第102話 人数合わせ
様々な花が咲き誇る西洋風の庭園。
そんな庭園を大きく取り囲む様にして造られた大理石の回廊は、隅々まで綺麗に掃き清められ、塵一つ見つけることができない。
庭に面した側に壁はなく、低めの手摺と大きな柱が等間隔で並んでいるだけだ。
「もうすっかり暗くなって来たな」
外の景色は夕闇に包まれ、俺の足元を僅かに照らし出しているのは、所々に設置されている篝火の光のみ。
「こちらで暫しお待ち下さい」
大きな扉の前に差し掛かった所で、前を行く修道女がそう俺に告げた。
扉の両側には、衛兵と思しき二人の男の姿が。
こりゃ儀仗兵ってヤツだな。
それにしてもまぁ、凝った衣装だなぁ。
まるで、ギリシャ神話にでも出て来る様な出で立ちじゃねぇか。
金属でできた兜や、分厚い胸当ては黄金色に輝き、その腕には、身の丈を少し超える程の槍が握られている。
これ全部が本物の金で出来てるって事は……流石にねぇよなぁ。
もしそうだとしたら、金額が半端ねぇしな。
って言うか、それだと重すぎて実用に耐えんだろうけどな。
俺が不躾な目でジロジロと眺めまわしてみても、そこはさすがに儀仗兵。正面をジッと見据えたまま、微動だにしない。
「加茂坂猊下、どうぞこちらへ」
「おっ、おおう」
俺が儀仗兵をしげしげと眺めている間に、どうやら修道女が俺の到着を部屋の中へと告げたみたいだ。
俺が扉の前へ進み出るのと同時に、重々しい両開きの扉がゆっくりと開かれて行く。
まず目に飛び込んで来たのは、オレンジ色に輝く淡い光。
部屋の中は意外に明るい。
もちろんそれは、篝火しかない外と比較して見れば……と言う程度の明るさではある。
部屋の広さは大きめ会議室と言った程度か。天井もかなり高い。
ん? 天井には電灯もシャンデリアも取り付けられてないぞ。
どうやらこの明るさは、テーブルの上や部屋の隅々に置かれてた燭台によるモノらしい。
「加茂坂卿か」
まるでテノール歌手を彷彿とさせるハリのある声。
その声の主となる老人は、全ての司教位が集う巨大な円形テーブルの向こう側、正面中央に鎮座していた。
「お初にお目にかかります。加茂坂でございます。ヴェニゼロス大司教の仰せにより、ただいま参上いたしました」
俺は扉とテーブルのちょうど中間あたりまで進み出ると、その場で恭しく跪いてみせる。
あれが本国の大司教かぁ。
噂には聞いちゃいたが、なかなか温厚そうな好々爺じゃねぇか。初めて見たな。
え? 初めて会ったってぇのがオカシイってか?
だって、そりゃそうだろ?
俺も偉そうに枢機卿だなんだって肩書をもらっちゃいるが、しょせん俺なんざ普通の会社で言う所の地方支社に勤める中間管理職に過ぎねぇ。
本社にいる社長に会う事なんざ、そうそう、ある訳ねぇだろ!?
「遠路はるばるよく来た。加茂坂よ、其方の報告書にはいつも目を通しておるぞ」
「ははっ、ありがたき幸せに存じます」
ちょっと言い回しが時代劇っぽいかな?
まぁ、蓮爾 様からは少し芝居がかってるぐらいで丁度良い、って言われてたし。とりま、良しとしとくか。
「うむうむ。加茂坂よ、今日は時間も無いゆえ、堅苦しい挨拶は抜きじゃ。まずは其方に申し伝える儀がある」
「ははっ」
そう笑顔で話す爺ィに対し、俺は更に頭を垂れる。
申し伝える儀……ってか?
こりゃ本当に俺、昇格すんじゃねぇだろうな。
「加茂坂よ、今回執り行われた司教会での決定を申し渡す。司教会では本日ただ今をもって、その方を司教位とする事にあいなった。司教ともなれば、本教団の運営自体にも参画してもらう事となる。其方の知見と能力を活かし、更なる貢献を期待しておるぞ。良いな加茂坂」
うぉぉ! マジかぁ! 昇進なんて超久しぶりだぜっ。
俺ぁもともと警察からの転職組だからな、最初っから司祭待遇スタートだったし、実際教団の中で昇進なんてした事ねぇんだよな。
って言うか潜入捜査中に、潜入先の組織で昇進って……。
それってどうなの? アリなのか? アリで良いのか?
うぅぅん……まぁ良っか。
って言うか俺、本気でこの教団に転職しよっかなぁ。
思わぬ僥倖に、顔のニヤけが止まらない。
そんな俺は内心のウキウキを悟られぬよう、畏まった風を装いながらも、しばらくの間俯き続けるハメに。
「加茂坂よ、そう畏まる事は無い。日頃の其方の働きを見ての決定じゃ。叙階の儀式は後日、日を改めて執り行う事とするが、本日はこの後、司教会の中で決めねばならぬ大きな議案がある。其方はそのままここに残り、司教会の話し合いに参加せよ」
「承知いたしました。必ずやご期待に沿える様、粉骨砕身、職務に邁進いたします」
お礼の口上なんて、全然考えて無かったからなぁ。
なんだか、相撲の昇進挨拶みたいになっちまったが、それもまぁ、ご愛敬って事で。
――ポンポン
いまだ面を上げず、跪いたままの俺の肩を、誰かが軽く叩いた。
「おめでとう、加茂坂」
あ、その声は蓮爾 様……。
俺が身動ぎもせず俯いている事を心配したのか、蓮爾 様がわざわざ席を離れ、俺のところまで様子を見に来てくれたようだ。
俺は顔面の筋肉と言う筋肉を総動員して、いつものクールでダンディなすまし顔を取り戻すと、まるで何事も無かったかの様に立ち上がろうとしたのだが。
「加茂坂、そのまま聞きなさい」
突然、俺の耳元にひびく蓮爾 様のささやき声。
まさか、こんな所で愛の告白かっ……!?
なんて事は、絶対に無いな。
こりゃ絶対何かあったに違いない。
俺は立ち上がろうとする動作をできるだけ自然に抑えつつ、自分の耳に全神経を集中させる。
「もしこの後、ニアルコス大司教が席を立たれた場合、お前も一緒にこの場を離れなさい」
いや、しかし……。
それは一体どういう意味ですか? との思いで蓮爾 様の顔を見上げてみれば、彼女の暗く光る瞳の奥底に、問答無用の四文字が浮かんで見えた。
は、はい……。
俺は他人に悟られぬ範囲で、小さな頷きを返す。
すると彼女は、まるで何事も無かったかの様に朗らかな笑い声を上げてみせる。
「あっはははははっ! なんだ加茂坂。突然の辞令に腰でもぬかしたか? 今日からはお前も司教の仲間入りだ、早く円卓に座りなさい」
「は、はい。ありがとうございます」
俺は蓮爾 様に促されるまま、円卓の中でも入り口側に近い末席へと腰を下ろした。
一体何があった?
いや、これから何かが起きると言う事か?
だとすれば、一体何が起きるんだ?
いくら考えても全くその内容が思い浮かばない。
仕方なく俺は緊張した面持のまま、円卓に座る面々の事をもう一度見回してみる。
円卓の一番奥に座るのは、本国の大司教であるヴェニゼロス大司教。その向かって右側の席に座るのは、エレトリア教区のペイディアス大司教だ。
そして、ヴェニゼロス大司教をはさんで左側の席には、東京教区のニアルコス大司教が座っている。
実質、この三人がこの教団のトップスリーと言う事になるな。
ちなみに蓮爾 司教はニアルコス大司教の隣で、教団内ではナンバー4、もしくはナンバー5の位置付けと言う所か。
後は……アイスキュロスも居るな。
末席に近い場所ではあるが、もちろん円卓にはヤツも座ってやがる。
アイツは確か、去年司教になったばかりだ。
その名の通り、氷の様に冷たい視線がビシビシと俺に突き刺さって来る。
よほど、俺の昇格が気に入らないんだろう。
そんなアイスキュロスの冷たい視線に、俺も負けじと睨み返してやったのさ。
昨日までとは違うんだよ。昨日までの俺とはなっ!
末席とは言え、今日からは俺も司教を名乗る身だ。
もうあの若造の好きにはさせねぇ。
ぐぬっ、ぐぬぬぬ……!
俺とアイスキュロス。
二人の間で幾度となく繰り返される、悪意ある視線の応酬。
子供じみていると嗤わば嗤え。
男には絶対に引けねぇ戦いってモンがあるんだよっ!
「コニアテス猊下がお越しになられました」
とここで、壁際に待機する修道女の声が、俺達二人のどうでも良い戦いに終止符を打つ。
おっと。ナイスタイミングだぜ。
このままアイスキュロスとの睨み合いを続けていたら、危なく行き着く所まで行っちまう所だったかもな。
よく考えたら同じ司教位とは言え、アイツには膨大な魔力がある。
こちとら、魔力もなんも無ぇ単なる一般人で、更に体力まで減退気味のアラフォーオヤジだからな。
あんまりアイスキュロスを怒らせて、東京に帰った後で、寝首でもかかれた日にゃ、死んでも死にきれねぇや。
今日の所はこのぐらいで勘弁しておいてやるよ。
依然、アイスキュロスからの冷たい視線を感じはするが、いまは涼しげな顔つきで受け流す事にする。
決して逃げた訳じゃねぇからな。
名誉ある撤退だ、撤退。
その後、コニアテスに対しても俺と同様、司教位叙任の説明が行われ、更には二人並んで司教位に与えられる青色のトガと、司教位を示す黄金の指輪が一時的に下賜される事になった。
正式な下賜は叙任式の方で行う事になるから、その際には一旦返却する事になるらしい。
まぁ、悪い気はしねぇやな。
別にこの青い衣が着たかった訳じゃねぇが。
まぁ、なんだな。
つまりそのぉ……悪い気はしねぇな。
俺がまんざらでもない様子で、自分のトガを眺めていると。
「やはり私の言った通りだっただろう?」
「え? あぁ、はい?」
話し掛けて来たのは、俺と同じ青のトガを纏ったコニアテスだ。
「ははは、何を驚いているカモサカ司教。こうして、同じ日に司教になったと言うのも御神のめぐりあわせだ。どうだい、今後は私の事をエレボスと呼んでくれないか」
そう言いながら、日焼けした手を差し出して来る。
「あぁ、これは大変失礼した。コニア……あぁ、いや、エレボス。それでは、私の事もカモサカではなく、ノリヒロと呼んで欲しい」
俺も笑顔で、本日二回目となる握手を交わす事に。
「うむうむ、これで規定の人数も揃ったようじゃ。それでは、最重要事案の話し合いを始める。司教以外の者は全て退出する様に」
ヴェニゼロス大司教からの指示により、壁際に待機していた修道女たちが一斉に部屋の外へと退出して行った。
「なぁ、この最重要事案って言うのは何の事だか知っているか?」
俺は小声で隣の席に座るエレボスへと確認する。
「何を言っているノリヒロ。教団の最重要事案と言えば、司教以上での機密事項だ。先程まで司祭であった私が内容を知るわけがなかろう?」
「だよなぁ」
俺が困惑の表情を浮かべていると、エレボスが更に顔を寄せて来た。
「気にするな。先程の大司教の話にもあっただろう? 私たちは規定人数合わせの補充要員でしかないんだから」
エレボスの話では、最重要事案の採決には、原則司教位全員の参加が必須で、しかもその中で過半数の賛成があって、初めて議案が成立するらしい。
つまり、空席となった二名分の司教の座をむりやり埋めるために、急遽俺とエレボスが選ばれたと言うのは、どうやら本当の事のようだ。
んだよ。
結局、俺達二人は帳尻合わせって事か。
しかし、こんな付け焼刃な人数合わせをしてでもとりあえず採決に持って行きたいって事ぁ、ヴェニゼロス大司教もかなり焦ってるって事なんだろうな。
「事案の内容については既にここ数日の間で、何度も議論を重ねておるが、本日は新たな司教も誕生しておる。いま一度、概略について説明してもらう事としよう。ペイディアス、良いかな?」
ヴェニゼロス大司教が自分の隣に座るエレトリア教区のペイディアス大司教へと視線を送る。
すると、それに呼応する形で、真っ白な髭を蓄えた老人が静かに語り始めた。
「それでは私から説明させていただく。今年の司教会開催に合わせて、アレクシア神の使者として、帝国貴族であるマロネイア卿が当地へとお越しになられた。卿のお話しでは、アレクシア神は、我らパルテニオス神との共闘を望んでおられるとの事だ」
共闘……だと?
どう言う事だ? 神殿同士が共闘するって、一体誰と戦うって言うってんだ?
共闘と言う言葉に思わず動揺した様子を見せているのは、俺と隣に座るエレボスの二人だけ。
他の司教連中は既に聞かされていたのだろう。
誰一人として狼狽える事もなく、冷静に話を聞いている。
「既にアナスタシア神、アンブロシオス神、そしてソフロニア神とは、共闘の合意が取れているとの事だが、本日入った新しい情報では、我らパルテニオス神とも親交の深いクリストフォロス神も、合意の方向で話が進んでいるとの事だ」
「なんと、クリストフォロス神までもか?」
「それであれば心強い」
「いや、その情報は本当に正しいのか?」
流石にクリストフォロス神に関する情報は周知されていなかったのだろう。
古参の司教連中の間にもざわめきが走る。
ちょっと待て。
この世界の神様は、多少の解釈の違いはあれど、基本は十一柱が信仰の対象として存在する。
その長女格であるアレクシア神が、俺達の神様……って言うか、教団に対して、共闘の話を持ち掛けて来たと言う事か。
はいはい。なるほどね。まずはそこまでは分かったぞ。
次に、十一柱のうち、既に三柱は共闘に合意していて、更にもう一柱も賛成の意向だと言う事だな。って事は、十一柱の内、五柱が同盟を組むってこった。
これはスゲェな。
「人外であるゼノン神は除外で良いじゃろう。元来他の神々との交流はなく、常に反抗する姿勢を見せておるからな。それに、テオフィリア神はこれまで一度も神々の諍いに加担された事が無い。恐らく今回も中立の立場を取られるとみて間違いは無いと見ておる。となれば、我らの進むべき道も、おのずと見えて来ると言うものじゃのぉ」
淡々と説明を続けるペイディアス大司教。
ヴェニゼロス大司教に次ぐ実力者の言葉だけに、司教位の誰もが無言で頷いている。
概略は分かった。
決議のポイントは、神々の殆どが参加する大同盟に、パルテニオス神が参加するかどうかを決めたいって事か。
しかし、そんな大同盟を組んでまで、一体誰と戦うって言うんだ。
基本、神々は人間同士の争いには関与しないと聞いている。
それは、全能神と呼ばれる最上位の神様が決めた、絶対的ルールのはずだ。
確かに、司教連中が持つ能力を持ってすれば、人間なんてひとたまりもねぇ。
子供の喧嘩にプロボクサーが参戦する様なもんだからな。
そう考えれば、この世界に神々が共闘してまで戦わなきゃならねぇ相手なんて、どこ探してもいないはずなんだが……。
コイツら、一体何を考えてるんだ?
きゃー、先週はすみません。ちょっと出張に行ってたもので、投稿できませんでした。
そんなこんなで、時間もあったので、つらつらとこの話を書き足してるうちに、気付いたら1万文字超えちゃいました。がーんw って事で、今回は半分だけですww 後半、もう少し手直ししたら、別途公開しますw




