる時間だ。リングサイド近くに移動した方が良いだろう。リング近くには僕の仲間も陣取っているから、決してアウェーな感じにはならないと思う」
真塚さんったら、本当に良い人だよな。
確かに誰か応援してくれる人が居るのと居ないのとでは、精神的に雲泥の差がある。
「それから、既にルールについては聞いているかもしれないけれど、最初のオープンラウンドは顔見せの意味合いが強い。公式な闇賭博の掛け金が発生するのは、ファイナルラウンド以降だからね。それに一勝さえすればファイナルラウンドには行けるはずだから。とりあえず一勝だけして、次の試合は直ぐに棄権して体力を温存するんだ。いいね」
まるで僕のセコンドの様に指示を出してくれる真塚さん
これは心強い。
「分かりました。真塚さんの指示に従います」
「よし。リングサイドでも色々とフォローさせてもらうから安心して。とりあえず一勝を目指そう」
そうか。そう言う事か。
とにかくファイナルラウンドに進すまない事には話にならない。しかも、ファイナルラウンドに進む事が出来れば、ココの飲み代はタダになる。それだけでも心の負担はずっと軽くなると言うものだ。
「しかし犾守君……」
「はい、なんでしょう?」
んん?
なんだか真塚さんの顔が呆れている様にみえるぞ。
僕、何かヤッちゃったかな?
「こんな大事な試合に、別の彼女を連れて来るって言うのもスゴイけど、しかもそれが二人って……」
「え?」
ふと振り返って見れば。
香丸先輩の座るテーブルの前には、既に空となったいくつもの大ジョッキが転がっている。
いっ、いつの間にっ!
しかも、彼女は何やらケタケタと笑いながら、パンプスを履いた足でボーイの頭を踏みつけて居るじゃないか。
あわわわわ。先輩っ!
パンツ、パンツ見えてますよっ!
せめてもの救いは、踏まれているボーイの方が満更でも無いと言う事ぐらいだろう。パッと見た限り、完全にパワハラ被害で訴えられても仕方が無い様な現場である。
更に隣を見てみれば。
スゥゥ……スゥゥ……
クロがメチャメチャだらしない格好で眠ってる。
って言うか、どうしてクロ寝てるの? ……あぁ! 飲みやがったなコイツッ!
クロのテーブルの前に置かれた、小さなカクテルグラス。
しかもそのグラスにはまだ半分程のお酒が残ってる。
弱っ! クロったら、めちゃめちゃお酒弱いじゃん。
何が大人だよ。自分の国ではもう酒が飲めるだよぉ!
飲める飲めないの問題以前に、全然お酒が飲めない体質なんじゃん。
確かに飲んで良いかもしんないけれど、全然飲んだらダメな人なんじゃん!
「あっ……あぁぁぁ……真塚さん」
「ん?」
「何か……なんか、本当にスミマセン……」
「いや……良いよ。どうやら、犾守君の所為って訳じゃあ無いみたいだからね……」
僕に対して、同情とも哀れみとも取れるような表情を見せる真塚さん
分かってくれるか、分ってくれるのか、真塚さん!
ホント。真塚さんったら良い人だわっ。




