第51話 狂気の本性
俺は、ノワールと対峙していた。
最初の攻防は、やや俺が優勢といったところだ。
『さあ、両者、呼吸を整えています。お互いに、消耗はかなり大きいようです』
『どちらも、大きなダメージは負っていませんが、疲労はそれなりに溜まっているでしょうね……』
しばらく休んでいると、疲れがとれてくる。
こちらは動けるが、ノワールはどうだろうか。
「はあ、はあ……」
ノワールの様子を伺ってみると、未だ息を整えているように見える。
疲労は向こうの方が大きかったはずなので、これも当然だろう。
さて、それなら遠慮なく攻めさせてもらおうか。
「……ふふふっ」
「何……?」
そう思い、俺が歩き始めようとしている時だった。
突如、ノワールが笑い始めたのだ。
その笑顔に、俺は思わず足と止めてしまう。
何か、奇妙なものを感じたのだ。
「ふははははははっ!」
ノワールは、さらに大きく声をあげ笑う。
その様子は、どこか恐ろしいものだった。
『ノ、ノワール選手、と、突然笑い始めました!? 一体、どうしたのでしょう!?』
『ノワールの本性が、現れそうですね……』
「ふはははははははははっ……」
そこで、ノワールが笑いを止める。
「久し振りだ……俺が本気になれるのは」
「何?」
「嬉しいぞ……こういう戦いがしたかったんだ」
再び口を開いたノワールは、先程までと雰囲気が変わっていた。今までの柔らかな口調も変わり、まるで別人のようだ。
『ど、どうしたのでしょう? ノワール選手の口調が先程までとは変わりました』
『あちらの方が、ノワールの本性ですよ』
『ほ、本性!? では、今までは……』
『猫を被っていたということです』
どうやら、こちらがノワールの本性であるらしい。
しかし、ここまで豹変されると、違和感しかなかった。
「ふはははは、第二ラウンドを始めようか!」
ノワールは笑いながら、剣を片手に持ち替える。そして、もう片方の手でもう一本の剣を引き抜いた。
「に、二刀流……!」
「俺は攻撃力がないのでね……手数で攻めさせもらう」
「くっ……!」
二刀流とは、とても厄介である。
先程の攻防は俺が優勢であったが、ぎりぎりで攻撃を捌けていただけだ。単純に、その二倍の攻撃をされたら、俺は防ぐことができなくなってしまう。
『ノワール選手、驚愕の二刀流! これは、どうなるかわからないぞ!』
『ここから、ノワールの反撃が始まるでしょう……』
『なるほど……おおっと! ノワール選手に動きがありました。スレイド選手に近づいていきます……』
ノワールが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。先程までの経験から、一気に近づいては来ないようだ。
俺は刀を鞘にしまい、抜刀術の体勢をとる。警戒はされていても、今思いつく最善手はこれだった。
「ふはは、行くぞ!」
『ノワール選手! 一気に駆け出した!』
そこで、ノワールは速度を上げてくる。
それに合わせて、俺は刀を解き放っていく。これなら、先程と同じになるはずだ。
「秘剣技! 疾風!」
「ふん!」
『スレイド選手、一閃! しかし、これは!?』
しかし、俺の刀は空を斬っていた。
完璧なタイミングだったはずだが、ノワールはそこにいないのだ。
俺の目には、刀の間合いギリギリに立っているノワールが映っている。
『ノワールが、体を停止させたんです』
『か、体を!?』
『はい、あのスピード、あのタイミングで体を止めるなど、普通はあり得ませんがね……』
どうやら、ノワールは体を停止させたようである。
あのタイミングで体を止められるとは思っておらず、俺は刀を振ってしまったのだ。
しかし、止まるとわかっていても、刀を引き抜いた時点で、俺は攻撃を止められなかっただろう。
これは、ノワールの驚異的な身体能力に、一歩及ばなかったといわざるを得ない。
「ふははは! 残念だったなあ!」
「くっ!」
『ああっと! 無防備な状態のスレイド選手に、ノワール選手の攻撃!』
『完全に刀を振り切った後ですから、躱すのは難しいでしょう』
ノワールが、俺に向かって剣を振るってくる。
俺は、なんとか刀を構え直し、その攻撃を防ぐ。
『おお!? スレイド選手、なんとか受け止めた!』
「やるな……だが、その程度!」
「うっ!」
ノワールの一撃をなんとか受け止めた俺だが、それは所詮片方の剣である。
つまり、ノワールのもう一撃が来るということだ。
なんとかして、そちらを防がなければ、意味がない。
「はああっ!」
「くっ!」
俺は、体を後退させて、その二撃目を防ぐ。
「まだ! まだ!」
「くっ!」
しかし、ノワールはさらに踏み込んで攻撃を仕掛けてくる。
俺はさらに後退して、その攻撃を防いでいく。
『スレイド選手! どんどんと後退していく!』
『今度こそ、ノワールの猛攻を防ぐので精一杯のようです』
「ふははは!」
「くっ!」
ノワールは、攻撃の手を緩めない。そのため、俺は防御することしかできないでいた。
この状況をどうにかしなければ、このまま押し切られる可能性が高い。
ここは、攻撃を流して、バランスを崩させてもらおう。
「ふはははは……ははっ!?」
「秘剣技! 流水!」
『む!? スレイド選手、これは!?』
『受け流したようです』
俺はノワールの剣を受け流し、なんとかバランスを崩させる。
「まだだ!」
「何!?」
『ノワール選手、バランスを崩しましたが、もう一本の剣で攻撃した!?』
『あの状態からとは、なんという攻撃……!』
だが、ノワールはそれだけで終わらなかった。
片方の剣を封じたというのに、もう一本の剣で反撃してきたのだ。
この状態から反撃を仕掛けてくるとは、驚きである。
ノワールの身のこなしの軽さは、ここでも発揮されているようだ。
「くっ!」
『スレイド選手、後退!』
『あの二刀流を、受け続けたくはないでしょうから、それも仕方ないでしょう』
『なるほど、一旦退却といったところですね……』
俺は大きく後退し、ノワールから距離をとっていく。
あのまま接近しているのは、危険だった。
奴の二刀流は、やはりかなり厄介なものだ。対抗手段を考えなければ、やられる可能性すらある。
「ふはは……外したか。やはり、中々やるようだ」
「そりゃあ、どうも……」
『おおっと!? ここで両者、再び呼吸を整えております!』
『お互いに、疲労は大きいはずです』
俺の前方で、体勢を立て直したノワールがそう言ってきた。
なんだか、猫を被っている時よりも、物言いがスッキリしていてわかりやすい。
「これ程の相手は、久し振りだ……血がたぎる」
「ほう?」
「強い相手を切り刻める……それこそが至高の時……」
しかし、その言動は少々恐ろしいものだった。
ソーナが見たという残虐な面は、今もなお健在であるようだ。ただ、騎士団に在籍していることから、無闇にその精神を振るうことはなくなったと思いたいが。
「セリクの戦いを見た時から、ずっとこうしたいと思っていたが、やはりいいものだ」
「何……?」
そこで、ノワールがそんなことを言い出した。
「俺もあの戦いは見ていたからな……セリクに勝った者なら、俺を満足させてくれると思った訳だ……」
確かに、同じ騎士団員なので、あの戦いを見ていてもおかしくはない。
だが、そんな時から俺と戦いたいと思っていたとは、驚きだ。
「さて、そろそろいくか……」
話を切り上げ、ノワールが構え直す。
それに合わせて、俺も構える。
『おおっと!? 両者構え直します!』
『戦いが再開するようですね……』
俺とノワールの戦いは、続いていく。




