第67話 弟子の提案は
俺はセリアとともに、ファラエスのいる隊長室に来ていた。
戸を叩くと、ファラエスが開けてくれる。
「おや、二人とも、どうかしたのかい?」
「ああ、少し汗をかいたんで、これから帰ろうと思ってな」
「なるほど、それでわざわざ私に伝えに来てくれたのか」
俺の言葉を聞いて、ファラエスはすぐに理解してくれた。
理解が早いと、色々と説明する必要もないので、助かる。
「ああ、特に問題はないか?」
「うん、問題無いよ。二人とも、ゆっくり休むんだよ。あ、ソーナには、私から伝えておくよ」
「そうしてもらえると助かるよ」
「ファラエス隊長、ありがとうございます」
こうして、俺とセリアは拠点から去るのだった。
◇◇◇
俺とセリアが家に帰ると、クレッタが迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、スレイドさん、セリアさん」
「ああ、ただいま」
「ただいまです、クレッタさん」
「なんだか、早いお帰りですね」
俺達が少し早く帰って来たので、クレッタは少し驚いているようだ。
こんなことを予想できる訳もないので、それも仕方ないだろう。
こちらとしては、少し申し訳ない気持ちである。
「ああ、少しはしゃぎ過ぎてな。すまなかった、急に帰って来て……」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。少し、驚いただけですから……」
「そうか? それなら、いいんだが。それで、風呂に入りたいんだが、準備を頼んでも、いいか?」
「はい、お任せください」
俺の言葉に、クレッタが頷いてくれた。
驚いてはいても、すぐに対応してくれるようだ。
「それでは、すぐに準備しますから、少々お待ちください」
「ああ、よろしくな」
「クレッタさん、よろしくお願いします」
クレッタは、それだけ言って歩いて行った。
風呂の準備をしてくれるのだろう。
俺とセリアも、自室に向かってゆっくりと歩き始める。
「あ、そうだ。風呂は、セリアから入っていいからな」
「あ、はい。ありがとうございます。でも……」
「でも?」
「……師匠も一緒にどうですか?」
「え?」
セリアの発言に、俺は足を止めてしまう。
急に、何を言い出したのか、理解が追い付かない。
「どう……とは、なんだ?」
「い、一緒に、お風呂に入りませんか?」
困惑する俺が問い掛けると、セリアがはっきりと口にしてくれた。
セリアは、俺に一緒に風呂に入らないかと誘ってきたのだ。
いきなり、なんてことを言い出すのだろうか。
「それは、流石にまずいんじゃないだろうか?」
「え? そうですか?」
「いや、その……」
ここで、俺は言葉に詰まってしまう。
セリアに何故まずいかを説明するのも、中々難しいのだ。
「師匠の背中を、ボクに流させてください」
「いや、駄目なんだ。やっぱり、一人で入ってくれ」
「あっ! 師匠!?」
「すまん、セリア!」
俺はセリアの返答も聞かず、駆け出していた。
非常に申し訳ないが、ここは逃げさせてもらう。
後ろからセリアの声が聞こえたが、俺は部屋に駆け込むのだった。
◇◇◇
俺はセリアから逃げて、部屋に籠っていた。
色々と考えた結果、部屋の鍵は開けている。これで、セリアが追いかけてきたら、話し合おうと思ったのだ。
しかし、待っていてもセリアが来ることはなかった。
どうやら、諦めてくれたようである。
流石に申し訳ないし可哀そうなので、後で色々と謝ろう。
そう思っていると、部屋の戸が叩かれる。
あれからしばらくしたが、セリアとクレッタどちらだろうか。
俺は思い切って、戸を開けてみる。
「あっ! 師匠!」
そこには、セリアが立っていた。
その顔は少し赤くなっており、風呂を終えてここに来たように見える。
「セリア、色々とすまなかった。急に、走り出してしまって……」
「いえ、もう気にしていませんよ。後から考えたら、ボクも恥ずかしいかなと思ったので……」
「そ、そうか……」
セリアは、俺の言葉に笑顔を向けてくれた。
どうやら、あまり怒ってはいないようだ。
それにしても、セリアもちゃんと恥ずかしいということを理解してくれたのか。
これは、色々とよかったと思える。
「でも、急に走っていなくなるのは辛かったです」
「そ、それはすまなかった。許してくれ」
しかし、辛い思いをさせてしまったようだ。
これは、怒られるよりも辛いことである。
「……今日は、後でたくさん甘えさせてくださいね」
「うん? ああ、もちろんだ」
そこで、セリアがそんなことを言ってきた。
恐らく、これが俺の贖罪ということだろう。
それなら、存分に甘えてもらいたい。セリアに甘えられるのは、大歓迎だ。
「それなら、大丈夫です。師匠も、お風呂に入ってくださいね」
「ああ……」
「それでは、ボクはこれで。また、後で会いましょう」
それだけ言って、セリアは去っていった。
色々あったが、これで解決だ。
俺も、風呂に入るとしよう。
◇◇◇
俺は、洗い場で体を洗っていた。
この家の風呂はとても広く、それに伴い洗い場も広い。
ちなみに、風呂などの設備は魔法によって作られたもので制御されている。
「うん?」
俺がいつも通り体を洗っていると、音が聞こえてきた。
それは、廊下と脱衣所の間にある戸が開く音に思える。
もしかして、何かあったのだろうか。
いや、クレッタが脱衣所に何かようがあるのかもしれない。
そう思い、俺は後ろを見てみる。
すると、脱衣所とこちらを隔てる戸が開かれた。
次の瞬間、俺は思わず声をあげてしまう。
「え?」
「師匠、お背中を流しに来ました!」
そこには、セリアが立っていたのだ。
一応は体にタオルを巻いているが、服は脱いでいるように見える。
困惑しながらも、俺はとりあえず大事な所をタオルで隠す。
「なっ!? 何故、ここに!?」
「師匠が逃げてしまったので、色々と考えた結果、師匠が油断している間に、入る作戦をとりました!」
「何!? なんてことだ!?」
どうやら、俺はセリアに完全に騙されてしまったようだ。
弟子に後ろをとられるなど、なんという不覚。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「し、しかし、確かに風呂に入ったような感じだったはずだ。体は火照っていたし、いい匂いもしていたぞ!?」
「ちゃんと、体は洗いましたから。おかけで師匠は、完全に騙せたようですね!」
なんとセリアは、俺が疑問に思うことも予想して、先に体を洗っていたらしい。
中々、いい読みをしてくれる。
「さあ、師匠、諦めてボクに背中を流させてください!」
「くっ! 仕方ない……今日は、俺の負けを認めざるを得ないか……」
何故か俺は、敗北感を感じてしまい、セリアの言う通りにしようとしていた。
完全に騙されたので、なんだかそうするのが正しい気がしたのだ。
こんな気分になったのは、セリアが体にタオルを巻きつけているからかもしれない。
これなら、セリアの裸が完全に見える訳でもないので、まだ大丈夫だという判断になってしまったのだ。
「ふふ、だから、後でたくさん甘えさてくださいと言ったんですよ」
「な、なるほど、これもこの時のことを言っていたのか……」
「はい!」
それに、セリアがとても喜んでいるのだ。
その笑顔を見ていると、細かいことはどうでもよくなっていくのである。
いや、どうでもよくはないのだが。
「師匠、どうします?」
「……まあ、ここまで来たし、とりあえず、背中、流してもらうよ。セリア、よろしく頼むぞ」
「はい、師匠の背中をキラキラにします」
「いや、そこまではしなくてもいいぞ?」
俺の言葉に笑ってくれながら、セリアはゆっくりと近づいてくる。
そして、俺の背中側に座ってきた。これから、セリアが背中を洗ってくれるのだ。
その事実は、中々嬉しいものであった。




