第70話 メイドからの追及
セリアが浴槽から出てからしばらくして、俺も出ることにする。
恐らく、セリアも服を着終わって、脱衣所から出ているはずだ。
先程、戸が開くような音がしたので、そのはずである。
念のため、腰にタオルを巻きつけてから、俺は脱衣所に向かう。
戸の前に立って、少し様子を伺ってみる。
やはり、中に人の気配はない。
「よし……」
俺は、ゆっくりと戸を開けた。
そこに、セリアの姿は見えない。
予想通り、もう脱衣所から出ていたようである。
「……ふう」
これで、セリアの着替えを見ずに済んだ。
見ると、色々と危ないからな。
最も、裸は見てしまったのだが。
「くっ……!」
自分で思って、何か罪悪感が出てきた。
不可抗力とはいえ、セリアの裸を見てしまったなど、なんてことをしてしまったのだろう。
「……服を着るか」
色々と考えたが、俺は服を着ることにする。
見てしまったことは変えられないし、今は考えないことにしよう。
タオルをとり、体を拭いた後、俺は服を着こんでいく。
「さて……」
服も着られたので、脱衣所から出ることにする。
そういえば、セリアが先に出てくれたおかげで、二人一緒に脱衣所から出るという図にはならずに済んだ。
そんな光景を誰かに見られたら、何も言い返せなくなるからな。
セリアとまた一緒に入ると約束したものの、他の皆にこの事実を知られるのは、色々とまずい気がするので、これは好都合ともいえる。
ただ、いずれは話さざるを得なくなるかもしれないので、覚悟はしておこう。
というか、セリアが今日口にしてしまえば、変わらない気がしてきた。
まあ、その時は仕方ないということにしよう。
「よし……」
そんなことを考えながら、俺は脱衣所と廊下を隔てる戸に手をかける。
「うん?」
手をかけてから、俺は気づく。
なんだか、戸の前に人の気配を感じるのだ。
もしかしたら、セリアが待っていてくれたのだろうか。
いや、何か違う気がする。
なぜなら、複数の気配がある気がするからだ。
「くっ……!」
まさか、先程考えたことが、すぐにやってくるとは思っていなかった。
だが、俺に逃げ道はない。
この戸を開く以外、外に出る手段はないからだ。
「……行くか」
俺は決意し、戸を開ける。
「あっ! 師匠!」
「スレイドさん……」
そこには、セリアとクレッタがいた。
セリアは、少し焦った表情、クレッタは、少し怒ったような表情だ。
これは、全てが話された後ということだろうか。
「スレイドさん……セリアさんとお風呂に入ったって、本当ですか?」
俺の予想通り、クレッタは全てを聞いていたようだ。
「ああ……」
隠しても無駄な気がしたので、俺はそれを認めることにした。
今更足掻いたところで、セリアからほとんど聞いているはずだ。
「……そうですか。それで、背中を洗ってもらったと……」
「え、あ、ああ……」
さらに、クレッタは質問を重ねてきた。
背中を洗ってもらったことよりまずいことがあった気がするが、まずはこれなのだろうか。
「……背中を」
「クレッタ? どうしたんだ?」
だが、クレッタはそこで詰まってしまった。
顎に手を当て、何かを考えているようだ。
一体、どうしたというのだろうか。
「ま、負けた……」
「え?」
「セリアさんに……負けてしまいました!」
次にクレッタの口から出たのは、そんな言葉だった。
セリアに負けたというのが、どういうことかまったくわからない。
「クレッタ、負けたとはどういうことだ?」
「スレイドさん……メイドといのが、どういうものか、わかりますか?」
「メ、メイド?」
「はい」
そこで、何故かクレッタはそんなことを聞いてきた。
この質問に、なんの意味があるのだろうか。
だが、とりあえず、考えてみることにしよう。
メイドといえば、俺の中ではクレッタだ。
つまり、クレッタがしていることが、俺のイメージするメイドということになる。
「え、えっと、家事とかをしてくれるとかか?」
「違います」
そう思って俺が放った言葉は、クレッタに一蹴されてしまった。
反応から、全然違うようだ。
しかし、俺はこれ以上わからない。
一体、メイドとはなんなのだろう。
「……答えは、奉仕です」
「奉仕?」
俺が再び考えていると、クレッタが答えを言ってくれた。
質問の答えは、奉仕だったようだ。
「はい。主人に仕え、主人に尽くすことが、メイドの役目です」
「な、なるほど……」
「だから、私はセリアさんに負けてしまったのです……」
クレッタの言うメイド論は、わかった。
ただ、それが何故セリアに負けたということになるのだろうか。
そこが、わからないところである。
「クレッタ、どういうことか、説明してくれないか?」
「セリアさんは、スレイドさんの背中を洗うという奉仕をした訳です。それは、メイドの私がしたことがないことです。つまり、私はメイドとして、セリアさんに負けたということになるんです……」
「……なるほど?」
クレッタの言いたいことは、なんとなく理解できた。
しかし、そこまで悔しがることでもないだろう。
「クレッタ、理由はわかったが、そんなに悔しがることでもないだろう?」
「いえ、これは重要なことです」
「いや、そもそも、俺はクレッタの主人ではないし……」
「え?」
俺の言葉に、クレッタは目を丸くする。
もしかして、俺が主人ではないことを忘れていたのだろうか。
「スレイドさん……そんな風に思っていたんですか?」
だが、クレッタの思ったことは、俺の予想とは違ったようである。
なぜなら、悲しそうな表情になってしまったからだ。
俺の言ったことは、クレッタを悲しませるようなことだったらしい。
「私、スレイドさんは主人同然と思っているのに……」
「え?」
「師匠、クレッタさんが可哀そうです」
「ええ?」
何故かセリアまで加わって、俺は責められていた。
しかし、俺がクレッタの主人でいいのだろうか。
それでは、ファラエスに失礼な気がするのだが。
「ファ、ファラエスはどうなる?」
「お嬢様はお嬢様です」
「ええ……」
クレッタにそのことを問い掛けてみると、そんな答えが返ってきた。
それは、答えではないだろう。
「師匠……」
「スレイドさん……」
俺が色々と考えていると、二人が不安そうな表情する。
よくわからないが、二人にそんな表情はさせたくない。
これは、覚悟を決めるしかないだろう。
「わ、わかった……俺は、クレッタの主人だ!」
「師匠!」
「スレイドさん!」
俺がそう宣言すると、二人が俺に抱き着いてくる。
「……え?」
その行為に、俺は思わず声をあげてしまった。
これは、そんなに深刻な問題だったのだろうか。
「……さて」
そう考えていると、クレッタが体を離してきた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「おふざげは、この辺りにして……」
「おふざけだったのか!?」
「まあ、半分くらいはそうです」
どうやら、ここまでのことは半分おふざけだったようだ。
半分なので、少しは真実なのかもしれないが。
だが、こんな心臓に悪い冗談は、できればやめて欲しい。
「ですが、メイドとして負けたのは事実です。そのため、私もスレイドさんの背中を洗わなければなりません……」
「え?」
「そうしなければ、メイドとして、なんか嫌です」
「なんか嫌って……」
そこで、クレッタはそんな宣言をしてきた。
メイドとしてなんか嫌とは、雑な理由である。
「待て、だが、それだと俺と入浴することになるんだぞ?」
しかし、俺の背中を洗うということは、一緒に風呂に入るということだ。
それは、こんなに気軽にしていいことではないだろう。
「スレイドさん、一緒に入浴しなくても、背中だけは洗えます」
「え?」
そう思っていた俺に、クレッタからそんなことが告げられる。
確かに、一緒に入浴しなくても、背中を洗うのは可能だ。
これは、少し恥ずかしい。
「スレイドさんが、私の裸に興味津々なのはいいですが、その考えは早計ですよ?」
「くっ……」
クレッタにも、そこを攻められてしまう。
これは、失言だったかもしれない。
「……さて、そろそろいいかな?」
「え?」
「なんだか、とても長かったわね……」
「ええ?」
そこで、俺に新たなる声が聞こえてきた。
これは、ファラエスとソーナの声である。
「な、何故ここに?」
「何故って、少し前に帰っていたからね」
「一度部屋に戻ってから、ここに来たのよ」
「三人が集まっていたから、ソーナと一緒に、何かと思ってね」
俺の質問に、二人はそう答えてくれた。
どうやら、俺への追及はまだ続きそうだ。




