第63話 副隊長との朝は
窓にかかったカーテンを突き抜けてくる僅かな光で、俺は目を覚ます。
昨日は、かなり緊張していたが、なんとか眠れた。
さて、朝が来たようだが、背中の心地いい感触はなくなっている。
恐らく、クレッタは朝食の準備などをするため、既に起きたのだろう。毎日早く起きて朝食を作ってくれるクレッタには、感謝しかない。
ところで、背中の感触を失った代わりに、俺の手に何か丸くて柔らかいものが当たっている。
いや、正しくは俺が掴むような形になってしまっているのだ。
そして、俺の前にはソーナがいる。
ただし、目の前に顔が見えるため、これは胸ではない。
俺の手は、ソーナの方に伸びており、その体を回っていた。
手の位置は、ソーナの下半身辺りだ。
つまり、俺が今揉んでいるのは、ソーナの尻ということである。
「……」
これは、とてもまずいことだ。
すぐに、手を離さなければならないだろう。
中々名残惜しい感触だったが、そうもいっていられない。
そう思い、俺は手を離そうと思った。
しかし、時は既に遅かったようである。
「スレイド……」
「あ、いや……」
なぜなら、ソーナが目覚めてしまったからだ。
ソーナは、訝しげな目で俺を見てきている。つまり、状況は理解しているということだ。
寝ている間のことだが、触ってしまったということは変わらない。
「す、すまなかった……」
そのため、俺は謝ることにした。
こういう時には、とにかく謝るべきだ。
「……その前に、手を離してもらえるかしら?」
「え? あ、すまない……」
しかし、俺の謝罪は失敗していた。
なぜなら、ソーナの尻を掴んだままだったからだ。
ソーナが目覚めたという事実に、手を離すのを忘れていたのである。
これは、失敗だ。すぐに手を離そう。
「本当にすまなかった……寝ている間に、いつの間にか掴んでしまっていたんだ……」
「ええ、まあ、そうだとは思ったわ」
俺の言葉に、ソーナはゆっくりと頷いてくれる。
どうやら、ちゃんと理解してくれていたようだ。
「だから、別に怒るつもりはないわよ。こんなに近くにいるんだから、どこかに手が当たっても、仕方ないもの……」
「あ、ありがとう……ソーナ」
ソーナは、俺を許してくれるようである。
寛大な心に、感謝の気持ちしか湧いてこない。
「……」
「うん? ソーナ、どうしたんだ?」
「あ、その……」
そこで、ソーナが動きを止めた。
その目は、俺の顔をじっと見つめている。
もしかして、俺の顔に、何かついているのだろうか。
「明るくなって、改めて見て……近いと思ったのよ」
「ああ、確かに……」
ソーナが止まったのは、俺の顔が改めて至近距離にあるとわかったかららしい。
確かに、かなり近い位置に、お互いの顔がある。
昨日の暗い状態で見るのと、明るくなってはっきり見えるのとで違うのもの当然だ。
「それなら、そろそろ起きるとしよう」
「ええ、そうしましょうか」
俺の言葉に、ソーナが頷いた。
そのため、俺達は起きようとする。
その時、声が響いた。
「二人とも、話は終わったみたいだね」
「なんだか、すごいことになっていたみたいですね」
それは、ファラエスとセリアの声である。
ファラエスとセリアは、こちらを向いて寝転がっていた。
ファラエスがセリアを後ろから抱きしめる体勢が、なんだか可愛らしく見える。
「き、聞いていいたのか……?」
「私は一部始終聞いていたね」
「ボクも、全部聞いていました」
どうやら、俺とソーナの会話は全て聞こえていたようだ。
俺とソーナは、思わず沈黙してしまう。
「別に、気にしなくてもいいよ。そうだよね、セリア」
「はい。ボクは慣れているから、大丈夫です」
「え?」
「うん?」
ファラエスの質問に、セリアがそう答えた。
その答えに、俺とファラエスは思わず声をあげてしまう。
慣れているとは、どういうことだろうか。
「だって、師匠はファラエス隊長とも、同じようなことをしていますから」
「あれ? セリア……知っていたのかい?」
「はい、知っていました。でも、なんだか起きたら悪い気がして、寝ているふりをしていたんです。駄目……でしたか?」
セリアは、いつも俺がファラエスの胸に顔を埋めていた時、寝ていると思っていた。
だが、実は起きていたようだ。
その事実に、ファラエスまで沈黙してしまう。
俺とソーナが恥ずかしかったのが、ファラエスにも飛び火していた。
「師匠? ファラエス隊長?」
俺とファラエスが沈黙してしまったため、セリアが不安そうな表情をする。
これは駄目だった。セリアを悲しませるようなことを、してはならない。
「……すまない。少し、考えてしまってね。セリアの気遣いは嬉しいよ。ありがとう」
「ああ、早く答えられなくてすまなかった。ファラエスの言う通りだ。セリアは、本当にできた弟子だな」
「そ、そうですか? それなら、よかったです」
ファラエスも同じ考えが過ったらしく、早口でセリアの質問に答えていた。
俺達の言葉で、セリアは笑顔になってくれたので、一安心だ。
「……そろそろ、起きようか」
「ああ……」
ファラエスの一声で、俺達は起きることにした。
朝から、色々と大変だったが、今日も一日が始まるのだ。
◇◇◇
俺達は、朝食を食べていた。
そこで、今日の予定を相談するのである。
「さて、私は今日、スレイドと少し用があるけど、二人はどうするのかな?」
俺の予定は、ファラエスとともにどこかに出かけることだ。
そのため、ファラエスはセリアとソーナにそう聞いていた。
「そうなんですか……? それなら、ボクはどうしましょうか……」
ファラエスの質問に、セリアは少し困ったような顔になる。
何か、問題があるようだ。
「どうかしたのか?」
「今日は、師匠に稽古してもらおうと思っていたんですけど……それなら、駄目だと思って……」
「そうだったのか……」
セリアの困っていたこととは、俺に稽古をつけてもらえないからのようだ。
そういえば、最近はあまりセリアの修行を見てやれていなかった。これは、師匠としてなんとかしなければならない。
「ファラエス、今日の予定は、午前で終わるのか?」
「ああ、多分、午前で終わるだろうね」
「そうか。それなら、セリア、午後からならどうだ?」
「あ、はい。お願いします、師匠」
ファラエスの用事は午前で終わるようなので、俺は午後からセリアの稽古をつけることにした。
師匠としての義務を果たせなかったことは、少し反省だ。
「私は、拠点に行こうと思っています」
そこで、ソーナが自身の予定を口にした。
どうやら、ソーナは普通に拠点に行くらしい。
恐らく、普通に仕事だろう。
「それなら、ボクも一緒に行きます」
ソーナの言葉に、セリアがそう言って反応した。
セリアも、とりあえず拠点に向かうようである。
「そっか。セリアと一緒に行けるのね……それは、なんだか嬉しいわ」
「そうですか? そう言ってもらえると、ボクも嬉しいです」
ソーナはセリアの言葉を喜び、それにセリアも喜んだ。
二人とも喜んでいるので、良いことだろう。
「というか、お嬢様とスレイドさんは、デートなんですか?」
そこで、クレッタがそう言ってきた。
静かだと思ったが、タイミングを見計らっていたようだ。
全ては、俺とファラエスをからかうためのものだろう。
「デートか……まあ、そう思ってもらっても構わないよ」
「あれ?」
しかし、ファラエスはそれを冷静に受け流した。
クレッタも、この反応には拍子抜けしたようだ。
それにしても、今日出かけるのは、デートなのだろうか。
いや、俺がそんなことを気にしては駄目だ。
きっと、クレッタを受け流すためにああ言っただけなのだろう。
そんなことを考えながら、俺は朝食を食べるのだった。




