表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盲目の桜木  作者: ヨッキ
8/22

第8話:推理小説

「で?

どうなったんだ?」


登校途中、一緒に歩いていたカガリが聞いた。


「どうって別に…」


「別にって事はないだろ?

その盲目の彼女となんか良いムードになった訳じゃん?

その後もちろん…

ほら、例のあれが?」


カガリはニタニタしながらグイグイ情報を聞き出そうとしてくる。

昨日の事なんか話すんじゃなかった、そんな後悔が頭を過ぎった。

だが、話したからには最後まで話さなければならなかった。

何故ならカガリという存在は話さなければいつまでもグイグイ来る奴だからだ。


「あー…もちろん…」


「もちろん?」


「走って逃げた!」


カガリはそれを聞いた直後、ニタニタ顔から満面の笑顔へと変わった。


「ハハハハッ!!

やっぱり出たか、例の純情ダッシュ!!

おまえそんなんだからいつまで経っても彼女出来ねぇんだよ!」


カガリの言う『純情ダッシュ』とは、数ある僕の技の一つだ。

あらゆる局面で恥ずかしい事があるとどこかへ走り出してしまう事からカガリが名付けた。

僕はこの技であらゆる死線を乗り越えてきたのだ。

まぁ、逃げただけだが…


「しょうがないじゃん、耐えられない事があると体が勝手に動くんだから…

それじゃあカガリならどうする?」


「俺か?

俺ならそうだな…

…まずその彼女がベットにいるだろ?…」


僕は頭の中でカガリの話しを想像しようとしたが、なんとなくそこにいるのが彼女である事が嫌で、瞬時に野々村に切り替えてあの時の状況を想像した。


「甘いムードの中、俺はそっと彼女に近付いてベットに腰掛けるんだ…

そして彼女の耳元で囁く…


『もう後戻り出来なくなるぜ、良いのか?』…


そして俺は彼女のくちび…

…って、あれ?シズ?」


僕はすでにカガリから遠く離れた場所にいた。

もはや誰も僕を止められない、純情ダッシュが発動してしまったからには…。


カガリを置き去りに一足先に学校に着くと、イシズは一人で本を読んでいた。

クラスのみんなは誰もイシズに近寄ろうとせず、おかしな事にイシズが座る席を中心に円が出来ていた。

まるでイシズ自身が作り出したバリアに、みんなが弾かれているようでもあった。


僕がイシズに「おはよう」と言うとイシズも「おはよ」と返してくれた。

僕が「何の本読んでるの?」と聞くとイシズは自分の頭を人差し指でトントンと小突き、悩んだような感じで言った。


「分からないんだ…

推理小説なんだけど…

内容が頭ん中入ってこなくて、自分でも何読んでんのか分からないんだよね…」


イシズは少し疲れているみたいだった。


朝のホームルームが始まり、担任の新井先生が出席簿を取り終えると、誰から聞いたのか、昨日の事件について話してきた。


「昨日、劇の事でちょっと問題があったみたいだけど、誰か詳しく説明出来るやついるか?」


…いるハズもなかった。

演出家のイシズに腹を立ててみんなで罵倒し合っただなんて、先生が神父でここが教会のザンゲ室でも無い限り、口を開こうとする者はいない。

野々村も少し手をあげようとする動作はするものの、不本意ながらも自分の味方をしてくれたクラスのみんなを裏切る真似は出来ないといった感じだった。


この僕自身、何を言って良いか分からなかった。


みんながこのやり取りが終わるのを静かに見守っている中、不意に野々村の目付きが変わった。


野々村は手を上げた。


新井先生が手を上げた者を確認すると指をさして言った。


「よし、それじゃあ石塚、頼む!」


気付いたらイシズも手を上げていた。

恐らく野々村より先に手を上げたのだろう、先生に指名されたイシズは席を立ち、辺りを見渡した。

みんなが緊張しだしたのが分かった。

イシズが何を言うのか、不安でしょうがないと言った感じだ。

そわそわと、ざわざわと、空気が徐々に変わっていった。


「先生、俺…

劇の演出担当降ります」


それを聞いた瞬間、僕は思わず席を立った。

ガタンと椅子が倒れ、何人かは僕に目をやったが、大半はイシズの次の発言に集中していた。

イシズの席は前の方で、僕のいる後ろの方からではイシズの顔を見る事は出来なかった。

イシズが今、どんな気持ちで、どんな顔をしているの気になった…。


「静谷?

どうした突然立ち上がって?

何かあるなら後で聞く、とりあえず座れ!」


僕は椅子を起こして大人しく座った。

僕が注意されているにも関わらずイシズは振り返る事無く、まるで気にしていないと言った感じだった。

イシズは続けて言った。


「…スイマセン

部活の方が忙しくなって…

演劇部も文化祭で舞台をやるんですよ

最初のうちは良かったんですけど、こっちと掛け持ちしてたら段々追い付かなくなっちゃって…

…昨日は、そんな話しをみんなとしてました」


イシズは嘘を付いた。

それは単なる気まぐれみたいなモノだったのかもしれないけど、クラスの大半は安堵の表情を浮かべていた。

ただ数人、僕とカガリと野々村を除いては…。


「そうか…

それは残念だな

それじゃあ他に誰か演出担当決めないとな?

誰か立候補するやつはいないか?」


僕がイシズの考えをどうにか変えられないかと思考を凝らしている間に、話しが次々に進もうとしていた。

バカらしくも、時間が止まってくれれば良いのにと本気で願った。


『キーンコーンカーンコーン』


その時、ちょうどホームルーム終了を告げるチャイムが鳴った。


「時間か、それじゃあ放課後までにみんなでどうするか考えといてくれ」


新井先生がそう言って去っていくと、辺りはザワザワと騒ぎ始めた。

みんなイシズを気にする様子は無く、次の演出家をどうするかの話題でもちきりだった。


僕はほんの数歩の距離を走ってイシズに詰め寄った。


「イシズ!

本気で辞めるのか!?」


僕がそう言うと、イシズはチラリと僕を見て、次の授業の教科書を取り出し、準備をしだした。


「…昨日言ったでしょ?

辞めるってね

それに本当に今演劇部の方に手がまわんなくて困ってたんだよね…」


「だ、だからってこんな…」


『キーンコーンカーンコーン』


僕が何かを言おうとした時、またしてもチャイムが鳴った。


「おいっ!

もうチャイム鳴ってるぞ、いつまで席を立ってんだ!!!」


チャイムと同時に数学の鬼村参二が怒鳴り込んできて、僕は仕方なく席に戻った。


僕はイシズに何を言おうとしたんだろう…。

正直勢いだけで、何も考えてなかった。


席に戻る途中、野々村が小さく言った。


「嘘つき、大丈夫って言ったのに…」


僕も小さく返した。


「…ごめん」


野々村の言葉がトゲのように胸に突き刺さり、チクンチクンと授業中いつまでもその痛みが引く事はなかった。

自分で抜く気にもなれず、その胸の痛みだけが、諦めるなと僕を奮い立たせた。


授業と授業の合間の休み時間、ほんの10分毎の時間を使って、僕はイシズを説得し続けた。

だけどイシズの決心は固く、僕の言葉は何一つイシズの心には届かなかった。

もしこの僕に、イシズの決意を揺るがすほどの話術があれば、昼休みの今頃にはすっかり解決していたのかも知れない…。


僕にはこの昼休みが最後のチャンスに思えた。

他の休み時間と比べたら天と地とも思える時間が、僕に味方してくれる事を切に願った。


イシズは自分の机の上にお弁当を広げ、箸に少し多めに乗せたふりかけご飯をちょうど口に運ぼうとしている所だった。


「あ、ちょっとゴメン!

詰めて!」


僕はせわしく自分の椅子をイシズと向かい合わせになるように置き、イシズのお弁当箱をずらして買ってきたサンドイッチとイチゴ牛乳を置いた。

イシズはご飯を運ぼうとあんぐり口を開けたまま、点線を浮かべて硬直していた。


「いやぁおいしそうだね!

イシズのそれは何?

ハンバーグ弁当っ?!

お母さんやるねー!」


イシズは僕の楽しげな日常トークを無視して、食事を続けた。

多めに口の中に運び、ほっぺを膨らませ、かみ砕いて飲み込む。

黙々とそれを繰り返して食べ続けるその姿は、まるでハムスターのようだった。


僕もサンドイッチの袋を開けて食べた。

ほんの2分たらずで僕の食事は終わってしまったが、イシズはいまだに黙々と食べていた。

僕は話したい事があったのを我慢して、とりあえず食事が終わるのを待った。


頬杖をついてイシズを見続けた。

視線を反らす事なく、イシズの食べる姿を見ていた。

イシズも僕が気になって仕方がないと言った様子、だけどイシズは気にしない振りをして僕を無視し続けた。


モグモグパクパク、イシズのほっぺが何度も左右に揺れる。

それを見ていた僕に、ふとある感情が芽生えた。


「なんか…

おまえカワイイな?」


「ぶふぅっッ?!!!」


突然僕の一言でイシズが噴いた。

無理もない、そんな事食事中に言うのは出来立てホヤホヤのカップルぐらいだ。

僕の顔はかみ砕かれた米粒にまみれ、直視していた目に少し入った。

イシズはむせて咳がしばらく止まらず、ようやく落ち着いてきた頃、持参していた水筒のお茶を一気に飲み干した。


「はぁはぁ、シズ…!

さっきからなんなんだよ!!?」


僕の右目はご飯粒によって潰されたままだ。

せっかく話しが出来るチャンスが訪れたのに、真面目な話しをするには僕は圧倒的に不利な状況だった。


それでも目を擦りながら出来る限りの想いをぶつけた。


「イシズ!!

頼むから演出家を続けてくれよ!!

せっかくここまで来たんじゃないか、最後まで僕たちに力を貸してくれ!

イシズが必要なんだよッ!!!」


その想いはクラス中に響き、みんなを無言にさせた。

教室でこんな言葉を恥ずかしげもなく叫ぶなんて普段の僕には出来なかっただろう。

どうやら右目が見えない事で視界が狭まり、みんなの視線を意識しないで済んでいるおかげらしい。

思わぬ所で不利から打開した。


「…ッ!!

シズ!!

君の気持ちは分かるけど、俺には演劇部があるって何度も…!!」


「僕たちにはイシズしかいないんだよ!!

このクラスで演出家が出来るのはイシズ唯一人なんだ!!

他に誰が出来るって言うんだよ!!!?

イシズッ!!!!」


「…ッッ」


イシズは本当に困った顔をしていた。

僕の想いは確かにイシズの心に届いていた。

だけどなんと答えて良いか分からないと言った感じだった。


…それもそのはずだ。

教室のどこかからクスクスと笑い声が聞こえ始めた。


「クスクス…何熱くなってんのあいつ…?」


「別に石塚に頼る必要ねぇじゃん

勝手に決めんなよ!」


視界の悪い中で僕は声のする方を睨んだ。

そこにいたのはひねくれ者で評判の2人組、佐賀正利サガ マサトシ小野村淳二オノムラ ジュンジだった。


よく聞くとその声は、昨日イシズに野次を飛ばしていた声の主だった。

佐賀が言った。


「なんだったら俺がやってもいいぜ!?

こう見えても演技には自信があるんだ!

良いか見てろよ!!」


そう言うと佐賀は右手を軽く握り右耳のやや下に当て、左手を口元を覆い隠すように添えた。


「あ、もしもし…?

俺だよ俺っ!

息子の声忘れちゃったの!?

え?声が違う?

ちょっ、勘弁してよ

今ちょっと風邪気味なだけだって!

グス…実はね母さん、俺とんでもない事しちゃってさ…グス……

バイクで事故起こしちゃって…人に大怪我させちゃってさぁ…ウウ…

相手の親が治療費さえ払ってくれれば大袈裟にはしないって言ってくれてるんだ…グス…

ホント悪いんだけど母さん…今すぐお金振り込んでほしいんだ……」


ハマリ役だった。

小野村はそれを見て爆笑している。


「はっはっはっ!!

おまえそのモノマネ似合い過ぎ!!

マジホンモノだよ!!

はっはっ!!!」


「…え?

オレオレ詐欺?!

ち、違うよ母さん俺だよ俺!俺だって!!

あっ…!!!

ツーツーツーツー…

…以上、先日の母と子の会話でした」


「事実かよッ?!!!」


『わっはっはっはッ!!』と、クラス中から大勢の笑い声が聞こえて来た。

それもそのはず、小野村が絶妙のタイミングで鋭く突っ込んだ事で、それは漫才として完成されていた。


僕の右目はご飯粒によって潰されたままだ。

それが飛び出るんじゃないかと思うほど僕も正直ツボだった。

精一杯笑いを堪え、佐賀と小野村を睨み続けてシリアスを保った。


誰かが言った。


「良いぞ佐賀!!

おまえやれよ演出!!

おまえなら面白そうだ!!」


佐賀のアピールによりクラスの三割ぐらいが佐賀を支持しだした。


僕は知っていた。

いつだってクラスの人気者になるのは笑いを取るヤツだって事を。

それがどんなにイヤなヤツだとしても関係なかった。


状況はますます不利に陥っていった。

イシズは小刻みに震え、下にうつむいていた。


次の瞬間、顔を上げたイシズは無表情だった。

そこには先程の困った様子や迷いは無く、まるで別人のようだった。


足を組み、椅子の背もたれがきしむぐらいのけ反り、右の手の平を、空を泳がせるようにしてイシズは言った。


「ほらね…

誰も俺が演出担当やる事を望んでいないよ

君だけだよ?そんな事言ってるの」


イシズの言葉に冷ややかさがこもる…。


「そ、そんな事無いって!

みんな文化祭を成功させたいって願ってるはずだよ!!」


その言葉を聞くとイシズは立ち上がり、クラス中を見渡した。


「劇を成功させたいなら俺の他にも打ってつけの人がいるよ」


そう言うとイシズは窓際にもたれ掛かるある男のもとへ向かった。

その男はクラスの騒ぎに全く興味ないと言った感じで耳にイヤホンをあて、心地良い風に身を任せ、ブロンドの髪をサラサラとなびかせていた。


イシズがその男の前に立つと、男もイシズに気付いた。

イヤホンを取り、「何?」と囁くように尋ねる男にイシズは言った。


「花嶋、おまえ演出やってみないか?」


イシズが推薦したのはクラス1、いや学年1のイケメン、花嶋光輝ハナジマ コウキだった。


僕はイシズの行動に焦りながらも疑問を感じていた。

花嶋は劇の中でも騎士の役を演じているが、演出が出来るほど経験も無い、ほとんど素人だった。

その疑問に答えるかのようにイシズは花嶋に言った。


「おまえは演技が初めてにしては誰よりも上達が早かった

俺が何か言わなくても自分でコツを掴んで成長していくもんだから、何も言えなくて淋しかったぐらいだよ

おまえには演技の才能がある

その演技のコツを俺の代わりにみんなに教えてやってほしいんだよね?」


そう言うイシズを目の前に、花嶋は虚空を見つめボーっとしていた。

どうやら演出の話しに興味がないようだ。


僕は正直イシズじゃないと嫌だった。

だから花嶋の反応には少しホッとした。


僕はこの話しを終わらせようと、花嶋の返事を待つイシズに近付き、肩をポンと軽く叩いた。

そして微笑みを浮かべ「やっぱりイシズがやらなくちゃね!」と言ってやるつもりだった。

ところが次の花嶋の一言で僕の思惑は阻止された。


「良いよ

面白そうだね」


「…え…?」


僕は思わず間抜けな声を上げ、口をポカンと開けたまま花嶋の方を見た。


これからの出来事を簡単に想像する事が出来た。


イシズは凍り付いたような顔が一瞬で溶かされ、笑顔で花嶋にお礼を言った。


「ありがとう、助かるよ!」


そしてイシズが自分の席に戻る途中で、先程のやり取りを聞いていた殆どの女子が一斉に黄色い歓声を上げた。


「キャー花嶋くんが演出なんてステキー!!」


「私たち、花嶋くんの為に頑張るからねーー!!」


クラスの半分は女子だ。

その女子から支持されたと言う事は、帰りのホームルームを待たなくても結果は分かっていた。

想像通り、花嶋が演出担当で決まりだろう…。


佐賀が叫んだ。


「だ、だから勝手に決めんなって!!」


イヤな奴だけど、この時ばかりは同意見だった。


自分の席に戻ったイシズは弁当箱をしまい、朝に読んでいた推理小説を取り出して最初のページから読み始めた。


「やっと集中出来る…」


まるで頭の中にある問題がスッキリ解決したかのように、イシズはボソリとそう言った。


僕は…わがままを言っていたんだろうか…?

イシズが演出家をやってくれないとイヤで堪らなかった。

それが文化祭を成功させる鍵だと思っていた。


だけどイシズ本人にそんな気は全く無く、僕のわがままに仕方なく付き合ってくれてただけなんじゃないだろうか…?

そう考えると僕の胸は締め付けられるように苦しくなり、上手に息も出来なかった。


ふと何気なく見た野々村が、今にも泣きそうな顔をしていた。

この気持ちが自分だけの物じゃない事に、僕は少し救われた気がした。



―つづく―



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ