第90話 隊長との話し合い
俺はファラエスとともに、隊長室に来ていた。
これは、俺が医務室で、ファラエスとカノンさんと二人きりにするために何も言わず出ていったことが発端だ。
そのことで、ファラエスが少し怒ってしまい、その説教を受けるということで、ここにいるのである。
「さて……」
部屋に入り、向かい合って座り、ファラエスがそう呟いた。
いよいよ、説教でも始まるのだろうか。
「まあ、別に怒ってはいないんだけどね」
そう身構える俺に告げられたのは、そんなことだった。
予想外の言葉に、俺は思わず驚いてしまう。
「あれくらいで、怒ったりしないよ。むしろ、お礼を言いたいくらいさ。ありがとう、スレイド」
「そ、そうだったのか……」
どうやら、ファラエスは怒っていなかったようだ。
だが、よく考えたらファラエスはあの程度のことで怒るような人間ではないかもしれない。
それなら、怯えて少し損してしまった。
「ただ、寂しかったのは事実だよ。急にいなくなられると、私も少し驚いてしまうよ」
「それは、悪かった」
「ああ、そんなに謝らなくてもいいよ。スレイドが、悪い訳ではないしね」
しかし、寂しかったことは本当であるようだ。
その点については、申し訳ないと思う。
「さて、それとは別に、話があるんだけど、いいだろうか?」
「え? まあ、いいが……」
そこで、ファラエスがそんなことを言ってきた。
俺がここに呼び出されたのは、怒られるからかと思っていたが、別の理由もあるようだ。
医務室に行くまで、一緒にいたので、他の人がいると話しにくいことなのだろうか。
「実はだね……カノンさんのことなんだけど……」
「ああ、どうかしたのか?」
「そのだね、私達の家に……」
「うん?」
ファラエスが放った言葉で、俺はなんとなく察してしまった。
これまでの流れ的に、カノンさんがファラエスの家に居候するとか、そんなことだろう。
「……カノンさんが住むことに、なりそうなんだ」
「やっぱりか……」
俺の予想通り、カノンさんが家に住むことになるようだ。
今まで気にしていなかったが、この同居はなんなのだろうか。
「また、同居人が増えるのか?」
「ああ、そうなんだ」
「なんで……こんなに同居人が増えるんだ?」
そのことが気になったため、俺はファラエスに問い掛けていた。
いくらなんでも、この勢いで同居人が増えていくのは違和感がある。
もしかして、ファラエスは気に入った人を勧誘しているのだろうか。
「そ、それは、色々と事情があってね……」
「事情? ファラエスが、誘っているとかじゃないのか?」
「いや、私は別に誘っている訳では……いや、そうともいえないのかな……?」
俺の言葉に、ファラエスは悩み始めてしまった。
どうやら、色々と複雑な事情があるらしい。
「どういうことなんだ?」
「いや、確かに、私から誘ったという側面もあるから、なんとも言えなくてね……」
「そうなのか?」
「ああ、例えば、君は私が誘ったはずだね?」
「ああ」
確かに、俺はファラエスに誘われて、あの家に住むことになった。一応は、記憶喪失である俺の保護を目的ということになっている。
「それで、次のセリアは、君と一緒の方が都合もいいだろうということで、家に誘ったんだ」
「なるほど」
次に住むことになったのは、セリアだ。
セリアは、俺の弟子になりたいと言っていた時に、ファラエスが一度泊めたのが最初だった。
その後、俺の弟子になってからは、ファラエスが言った通りのことになっている。
「その次のソーナが問題なんだ」
「ほう……?」
そこで、ファラエスの感じが少し変わった。
どうやら、ソーナから色々と事情があるようだ。
「正直な話をすると、ソーナと同居するつもりまではなかったんだ」
「え? そうだったのか?」
「ああ、彼女にはこの町に大きな家があるし、貴族という立場もあるから、そんなに気軽な話ではないからね」
「ああ、そうか……」
そういえば、ソーナはこの町に大きな家を持っていた。あの家は、なんならファラエスの家より広いくらいだ。
さらに、その立場は貴族である。隊長とはいえ、平民でしかないファラエスの家に住ませるのは、あまりよくないのだろう。
そう聞くと、確かにソーナを誘うのは憚られる。
そもそも、セリアのような事情もないので、そのきっかけすらない。
「だけど、一緒に過ごしていく内に、気づいたんだ。ソーナがどこか、寂しそうにしているとね」
「寂しそうに?」
「考えてみれば、当然だった。だって、ソーナにとっては、大切な人が皆一緒に暮らしているんだからね」
「大切な人?」
「うん。自分で言うのもなんだけど、ソーナは私のことを慕ってくれている」
「それは、そうだな……」
確かに、ソーナはファラエスが大好きで、リスペクトしている。
そのため、大切な人といえるだろう。
「それに、セリアは後輩の仲でも、かなり良くしている子だ」
「まあ、そうか」
セリアも、ソーナにとって大切な人だ。
俺はよく知らないが、セリアが隊に入った時から面倒を見ており、かなり仲がいい。
「それに、君のことも少なからず思っていたみたいだし……」
「え?」
「うん?」
「いや、なんでもない」
そこで、ファラエスがそんなことを言ってきた。
少し驚いたが、考えてみればそうかもしれない。
ソーナとの仲は悪い訳ではなかったはずだ。そのため、これおかしくはないだろう。
「それで、ソーナも同居に誘おうということになったんだ。丁度、良さそうなこともあったしね」
「なるほど……」
どうやら、ソーナを誘ったのは、彼女のためを思ってのことだったようだ。
それなら、ファラエスの微妙な反応もわかる気がする。
「それで、今回のカノンさんはどうなんだ?」
「カノンさんは、皆で暮らしていることを話したら、自分もいいかと言われて……」
「つまり、カノンさんの方から言ってきたんだな」
「ああ、まあ、私もかなり喜んでいいと言ったんだけど……」
カノンさんが同居することになったのは、あちらからの要望らしい。
だが、ファラエスが喜んだことは想像できる。カノンさんは憧れの人であるため、傍にいて欲しいと思うのは当然だろう。
「カノンさん、私との失った時間を取り戻したいからって、言ってくれて……」
「そ、そうか……」
ファラエスは、さらに言葉を続けてきた。
なんだか、とても嬉しそうである。
「あっ、ごめん。少し、話がそれてしまったね」
「あ、いや……」
「という訳で、私が皆を誘っていると言えなくもないという訳だ」
「なるほど……」
ファラエスの言うことは納得できた。
確かに、色々な事情から同居人が増えているようだ。
ファラエスが好きな人を側に置きたいだけではないらしい。そういう側面もあるかもしれないが。
「あ、それで、あることを言わないといけないんだった」
「あること? なんだ?」
そこで、ファラエスがそんなことを言ってきた。
カノンさんが新たに同居人になること以外に、言うことがあるようだ。
「カノンさんが、引っ越しをしなければならないらしくて、その手伝いをして欲しいらしいんだ。それで、私と君で手伝いに来て欲しいということらしくてね」
「ああ、それなら構わないが……」
「そうか、それなら、後で頼むよ」
「うん?」
ファラエスの言葉に、俺は違和感を覚えた。
引っ越しの準備は、別に問題無い。だが、後でとはどういうことだろう。
「まさか、今日の話なのか?」
「ああ、カノンさん、体調的にはまったく問題ないらしくてね。もう家に帰れるみたいなんだ」
「そ、そうだったのか……」
どうやら、カノンさんはもう回復できているようだ。
少し驚いたが、それはいいことだ。とりあえず、喜んでおくことにしよう。
という訳で、俺はカノンさんの引っ越しを手伝うことになるのだった。




