第83話 話したくないこと
俺とセリアは、カノンさんの元へと向かっていた。
カノンさんに俺達が調べたことを聞いてみるためだ。
という訳で、カノンさんがいるはずの副隊長室の前まで来ていた。
隊長だけでなく、副隊長にもこういう部屋が用意されているのだ。
「さて……」
俺は、その戸をゆっくりと叩く。
しかし、中から反応は返ってこない。
「……出かけているんでしょうか?」
「どうだろうな……」
恐らく、中にはいないのだろう。
セリアの言う通り、出かけているのかもしれない。
どうやら、無駄足になってしまったようだ。
「仕方ないか……」
「図書室に行ってみましょうか? 昨日は、そこにいましたから……」
「そうだな……」
昨日は、中庭と図書室でカノンさんと会うことができた。
そのため、図書室に行くのもいいかもしれない。
だが、もしかしたら、拠点に来ていない可能性もあるのだ。そうなると、カノンさんに直接話を聞くことはできないということである。
その場合は、別の手段を考えるしかないだろう。
「とりあえず、図書室に向かおう」
「はい!」
しかし、今はそこに行ってみるしかない。
そのため、セリアにそう言い、俺達は図書室に向かおうする。
「……待って」
「え?」
「あれ?」
だが、俺達は足を止めた。
後ろから、戸が開く音と女性の声が聞こえてきたからだ。
その声は、何度か聞いたことがあるカノンさんの声である。
「カノンさん……」
「ごめんなさい、開けなくて。少し、迷いがあったから……」
どうやら、中にいたようだ。
つまり、居留守をしていた訳である。
「一体……どういうことですか?」
「……中で、話しましょう」
俺の質問に、カノンさんはそう言ってきた。
俺とセリアは、顔を見合わせて合図した後、カノンさんに向かって頷く。
すると、カノンさんは頷き、部屋の中に入る。
それに続いて、俺達も入っていく。
「さて、座ってもらえる?」
「あ、はい」
「失礼します」
カノンさんがソファに座り、俺とセリアはその正面に座る。
すると、カノンさんはゆっくりと口を開いた。
「それで、私に聞きたいことがあるのよね?」
「……ええ、そうですね……」
「何が聞きたいのか、話してもらえる?」
カノンさんの言葉に、俺は素直に答える。
ここで話を渋っても、仕方ないだろう。
そのため、単刀直入に聞きたことを聞くことにする。
「俺達は、あなたのことを調べていました」
「ええ、その辺りは、なんとなくわかっていたわ。昨日の図書館出会って、ここに尋ねてくる。少し、私に関わり過ぎているものね」
「……ええ、それにはある理由があります」
どうやら、カノンさんは俺達が調べていたことを察していたようだ。
人を避けていたカノンさんにとって、同じ人物にここまで関わられるのは珍しいはずだ。俺達は、この二日間だけでかなりカノンさんと関わっているので、そう思うこともあるかもしれない。
「あなたが、どうしてファラエスを避けるようになったのか、それがあなたを調べている理由です」
「……なるほど、あの子のため……か」
俺の言葉に、カノンさんは少し笑う。
それは、嬉しそうな表情である。
「それで、あなたが病気であると、ザギル隊長に聞きました」
「……そう。隊長も、案外口が軽いわね……」
「だから、ファラエスを避けた。それでも、納得できないことではないでしょう」
「……どうかしらね」
病気のことを口にすると、カノンさんの表情が変わった。
少し警戒しているような、そんな表情である。
やはり、この辺りには何か事情があるようだ。
「……ですが、避けている割には、こうして俺達とは普通に話しています。だから、あなたの病気がどういうものか、まったくわからないんです」
「……」
「それに、図書室で見ていた死病蝶、そこまで深刻な病気なら、ここに来ていることがそもそもおかしいはずです」
「……そこまで、見ていたのね」
俺が言葉を続けると、カノンさんの表情が再度変わる。
その表情は悲しんでいるような感じだ。
「……私のことは、放っておいて、と言っても無駄なのよね……だって、ここまで調べているんだもの」
「ええ……」
「でも、私はあなた達に真実を知って欲しくはない。ファラエスだろうと、ザギル隊長だろうと、誰にもね……」
カノンさんは、そんなことを言ってきた。
つまり、何かを隠しているということは認めたのだ。
ただ、それを話すつもりはないらしい。
そんなにも、隠しておきたいことなのだろう。
「……そうですか」
そこで、俺は考える。
カノンさんが、一体何を考えているのかを。
話から、カノンさんには何か問題があるということだ。
それは話せないことというよりは、話したくないことらしい。
その言葉の意味が、重要なはずだ。
カノンさんは、優しい女性である。
そのため、真実を知られると、俺達に何か危険があるということなのかもしれない。
それなら、先程の話も納得できるような気がする。
「わかりました、それなら、今回は引きましょう」
「師匠!?」
「スレイド君……」
「話を聞いてくださり、ありがとうございました」
「ま、待って下さい! 師匠!」
とりあえず、俺は副隊長室を後にする。
なんとなく、カノンさんの事情は予測できてきた。
それなら、後は考えるだけだ。
「……スレイド君」
カノンさんに一礼してから、俺とセリアは部屋を出る。
すると、セリアがゆっくりと口を開く。
「師匠、いいんですか? これじゃあ、何も得られていないんじゃあ……」
「そんなことはないさ。色々と掴めることはあった。後は、行動を起こすだけだ」
「行動……?」
セリアに向けて、俺は笑顔を向ける。
こうして、俺は新たなる案を試してみることにするのだった。
◇◇◇
俺は拠点の闘技場にいた。
現在は、夜。そのため、周りに人はいない。
そんな拠点で待つのには、ある理由がある。
それは、ある人物を待つためだ。
俺の予想が確かなら、ここに現れるはずである。
少し待っていると、その人物がやってきた。
「……え?」
その人物は、この闘技場の様子に驚いているようだ。
それも当然だろう。
次に声を出したのは、俺の隣にいる人物だ。
こちらも、少し驚いている。
「カノンさん……まさか、本当に来るなんて……」
「スレイド君に、ファラエス……どうしてここに?」
「すみません、少し張らせてもらいました」
現れた人物とはカノンさんで、俺の隣にいるのはファラエスだ。
ディオンの情報から、カノンさんがここに現れると思い、待っていたのである。
この情報を持っていることを悟られないために、話した時には言わなかったのだ。
「まさか、ここで待っているなんて……」
「やはり、ここで何かがあるんですね?」
「カノンさん、一体、何が起こっているんですか……?」
「くっ! これは予想していなかった……二人とも、逃げて!」
俺達の言葉に答えることなく、カノンさんはそう言ってきた。
さらに、カノンさんの体が震え始める。
「ここまで、抑えてきたけど、そろそろ限界なのよ……このままでは、あなた達も……」
「これが、カノンさんが持っていたものか……」
カノンさんの背中から、羽のようなものが生えてきた。
それは、まるで蝶のような羽だ。
「私の体は、死蝶病に侵されている。この病は、かつてある町で流行った病……」
「ある町……?」
「この病が流行ったことで、ある蝶の噂が生まれた。あれは、実際にいる蝶ではない。この病の副産物に過ぎない……」
そこで、俺は理解した。
その蝶の羽が、図鑑で見た死病蝶と同じ模様であるということを。
「うっ……!」
さらに、カノンさんは剣を抜いた。すると、その剣は形を崩していく。
剣が、何体もの蝶に変化したのだ。その蝶は、死病蝶である。
「二人とも、逃げて……! この病には、感染力はないけど、宿主を操り、他者を攻撃させる……! 私の体に宿るものが、私を操ってしまう!」
カノンさんは、苦しみながらそう言った。
どうやら、カノンさんが病気を隠していた理由はこれらしい。
この病は宿主を操り、人を襲うのだ。
だから、カノンさんは夜の拠点にいたのである。誰も、病で襲わせないために。
「ファラエス、とにかく、カノンさんを止めよう」
「ああ、わかっている……」
俺とファラエスは、ゆっくりと刀と剣を抜く。
とにかく、カノンさんを止めなければならないのだ。




