歩道の為に ともだちのために
私は、無音でも結構耐えられる人なんですけど、友達のなかには、沈黙を異様に嫌う人がいる。
別にそれはいいんだけど、静かな場所にその人と一緒に行けないっていうのが結構つらい。
「ほら、こっちこっち~。早くおいでよー!」(ジョー)
「ジョー君は道がわかってないんだから、勝手に行かないでよー!」(ココア)
「あゆく~ん!ちゃんとついてきてる?」(ジョー)
「うん。大丈夫......。」(歩道)
ジョーが無我夢中で先頭を走っていたせいで、後ろにいる二人とは距離が離れてしまっていて、大きな声を張り上げないと聞こえないくらいにまでなっていた。
ジョーもこのままのペースだと、ジョー自身が街の地理を把握していないことも相まって全員が迷子になりそうと判断して、一旦立ち止まって二人の足音が近づくのを待つ。
「はぁ。ジョー君、すごく走るの速いね。私もう疲れちゃったよ。」
「まあ、毎日鍛えてるからね。あゆ君は、全然平気そうだね。」
「え?......あ、そうだね。山に登ることが多いからかな。」
「(ごくごく......。)もっと動きやすい服で来ればよかったな。ジョー君も飲む?」
「ありがとう。......ごくん。ココアちゃんは準備がいいね。」
「二人はそういうの、苦手だと思うし。なんて、私達が会ってた頃は、みんな子供だったから準備なんてしてないけどね。ふふっ。」
「でも、僕もそういうの自分でやったことあまりないかも。」
「あゆ君はともかく、何で俺もそうだと思ったの?」
「ジョー君の部屋、いっつも散らかってたし、いつもおじさんに用意してもらってたの、知ってるから。もうずっと前のことだけどね。」
「ココアちゃんって、俺が住んでた家に来たことあったんだ。」
「何回もあるよ。ジョー君の家でおままごとしてたの、覚えてない?」
「......。ごめんね。全然覚えてないんだ。」
「......そっか。」
少しだけココアの声が曇る。
「ちなみに、これから行く公園も、三人で遊んだことがある場所なんだよ。」(ココア)
「え!そうだったの!?」(ジョー)
「うん。ジョー君のおじさんも一緒に来てくれて、たくさん僕たちのわがまま聞いてくれたんだ。」(歩道)
「そっか。おじさんもいたんだ......。」
ジョーは下を向いてため息をつく。小さく聞こえないように出したつもりだったが、二人にははっきり聞こえてしまった。
「あ、着いたよ。ラヌーラ公園。」
「うわぁ......。」
ジョーはさっきまで考えていたことをスパッとどこかへ飛ばされた。中央に大きな樹が植わっていて、広い原っぱの中に木影を作っている。
少し汚れているが、タイヤで作られたアスレチックがとてもカラフルだった。
「奇麗だね。」
「そうかな。だいぶ古い場所だから、ところどころ剥げてるけどね。」
「何して遊ぶの?」
「そうだな......。タッチ!」
「え?」
「あゆ君が鬼だよー!」
「え!ちょっと待ってジョー君!私のバッグにお弁当はいってるから、私走れないんだけど!!」
「タッチ!」
「あ!ちょっと!!」
「ジョーくーん!ココアちゃんが鬼だぞ~!」
「分かった!!ほら、エレファスも走れーー!!ココアちゃん、早くおいでー!」
「もーう!」
ココアは荷物を公園の入り口の日陰に放って走り出す。
始めは全員全力で走っているのだが、だんだん勝負なんてどうでもよくなって、スピードを落としていく。
追われている側は鬼の顔を見て笑うようになり、鬼も「まって~」と言いながら走れるようになる。
~
「タッチ!!」
「わわっ!!」
ココアがジョーに追いついたかと思うと、ココアは勢い余って転んでしまい、ジョーもしりもちをつた。二人の服が泥に触れる。
「あははははっ!」(二人)
「二人とも、大丈夫?」
「あ、ジョー君の顔に花びらついてるよ。とってあげる。」
「え......?」
ココアの小さくて柔らかい指がジョーのほほに触れる。
「あ......あわわ......。」(ジョー)
「あ、取れた。ツツジだね。中に甘い蜜が入ってる花だよ。」(ココア)
「そ、そそそそうなんだ......。」(ジョー)
ジョーは直接少女の体温に触れて心臓の鼓動が一気に加速した。
確実にこの鼓動の原因はさっきまで走っていたことではない。
「あ、二人ともいた。鬼ごっこ終わりにしたの?」
歩道が少し息切れた様子で二人のもとに駆け寄る。白い靴がすっかり茶色になっていた。
「そうだね。私もう走れないよ。ジョー君はまだ平気そうだけどね。」
「俺も正直疲れたから、あの木陰で休みたいな。二人は先に休んでて。俺、ココアちゃんの荷物持ってくるよ。」
「ありがとう。」
「助かるよ。」
ジョーは先ほどの恥ずかしい気持ちをかき消したくなって、疲れているのに駆け足で入り口まで戻った。
「(ココアちゃんが俺のほほに!?なんて俺は幸せ者なんだ!!?あんなにかわいい子に......!!)」
公園までの道中、ちゃっかり間接キスをしているのに、そのことに気づかないでいるのもこの時のジョーの可愛いところである。
「久しぶりに遊んだけど、ジョー君全然変わってないね。」
「うん。そうだね。懐かしいよ。」
「歩道さん、まだけがは治らないんですか?」
歩道は顎にばんそうこうを、右手に包帯をつけている。
「え?うん。そうだね。」
「やっぱり、今日も......?」
「うん。行ってきたよ。でも、ダメだった。」
「そうでしたか......。」
「おーい!持ってきたよ。」
「あ!ちょっとジョー君!」
「何?ココアちゃん。」
「お弁当が入ってるんだから、そんな風に雑に持たないでよ!」
「あ、ごめん。」
「中身大丈夫かな......。」
風呂敷をほどいて木箱を開けると、レタスメインのサラダにかかっていたドレッシングとハンバーグのデミグラスソースがぐちゃぐちゃに混ざり合って、左半分に固まっていた。
「ご、ごめん。ココアちゃん。俺、走って持ってきちゃった。」
「もう!私がなんでわざわざ置いてきたのか、考えればわかったでしょ!」
「ほ、ほんとにごめん。せっかく作ってくれたのに......。」
「ジョー君ひどい。」
ココアはそっぽを向く。
「......でも、こういうおままごともアリかな。なんて。ふふっ。」(ココア)
「ココアちゃん......。」
「それじゃ、一緒に食べようか。」
「うん!」
~
三人は大きな木の陰の中でミックス味のお弁当を食べ始めた。
「すっごく美味しい!!」(ジョー)
「よかった。でも、本当は別々の二つの料理なんだけどね。」
ココアはちらと口いっぱいにパンを頬張るジョーを見た。ジョーはココアの視線に気が付かなかった。
ココアもジョーのそういう所は嫌いではない。自分の作ったお弁当を夢中で食べてくれるのを見てココアも自然と笑みがこぼれる。
「今度作り方教えてよ。」
「いいよ。誰に作るつもりなの?」
「やっぱり師匠かな。」
「師匠って、あの背が高くて金髪の人?」
「そう。いつもお世話になってるからね。」
「私もよくソフィアさんと一緒にお弁当をもってここに来るの。一緒に食べると美味しいって気持ちが重なってもっとおいしくなる気がするから。」(ココア)
「そうだね。」
そんな二人の会話を、歩道は黙って考え事をしながら聞いていた。
「ほら。あゆ君も食べなよ。」
「......。え、あ、うん。ありがとう。ジョー君。」
歩道は無理やり笑顔を作って受け取った。
「やっぱりちょっと元気ないね。もしかしてそのケガのせい?」
「え?」
「あ、あのね。このけがはだいぶ前からあるものだから、このけがのせいじゃないよ。関係ないとは、言わないけどね......。」
「......。」
ジョーはごくんと口の中にあったハンバーグを飲み込んで少し息を吸う。
「あゆ君、やっぱり話してほしいな。俺、あゆ君に元気になってもらいたいな。」
「ジョー君......。」
「早速聞かせて!」
「歩道さん、……大丈夫ですか?」
「うん。話すよ。気にかけてくれてありがとう。」
「えへへ......ぐぁっ......!!」
ジョーの胸に強烈な痛みが走った。
「ジョー君!?」(ココア)
「大丈夫!?」(歩道)
「う......うん。大丈夫だよ。気にしないで。」
「......。」
「ほら。あゆ君、遠慮なく相談してよ。俺のことは考えないで。もう痛みは消えたよ。」
「そ、そっか。」
「実はね......。」
歩道は目をつむる。ジョーは聞き耳を立てる。
「好きな人がいるんだ。」
いつもご愛読ありがとうございます。
次回もお楽しみに!!