魔法詠唱
「マナ、あれ使って。」
「えっ?」
「囲まれてる。大丈夫、私が守る。」
二人の周りには数匹の鋼竜がいた。姿が見えないだけで、他にもいることは容易に想像できる。
だからマナカは詠唱を開始した。
「魔法を定義する。」
その瞬間、彼女を中心に魔方陣が展開される。それは時計の形をとっていて、光を放っていた。
「それは、物理法則を超えるモノ。神に許された、最も高度な力。」
時計の長針が動く。見ればその時計は、11時5分を指していた。
そして鋼竜は本能で悟った。あの魔法を完成させてはならないと。
鋼竜は動き出す。しかしユナンが何もしないわけがなかった。
「主の下へこい!ゲイボルグ!」
叫び終わった時には既に、ゲイボルグと呼ばれた槍は主の手におさまっていた。そのまま彼女は詠唱を開始する。
「『魔槍ゲイボルグ』を定義する。それは、主の望みに応えるモノ。主の最も大切な者を守る槍。」
視覚的な変化はない。だからこそ鋼竜は、巨大な魔法を構成している方の少女に襲いかかる。
「ドサッ」
襲いかかった数匹の綱竜が唐突に倒れる。その体には、ユナンが手にする槍程の大きさの穴が空いていた。その間にもマナカの詠唱は進む。
「魔方陣を定義する。それは、魔法使いを導くモノ。人が人知を超えた力を使う為の設計図」
時計の長針が2を指す。
本能で動く鋼竜は、またマナカの方に襲いかかる。その攻撃はとどくはずもなく、その体が崩れ落ちる。
「魔力を定義する。それは、物理法則の枠からはみ出たモノ。魔法が物理法則を超えるためのエネルギー。」
時計の長針が3を指す。
鋼竜はやっと巨大魔法を構成する方の少女に攻撃しても無駄だと理解する。鋼竜たちはもう一人の少女に視線を移す。
「短針を定義する。それは、時を視覚的に表すモノ。日という単位を刻む印」
時計の長針が4を指す。
鋼竜がユナンに襲いかかる。その攻撃をユナンはかわすも、その先には別の鋼竜がいる。
「ちっ」
鋼竜の爪を受け止めたのは、簡単に手に入る普通の槍。ゲイボルグはその槍を背負っていた場所に、入れ替えたように収まっている。
しかし鋼竜の力は強く、簡単にユナンはとばされる。
「長針を定義する。それは、時を視覚的に表すモノ。時刻という単位を刻む印。」
時計の長針が5を指す。
その間にも戦闘は続く。ユナンがとばされた先にはまた別の鋼竜が来る。ユナンはポーチから煙幕を投げる。辺り一面が真っ白になる。
「数字を定義する。それは、現象を理解するためのモノ。物理世界に通じる言語。」
時計の長針が6を指す。
辺りは鋼竜が歩く音だけが響く。ユナンから発せられる音は聞こえない。
「光を定義する。それは、視覚に働きかけるモノ。しかし時に視覚以上に働きかける不確定なエネルギー。」
時計の長針が7を指す。
煙幕が晴れる。そこに見えた物は倒れ伏したユナンと、赤く汚れた鋼竜の爪だった。そして鋼竜はマナカの方を見る。しかしマナカは詠唱を続ける。
「因果を定義する。それは、当たり前のようにおきるモノ。神のみぞ知るこの世の流れ。」
時計の長針が8を指す。
鋼竜はマナカに襲いかかる。次に当たり前のようにおきると思われた未来は、しかしおきなかった。倒れたのは襲いかかられたマナカではなく、襲いかかった鋼竜だった。残った鋼竜は倒れた仲間の体の穴に気づく。そこにはユナンの背負う槍の大きさと、同じ大きさの穴が空いていた。
「ズレを定義する。それは、未来を切り裂くモノ。現実と現実の差異。」
時計の長針が9を指す。
残された数匹の鋼竜は魔法が完成に近づいていることを悟り戦慄する。先程仲間が倒した少女はもう虫の息であり、確実に意識は無い。それなのに彼女を守り続ける何かが存在する事に、鋼竜たちは魔法の完成を防げない事を知る。
「時計を定義する。それは時の流れを見るためのモノ。人が常に追われる流れの象徴。」
時計の長針が10を指す。
鋼竜たちは逃げる。ただひたすら、逃げるように。
「時を定義する。それは、全ての存在に不平等に与えられたモノ。一定に、同じ方向に、全てに共通して流れる贈り物。」
時計の長針が11を指す。
鋼竜たちははもう此処にはいない。
「この魔法を定義する。それは、望む者をずらすモノ。一寸先は別の時。」
時計の長針と短針が重なる。
「オ·クロック!」
地面に展開されていた魔方陣が上空に浮かぶ。その魔方陣の下の風がなくなる。木々がピタリと止まる。魔方陣が拡大する。やがて逃げていた鋼竜の上空まで広がる。鋼竜の動きが止まる。そして、魔方陣の拡大も止まる。
マナカは宣言する。この魔法の完成を。
「時ノ歪み·バらバら。」
鋼竜は文字どおりバラバラになった。