第1話 集団レイプ事件
「だからっ! 僕はヤッて無いって」
僕の叫んだ言葉が、さほど広くも無い校長室全体に響きわたる。
「いや、分かった、分かったから。とにかく謝れ、お前は謝っておけばそれで良いんだっ!」
僕のとなりで、ただひたすら頭を下げ続ける父さん。
そんな彼がとても『哀れ』に見えた。
「本当に申し訳ございません。息子には私の方から十分言って聞かせますので……」
父さんは僕の頭を掴んで、無理やりテーブルへと押し付けたんだ。
――ゴッ!
力任せに押し付けられたせいなのかな。
鼻の奥から微かに血の匂いがする。
「いや、父さんの言っている意味、全然わかんないよ。どうして僕が謝らなきゃならないのさ。だって、悪いのはアイツらだろ? 僕は何の関係も無いんだ。たまたま……そう、たまたま同じ学校ってだけで、アイツらの事なんて、僕は知りもしない……」
――ゴッ!
再びテーブルと接吻。
「あぁ、犾守さん。頭を上げて下さい。事情は警察の方からも聞いていますので」
……甲高い耳障りな声。
学年主任兼生活指導の真瀬美里先生。
いつも不機嫌で神経質。
重箱の隅をツツく様な言動は、とにかく陰湿その物。
生徒達の間では陰険真瀬、略して陰真と呼ばれて忌み嫌われている。
「ただ、本校としましても何らかの関与が疑われる学生をそのままクラスの方へと戻す訳には参りません。校長とも相談した上で後日処分を連絡致しますので、それまでは自宅謹慎と言う事で」
いかにも官僚的な答弁に終始する陰真。
その隣では教頭先生が終始黙ったままで、なぜか額の汗を何度も拭っているだけ。
どうやら校長先生自身は教育委員会だか何かに呼ばれて不在らしい。
つまり、この場の責任者は教頭先生って事になるはずなんだけど。
少しはしっかりしろよ。
と言うか、教頭の『小物』感満載の所作一つひとつが、とにかく癇に障る。
「はい、申し訳ございません。息子には私の方から十分言って聞かせますっ!」
父さん……何度おなじ事を言えば気が済むんだよ。
……本当に呆れる。
何度も……そう、何度も説明したけど、僕の話なんて誰も聞いてはくれない。
結局こいつら、自分たちの保身の事しか考えて無いんだ。
「はぁぁ……」
昨晩の事だ。
二駅ほど離れた城南公園と言う場所で、近くの有名進学校に通う女子高校生一人が複数の男子高校生に突然乱暴されると言う事件が起きたらしい。
しかも、その男子高校生と言うのが僕と同じ高校に通う生徒だったらしく、複数の目撃証言などから犯人と思われる学生たちは既に特定され、現在警察からの取り調べを受けていると言う事だ。
更には、どう言う経緯なのかは知らないけれど。
そんな男子高校生たちの証言の中から、なぜか僕の名前が出て来たらしい。
いやいやいや。そんなはずは無い。
間違い無く僕はアパートに居た。どこにも出かけてなんかいない。
一体どう言う事だ? さっぱりわからない。
その後は、先生達から何か特別な話がある訳でもなく。
結局、そのまま帰宅する様にと言われた僕たち。
ただ、父さんは「まだ仕事があるから……」と言って途中の駅から会社へ。僕は一旦荷物を取りに一人暮らし用のアパートへと帰る事にしたのさ。
「はぁ……参ったなぁ……」
いつもは満員の電車も、今日はガラガラに空いている。
そりゃそうか。
通勤時間帯にはまだ随分と早い。
「早退なんて、久しぶりだなぁ……」
生まれつき体だけは丈夫で、大きな怪我や病気になどなった事が無い。
まぁ、出来が良いのは健康な体だけで、別にスポーツ万能と言う訳じゃ無い。
基本インドア派だ。
僕はカバンの中からスマホを取り出すと、早速タイムラインをチェック。
SNSでは昨日のレイプ事件が早速話題になってる様だな。
「すげぇ。もうヤツらの名前が出てる……あ、顔写真も……」
住所から氏名、年齢、電話番号……はては、小学校の時の卒業文集までが事細かに書き込まれている。
……SNS怖ぇ。
きっと『解析班』が動いたんだろうな。
それに……。
「うわぁ……被害者まで顔写真付きかよぉ」
この手の事件では被害者の情報が表に出る事はまず無い。
だけど、どうやら彼女。
読者モデルとしてそこそこ知名度があったらしい。
「如月……綾香……うぉっ、めっちゃ可愛いやん」
恐らく半分芸能人と言うやっかみもあり、誰かが興味本位でSNSに晒されてしまったのだろう。
僕の手の中で、白い水着の彼女が可憐に微笑んでいる。
「しっかし、SNS容赦ねぇなぁ……って……ええっ?!」
更に読み進めて行くと、とある書き込みに僕の顔写真が。
「ウソッ! マジッ! やべーよ! これ、絶対ヤベ―っしょ!」
知らないうちに、僕が主犯格グループの一人って事になってるじゃないか。
――ブルルルルッ!
「うぉっ! ビビったぁ」
あぁ電話か。親友の飯田からだ。
電車の中だけど……まぁ、いっか。人も少ないし。
「あぁ、もしもし、飯田ぁ? なぁ、聞いてくれよぉ……」
「おい、犾守っ! お前やべーぞ!」
開口一番、スマホから飯田の切羽詰まった声が聞こえて来る。
僕の話などガチ無視だ。
「今、学校じゃお前がヤッたって話で持ち切りだ! とにかくアカウント一回削除しろっ! じゃないと……」
――ブツッ……
「おい、飯田っ! 飯田ぁ?」
――ピポン、ピポン……ピポン、ピポン、ピポン
急に飯田の電話が途切れたかと思うと、そこからは引切り無しにSNSの通知音が鳴り始めた。
「おいおい、どうなってんだよ!……って言うか、何だこれっ!」
僕はアイコンに表示されている見た事も無い未読件数にビビりながらも、急いで通知設定をOFFにする事しか出来なかったんだ。
◆◇◆◇◆◇
丁度その頃……都内某所。
「失礼致します。大司教様……」
その男は部屋へと入るなり、突然その場で跪いた。
ダークブラウンに統一されたその部屋は無機質で、温かみと言うものが全く感じられない。
ただ、壁やローサイドテーブルに飾られた多くの調度品たちは、この部屋の主が紛れも無く強大な権力と地位を持つ者である事を雄弁に物語っていた。
「加茂坂か……どうした?」
「はっ。先日ご指示頂きました特異門の件でございます。やはり魔獣でございました。しかも今回はグレーハウンドの様にございます」
「ほほぉ……」
一瞬ではあるが、大司教と呼ばれた老人の目が妖しく光る。
「これはまた、大層なモノが迷い込んで来たな。で、もちろん仕留めたのであろうな?」
「いえ、それが……」
「取り逃がしたのか?」
跪く男の肩が小刻みに震えている。
それは緊張から来るものなのか、それとも……。
「大変申し訳ございません。しかし、相手はあの大厄災とも言うべきグレーハウンド。なかなか一筋縄では……」
「言い訳はよい。うぅぅむ。今年に入って何例目だ? 誰ぞ裏で手引きをしている者が居るのではあるまいな」
大司教と呼ばれた老人は、まるで独り言の様にそう呟いてみせる。
「それは……ただ、こうも魔獣ばかりが現れると言う事は、やはりゼノン神の……」
「ふん。あの様な獣にそのような知恵があるものか。とは言え大厄災を放置する訳にも行かん。急ぎソヤツを見つけ出し、即刻始末せよ。場合によっては司教を何人か動員しても構わん」
「はっ、畏まりましてございます。この命にかえましても必ずや……」
そんな男の決意すら煩わしげに、手を振る事で退出を促す老人。
大司教である彼にしてみればこの程度の事案など、明日になれば忘れている程度の問題でしか無かったのである。




