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盲目の桜木  作者: ヨッキ
14/22

第14話:奇跡の中心

学校の脇から真っすぐ延びた道を僕たちは歩き出した。

その道はあまり手入れがされてなく、ゴツゴツとした石ころや枯れ葉がいっぱいだった。

おまけに先ほどの雨でぬかるんでいて、みんな歩き辛そうに足を運んでいた。


「思っていたより暗いな…。二人とも大丈夫か?」


イシズがそう言って後ろをついていく僕と野々村を心配した。

辺りは雑木林に覆われ、間隔の空いた電灯が数本あるだけだった。

道は明るい場所と暗い場所に分かれていて、何度も光と闇を潜る様は、まるで自分の心を誰かに覗かれているようで、あまり心地の良いものではなかった。


「懐中電灯持ってくれば良かったね。

今はまだ良いけど、夜になればもっと暗くなるよ?」


僕がそう言うと、イシズは「そうだね…」と考え込み、「今から引き返す時間も勿体ないし、後10分くらいで着くから頑張ってくれよ」と言った。


僕はやれやれとため息をついた。

野々村を見ると、野々村は傘を杖代わりにして、ぬかるんだその道で転ばないようゆっくりと歩いていた。

僕が「大丈夫?」と尋ねると、野々村はヨロヨロしながら「うん、大丈夫!」と元気良く答えた。


「こういうのってなんだか楽しいね!

なんか冒険って感じ!」


野々村がそう笑って言うもんだから、僕も不思議とそんな気がしてきて、なんだか少しだけ楽しい気分になった。

伝説の桜を目指して僕たちは今歩いている。

その桜は僕たちの願いを叶えてくれるかも知れない。

そう考えると、この荒れ果てた道も小さな試練にしかすぎず、なんてことない気がした。


「着いたよ。」


イシズがそう言った。

僕たちは雑木林の道を抜け、開けた場所に出た。

その場所は崖の上にあり、低めの柵で囲まれていて、その先には僕たちの町の明かりがあった。


「あれがそうだよ。

あの1番大きいのがそう。」


そう言ってイシズが指差した方を見ると、何本か木がある中で、一際目立つ大きな木があった。

その木は他の木々から孤立したように離れた位置にあり、広場のうんと端っこでその貫禄を漂わせていた。


目の前に立ち、見上げると確かに大きかった。

桜の大木は十数年前の落雷に抗ったかのように大きく身をくねらせ、無数の枝が空を突き刺すように広がっていた。

伝説の桜と呼ばれるほどだから、もっと神々しいのを想像していたが、まるで悪魔の化身のような不気味さに、僕は思わず息を飲み込んだ。


「なんか…想像してたのと違うね…。」


僕より先に野々村がそう言った。

僕は頷いて、「今日は機嫌が悪いのかな?とてもじゃないけど、願いを叶えてくれそうには見えないね」と、引き攣った顔で言った。

それを聞いたイシズは「数年に一度以外はたいてい不機嫌だよコイツは」と言って、桜の木を軽く握った拳でコンコンとノックした。

そして「まぁ、とうぶん機嫌の良い日は来ないと思うけどね…」と言ってニヤリと笑った。


僕と野々村ははてなマークを浮かべた。


「なんでそんな事分かるの?

伝説では数年に一度咲く事になってるし、それはいつ咲くか分からないんでしょ?

もしかしたら明日咲くかもしれないのに…しばらく咲かないなんて事も分からないじゃないか。」


僕がそう尋ねると、イシズは不敵な笑みを浮かべて「フフ…ところがちょっと考えれば分かっちゃうんだよねこれが」と言った。


「俺は本来ファンタジーより推理モノの話しの方が好きでね、伝説的な話しの中にも真実を求めたがるたちなんだよ。

言ったよね?この桜の伝説には面白い所があるって…。」


僕と野々村が頷くとイシズは話しを続けた。


「俺、この伝説を知った時に興味を持ってね、色々調べてみたんだ。

まずは同じ学年の連中に聞き込みをして、次に演劇部の先輩に伝説の桜について話しを聞いた。

みんな話す内容は同じ、『あの桜の木は奇跡を起こすらしい』って事だけ。

みんなが話すのはすでに俺が知ってる事ばかりなんだよ。これじゃあ真実かどうかなんて分からないよね?

思うように情報が集まらなくて困っている時にさ、ちょうど大学行って演劇しているOBと合同演習をする事になったんだ。

そこで休憩の合間に、その先輩に伝説の桜について聞いてみたんだ。今度こそ何かが分かると胸に期待を膨らませてね。

それで、その先輩なんて言ったと思う?」


僕と野々村は顔を見合わせて、お互い見当もつかないといった顔をすると、再び視線をイシズに戻した。

イシズはニヤリと笑って言った。


「『そんな伝説知らない』ってさ。

その場に俺たちの学校の卒業生が13人いたんだけど、誰ひとりその桜の伝説について知る者がいなかったんだ。

変だよね?学校で語り継がれてきたはずの伝説の話しなのに、卒業生が知らないなんてさ。」


僕は思わず唾を飲み込んだ。

演劇部で訓練されたイシズの語り口のせいか、その場に緊迫した空気が流れていた。

僕は「確かに…」と一言言うと、桜の木を見上げた。


「つまり…伝説の話しは嘘だったって事?」


そう口にした後、さっきまでバカにしていたはずなのに、何故だか淋しい気分になった。


だけどイシズが「いや…」と思わせ振りに否定した事で、僕はまたイシズの話しに期待を寄せてしまった。


「俺も最初はそう思ったんだけどね…。

伝説の桜の話しは誰かが流したただの出まかせだったんじゃないかって。

だけど思い出したんだ。俺はまだ肝心な人に伝説の桜について聞いてないって…。」


イシズは少しの沈黙の後、ひと呼吸してその人物の名を告げた。


「桂木さんだよ。

あの何十年も学校で働いている用務員のおじいさん。」


僕は思わず、「ああ!」と叫んだ。

桂木【かつらぎ】さんは学校では生き仏のような存在で、六十を過ぎる老体にも関わらず、花壇の手入れや備品の管理を元気良く熟してくれている気の優しいおじいさんだ。一部生徒の間で噂になっているのだが、どうやら見えないモノが見える体質のようで、たまに独り言のように『何か』と喋っているという。

…ただボケてしまっているだけかも知れないが…。


「それで、聞いたの?」


僕がそう尋ねるとイシズは頷いた。


「聞いたには聞いたけど、あまり詳しくは教えてくれなくてね。

ちょうど花壇の手入れをしてる所を捕まえて、『あの桜について何か知っていますか?』って聞いたんだ。

そしたら一言、『ああ、またその話しかぁ』って。

俺が『またってどういう事ですか?』って聞いたら、五年くらい前にもこの桜の話しが出回ったって言うんだよ。」


「五年前…?」


そう僕は口にした後、頭の隅の方で何かが引っ掛かる感じがした。


「それだけじゃなく、その三年前にもこの桜の話しが広まったんだってさ。

まぁ桂木さんからはそんぐらいしか聞けなかったんだけど…

フフン、これってどういう意味だか分かるかね?」


目を細くしてうっすら笑うイシズにそう尋ねられ、僕は野々村を見た。

野々村は話しについて行けないみたいで、頭を抱えてうんうんと唸っていた。

だけど僕には少しだけ考えられる解答があった。

そして小さいけどその僅かな可能性を口にした。


「満開の桜を見た人が、実際にいたんだ…。」


僕がそう言うと、イシズは指を鳴らして「御名答」と力強く言った。


「えっと…それってどういう…。」


話しについていけない野々村が、困った顔をしてそう尋ねた。

イシズはひと呼吸して、整理するようにゆっくり話し始めた。


「つまり…伝説の桜の話しは、語り継がれてきたモノではなく、その時々に眠りから醒めるように広まるただの噂話なんだよ。

桂木さんの言うように五年前とその三年前に突然広まって、生徒が卒業すると同時に鎮静化して終わる話しなんだ。

だから演劇部のOBはその間の生徒だったから知らなかったのさ。

…それじゃあ、その噂はどうして広まったと思う?しかも何年か越しに年月もバラバラでね。」


イシズがそう尋ねると野々村は考え込み、さっき僕が言った事を思い出して「あ!」と声を上げた。


「そう、それはその年にこの桜が満開に咲いているのを見た人がいたからなんだ。」


そう言いながらイシズは、雨を吸い込んでしっとり濡れた桜の木に手をかけた。


「この咲く事の無い桜が満開に咲いていたら、そりゃ見た人は驚くよね?

誰かに話すはずだ。

そこで噂になって、その年は桜の伝説に染まるんだよ。」


イシズがそう話し終わると、僕は「まぁ、そういう訳だね」と言った。


「だからイシズがとうぶん桜は咲かないって分かったのは、今、桜の噂が学校に広まっているから…

つまり広まり始めた去年に、この桜が咲いたばかりだからって事なんだよ。」


僕がそう言うと、野々村は驚いて「ええ!?そうなの!!?」と叫んだ。

あまりの驚きっぷりに、僕はなんだかそれが面白かった。イシズも同じ気持ちなのかニヤついている。

だけど僕のひねくれはそれを理解した後も直らないみたいで、話しの腰を折るようについ口に出た。


「でも、あくまでも推測でしかないよ。

この咲かないと言われる桜が咲くのだって本当かどうか分からないし、別のキッカケで桜の伝説が広まるのかも知れない。」


それを聞いたイシズは諦めたようにため息をついて、「まぁ信じる信じないは自由さ」と言った。


「だけど、後で先輩に聞いた話しだと、先輩たちは桜の噂を俺たちより後に耳にしている。それってつまり当時の一年生を中心に噂が広まったからって事だよね?

もしこの俺の今までの推測が正しければ、去年この桜が満開に咲いているのを見た者は、俺たちと同じ学年の中にいるって事になる。

そう言ったら、またウキウキして来ないかい?」


イシズは本当に楽しそうにそう言った。


「それじゃあ、もしその人を見付ける事が出来たら…?」


僕がそう言うと、イシズはなんとも明快な答えを口にした。


「伝説が真実になる。

…ただそれだけの話しさ。」


そう言い放つイシズに雲間から覗かせた月の光りが射しかかり、それはまるでスポットライトを浴びた主人公のように説得力をイシズに持たせた。

野々村はそんなイシズに見とれていた。



僕たちは帰る事になり、再び雑木林に囲まれた道を通って行った。

先程より暗さが増していたし、相変わらず歩きづらい道のりだったけど、不思議とその道は距離が縮まったかのようにすぐに通り過ぎた。


只今の時刻6時40分、思っていたより長い時間あの場所にいた事に僕は驚いた。

こんな時間に野々村を放って解散する訳にもいかず、僕とイシズは野々村を送る為にまたしても僕の家とは逆方向を歩いた。


送っている途中、僕の歩幅が早かったのか、イシズと野々村が僕の後ろで話しながら歩いていた。

僕が立ち止まり振り返ると、イシズと野々村はお互いのケータイを見せ合って、アドレスの交換をしているみたいだった。

どちらが先に言い出した事なのか分からないが、僕はその光景に背を向けて、一人歩き続けた。


前に野々村を送って行った閑静な住宅地の分かれ道で、僕とイシズは野々村に別れを告げた。

イシズが「気をつけてね」と言うと、野々村は「うん、二人ともありがとうね」と笑って言った。


野々村の姿が見えなくなると、僕とイシズは来た道を戻って駅の方へ歩いた。


「野々村って思ってたよりよく喋るね。

もっと大人しい奴なのかと思ってた。」


「そう?

多分それはイシズとはあまり喋る機会が無かっただけじゃないかな?」


イシズの野々村に対する見方が、最初と違っている事に僕は気付いていた。

こんな日をもう何度か繰り返せば、イシズが野々村を好きになるのにそう時間が掛からないだろう。野々村は僕から見ても魅力的な女の子だ。


10分ほど歩いて地元の駅が近付くと、イシズは突然立ち止まり、「まだ時間あるかい?」と僕に尋ねた。

僕が頷くと、イシズは駅前の店で売られているタコ焼きを2パック買ってきてくれて、僕たちは小さな公園のベンチに腰掛けた。

ベンチは雨でまだ少し濡れていた。


「はい、今日のお礼」と言ってイシズは僕にタコ焼きをくれた。


「お礼?

お礼を言うのは僕の方だよ。ありがと、今日は付き合ってくれて。」


「いや、良いんだ…。」


イシズはそう言ってタコ焼きを一つ口に放り込んだ。僕も食べるかどうか迷ったけど、イシズが食べるのを見て、僕も一つ口に入れた。

イシズはタコ焼きを飲み込むと、呟くように小さく言った。


「こんな事、奇跡でも起こらない限り有り得ないと思ってた。」


僕は「え?」と聞き返しながら、もう一つタコ焼きを頬張った。


「俺ね、演出担当を降りてから、君とは疎遠になる気がしてたよ。

だから誘ってくれてすごく嬉しかったんだ。」


僕は驚いた。

まさかイシズも僕と同じような事思っていたなんて。


「僕もそんな気がしてたよ。だから誘いに応じてくれて嬉しかった。」


イシズは目を細めて微笑んだ。


「奇跡なんて、俺が思ってるよりありふれた物なのかもしれないね。

伝説の桜に頼らなくても、小さな努力や勇気で、なんとでもなるもんなんだ。

もし君が、俺と同じような気持ちで疎遠になると感じていたなら、この奇跡を起こしたのは間違いなく君だ。

でなければ、今こうして話しをする事も無いまま、俺たちは卒業していたかも知れないね。」


「そんな大袈裟だよ」と僕は笑って言った。

しかしそう口にした後、もしかしたら野々村の事がなければ、僕も怖くてイシズにメールも送れなかったんじゃないかと思った。


「俺たちこれからも友達だね?」


「もちろん!」


お互いそう口にした後、なんだか照れ臭くなって、しばらくタコ焼きを黙々と食べていた。

イシズは二つ口に入れて、またハムスターのように頬っぺを膨らませていた。


「ところで君、野々村と仲良かったんだね?

野々村が来てた事には本当に驚かされたよ…。」


「いや、別に仲が良い訳じゃないよ。

ちゃんと話すようになったのも最近だし。」


イシズはそう言った僕をじっと見た。

そしてポカンとした顔で言った。


「なんだ、付き合ってる訳じゃないのか?

俺はてっきり…。」


それを聞いた僕は食べかけのタコ焼きをまるで大砲のように口から打ち上げた。


「そ、そんな訳無いじゃないか!

た、ただの友達だよ!」


少し動揺しながらもそう説明すると、イシズは「そうなのか…」と理解し、僕から視線を外して最後の一つになったタコ焼きをつまようじで弄りながら何やら考えて事をしだした。

僕がその様子にはてなマークを浮かべてると、イシズは再び小さく呟いた。


「…こんな事、奇跡でも起こらない限り有り得ないと思ってた…。」


「はは、またそれ?

もう分かったよ。」


僕がそう言って、さっき打ち上げたタコ焼きの行方を何気なく目で探していると、イシズは突然叫んだ。


「シズ!」


驚いてイシズを見ると、イシズは顔を赤らめていた。普段のイシズからは信じられない現象だ。


「お、俺、君の事を本当の友達だと思って話したい事があるんだ…。

い、良いかい、絶対に誰にも話さないでくれよ?」


いつにもなく様子のおかしいイシズを前に、僕はただならぬ予感でゆっくりと頷いた。

イシズは視線を僕から自分の足元に移し、まるで独り言のようにボソリと言った。


「実は俺…野々村の事が前から好きだったんだ…よね…。」


…しばらく沈黙が流れた。

僕はうまく情報を処理できず、「え?」と声を上げた。


「だ、だから俺…!

野々村の事が…!!」


そう言って振り返るイシズは、恥ずかしそうに顔をさらに赤くしていた。


「い、言っておくけど、君に話したのは何かしてほしい訳でも期待している訳でもないんだ。

ただ聞いてもらえるだけで良かった。

な、なんだか興奮しちゃってさ、だってさっきその野々村とアドレス交換したんだぜ?しかも野々村から言い出してくれたんだ!

ずっと嫌われてるって思ってたし、こんな日が来るなんて…これって奇跡だよね!?」


イシズは浮かれた感じでそう話していたが、僕は壊れたコンピュータのようにまだ情報の処理にてこずっていて、上手く反応出来ずにいた。

とりあえず落ち着いて、まず始めに野々村が誰を好きだったかを思い出してみた。

そしてそれがイシズだったと思い出した所で、次にそのイシズが誰を好きだと言ったのかを思い出してみた。

そしてそれが野々村だったと思い出した所で、僕はようやく状況を理解した。

二人は両想いだったのだ。


「えぇーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!??」


ようやくまともな反応が出来るようになった僕の叫び声はこの小さな公園に納まり切らず、近隣の住宅やマンションに反響していった。

そして何処かの飼い犬たちが僕の叫び声に同調して一斉に吠え出した。僕の叫び声にハウリングの効果がある事を僕はこの時初めて知った。


イシズの言う奇跡とは、野々村とアドレス交換して友達になったというだけの話しだろうが、今僕が目の当たりにしている奇跡はそんなに小さくはなかった。

お互い会話もろくにした事の無いただのクラスメイトのこの二人が、両想いだった事の方が僕にとっては驚くべき事だった。


そしてその奇跡をまだ二人は知らない。

僕はまるで奇跡の中心にいるような気分で、叫び続けていた。



―つづく―


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