第3話:シズコン
舞台の稽古に脚本の見直し、僕には材料運び以外にもやる事がたくさんあった。
教室に戻るとさっそく稽古を始めている。
僕もそれに参加しようと今の状況を演出家担当のイシズに聞いた。
ちなみに【イシズ】とはクラスメイトで演劇部に所属している石塚博道の愛称だ。
イシズが実際に配役に台詞を言わせ、何か不具合があるようなら脚本家の僕に相談するようになっている。
イシズは演劇部でも次期部長とまで言われるほど優秀で、こういう事にはうってつけの人材なのだ。
「全然ダメだね」
そう一言イシズが言った。
どうやら序盤の女の子が登場するシーンを稽古中らしいが、すでに不満があるようだ。
「脚本は問題無いんだよ
とことんみんなで語り合ったからね
問題なのはヒロインの野々村だよ
心が無いんだから無表情で演じないといけないのに、演技中ずっとヘラヘラ笑ってる」
確かに…
クラスの中で1番可愛いという理由だけで野々村を抜擢したけど、普段が愛想の良い奴だけにこの役は難しいようだ。
「野々村にはこれから努力してもらうしか無いよ
とりあえず今は台詞合わせだけして、他の役者にも練習させたら?」
僕がそう提案するとイシズは「そうだね」と言い、次のシーンの稽古に取り掛かった。
僕ことシズとイシズはこの文化祭を機に急激に仲良くなった。
みんなから【シズコン】と呼ばれるほどの名コンビだ。
脚本家として演出家として、僕自身出会えて良かったと心の底から思う。
きっとイシズもそう思っていてくれてる事だろう。
「あ、ところで僕の出番はまだ?
女の子を笑わせようとするピエロの役なんだけど?」
実は僕にも役がある。
脚本家だけでは満足出来ない僕のキャパシティが役を強引にもぎ取ったのだ。
本当はヒロインに付き添う騎士の役をやりたかったのだが、花嶋というイケメンがみんなの支持を受けて断念せざるおえなかった。
恐るべし、ビジュアル指向。
「シズは風邪引いてるんだし、稽古はまた今度にしよう
無理しない程度にジャグリングの練習でもしておいてよ
今日はもう帰ったら?」
そう言うとイシズは台本片手に練習中のみんなの元へ駆け寄り、出るタイミングや台詞の間の置き方、観客への見せ方等の指示を出し始めた。
取り残された僕はどこか寂しい気持ちになった。
風邪を引いてる事もあり、今日は誰もが僕に優しい…。
だけど、僕がいなくてもなんだかんだと回る文化祭の準備に、僕は僕自身の価値を見出だせないでいた。
正直歯痒くて仕方なかった。
僕とイシズは名コンビだ。
イシズもそう思ってくれてるハズ…。
何かあれば相談を持ち掛けてくれるだろうと期待して、僕は素直に帰る事にした。
まだ日も落ちきらない秋の空の帰り道、僕はしていたマスクを外して深く新鮮な空気を体内に取り込んだ。
咳き込む身体が休めと合図を送っているかのように止まらない…。
帰り道の途中、まだ咲くには時期の早過ぎる桜の木々が淋しそうに並んでいる中、僕は再びマスクを付けて歩き出した。
―つづく―