第91話 寮の部屋は
俺はファラエスとともに、カノンさんの家へと向かっていた。
カノンさんの引っ越しを手伝うためである。
「それで、カノンさんの家って、どこにあるんだ?」
「ああ、カノンさんは家に住んでいる訳ではないよ。騎士団の寮に住んでいるんだ」
「あ、そうなのか」
どうやら、カノンさんは家に住んでいる訳ではないらしい。
騎士団の寮に入っているとは、知らなかった。そもそも、騎士団に寮があることすら、初耳だ。
「騎士団って、寮があったのか?」
「うん? ああ、言っていなかったかな?」
「ああ、初耳だな……」
「そうだったのか、それはすまなかったね」
寮があるというなら、俺もそこに入ればよかったのではないだろうか。
そう思ったが、口にするのはやめておく。
今更、寮に入りたいなどとは思わないからだ。
「あ、ところで、カノンさんはどうしたんだ?」
「ああ、家で待っているみたいだよ」
「本当にもう治っているんだな……」
「ああ、本当によかったよ」
「まあ、そうだが……」
カノンさんは、その寮の自室で待っているらしい。
本当に、体は治っているようだ。
しかし、あまりに身軽になり過ぎて、むしろ驚いてしまう。
ただ、喜ばしいことではあるので、あまり何も言えない。
「カノンさんの部屋に行くのは、初めてなんだ。だから、楽しみでね」
「そ、そうか……」
「私の家にはよく来てもらっていたんだけどね」
ファラエスはとても楽しそうにしている。
引っ越しとはいえ、憧れている人の部屋に行けるのは嬉しいのだろう。
「あっ、見えてきたよ」
「ああ、あれか……」
そんな話をしている内に、カノンさんの住む寮が見えてきた。
かなり大きな寮だ。
「ここの二階にカノンさんの住んでいる部屋があるんだ」
「それじゃあ、行こう」
「ああ」
俺とファラエスは階段を上り、カノンさんの部屋を目指す。
すると、ある部屋の戸が開かれて、中から見知った顔が出てきた。
どうやら、俺達が来るのが見えたようだ。
「二人とも、ここよ」
「カノンさん!」
俺とファラエスは、カノンさんの元へと駆けて行く。
ファラエスは、とても嬉しそうだ。
「さて、二人ともよく来てくれたわね。先に、ありがとうと言っておくわ」
「カノンさんの頼みですから、当然です」
「まあ、そんな感じです」
俺達に対して、カノンさんは笑顔を見せてくれる。
かなり顔色がいい。本当に、病気の影響はないようだ。
この調子なら、きっと大丈夫だろう。
「それで、二人とも中に入ってもらうんだけど……驚かないでね」
「え? それって、どういうことですか?」
「なんていうか……かなり汚いのよね」
「そんなの大丈夫ですよ。私もスレイドも気にしません」
「うん、そうだといいんだけど……」
そこで、カノンさんがそんなことを言い出した。
多少汚れているのは、承知の上だ。人が生活している以上、それは当然である。
「それじゃあ、入って……」
「はい。失礼します」
「お邪魔します」
カノンさんを先頭に、俺達は部屋の中に入っていく。
「え?」
「は?」
そして、俺達は思わず声をあげてしまう。
なぜなら、その部屋は、かなり散らかっているからだ。
その様子は、普通ではない。なんなら、足の踏み場もないくらいだ。
ここで、カノンさんの言葉がどういう意味だったかがわかってくる。
これは、かなり汚い。
「そ、そのね……片付けが、苦手で……」
「あ、いや……」
事前に約束したが、流石にこれは驚いてしまう。
これは、人間が普通に生活していて出る汚れではない。
「カ、カノンさんが……」
ファラエスはかなり衝撃を受けてしまったようで、固まっていた。
憧れの人が、こんな部屋で過ごしているというのは、流石に衝撃的なのだろう。
その気持ちは、俺もかなりわかる。
「ま、まあ、人には得手不得手がありますから……」
「ス、スレイド君……」
とりあえず、俺はフォローすることにした。
ファラエスが固まっている今、俺しかそれはできない。
「あれ? でも、騎士団の副隊長室は綺麗にできていましたよね?」
そこで、俺はあることに気づく。
カノンさんの主な仕事場である副隊長室は、綺麗なものだった。
それなのに、部屋がこれであるとは、どういうことだろう。
「あ、あれは、その……仕事場だから、取り繕うって……」
「取り繕うって……」
「ほら、家ではだらけちゃうじゃない?」
「まあ、わからなくはないですけど……」
どうやら、騎士団の職場は取り繕っていただけらしい。
だが、それでできるのだから、家では単に面倒くさがっているだけなのだろうか。
「あ、でも、病気もありましたしね」
だが、病気があったから家ではできなかったと俺は思い直した。
カノンさんは、病気で大変だったのだから、家の片づけが面倒くさくなっても仕方ない。
「……」
「カノンさん?」
そう思っていた俺だったが、カノンさんの表情が少し変だ。
俺から目をそらし、気まずそうな顔をしている。
「……これは、元々よ」
「元々なんですか……」
「ええ……」
やはり、元々部屋を綺麗にできないようだ。
なんとなく、表情から察することができた。
これでは、フォローした俺が駄目だったみたいな気がする。
「カ、カノンさんが……」
「あの、ファラエス、もう許してくれないかしら?」
「あ、すみません、カノンさん」
そこで、やっとファラエスが元に戻った。
かなり、長い時間の硬直だったが、本当に大丈夫だろうか。
「あの、二人とも、手伝ってくれる?」
「も、もちろんです、カノンさん。ただ、これは一日では終わらない気がしますね……」
「確かに、そうかもな……」
「まあ、そうよね……」
ファラエスの言葉に、俺とカノンさんは頷く。
この部屋はかなり物が多くいため、今から全てを片付けるのは少し難しいだろう。
恐らく、数日に分ける必要があるはずだ。
「とりあえず、今日も掃除しますが、後日クレッタも入れて掃除しましょう」
「ク、クレッタちゃんか……確かに、あの子なら大丈夫ね」
どうやら、クレッタに頼るらしい。
確かに、メイドであるクレッタは、掃除の腕もトップクラスだといえる。
そのため、その案には大賛成だ。ただ、流石のクレッタもこの様子を見れば驚いてしまうだろう。
そういえば、カノンさんもクレッタのことはよく知っているようだ。
だが、考えてみれば、先程、ファラエスの家にカノンさんがよく来ていたと聞いたので、それも当然かもしれない。
「さて、それじゃあ、掃除を始めましょう」
「ええ、そうね」
「ああ……だが、何から手をつけていいんだろうな」
そこで、ファラエスが音頭をとってくれた。
しかし、一体どこから手をつければいいのだろうか。
「とりあえず、ゴミを袋に詰めていきましょう。まず、そうしないと、どうすることもできませんから……」
「そうね……でも、ゴミじゃないものもあるのよ?」
「ゴミじゃないもの?」
「ええ、引っ越しで持って行きたいものとか……」
ファラエスの案に対して、カノンさんがそう言い始めた。
このゴミの山に、何かがあるとは思えないが、カノンさんが言うならそうなのだろう。
ただ、探すがとても大変そうだ。
「それなら、明らかにゴミなもの以外は、カノンさんに聞きます。それで、いるかどうかを判断してください」
「え、ええ……」
そんなカノンさんに対して、ファラエスはそう言う。
流石はファラエス。対応力が高い。
「さて、手を付けますよ」
「ええ、二人ともお願いね……」
「まあ、なんとかしましょう」
こうして、俺達は引っ越しの手伝いというよりも、部屋の片付けを開始することになるのだった。




