第72話 弟子の隣で
廊下での会話が終わった後は、いつも通りの日常だった。
夕食を食べて、風呂に入って、早くも寝る時間だ。
結局、俺はファラエスと一緒に風呂に入ることはなかった。
最も、保留というだけでいつか入る可能性もある。
それは、楽しみにすればいいのだろうか。
「さて、それでは今日も寝る順番を決めようか」
何はともあれ、今は寝る時間だ。
という訳で、ファラエスがそう音頭をとっていた。
いつも通り、寝る順番決めだ。
「ボクは、今日、師匠の隣です!」
「ああ、そういう約束だったからな」
ファラエスの言葉に、セリアが声をあげた。
これは、事前に約束したことだ。そのため、ここはあまり曲げたくない。
「そうか、それなら、スレイド、セリアという感じかな?」
俺とセリアの提案を、ファラエスは受け入れてくれる。
元々、断られることなどないと思っていたので、特に言うことはない。
「そ、それなら、私は、ファラエス隊長の隣に……」
「ソーナ、大丈夫かい? 私の隣になると、その……抱き枕になってもらうということだけど……」
「は、はい。覚悟はしています……」
次に決まったのは、ソーナの位置だ。
これも、事前に予想していたことである。
緊張しているのか、ソーナは顔を赤くしていた。
なんだか、俺の時よりも緊張している気がする。
「あれ? もしかして、私、また真ん中ですか?」
その順番が決まった時、クレッタが声をあげた。
組み合わせ的に、俺とセリア、ファラエスとソーナとなっているため、そう思ったのだろう。
「別に、端でもいいと思うけど?」
「……いえ、それはそれでなんだか疎外感がありそうなので、真ん中でいいです」
ファラエスの言葉に、クレッタはそう答えた。
結局、真ん中でいいようだ。
何はともあれ、これで順番は決まった。
「それじゃあ、スレイド、セリア、クレッタ、私、ソーナということで、寝るとしようか」
「あ、それなら、私が電気を消します」
「ああ、頼んだよ、ソーナ」
ファラエスがまとめてくれ、俺達はベッドに寝転がっていく。
それを見てから、ソーナが電気を消してくれる。
その後すぐに、ソーナもベッドに寝転がり、寝る準備完了だ。
「師匠、今日は後ろから抱きしめてくれますか?」
「後ろから?」
「はい、すみませんが、お願いします」
そう言われたので、俺はセリアを後ろから抱きしめる。
何故、後ろからなのだろうか。
その疑問の答えは、すぐにわかった。
「クレッタさん……これで、寂しくないですか?」
「セリアさん……ありがとうございます。セリアさんは、優しい人ですね」
どうやら、セリアはクレッタが寂しくないように、その方向を向いたようだ。
クレッタは、昨日真ん中で寂しがったのを覚えていたのだろう。
「ソーナ、大丈夫かい?」
「は、はい……だだだ、大丈夫です……」
そんな俺達とは少し離れて、ファラエスとソーナがそんな会話をしていた。
俺の位置からはよくわからないが、ソーナはファラエスに抱きしめられているはずだ。
そのため、あんなに困惑しているのだろう。
「そ、そうかな、それなら、いいけど……それにしても、ソーナもいい抱き心地だね」
「え? そうなんですか? でも、ファラエス隊長の方が……」
「うん? 何かな?」
「い、いえ、なんでも……」
ファラエス曰く、ソーナも抱き心地がいいらしい。
俺も言われたが、その基準は一体なんなのだろう。
それにしても、ソーナはあの感触に困惑しているようだ。
同性でも、あれはすごいのだろうか。
「ふむ、まあ、いいか。寝るとしよう」
ソーナの言葉に、多少の疑問を覚えたようだが、それ以上ファラエスは追及しなかった。
そして、もう寝るようだ。
「それじゃあ、皆、お休み」
「お、お休みなさい……」
「お休みなさい。皆さん」
「お休みなさい」
「ああ、お休み……」
こうして、俺達は眠りにつくのだった。
◇◇◇
カーテンから突き抜ける光に、俺は目を覚ます。
どうやら、もう朝であるようだ。
今日は、ファラエスの胸に顔を埋めることもなく、ソーナの尻も揉んでいない。
顔にも手にも、そのような感触はないことから、久し振りの普通の朝だ。
少し物足りない気もするが、これでいいのだろう。
いや、普通の朝というには語弊があった。
なぜなら、腕の中ではセリアが寝息を立てているからだ。
そのため、今日も普通の朝ではないといえる。
寝ている間に、動いたのか、セリアの頭は俺の胸辺りにあった。
たまたまなのか、セリアは俺の腕に頭を乗せている。つまり、腕枕の形になっているのだ。
あまり腕がだるくないため、そんなに長い時間こうなっていたのでは、ないと思う。
「ん? あっ……」
俺がそんなことを考えていると、セリアが声をあげた。
どうやら、セリアも起きたようだ。
「師匠……おはようございます」
「ああ、おはよう」
「あれ? ボク、どうして、師匠の腕に……? あ、すみません、師匠、すぐに退きますから……」
「いや、別に問題ないさ。もう少し、この体勢でいよう」
自身の状況を把握したらしく、セリアは少し慌ててしまった。
俺としては、この体勢は別に辛くないので、それはまったく問題ないことだ。
そのため、セリアを留めさせておく。もう少し、セリアを甘えさせてやりたいからだ。
「そ、そうですか? それなら、すみませんが、お願いします」
俺の言葉を、セリアは受け入れてくれた。
その顔は、嬉しそうに見える。そう思えてもらえたなら、いいのだが。
「……師匠、ありがとうございます」
「え?」
「師匠の胸で眠れて、ボク、とっても嬉しいんです。だから、お礼を言いたくて……」
セリアは笑みを浮かべながら、そう言ってきた。
別に、お礼を言われるようなことではないが、そう言ってもらえると、俺としても嬉しいものである。
「え? 師匠?」
「あ、すまない……思わず……」
そこで、俺はセリアの頭を撫でていた。
なんとなく、そうしたくなったのだ。
セリアと接していると、思わずそうしたくなってしまうのは、何故なのだろうか。
「あ、いえ、大丈夫です。むしろ、撫でて欲しいです……」
「そうか……」
セリアは、それを受け入れてくれた。
それなら、存分と撫でるとしよう。
「別に、お礼を言う必要なんて、ないからな。セリアのためなら、これくらいどうってことないし、むしろ、俺もセリアとこんな風に眠れて嬉しいしな……」
「そ、そうですか……それなら、よかったです……」
俺とセリアがそんな話をしていると、奥の方で動きがあった。
ファラエスとソーナが、目覚めたようである。
ちなみに、クレッタは既に起きていたらしく、ここにはいない。
「あ、ソーナ、おはよう」
「ファ、ファラエス隊長……? お、おはようございます!」
「ソーナ、そんなに緊張しなくてもいいよ?」
「い、いえ、それは無理です! 朝一番にファラエス隊長の顔を見て、緊張しないのは、無理です!」
ソーナは朝から、そんな風に緊張していた。
長らく憧れていた人なので、それも仕方ないだろう。
「ふむ。それなら、もう起きようか。ずっとこの距離は、心臓に悪いみたいだし……」
「す、すみません……」
「あ、いや、そんなに落ち込まないでくれ。この距離が慣れないのは、むしろ普通だろうし、仕方ないよ」
「は、はい……」
そんな会話をしながら、ファラエスとソーナが体を起こした。
「セリア、俺達も、そろそろ……」
「はい、そうですね」
それに合わせて、俺とセリアも体を起こす。
すると、二人が俺達に気づく。
「あ、二人とも、おはよう」
「お、おはよう、二人とも……」
「ああ、おはよう、二人とも」
「おはようございます! ファラエス隊長、ソーナさん」
挨拶を交わしながら、俺達はベッドから降りていく。
こうして、今日も一日が始まるのだった。




