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盲目の桜木  作者: ヨッキ
16/22

第16話:空白の日曜日

月曜日、学校の屋上でカガリが言った。


「なんか、今日やけに機嫌良いじゃんおまえ。」


「ん?…そう?」


僕はニコニコしながらお昼のサンドイッチを食べていた。今日はカツサンドだ。


「お、さては休みのあいだに例の彼女となんかあったか?え?おい?」


カガリはいやらしい顔をしてグイグイと迫って来た。

僕は更にニッコリして言った。


「カガリくん。」


「ん?なんだい?」


「もうその話しは止めてくれたまえ。」


僕は笑顔の奥にキラリと光る涙を浮かべてそう言った。


「…まぁ、彼女さんとは何かあったみたいだけど、あまり良い事じゃねぇみたいだな…。

それじゃあ…どうした?」


カガリはコンビニ弁当をガツガツと食べながら再び尋ねてきた。

空は雲一つ無い青天で、肌寒い秋風も心地良く感じた。

僕の気分が良いのはきっと昨日の事があったからだと自分で思う。


「実はさ。

昨日の日曜日に映画を見に行ったんだ。」


「映画を?なんでまた?」


「なんでって…まぁ退屈だったからだよ。

昨日は朝起きた時から気持ちが晴々しててさ、なんかしなくちゃ勿体ない気がしたんだ。」


「ふぅん、それでなんの映画?」


「ちょっと昔の映画なんだけど、知ってるかな?

心の宿ったロボットが、様々な陰謀により危機的状況に陥った国のお姫様を助ける話し。

タイトルは忘れちゃったけど…。」


「ああ、なんか知ってる気がするな。でも俺もタイトル忘れたわ。

…で?」


「最高だった…!」


僕は昨日の映画の内容を思い返しながら、しみじみとそう言った。


「…って、それだけか?」


カガリはガックリしてそう言うと、呆れた目で僕を見た。


「そんな映画を見ただけで気分良く過ごせるなんて、お得な仕組みしてるなおまえ…。」


カガリはそう言って「ハァ」とため息をついた。

自分でも変な事言ってるのはなんとなく分かっていた。

確かに映画を見ただけでテンションが上がる人はたくさんいるけど、自分でも不思議なほど今日は気分が良い。それは映画だけが原因じゃない気もしたけど、「まぁ、人間なんて単純なもんだよ」と、僕は笑った。


「青春真っ最中の男子高校生が嘆かわしいねぇ。一人で映画館なんて淋しい大人がする事だぜ?

おまえ見てるとプータローの従兄弟を何故か思い出すよ。」


「べ、別に良いじゃん!

映画好きなんだから!」


僕はバカにした口調のカガリに背を向けて、カツサンドの最後の一欠けらを頬張った。

カガリも弁当を食べ終わり、食後のお茶を飲んでいた。


「ゴクゴク…プハァ!

バカヤロウ良くねぇよ!

おまえ、あのイシズでさえ彼女が出来たってのに、こんな淋しい高校生活のまま卒業するつもりか!?もっと満喫しろよ!今しか出来ない事は今全力を尽くせ!

でないと俺の従兄弟みたいに薄っぺらいポスターに向かって『萌え』という単語を繰り出すようになるんだ!今従兄弟ヤバイんだよバカヤロウ!!」


「従兄弟の事情なんて知らないよ!何?酔ってんの!?

それ飲んでんのお茶だよね!?」


『キーンコーンカーンコーン』


馬鹿げた会話に呆れるようにお昼時間終了のチャイムが鳴った。

僕はため息をついて昼食で出たゴミを拾い、教室に戻ろうと階段を降り始めた。

だけど頭の隅の方で何かが引っ掛かり足を止めた。

そしてさっきカガリが言った事を思い返し、僕は慌てて引き返した。

引き返した先にはようやくゴミを片付け終えたカガリが階段を降ろうとしていて、カガリは引き返して来た僕を見て驚いた。

僕はそんな驚いているカガリの胸ぐらを掴んで、そのまま屋上への扉を潜り、端へ端へと冊にぶつかるまで詰め寄った。

『ガンッ』とぶつかる音と同時に僕に冷や汗が流れた。


「い、今…っ

イシズに彼女が出来たって…

言った…?」


動揺と冷静の間で僕がそう尋ねると、カガリは「ああ…言った」と、あっさりとどうでも良さそうに答えた。


午後の授業中、僕の頭の中はイシズに彼女が出来たという疑惑で一杯だった。

カガリの話しでは、昨日イシズが女の子と仲良さそうにデートしている所を友達が見たのだという。

『友達が見た』という所が怪しいが、こんな噂で今までの応援を無駄にしたくはない。僕は野々村の為にもその噂が本当か嘘かを確かめなければならなかった。

僕は前方の席に座るイシズの背中を睨みながら考え続けた。

もしかしたらカガリの友達が見たのは昨日では無く一昨日だったのではないだろうか?

一昨日の土曜日なら僕と野々村とイシズの三人で遊んでいた。それをカガリの友達が見て、しかも僕がいた事にも気付かなくて、なんだかデートをしてるように見えただけなんじゃないか…?

そもそも男女が一緒に遊んでいただけで付き合っている云々の話しになるのもどうかと思うし、そもそもカガリの友達って誰だ…?

僕はこんがらがる頭を整理するように数学のノートにこれらを簡略的に書いていった。

カガリの友達とやらの言ってる事が本当なら、土曜日にイシズは僕に野々村が好きだと激白しておきながら、次の日の日曜日には別の女の子とデートしていた事になる。

イシズの性格を考えればそんな事有り得ないし、もし有り得るんだとしたらここは僕の知らない世界だ。

イシズはそんなプレイボーイみたいな真似はしない。


「静谷ィ…!随分と熱心にノートとってると思えば…!

なんだそりゃあ?ぁあ?!」


突然背後からヤクザのようなガラの悪い声が聞こえた。

聞き覚えのあるその声にギクリとし、恐る恐る振り返ると、そこにはやはり僕の嫌いな数学教師の鬼村参二が立っていた。


『土曜、三人で』

『日曜、別の女の子とデート』

『遊んだだけでは付き合ってるとは言えない』

『友達って?』

『プレイボーイ』


…僕のノートは今、数学の方程式とは程遠いおかしな言葉で埋め尽くされていた。


「…静谷テメェ、俺にも解けねぇ恋の方程式でも解こうってのか?

しかもよく見たら超難問!ドロドロやんけ!!ぁあ?!!」


「す、すみません。これはちょっと…。」


ガン睨みの鬼村参二から隠すように僕は慌ててノートを閉じた。

大声で怒鳴るもんだからクラス中のみんなから注目を浴び、僕がどんな恋愛方程式を書いたのかでクスクス笑っている。

僕は何故だか無性に恥ずかしくなって顔を真っ赤にして俯いた。

鬼村参二、やはりこの先生だけは好きになれない…。


放課後、僕はいつも通りカガリと一緒に文化祭の準備に勤しんでいた。

徐々に完成されていく小道具や大道具、演劇は確かな時を刻んでいる。


「シズ。」


イシズが話し掛けて来た。

隣には野々村がいて、これから演劇部に行くらしい。


「ちょっと主役借りてくけど、後よろしくね実行委員。

入部の手続きだけだからすぐ戻れると思うけどね。」


「…うん、分かった。」


昨日の事をイシズに聞こうと思ったが、野々村がいる手前言い出せなかった。

僕は軽く了承すると笑顔で二人を送り出した。

そんなやり取りを横で見ていたカガリが「あの二人どうしたんだ?」と不思議そうに聞いて来た。


「野々村演劇部に入るんだってさ。イシズが色々面倒見てくれてるんだよ。」


「ふぅん、変なの。この前まで仲悪そうだったのにな…。」


カガリはぶっきらぼうにそう言うと手に慣れ親しんだ金づちで自分の肩をトントンと叩いた。

確かに端から見たらあの二人が仲良くするのは不思議なのかも知れない。でも僕は今までの事を知っているからあまり違和感を抱かなかった。

きっと昨日の空白も、埋めてしまえば違和感を感じる事なく受け入れられる事なんだと思う。

そんな期待を抱きながら僕はベニヤ板に釘を打ちつけた。


「もしかして…昨日イシズが一緒に歩いてたのって野々村だったんじゃね?」


カガリの思いもよらない解答に僕はギョッとした。

そしてしばらく考えた後、「それはないかな…」と僕はボソリと言った。

あの二人が僕を間に挟まずそこまで積極的な行動を取れるとは思えなかった…。


夕暮れが近づくと、僕らは帰る支度をした。

金づちや釘やノコギリを管理している生徒会に返しに行き、教室に戻ると演劇の練習の為にどかしていた机やイスが綺麗にもとの位置に戻されていて、他愛もない談笑が聞こえてきた。

野々村はイシズの言ったようにすぐに戻ってきて演劇に参加していて、練習を終えた野々村もまた帰り支度を整えていた。


「おかしい…んだよね。」


いつの間に隣にいたのか…新演出担当の花嶋が眠そうに頭をポリポリかいてそう言った。

僕が驚きながらも「何が?」と尋ねると、花嶋は一旦僕に目をやり、そして野々村に視線を向けた。


「野々村さん、いつもより元気ないみたい…。

練習の時、他の役者とのタイミングがズレる事が度々あったし、なんか演技に集中出来てないみたいだった…。」


いつもの練習風景にしか見えなかった僕には「そう?」としか応えられず、花嶋の観察力に驚かされた。さすがはイシズに選ばれて演出担当になった事だけはある。


「まぁ…なんでもないなら良いんだけどね…。」


そうボソリと言って振り返り、花嶋は鞄からヘッドフォンを取り出して首にかけた。たまに見掛けるが、音楽を聴きながら登下校するのが花嶋のスタイルらしい。


「あ、そうだ…。

シズって、友達のあだ名考えるの得意なんだってね?

犠牲者の一人から聞いたよ。フフ…。

もし良かったら俺のも作ってよ。」


突然の申請に僕は妙な気分で「え?ああ…機会があったらね…」と応えた。

それを聞くと花嶋は何故か嬉しそうにニッコリ笑って帰って行った。

気付いたら今まで花嶋とは余り話さなかったし、『シズ』と呼ばれたのもこれが初めてだった。おまけにあだ名をねだるなんて…。

何が気に入られたのか…僕ははてなマークを浮かべて花嶋に手を振った。


「あ、そうだ野々村…!」


野々村に話し掛けようと思ったらすでにその姿は無かった。

荷物が無い辺り、どうやら花嶋と話している間に帰ってしまったらしい…。

今日僕は珍しく野々村と話しをしなかった。それが何故か今になってとても重要な事のように思えて、僕は野々村をすぐに追い掛けた。


下駄箱の所で野々村を見付けた。


「の、野々村っ!」


そう声を掛けると、靴を履き替えた野々村は僕をチラリと見て、そのまま歩いていった。

…野々村に無視された。

僕はこの時、ようやく今日という日がいつもと違う事に気が付いた。


僕は上履きのまま野々村を追い掛け、野々村の肩を掴んだ。


「イタッ…」


野々村が小さく悲鳴を上げ、僕は慌てて肩から手を離した。


「ご、ごめんっ!

で、でも野々村様子おかしかったから…!な、何かあったの!?」


野々村は僕と視線を合わせようともせず、無言のまま掴まれた肩を摩り、ただ俯いていた。


「僕…何かした?」


「…ううん、何も…。」


野々村の零すような言葉に僕は困惑するばかりだった。

何も無いで野々村の態度がここまで変わる事なんて有り得ない…。

辺りは下校する生徒でごった返し、玄関前で立ち止まっている僕たちを邪魔臭そうにチラチラ見ていた。


「途中まで一緒に帰らない?」


僕がそう言うと野々村はためらった後、小さく頷いた。


無言のまま僕たちは歩き続けた。

家とは逆方向の帰り道がすっかり板につき、もはや往復する事にも苦痛を感じなくなっていた。

何も言わない野々村から事情を聞くのは困難で、僕は自分の胸に手を当てて出来る限り心当たりを探ってみた。だけどいくら探ってみても僕には心当たりなんか全く無かった…。


「あ、演劇部への入部手続きは上手くいったの?」


僕は重苦しい沈黙に耐え切れず違う話しを野々村に振った。


「…全部石塚くんがやってくれたよ。本当は中途入部試験って言うのがあって、かつ舌や発声や簡単な演技を見てもらうんだけど、石塚くんが文化祭での演劇を観てもらえれば分かるって部長に言ってくれて…。」


「え?それじゃあまだ入部が決まった訳じゃないの?」


「…中途試験も形式上のものでそんな重要じゃないし、ほとんど受かるんだって。

ただ時期的にも文化祭終わってからの方が良いからって石塚くんが…。」


「ふぅん、確かに今掛け持ちするのは難しいもんね。

ちゃんとイシズもこっちの事考えてくれてるんだなー。」


「…うん。」


話しが終わってしまうとまたしても重い沈黙が流れた。

だけど、野々村の様子はさっきと違って少し柔らかくなった気がした。僕とちゃんと話しをしてくれたのが何よりの証拠だ。

元気が無いのは相変わらずだったけど、野々村だっていつも笑顔でいられる訳じゃなく、たまにはこういう日もあるんだと、僕自身を納得させた。


「静谷くん、もうここで良いよ。ありがとう。」


いつもの送り届ける場所まで半分も歩いてない道の途中で突然野々村が言った。

僕は「え?」と言って立ち止まり、野々村を見た。


「ありがとう。家…逆方向なのにいつも送ってくれて…。」


野々村は知っていたようだ。

野々村は改まった様子でそう言った。


「もう大丈夫だよ。

ちゃんと送ってくれる人出来たから…。今メールがあってね…もうすぐ来るって…。」


僕には野々村が何を言っているのかさっぱり分からなかった。

そして、僕たちのずっと後ろの方から走ってくる人影を見て、僕は目を丸くしてただ驚くしかなかった。


「あれ?シズ…どうして…?」


日頃のトレーニングの賜物か、学校からここまで走って来たにも関わらず、息一つ乱さないまま、イシズが爽やかにそう尋ねた。


「イ、イシズこそ…?」


僕は口をパクパクさせながら、頬を染めた野々村を見た。

野々村の隣ではイシズも頬を赤く染め、二人でこそこそ話していた。

何やら相談が終わると、野々村が僕を見た。


「あ、あのね静谷くん…。私たち…付き合う事になったの…!!」


衝撃の告白に相応しい真っ赤な顔とハッキリした口調で野々村がそう言うと、野々村の隣でイシズが照れ臭そうに真っ赤な頬を指でかいた。


「は、はは…。

実はそうなんだよね。

シズにはちゃんと話さないとって思ってたんだけど…まさかこんな道の真ん中で言う事になるなんてね…ははっ…。」


嬉し恥ずかしい様子でイシズがそう言うと、僕は身体の中に何かがフッと入り込んでくる感覚に襲われた。

まるである感情を別の感情で無理矢理抑え込むような、そんな感じだった。


「そ、そうなんだ!!

なんか野々村の様子がおかしいと思ったらそういう事か!!

それならそうって早く言ってくれれば良いのにー!」


僕が笑ってそう言うと、イシズもなんだか安心したように笑った。


「シズが背中押してくれたおかげだよ。

土曜に帰りの公園で告白しろって言ってくれたよね?あれで俺も火がついて、次の日の日曜日、また野々村誘ってみたんだ。そしたらOK貰えて…。」


「…ボートのある公園に行ってね。そこで石塚くんが言ってくれたの…。それで私も気持ち伝えて…。」


「両想いだったなんてビックリだよ。しかも野々村の話しだと君が応援してくれたって言うじゃないか!

君が友達で本当に良かった!」


イシズと野々村は交代交代で昨日の事を話した。

何を話していたかはよく覚えてないけど、二人にここまでの行動力があった事に僕は驚いた。

奇しくもカガリの予想は当たり、僕の応援は実を結んだ。

これ以上にないハッピーエンドだった。


「おめでと!二人ともこれからも仲良くね!

それじゃぁ僕は退散しますかね。後は若い二人でどーぞごゆっくり…ぐふふ。」


「また三人でカラオケにでも行こうよ。」


イシズがそう言うと僕は「お邪魔じゃなかったらね」と言ってその場を立ち去った。

帰ろうとした間際、ふと野々村が悲しげな表情を浮かべた気がしたが、それを心配する役目はもう僕じゃなく、隣にいる男だった…。


僕は元々の帰り道に戻り、真っ直ぐ家に帰った。

家に帰ると母イクヨが用意しておいてくれた夕食を平らげ、お風呂を沸かし、その間にお笑い番組を見て爆笑した。

お風呂に入ると息をどれぐらい止めていられるかにチャレンジして、湯舟の中で121回数える事が出来た。今までの最高記録に僕は歓喜した。

お風呂から上がると僕はすっかりやる事を無くし、自分の部屋に閉じこもった。

ベットに横たわり、掛ける宛も無いケータイのプッシュ音を楽しむかのようにメールや着信履歴のメニューを開いた。


最後の履歴には土曜の夜掛かって来た野々村の名前が残っている。僕はなんの話しをしていたのかイマイチ思い出す事が出来なかった。


「確かイシズの話しをしてた気がするなぁ…。

それから…なんか野々村言ってたような………。」

まぁ次の日には全て上手くいってんだからどうでも良いか。」


寝落ちした自分に呆れながらもそう言って僕は開き直った。

仰向けになり、ケータイを腹の上に乗せ、僕は身体の力が抜けたように目を閉じた。


「なんか…呆気なかったなぁ。

お互いの気持ちが分かるとこうもアッサリ付き合うまで発展するもんなのかな…?

なんか野々村の奴もイシズと付き合う事になった途端、僕に冷たくなった気がするし…。まぁ別にそれは良いんだけどね。元々僕はただ応援してただけの立場だったし、イシズと付き合う事になったんだから彼氏との時間を大事にしようとするのは当たり前だよな…。

………ハァアア。」


僕はそうボヤくと妙に寂しい気持ちになって大きなため息を天井にぶつけた。

悶々とした感情が僕の中に渦巻いてどうしようもなかった。何度も右へ左へ寝返りをうったり、足をバタつかせたりしたが、その悶々が晴れる事はなかった。


「………ひょっとして僕…

野々村の事が………」


そう口にして、僕はギュッと口元を閉めた。その言葉の続きはなんとなく恐ろしくて言えなかった。

今更自分の気持ちに気付いた所で、僕は何がしたい訳でもないのだ…。


ケータイの画面をしばらくぼーと眺めていると、あまり目にしない留守録のマークが上の方に表示されているのに気が付いた。

いつから表示されていたのか…とにかく僕は留守番電話サービスにコールして確認してみた。


『オ預カリシタメッセージガ2件アリマス』


「あ、あの…ごめんね何度も電話掛けて…。

あの…あのね。私…静谷くんに聞きたい事があるの…。」


留守録の相手は野々村だった。

どうやら僕が寝落ちして一回電話が切れた後、また掛けてきていたようだ。

僕はそんな事も知らずこの時大イビキをかいていただろう…。

残された野々村の声はどこか緊張していて、たまに震えた。


「静谷くん、いつもありがとう。静谷くんのおかげで私いつも頑張れてる気がする。

石塚くんとまともに話せるようになったのも静谷くんのおかげだよ。本当に感謝してる…。

…あ、あのね。

私…さっき静谷くんが言ってくれたみたいに…石塚くんに自分の気持ち伝えようと思うの…!

…本当はもっと仲良くなってからって思ってたんだけど、怯えてばかりじゃダメだよね…

例え上手く行かなかったとしても、せっかく静谷くんがくれたチャンスなんだもん…勇気出さなきゃって思った。

………。

でも…あのね…。

その前にどうしても静谷くんに聞きたい事があるの…!

自分でも…どうしたら良いんだろうって、悩んでて………!

あのっ…静谷くん!わたッ!ッ」


『コノメッセージヲ消去スル時ハ7ヲ、モウ一度再生スル時ハ1ヲ、保存スル時ハ9ヲ押シテクダサイ。』


プチっという小さなノイズ音の後に突然ガイダンスが流れた。

野々村の話しが長過ぎて留守録のキャパシティーを越えたのだ。

僕は相変わらずの野々村の何を言いたいのか分からない話し方にイラっとした。


『次ノメッセージデス。

再生スル時ハ1ヲ…』


僕はガイダンスが流れ終わるのを待たずに1を押した。


「ッ私…!静谷くんの気持ちが知りたいッ!!」


突然の野々村の言葉に僕は驚き、心臓をギュッと誰かに掴まれたような感覚が走った。

部屋はシーンとしていて、野々村の声だけが僕の中に入り込んでいた。


「こんな事言うのおかしいのは分かってる。だって静谷くんはいつも応援してくれてたんだもん…静谷くんの期待裏切ってると思う…

でも…私………

お願い、このメッセージを聞いたら電話ください。メールでも良い…ハイかイイエだけでも良いから…。」


『メッセージは以上です。』


…僕はしばらく硬直していた。

今僕は野々村から何を聞いたのか…まずそれを頭の中で整理する事が優先だった。

その言葉の意図が何を示しているのか、いくら鈍感な僕でもすぐに理解出来た。


「………!!」


いつもだったら近所迷惑も省みず叫んでしまう所だが、この時はあまりの動揺で声も出なかった。


(…え?…だって…野々村はこのメッセージを残した次の日にはイシズと付き合う事になってるじゃないか…!

いくらなんでも告白しといて返事も待たないなんてそんな…

そ、そうか!これはきっと何かの冗談だ!ハハ!でなければこんな事ありえな…)


「…あ!!」


頭の中で自分なりの解釈を試みるさなか、僕はある事を思い出し、思わず声を上げた。

日曜の朝、目を覚ました僕は野々村にメールを送っている。

メールボックスを開き、送信履歴を確認すると、そこには確かに野々村宛に送った「昨日はごめんね。イシズとの事頑張って。」という寝落ちした事への謝罪を含めた応援メッセージが記されていた。


僕はこの時ようやく全てを理解した。

学校での野々村のいつもと違う態度やメッセージを残した次の日にイシズと出掛け、想いを伝えた事。そして帰り際に見せた野々村の悲しげな顔…。

そう…

僕は野々村をフッた事になっていたのだ…。


『コノメッセージヲ消去スル時ハ7ヲ、モウ一度再生スル時ハ1ヲ、保存スル時ハ9ヲ押シテクダサイ。』


しばらく呆然とリピートされるガイダンスを聞き続けた。

そして僕は…無気力に指を動かし、7を押してメッセージを消去した。


野々村はすでにイシズと付き合っている。

勘違いとは言え、今更僕には何も出来ないし、何をしたい訳でもない…。


ただ、野々村の幸せを願っていた…。



―つづく―


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