第92話 片付け進行中
俺はファラエスとともに、カノンさんの部屋に来ていた。
カノンさんは、騎士団の寮に暮らしているのだが、その部屋はとても汚い。
という訳で、俺達はこの部屋の掃除をすることになるのだった。
「さて、とりあえず、ゴミを入れていくか」
俺は、ゴミの山から色々なものを袋に入れていく。
本当に、ゴミの量が多い。
「こんなので、良く生活できていましたね……」
「ま、まあね……」
俺の言葉に、カノンさんは苦笑いを返してくる。
一応、自覚はあるので、まだましといえるかもしれない。いや、自覚があって汚いのだから、もっとたちが悪いとも考えられる。
「うん? これは……」
そこで、俺はあるものを手にとった。
それは、黒い布のようなものだ。俺の思考が、数秒停止する。
「あ、それは、私のパンツね……」
「え?」
それは、カノンさんの下着であるようだ。
驚きのあまり、俺は手を離しそうになる。
持っておくのも、失礼だと思った。
「あ、待って、スレイド君」
「は?」
しかし、俺は手を止めることになる。
カノンさんが、そんなことを言ってきたからだ。
「それは、持って行くから、落とさないで」
「え? あ、はい……」
「だから、こっちの箱に入れてくれるかしら?」
「わ、わかりました」
どうやらカノンさんは、この下着を持って行くつもりらしい。
ゴミの山に埋まっていたものだが、本当にいいのだろうか。
だが、聞くのもあれなので、とりあえず俺は箱の方に足を進める。そこまで行くのも、結構難しい。
「スレイド、どうかしたのか……い?」
「あっ……」
そこで、奥の方で作業していたファラエスが、こちらに来てしまった。
現在、俺の手にはカノンさんの下着がある。つまり、ファラエスも色々と驚いてしまうだろう。
「な、何を持っているんだ、君は……」
「い、いや、これは……」
「私の下着よ」
困惑するファラエスに、カノンさんがはっきりと事実を告げた。
その言葉に、ファラエスも目を丸くする。
「し、下着って……」
「私のパンツ」
「いや、そんなものをスレイドに持たせないで下さいよ」
「だって、スレイド君が手にとったんだもん」
ファラエスの言葉に、カノンさんはそう答えた。
俺に下着を持たせておくことに、まったく抵抗がないらしい。
それは、それでどうなのかと思ってしまうがどうなんだろう。
「カノンさん、もう少し恥じらいを持って下さい。スレイドだって、男の人なんですよ」
「大丈夫よ。あの下着、あんまり穿いたことないし。なんなら、かなり、久し振りに見た気がするわね」
「そういう問題では……穿いてない?」
そこで、ファラエスが口を止めた。
なんとなく、俺と同じことを考えている気がする。
「カノンさん、これは引っ越す時に持って行くんですよね?」
「ええ、そうよ」
「でも、穿いてないんですよね。それも、かなり……」
「まあ、そうね」
「それなら、捨ててもいいんじゃないですか?」
やはり、ファラエスは俺と同じことを考えていていたようだ。
ゴミの山に埋まっていたこともおかしいと思っていたが、穿いていないなら、この下着を持って行く意味が、あまりないのではないだろうか。
「いや、もったいないでしょ?」
「しかも、このゴミに埋もれていたんですよね? まともな下着なら、一応あのタンスに入っているはずですから」
「ま、まあ、そうなんだけど……いつか穿くかもしれないし」
ファラエスの言葉に、カノンさんはそう反論する。
どうやら、もったいないという理由から、この下着を捨てたくないらしい。
「うん?」
「スレイド、どうしたんだい?」
「いや、これ」
そこで、俺は気づいた。
その下着に、何かがついていることに。
よく見てみると、それは商品についているタグのようなものだ。
その事実に、俺とファラエスにある疑念が生まれる。
「カノンさん、もしかして、この下着、穿いたことないんじゃないですか?」
「え? そう……だったかもしれないわね」
やはり、カノンさんはこの下着を一度も利用していないようだ。
それで、ゴミの奥にあったのか。
「それなら、いりませんね」
「……はい」
ファラエスの言葉に、カノンさんはゆっくりと頷いた。
どうやら、折れてしまったらしい。
「はあ、カノンさんはまったく……」
「ファ、ファラエス、ごめんね……」
「別にいいですけど……」
カノンさんに呆れたように、ファラエスはため息を吐く。
流石に、尊敬している人のこんな姿は見たくなかったのだろうか。
これが、カノンさんへの失望などに繋がらなければいいのだが。
「でも、考えてみれば、昔からこんな人でしたね……」
「え?」
「私の記憶が美化されていましたが、カノンさんは昔からこんな人でした……」
「そ、そうだったかなあ……」
しかし、カノンさんは昔からこんな人だったようだ。
もしかしたら、尖っていたファラエスを今のようにしたのは、この性格のおかげなのかもしれない。
「うん?」
そこでファラエスが、声をあげたようだ。
その視線は床に向いている。どうやら、何かを見つけたようだ。
という訳で、俺もその辺りに視線を向けてみる。
「これは……酒瓶?」
「ああ、そのようだね」
「あ、それは……」
そこにあったのは酒瓶だった。
よく見てみると、周りにも酒瓶がいっぱいある。
「もしかして、カノンさん、お酒が好きなんですか?」
「えっと、まあね……」
ファラエスの質問に、カノンさんがそう答えた。
ただ、違和感があるのはその反応だ。なんだか、気まずそうな反応である。
何か、後ろめたいことがなければ、そんな反応はしないだろう。
「何かあるんでしょうか?」
「い、いや、なんでもないわ……」
「本当ですか?」
そこで、ファラエスがそんな言葉を口にした。
やはり、ファラエスもその反応に違和感を覚えたようだ。
「いや、その……病気になって、それでお酒と出会って……」
「お酒と出会って……」
「それで、色々気を紛らわせられるってわかって……」
「わかって?」
「……大体、毎日一本くらい……」
どうやら、カノンさんは毎日飲む程、酒にはまっているらしい。
それは、病気を紛らわせるためという悲しい理由だ。
そのため、あまり強く言えないことである。
「カノンさん、お酒に頼るなんて、駄目ですよ」
「うっ……」
それでも、ファラエスはそう言った。
恐らく、カノンさんを思ってのことだろう。
「これからは、そんなに飲んじゃいけませんよ」
「ええ、そうね……」
ファラエスの言葉に、カノンさんは笑顔を見せる。
きっとその気持ちが伝わったのだろう。
これで、カノンさんもこれからは節度を守ってお酒を飲んでくれるはずだ。
「ところで、スレイド君って、お酒飲めるの?」
「え?」
そこで、カノンさんが俺に話を振ってきた。
俺が酒を飲めるかどうかという質問だ。
「あまり、飲んだことはないですね」
「飲める年齢ではあるのね?」
「ええ、今年二十になったばかりですけど」
この国というか、この世界では酒を二十歳までは飲めないことになっている。
そのため、俺は飲めるということだ。
ちなみに、師匠達が残していた酒を少しだけ飲んだことはある。その時は、少し酔っただけだったが、本当に少量だったので、どうなるかはわからない。
「それじゃあ、今度一緒に飲みましょうね」
「え、ええ……」
どうやら、カノンさんは一緒に酒を飲める相手を求めていたらしい。
それなら、俺も頑張ってみよう。
「そうか、スレイドは飲めるのか……いいな」
その会話に、ファラエスはそう言ってきた。
そういえば、ファラエスは俺より一歳だけ年下なのだ。
そのため、酒は飲めないのである。
「……スレイド、今君は何を考えていたのかな?」
「あ、いや……」
そんな俺の心中を見抜いて、ファラエスがそう言ってきた。
年下であるということを思わせない程、ファラエスは大人っぽいので、忘れてしまうのだ。許して欲しい。
「まあ、ファラエスは来年ってことでね?」
「あ、はい……」
そんな会話をしながら、俺達は片づけを続けるのだった。




