第50話 身軽な男
「四番隊スレイド、前へ!」
俺が、入り口から出ていくと、会場から歓声が聞こえてきた。
今回も、結構な観客で埋まっている。これも騎士の仕事であるそうなので、色々な人が来ているのだろう。
「五番隊ノワール、前へ!」
反対側からは、ノワールが出てくる。今回も、セリクの時と同様に、ザギル五番隊隊長がついて来ていた。恐らくは、セコンドだろう。
『さあ、やって参りました。注目の一戦!』
俺達が闘技場に入ってすぐに、そんな声が聞こえてきた。いつも通り実況である。
『四番隊と五番隊、異なる隊の隊員が今戦おうとしています。一人は、四番隊スレイド選手。先日、セリク選手と死闘を繰り広げた新進気鋭! 今宵はどんな戦いを見せてくれるのでしょう!?』
まずは、俺の紹介のようだ。
期待通り、いい試合を見せようではないか。
『一方は、五番隊ノワール選手。五番隊に置いて、隊長、副隊長の次に強いと言われていますこの男、どのような試合を見せてくれるのでしょうか!?』
次は、ノワールの紹介である。
隊長、副隊長に次いでの実力。聞いてはいたが、中々恐ろしいものである。
『さて、今回の実況は、私セイカ。解説は、セリクさんでお送りします。セリクさん、よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
どうやら、解説はセリクらしい。何をやっているんだ、あいつは。
「おやおや、お久し振りですねえ……」
俺がそんなことを思っていると、ノワールがそう言ってきた。
口調としては柔らかいが、内に秘めている敵意は隠しきれていない。
これから試合なので、それは当然のことだろう。
「猫でも被っているつもりなのか?」
俺がそう言うと、ノワールの顔が少し歪む。
その口の端が、釣り上げられたのだ。
「おや、わかっていたのですね……それは、結構……」
「……隠していたつもりだったのか?」
「いえ、わかる程の実力で、驚いただけですよ……」
ノワールは、そう俺を挑発してくる。
丁寧な態度は、やめたようだ。
「生憎、俺の実力は、お前以上なんでね……」
「ほう? それは驚きですね……」
俺の言葉を受けても、ノワールは態度を崩すことはない。
どうやら、煽り耐性はそれなりのようだ。
「まあ、それは試合の結果でわかりますよ……」
「なるほど、それもそうだな……」
その言葉を最後として、お互いに黙り、試合開始の合図を待つ。
「……お互いに、準備はいいね」
審判がそう言い、手を上げる。
「試合開始!」
その合図で、俺は動き出そうとしていた。
先手で仕掛けて、試合の流れを掴もうと思っていたのだ。
『おおっと!? ノワール選手、試合開始の合図ですぐに駆け出した!?』
『ノワールは、スピード重視の戦い方です。手数で攻めるのが、奴の作戦でしょう』
しかし俺は、足を止めざるを得なかった。
なぜなら、ノワールが駆けだしてきたからだ。それは、俺が動くよりも早かった。
そのため、俺は動かず迎え撃つことにする。
『スレイド選手! 腰を低くし、刀に手をかけた!』
『これは、まさか……』
襲い掛かってくるノワールに対して、俺は刀を引き抜く。
それと同時に前に出て、一気に解き放つ。
「秘剣技! 疾風!」
「ほう!?」
『ああっと!? スレイド選手、抜刀術! しかし、ノワール選手は、ぎりぎりで体を引いた!』
『どうやら、スレイドの体勢を見て、攻撃を予測したのでしょう』
俺の抜刀術を、ノワールは後ろに下がることで躱してきた。
引き抜いてからでは間に合わないはずなので、俺の動きを見て予測したのだろう。
やはり、かなりの反応速度のようだ。
「おやおや、中々の攻撃ですねえ」
「それはどうも」
引いたノワールに対して、俺は一歩踏み出す。
『スレイド選手、一歩踏み出し、ノワール選手との距離を詰めていく!』
『躱したノワールに、追撃を仕掛けるつもりです』
俺は刀を持ち直し、ノワールに向けて振るう。
「はああっ!」
「ふん!」
『スレイド選手一撃! しかし、ノワール選手受け止めた!』
俺の一撃を、ノワールが受け止めた。
だが、それだけで、俺が止まる訳ではない。
「はああああ!」
「くっ!」
『スレイド選手、押していきます! ノワール選手の体が後退していく!』
『スレイドの方が、パワーは上です。ノワールでは、受け止めきれないでしょう』
俺が力を入れると、ノワールの体がどんどんと後退していく。
どうやら、力は俺の方が上のようだ。
それなら、このまま押し込むとしよう。
『ノワール選手、どんどんと後退! このまま為す術なしか!?』
『いや、ノワールはあれで終わるような奴ではありません』
「くっ……これは、厳しいですね……なら」
そこで、ノワールの剣に力が入る。
しかし、その程度の力では俺を押し返すことはできない。
そう思った俺は、次の瞬間目を疑った。
突如、俺の前からノワールが消えたのである。
後ろには下がっておらず、左右にもいない。あの状態から、後ろに回られた訳でもないはずだ。
つまり、逃げ場所は一つ。
『ノワール選手! 飛んだ!?』
『スレイドは、一瞬、反応が遅れたようですね……』
ノワールは、あの状態から上へ飛んだのである。
剣に力を込めたのは、陽動と上への逃げ道を確保するためだったようだ。
「流石にこちらは読めなかったようですね!」
『ノワール選手! 落下していく!』
「くっ!」
ノワールは、剣を構えて落下してくる。
俺は身を翻し、それを躱す。
『スレイド選手、ノワール選手から体を離します!』
『そこまで速い攻撃ではありませんから、これも当然でしょう』
俺は後退しながら、ノワールの様子を伺う。
着地したノワールは、そのまま地面を蹴って、こちらに向かってきていた。
なんとも、身軽な奴である。
『おおっと、ノワール選手! スレイド選手に向かっていきます!』
『あの身軽さこそが、奴の強力な武器です』
『なるほど、確かに素早く恐ろしい身のこなしです! これが、ノワール選手の強さのようです!』
ノワールは俺に向けて、剣を構えているようだ。
躱したばかりの俺は、抜刀術の構えがとれない。
「さて、いきますよ!」
「くっ!」
『ノワール選手、連撃! スレイド選手は防戦一方です!』
ノワールは、何度も何度も俺を斬りつけてくる。
俺は、それを受け止めるのに精一杯だ。
ノワールの一撃は重くないが、早い。
手数で攻めてきているようだ。
「ほら! ほら! ほら!」
「くっ!」
『スレイド選手、これは駄目か!?』
『いや、これは……』
ノワールは手を緩めず、俺に攻撃してくる。
「くっ!?」
『おや!? ノワール選手の表情が変わりました! 一体、どうしたんだ!?』
そこで、ノワールが表情を変えた。
それは、苦悶の表情である。
『セ、セリクさん、一体何があったんでしょうか?』
『スレイドの力に、ノワールが負けたんです。防御しながら、スレイドは着実に力を込めていましたから』
「くっ!」
どうやら、ノワールに、俺の防御が効いてきたようだ。
単純な力では、俺の方に軍配が上がる。俺が防御し続けたことで、逆にノワールが疲れてきたのだ。
『な、なんということだ! 優勢に見えたノワール選手は、思ったより劣勢だったようだ!』
「これは、まずい……」
『おおっと! ノワール選手、堪らず後退!』
『一度、体勢を立て直すつもりでしょう……』
疲れたノワールは、どんどんと後退していく。
一度、退却するようだ、すごい速さである。
追いかけてもいいが、流石に俺も疲労していた。
ここは、俺も体勢を立て直させてもらおう。
俺とノワールは、互いに息を整えながら、相手を見つめる。
俺達の戦いは、始まったばかりなのだ。




